表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/244

翼人族と竜人族

 狸が教鞭をとるという青の異人(ブルー)である恵二にとってはとてもコミカルな光景が今もなお目の前で繰り広げられていた。講義内容は魔術属性について基本的な事柄だ。


「また、魔術全般が苦手な種も存在します。ドワーフ族がそうですね。ただ彼らはその分非常に力持ちな種族です。それに魔術が決して使えない訳ではありません」


 ラントンの講義は続いていく。初の授業ということもあってか、この世界では割と常識的なことを話していく。


「例えば、タオさん。君はドワーフ族ですよね?」


「は、はい!」


 いきなり名を呼ばれ慌てて返事をしたのは、入学式初日に学食について質問をしたドワーフ族の少女であった。


「君の得意属性は何でしたか?」


「えっと、火属性です。それと地も多少適性があるようです」


「うん、ありがとう。彼女のようにドワーフ族のほとんどが火属性の適性を持っています。そして得意な属性は種族ごとに違うのです。変わった種ですと小人族ですね。このクラスにはいないようですが、彼らの中には大変珍しい時空属性の適性者が多いと言われてます。有名な方ですと、時のメープ様がそうですね」


 その名は以前エアリムから聞いた三賢者の名だったはずだ。その上確か彼女はこの世界の五本指にも入る魔術師、白の五大魔術師の称号も持っていたはずだ。


 小人族であるにも関わらず大変長寿な彼女は、時を操って寿命を延ばしているのではという噂もあるほどだ。


「それと大変稀有な例が竜人族ですね。彼ら竜人族は驚いた事に“種族の適性属性が変わった”という説が最近になって判明したのです」


 ラントンの言葉に生徒たちはざわついた。先程までは全て基本中の基本、魔術学校を目指す者なら誰もが当たり前に知っていることだ。


 しかし竜人族の適性属性については初耳の者がほとんのようだ。それも無理はない。


(竜人族って、確か二度目の<神堕とし>で滅んだ種族じゃなかったっけ?)


 恵二はハーデアルトの王城でそう習っていた。


「よく誤解されがちなのですが、大災厄<神堕とし>で絶滅されたという竜人族は、本当に少数ですが現在も生存が確認されてます。もっとも、純血の竜人は本当に残り僅かで、近い将来完全に血が途絶えてしまうのではと危惧されてますがね」


 恵二は完全に初耳であったが、その辺りの事情を知っている生徒は多いようで、ラントンの言葉に頷いている生徒もちらほらと見えた。エアリムの顔色を伺うと、どうやら彼女も知っていそうな表情であった。


「話を戻しますが、竜人族の種族適性は神聖属性と火属性、それと風属性である。古い文献の幾つかには、確かにそう記されていたのです」


 竜人族は強靭な肉体だけでなく、魔術もかなり上手に扱えるのだそうだ。流石は祖先が竜種なだけはある。


「ですが近年開発された属性の適性を測る装置を彼らに使用してもらったところ、神聖魔術を得意とする者は一人もいませんでした。むしろ苦手と言ってもいいくらいの散々な結果だったそうです」


 ラントンの話に生徒たちは皆驚いていた。博識なエアリムもこれは初耳であったらしく、忘れないようきちんとメモを取っていた。


「このように種族全体で適性が変わるという非常に珍しいケースも起こります。竜人族の件については恐らく<神堕とし>が何かしらの影響を与えたものだと考えられますが、魔術師ギルドの研究員たちの間でも意見が割れており、まだ結論には至っておりません」


 <神堕とし>、その災厄は恵二がこの世界に来た引き金でもあった。自分の夢の為に災厄へ立ち向かう勇者という立場から逃げた恵二だが、もし解決できるようなら出来る限りのことはしたいとは今でも思っている。


(やはり神聖魔術がポイントなのだろうか?そこに<神堕とし>の要因を解くヒントがあるような気がする)


 そんなことは恵二より頭のいい研究者たちにはとっくに分かっているのだろうが、それだけでは足りないのだろう。今や過去類を見ないほどの広範囲に影響を与えている<神堕とし>は、大陸中で無視できない事態となっているのだろう。


