異世界の勇者
生徒番号1の座を賭けたニッキーとの決闘に勝利した恵二は、スーミーと共に教室へと戻った。そしていの一番に班決めが終わったことを告げられたのだ。
「え?もう決まったの?早かったじゃない!」
面倒事が早く片付いたとばかりにスーミーはご機嫌であったが、恵二にとっては聞き捨てならない報せであった。
「―――ちょ、ちょっと待ってくれよ!?俺、留守にしていたんだぜ?それに、あいつらも!なんでもう班決め終わってるんだよ!?」
慌て尋ねた恵二に一人の男子生徒は無情にもこう答えた。
「だから、お前やニッキー達以外は全員班が決まったんだよ。教室を外してたお前達は彼女と同じ班だ」
「……彼女?」
言われて恵二は気が付いた。30人いる<火の組>で作れる班は5人ずつで6班と丁度割り切れるのだ。席を外していたのは自分とニッキー、それに一緒に付いて来た子分の二人で合計4人。教室内での班決めで一人余った生徒が自動的に恵二達4人と同じ班となる。つまり一人の生徒を残して他の者は全員班が決まってしまったのだ。
恵二は思わず教室内の生徒たちを見回す。彼女ということは女子生徒なのだろう。そして教室中の生徒たちの視線が一人の少女へと向けられていることに気が付いた。
その少女は黒髪が肩まで届くかどうかといった長さのミディアムヘアで、歳は恵二と同い年くらいだろうか。座っている為、背丈は正確には分からないが女子では高い方だと思う。恵二と同じくらいの身長はありそうだ。スラっとした体型で贔屓目に見なくても美人だ。どうして彼女の様な生徒が一人残っているのか恵二には疑問であった。
「さ、あんたも早く席に着きなさい。班が決まったら今度は班の番号を割り振ったり班長を決めたりとで忙しいんだから」
スーミーは恵二に早く座れと手を振ってジェスチャーをする。最早自分がどれだけごねても班を決め直せそうにはなかった。渋々恵二は席へと座ると小声で隣に座っているエアリムが声を掛けてきた。
「すみません。せめてケージ君たちが戻るまで班を決めるのは待とうと言ったのですが……」
エアリムの性格からいって恐らく恵二を気遣ってくれたのだと思ってはいたが、反面周りから強く押されると断り辛いのも優しい彼女の性分だ。恵二はエアリムに気にするなと伝えた。
「遅かったな?俺は無事にエアリムさんと組めることになったぜ?」
「お前はもっと気遣え!」
後ろからルーディが話しかけてきた。どうやらこいつは見事エアリムと同じ班になれたようだ。まあ、確かに容姿で選ぶような他の男子生徒とは一緒になって欲しくはなかった。その点後ろのエルフはそういうのを気にしていなさそうなんので助かる。エアリムは友人で命を預け合った大切な戦友でもあった。そんな彼女が他のちゃらい男たちと仲良くしているのを見るのは、多少の嫉妬を感じなくもない。
「とりあえず班ごとに席を移動させるわよ。それの方が分かり易いしね。話し合って適当に席替えしなさい」
教室の長椅子は十分な幅があったので、一つの長椅子で三人までなら余裕で座ることができる。生徒たちは班ごとにそれぞれ二人と三人の二列ごとに座っていく。恵二と班員である黒髪の少女は周りに流されるように教室の端へと移動していく。
(後ろは、まぁあの三人ってことで、俺は彼女と前に座るかな?)
決して可愛い女の子と一緒に座りたいからといった邪な理由ではない。それが自然な形だと心の中で言い訳をしながらも彼女の隣の席に着く。少女も特に文句はないようだ。むしろあのヤンキーたちと隣になるのを嫌っただけなのかもしれない。
「えーと、始めまして。ケージ・ミツジって言います」
「……」
彼女は無言で僅かにだが頭を下げる。照れているのか人付き合いが苦手なのか、寡黙な少女は一言も発しなかった。だがこれから同じ班員としてやっていく為、最低限会話を成立させないことにはままならないだろう。普段ならここで引いていた恵二は、更に一歩踏み出すことにした。
「君の名前はなんて言うんだ?」
せめて名前だけでもと思い再挑戦してみると彼女はぼそぼそと口を動かしている。声が小さすぎてよく聞き取れなかった。
「え?何?」
再度尋ねると、返ってきた少女の言葉に恵二は凍りついた。
「うるさい、話しかけないで」
「…………え?」
まさか名前を聞いただけで怒られるとは思わず恵二は固まってしまう。
フリーズ状態の恵二を余所に、クラス内の生徒たちはいつの間にか班長を決める相談を始めていた。既に半分以上の班はリーダーを決めており、まだ決まっていないのはエアリムのいる班と恵二の班だけとなっていた。
「早く決めなさい!班長は後で変更可能だから、今日はとりあえず代理でも構わないわよ?」
スーミーが急かすように声を上げるが、代理なんてそのままなし崩し的に班長にされるに決まっている。
エアリムのいる班は、彼女以外の全員がエアリムを班長に推しているようだが、あまり人の前に立つことをしない彼女はなんとかそれを回避しようと抵抗していた。だがきっと押しに弱い彼女は渋々それを受けるのだろう。恵二はその未来を容易に想像できた。
(って、余所の心配している場合じゃねえ!俺達も早く班長を決めないと……!)