「ところで話は変わりますが、竜人族と同じくらい存在が珍しいとされる翼人族。彼らは竜人族以上に謎を秘めた種族です」


 話は竜人族から翼人族へと切り替えられた。恵二は翼人族のことを、さわりだけ王城で習って聞いていた。ラントンも王城で聞いたことと同じような内容を説明した。


「翼人族と竜人族はハイエルフと同様、世界三大稀少種とされています。存在自体は確認されてますが、非常に数の少ない種族です。最も新しい翼人族の記録は、2世紀ほど前にアムルート国で目撃された3人の翼人族のみとなります」


 このことは恵二も知っていた。翼人族とは背中に青い翼を生やした種族だそうだ。およそ200年以上前、3人の翼人族がアムルート国という中央大陸のほぼ真ん中に位置する一国を相手取って暴れるという事件が起った。結局その際に翼人族は3人とも死亡してしまい、ろくな情報が得られなかったそうだ。翼人族の詳しい生態や、彼らは何が目的でそんなことをしでかしたのか、今でも迷宮入りの事件となっている。


 その事件で分かったことは二つ。翼人族は死ぬと翼が消えるということと、その3人が特別なのか種族全体がそうなのか不明だが、非常に強力な魔術を扱うという点だけだ。


 アムルートで暴れた翼人族は、絶命すると青い羽が消えたと当時の目撃者が証言を残している。羽の無い翼人族の容姿は人族とほとんど変わらないそうだ。羽を出したり引っ込めたり出来るのではというのが学者たちの通説だ。


 それ以外の翼人族の情報源は、神話やお伽噺レベルの窺わしいものしか存在しなかった。


 信心深い者は翼人族を神の使いである天使だと呼び称え、夢の無い者は翼を有する獣人族と見間違えたのだろうと鼻で笑う。翼人族はそんな未知の種族であった。


「当時は属性を測定する装置などはなく、実際にそれを見た者の技量によって捉え方も感じ方も違うでしょうが、翼人族討伐に加わった魔術師はこう言い残しております。“彼らは今まで見たことのない未知の属性を使っていた”と。これが本当であるのだとしたら、翼人族は我々の知らない未知の属性を操る種族の可能性があります」


 ラントンは未知の属性が存在する可能性を示唆した。奇しくも昨日恵二は校長であるミルワードから未知の属性について話を聞かされたばかりだ。もしかしたらあの結晶体は翼人族が操っていたという未知の属性に反応するのだろうか。


「最後に暗黒属性についてです。これは魔族固有の属性と思われがちですが、もう一種別の種族も扱うことができます。えー、リサベアさん。暗黒属性は魔族の他にどの種族が扱えますか?」


 ラントンが指名したのは生徒番号001011リサベアという銀髪の女子生徒だ。彼女は恵二やエアリムと同じ番号の末尾が1番の生徒であった。


(あの子も戦闘能力の高い生徒ってことか……)


 彼女はラントンの問いに自信満々で即答した。


「ダークエルフですわ。彼らは魔族と血が混じっている種族ですもの」


「正解です。理由も今彼女が話してくれた通りです。種としてはこの二つだけですが、魔族やダークエルフの血を受け継いでいる混血(ハーフ)にも暗黒属性を扱える可能性がありますね」


 暗黒属性とは闇属性の上位互換とも言われている属性なのだそうだ。恵二は実際にそれを見たことはない。


(そういえば、あのイカれ女を暗殺した奴も暗黒魔術を使っていたんだっけか?)


 恵二は以前シキアノス公国で起こった出来事を思い出した。死闘の末捕えた赤い異人(レッド)の女を何者かが暗殺したのだ。しかもその犯行の手口はどうやら暗黒属性の魔術が使われた可能性があるのだ。


(魔族かダークエルフが赤い異人(レッド)たちと敵対している?いや、口封じに殺した共犯者の可能性もあるのか……)


 もう大分前に終わった出来事をあれこれ考えていたら授業の終了を告げる鐘が教室に鳴り響いた。


「今日はここまでです。次回はもう少し踏み入った話をしますので楽しみにしていてください」


 こうして狸による魔術の講義は終了した。次は校庭での実技訓練を予定していた。スーミーの授業に遅れると何をされるか分からない。そう考えた生徒たちはすぐに教室を後にした。




「うん、サボリはいないわね?それじゃあこれから実技の訓練を始めるわよ!」


 生徒たちが全員いることを確認したスーミーは早速生徒たちにペアを作るよう指示を出した。実技訓練はとくに班ごとで行動するよう言われてはいない。恵二はエアリムと組もうと考えたのだが、既にクラスの人気者へと登りつつある彼女は男女問わず誘う者が多かった。あの人だかりに割って入るのは骨が折れそうだ。


「兄貴!オレ、オレと組もうぜ!」


(オレオレなんて名前の人は知りません!)


 恵二とペアを組もうと必死に誘ってくるニッキーをどうやって断ろうかと考えたのだが、周りは明らかにヤンキーの青年から遠ざかっている。この状況で断るのも可哀そうだと考えた恵二は仕方なくニッキーと組むことにした。


 ちなみに子分その1とその2は勿論ペアだ。確か名前はダッドとデニルと言っただろうか。「そうだそうだ!」が口癖のダッドと、「兄貴の言うとおりだぜ!」の方がデニルだ。面倒だから心の中では子分1と2で呼んでいたが、同じ班員となる以上は名前を覚えておく必要があるだろう。


 もう一人の同じ班員のクレアは別の女子生徒とペアを組んでいた。それくらいのコミュニケーション能力はあるようだ。幸運にもこのクラスは総勢30人と偶数なので、クラスの余り者が先生とペアを組むという虚しいお約束は見ないで済んだ。


「実技訓練を始める前に質問するわね。この中で実際に魔術で戦闘経験をしたことがある人、手を上げて!」


 スーミーの質問に数名の生徒が手を上げた。その数は10人を少し超えたくらいだろうか。恵二も勿論手を上げた。


(意外に少ないんだな。もっと多いかと思ってた)


 番号の末尾が1~3の者はほとんど手を上げている。逆にそれ以外の者で手を上げているのはほぼ皆無であった。


「うーん、思ったよりも少ないわね。まあいっか。これから嫌ってほど経験させてあげるし」


 我が担任教員はとても物騒なことを口にした。すると彼女は実技訓練について簡単に説明をし始めた。


「まず今日使う魔術は初級魔術のみ!それをペアごとで撃ち合ってもらうわ!」


 スーミーの説明に生徒たちはギョッとした。実戦経験をしたことがない者がほとんどと判明したばかりなのに、いきなりお互い魔術で撃ち合えというのだ。


「無理です!危険過ぎます!」

「そんなの怖すぎです!」

「俺、相手が<特化生>なんですよ!?無茶ですって!」


 生徒たちから苦情や悲鳴が殺到した。


(そりゃあそうなるだろう……)


 思った通りの反応だ。いくら魔術学校だとはいえ、全員が魔物や人と戦う為に魔術を習いに来た訳ではない。半分くらいの生徒は生産的な目的で魔術を学ぶのだ。昨日はスーミーに諭され、魔術での戦闘技術を最低限磨くことを渋々と納得した者たちも、いきなり生徒同士で撃ち合えと言われて出来る訳がなかった。


「はいはい、説明はちゃんと最後まで聞きなさい!撃ち合うと言ってもいきなり模擬戦をするわけではないわ。威力を限りなく押さえた状態で、お互いの魔術と魔術同士をぶつけるだけよ。一度手本を見せた方がいいかしら?んー、それじゃあエアリム!ちょっと来なさい!」


「は、はい」


 スーミーに呼ばれたエアリムは駆け足で彼女の元へと向かった。二人は軽い打ち合わせを済ませると、スーミーの合図でエアリムは魔術を放った。威力をできるだけ抑え、スピードもゆっくりなとても小さい石槍(ストーンランス)であった。エアリムは次々と小さい石槍(ストーンランス)を放つとスーミーはそれを一つ逃さず火弾(ファイヤーショット)で相殺していく。