しかしこの場には恵二と未だに名前の分からない少女だけしかいない。ヤンキーと子分たちは未だに医務室だ。恵二は内心頭を抱えたい気持ちを押し込んで、再度彼女へと話しかけた。
「あー、俺達も班長を決めないとだな……」
恵二が話しかけるも彼女はそっぽを向いてしまった。それには流石の恵二もカチンときた。
「おい!せめて名前くらい教えろよ!俺だって何が悲しくてこんな班になったのか喚きたい気分なんだよ!」
「……」
彼女は依然沈黙を保ったままだが、先程のように“うるさい”と言われないだけマシではあった。恐らく話はしっかり聞いているのだろう。恵二はそう信じて更に捲し立てた。
「いいよ!それなら俺が班長をやる。その代り、せめて名前くらい教えろよ?それが無理だって言うのならお前を班長に推すか、最悪あの金髪を班長にしてしまうぞ?」
「……!」
流石の彼女もあの見ていて頭の痛くなってくるヤンキーを班長にするのは躊躇ってしまうのか、根負けしついにその沈黙を破った。
「……クレアよ」
今度はしっかりと聞き取れた。折角口を開いたのに聞き逃して堪るかと恵二は聴力を僅かに強化していたのだ。
「そうか、クレアか。俺はケージ、よろしく!」
「……さっき聞いた」
「そうだったな」
意外にも、名前を聞き出した後は多少会話が成立した。一歩踏み出してみた甲斐があったというものだ。この機会にもっと色々と話してみたかったが、痺れを切らしたスーミーの呼ぶ声が聞こえ、恵二は教壇へと赴いた。
「あんたが班長でいいのかしら?」
「はい。……あの三人は居ないですしね」
「あいつを班長にするのだけは止めて。とっても面倒そうだから……」
スーミーはげんなりとした表情を浮かべた。あのヤンキーは入学初日に二度も騒ぎを起こしたのだ。流石の彼女もこれ以上は疲れると愚痴をこぼした。
「それじゃあ第6班の班長はケージで決まりね。席に戻りなさい。今後の授業について説明をするわ」
恵二は頷くと席へと戻った。全員が着席したことを確認するとスーミーは今後について話し始めた。
「明日から早速授業開始よ。最初に説明があった通り、今年いっぱいは戦闘向けの魔術と訓練をメインに行うわ。ただ、その他の基礎授業もきちんと行うからサボるんじゃないわよ?」
それからスーミーはさらに詳しく授業内容を説明した。午前は主に魔術に関する基礎知識と魔術の実技訓練、午後は課外授業に充てられるそうだ。
基礎知識の時間は、それぞれ専門の教員が時間割ごとに生徒たちへと知識を叩きこむ。
実技訓練は言葉通り、実際に魔術を扱って訓練する時間だ。スーミーは実技担当らしい。
そして一番の問題なのが課外授業だ。これは完全に班ごとで行動する科目のようで、スーミーの説明では<第二>独特の教科項目だそうだ。
「授業に使う資料などはこちらで準備をするわ。筆記用具なんかも今年いっぱいは学校側で用意するけど、来年以降は自分達で用意してもらうからそのつもりでね。それと明日の午後は外で課外授業を行うから動きやすい服装で来なさい!以上だけど、質問はあるかしら?」
このあと生徒たちから色々な質問が飛び交ったが、特に大きな問題も無く入学初日の予定はこれで全てが終了した。
「ケージ君、お疲れ様です」
「エアリムもお疲れ様……お互い大変だな」
結局恵二の予想通りエアリムは第5班の班長に就任させられてしまったのだ。お互い班長という立場でこれから忙しくなりそうであった。
二人が話していると横から声が掛かった。
「エアリムさん!良かったら一緒に帰らない?」
そう声を掛けたのは確か彼女と一緒の班となった女生徒であった。早速班員同士で親睦を深めようとエアリムを誘ったのだろう。他の班員の姿も見えた。彼女の班は女子3名男子2名の構成であった。その中にはエルフの少年ルーディの姿も見えた。
誘われたエアリムは恵二の様子を伺った。彼女は恵二と一緒に帰ろうとしていたのだ。
「行ってきたら?俺も校長にちょっと用事があるしね」
「分かりました。それでは、また後で」
そう告げるとエアリムは去って行った。ただ彼女の最期の発言は少々迂闊であった。
「え!なになに?二人ってもしかして、そういう関係だったの!?」
「また後でって……もしかして、同棲!?」
「ま、マジか……」
女子生徒は興味津々にエアリムへと尋ね、密かに狙っていたのか周りにいた男子生徒は明らかに落胆していた。ルーディは恵二とエアリムの仲をある程度は推察していたようでどこ吹く風だ。