「―――っと、こんなもんね。中々いい腕だったわよ。分かった?ただ弱めた魔術を相殺し合うだけよ」


 スーミーは“簡単でしょう?”といった表情を生徒たちへと向けた。


「そうか、この程度なら……!」

「良かった。戦う訳じゃないのね」

「よーし、早くやろうぜ!」


 見た目大人しそうな少女であるエアリムが見事にやってみせたのだ。自分たちにも出来ると思った生徒たちは、先程の考えを改めてこの訓練に意欲を燃やした。


 だが見た目可愛い少女でも、エアリムは実戦経験豊富な元Cランク冒険者の魔術師だ。全員が彼女ほど上手く出来るとは恵二にはとても思えなかった。


 そして恵二と同じ様にもう一人、そんなに甘くはないと考えた者が現れた。


「ちょっと待ってください!いきなり実技訓練ですか?せめて準備運動とかしなくて大丈夫ですか!?」


 そう意見を述べたのは真面目そうな男であった。確か自己紹介ではジェードと名乗っていたはずだ。31歳とクラスの中でも比較的年上な彼は、元他国の兵士という経歴を持つ異色の生徒だ。剣や槍など白兵戦の技術を持つ彼だが、どうしても幼い頃に夢見た宮廷魔術師という目標を諦めきれなくて、ここエイルーンの<第一>の試験を受けに来て落ちてしまったのだそうだ。


 それでもめげず来年の受験を目指していたところへ急遽<第二>の方の募集が始まり、見事試験を合格をし、晴れて宮廷魔術師への長い道のりへの第一歩を踏み出したのであった。ちなみに彼の生徒番号は001022と<特化生>で第三班の班長でもある。


 そんな彼はいきなり訓練をするのではなく、しっかりと事前準備をしてからの方が怪我をしなくていいのではとスーミーに提案したのだが、彼女はそれを一蹴した。


「これは訓練といっても実技訓練、それも実戦を想定した訓練よ!あんた、魔物や盗賊に襲われたら呑気にそいつらの目の前で準備運動でもする気?どうしても事前準備をしたいのだったら、授業が始まる前に済ませておきなさい!」


「うっ、確かに……。失言でした……」


 スーミーの言うことも尤もだと思ったのか、真面目な性格であるジェードは猛省した。


「まぁ、訓練で怪我をするのも面白くないし、あんたの言い分も分からないでもないけどね。……それに、正直言うと面倒くさい」


「……」


 最後の一言で台無しだ。本当に色々と残念な担任であった。




「ほら、ちゃっちゃと整列しなさい!」


 スーミーの指示通りに生徒たちは列を作る。お互い組んだペアとは向かい合い、15人2列の形で撃ち合う為に距離を取った。


「兄貴ー、宜しく頼んます!」


「ああ、最初はそっちから撃ってくれー!」


 恵二が大声でそう指示を飛ばすと、ニッキーは威力を押さえた雷光(ライトニング)を放った。雷光(ライトニング)のスピード・そして威力を観察した恵二は、丁度いい塩梅で相殺できるよう火弾(ファイヤーショット)を放った。狙いは良かったらしく、二つの魔術はぶつかると綺麗にその場で消失した。


「よし!」


「お見事です、兄貴!」


「このまま続けてみよう。ある程度できたら、今度はこっちから放つよ」


「分かりやした!」


 ニッキーは続けて雷光(ライトニング)を放ち、恵二はそれを次々と火弾(ファイヤーショット)で相殺していく。


(思ったよりも簡単だな)


 余裕のできた恵二は周りを見てみると、他の生徒はかなり苦戦しているようだ。


「うわっ!あぶねー!」

「馬鹿!強すぎだって!」

「うーん、なかなか当たらないわね」


 スピードも威力も最大限に抑えているとはいえ、万が一被弾すれば多少は痺れるし軽い火傷もする。多くの生徒たちはこの魔術の撃ち合いに緊張感を持って臨んだ。


 最初に躓くのは、やはり魔術の力加減であろう。威力が強すぎれば飛んできた魔術をかき消して、そのまま相手の方に飛んでいってしまう。かといって弱すぎれば相殺しきれずに相手の魔術がこちらへと飛んでくる。更に属性の違う魔術だと難易度も上がる。必ずしもペアを組んだ相手が同じ属性の魔術を放てるとは限らないのだ。


 それでも数を熟せば流石に魔術学校へ入れるだけの生徒たちとあってか、すぐに丁度いい力加減を覚えて相殺させていく。


「そろそろ慣れてきたみたいね。それじゃあペアを変わるわよ!こっちの列、一つ横にずれなさい!」


「「「ええ~!?」」」


 折角慣れたと思ったところでスーミーが相手を変えると言ってきたのだ。


「同じ相手ばっかりじゃ、つまらな……訓練にならないでしょう?ほら、時間の無駄だからさっさと動く!」


(今、絶対に“つまらない”って言おうとしたな……)


 だがスーミーの言うことも一理ある。特に同じ属性同士で撃ち合っていた生徒のペアは今まで楽してきた分、訓練にはあまりならなかっただろう。


 つまりこの訓練は魔術の力加減を覚える為のものなのだ。魔術には色々な属性(カテゴリー)があって、中には有利不利な魔術も存在する。それをお互い撃ち合いをすることで体に力加減を覚えさせようとしているのだろう。


 更には魔術制御の訓練にもつながっている。普段魔術の威力を上げる努力はしても、押さえたりする機会はあまりない。その上動く魔術を当てる技術は的当て以上のテクニックが必要になる。


(あの先生、あんなんでも一応考えているんだな)



 この撃ち合い訓練は最後のペアが魔力を尽きる手前まで行われた。




「あー、しんどかった……」


「流石に疲れましたね……」


 全員の魔力が枯れる手前まで実技訓練を行った恵二達は、現在お昼休みを満喫していた。このあと午後の授業では課外授業が待っている。少しでも身体を休めて体力を取り戻そうと、ゆっくり味わって食事をとる。


「次の授業もスーミー先生が担当するみたいですね」


「そうだな。東の門前に集合だなんて、一体何をさせる気だ?」


 実技訓練が終わった後、スーミーは街の東門の前に集まるように指示を出していた。恐らく街の外で課外授業を行うのであろう。


 街の出入りには特別な許可が要る。


 ここエイルーンに国境というものは存在しない。正確には他国とエイルーン自治領の境はあるのだが、警備をしている訳でも柵が設けられている訳でもない。その代り街の外壁が検閲の場となる。その為、エイルーンに住む市民の中には一度も街の外に出たことが無いというものもごく少数だがいるというのだ。


(まあ、外には荒地くらいしかないし、魔物も出るしね……)


 確かに面倒な許可を取得してまでわざわざ危険な街の外へと出る理由はないのだが、冒険家を目指す恵二にとって、街から出たことが無いという者の存在はとても考えられないものであった。一生を街の中で過ごす生活など自分には到底無理だと考えた。


「午後の授業は班ごとだって話だけど、お互い頑張ろうぜ!」


「はい、ケージ君の班には負けませんよ!」


 恵二の激励にエアリムはそう意気込んで返した。




「はい、全員注目!もう薄々分かっていると思うけど、これから街の外へと出るわ!」


 スーミーの言葉に生徒たちは黙ってうなずいた。流石に東門前に集合と言われればそれくらいは想定済みであろう。問題は外に出て何をさせるのかであった。


「とりあえず現地に向かうから、全員班ごとにあそこに止まっている馬車に乗りなさい!もう御者と門番には話も通してあるから」


「「「はい!」」」

「え?」


 一人、恵二だけがこの世の終わりみたいな表情を浮かべた。それを誰一人気にも留めずクラスメイトたちは馬車の車両へと乗車していく。


「ほら、あんたも早く乗りなさい!」


「―――ちょっと待ってください!俺に……俺に操縦をさせてください!」


馬車が苦手な恵二は、せめて自分で操縦させてくれと懇願した。不思議な事に自分で馬車を操縦している分にはたいして酔わないのだ。


「……はあ?」


 そんな恵二を“何を言っているのだこいつは”といった目でスーミーは見つめた。


「もう御者に行先も伝えてあるしお金も払ってるんだから、つべこべ言わずに乗りなさい!」


「そ、そんなぁ……」


 目的地に辿り着くまで、果たして自分の身体は持つのだろうか。せめてその目的地とやらが近くでありますようにと恵二は天に祈りを捧げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