エルフ族はその長い寿命から人族ほど生き急いでいないらしい。人族では年頃の思春期を迎える年齢でも、エルフ族は個体差が激しいらしく、100年経っても恋をしない者も中にはいるそうだ。もっとも一度恋をするとエルフ族はとても情熱的だそうなのだが、現在エアリムを囲って質問攻めにしているのは、ほとんどが年頃の人族たちであった。
「ち、違うんです!同棲だなんて……確かに一緒の宿に泊まってはおりますが……」
「きゃー、既に一つ屋根の下!?」
「エアリムっち、顔に似合わず大胆だね~」
(エアリムさんや、それ以上墓穴を掘らないでおくれ……)
そう願いつつも恵二は自分が巻き添えにあう前にその場を退散した。
第二エイルーン魔術学校は現在急ピッチで建物を増築中だ。現時点で使用可能な建物は教室のある教育棟のみとなっていた。その教育棟の最上階である4階には職員室や用務室、それと校長室があった。将来的にはこの階にある部屋は全て4年生の教室へとなるのだが、現在は1年生しかいない為、教員たちが使用しているそうだ。
恵二はその一つである校長室と表示されていたドアをノックする。中から“どうぞー”と聞こえてきたので遠慮なく中に入る。
「うわー、なんか広いなあ」
そこは教室になる予定だけあってか、校長1人が使うにしては広すぎる空間であった。まだ生徒用の机や長椅子は準備されておらず、そこら中に本や書類が無造作に床へと置かれている。いや、散らかっていると表現するべきだろうか。
その中央にぽつんと校長用の机と椅子が一組置かれており、ミルワードはそこで書類に目を通していた。
「やあ、来ると思っていたよ。すまないね、まだ来客用の椅子も準備できていないんだ。適当にどこか座ってよ」
「いえ、長居する気はないんでこのままで結構です」
恵二は立ったままミルワードに早速用件を話した。
「さっきの測定ですけど……あれ、酷くないですか!?お蔭さまで班決めが大変でしたよ……」
そう、これだけは言っておきたかったのだ。恵二は先の実戦テストでミルワードの魔改造ゴーレムの相手をさせられ、散々な結果だったのだ。そのことについて文句を言いに来たのだが、当事者であるミルワードは涼しい顔のままであった。
「それは心外だよ。僕は君になら倒せると思ってあれを出したんだよ?手を抜いた君にこそ落ち度があると思うけどね?」
「うっ、それは……っ!」
ミルワードの反論に恵二は言葉に詰まった。確かに生身の状態であれを倒すのは無理だろう。だが、最初から強化スキルを全力で使っていれば勝てたのだ。いくらゴーレムが硬かろうが、フルパワーで当たれば簡単に破壊できたであろう。
「実は、その件で私からも話があったんだ。ケージ君、君はその実力を周囲に隠しているよね?」
「……はい」
ミルワードには当然見抜かれていた。無理もない。彼とは実際に魔術大会で全力でやりあったのだ。それに三賢者とまで呼ばれたこの男の目を誤魔化すなど到底できなかった。
「実は君のことについては私なりに色々と調べさせてもらったんだけどね。ヴィシュトルテでの内乱を静めた英雄、それに≪古鍵の迷宮≫の新ルート初踏破。これだけの功績なら歴史の教科書に載ってもおかしくないよね?」
エルフの男は笑いながらそう語った。どうやらミルワードは自分のことについてかなり調べていたようだ。ヴィシュトルテの件は市長やアトリには既にばれていたのだが、あの二人はどうやらミルワードにも秘密にしてくれていたようだ。でなければとうに知られていただろう。
ダンジョン攻略の件については調べようと思えば調べられるだろう。公式な発表こそ伏せさせてもらったが、情報に長けている者であればその攻略者が恵二やジェイサム、<白雪の彩華>やロンであることは明確だ。尤も大半の者はクラン<到達する者>の仕業だと思ってはいるようなのだが。
「ミルワードさん、できればそのことについては内密に……」
あまり公にして欲しくない情報だ。恵二は悪目立ちすることを避けている。それには理由があった。それは―――
「―――それは、君が異世界の勇者であることが露見してしまう恐れがあるから、かな?」
だからミルワードがそれを言い当てたことに恵二は驚きを禁じ得なかった。一体どういう調べ方をしたらそこまで見抜けるのか。恵二は目の前の男、三賢者の1人であるミルワードのことをまだまだ侮っていたようだ。
恵二が驚いた顔を晒していると、してやったりといった笑みを浮かべてミルワードは語りかけた。
「おや?予想が当たったようだね。ふふ、若いね。今後は余り表情に出さないようにした方がいい」
どうやらミルワード自身も大方予想していたようだが、確証はなかったのだろう。どうやらカマをかけられたようだ。しまったと恵二は顔を崩すも、それすらそれが真実だと証明しているようなものだ。恵二は自分の単純さを呪った。
「ふう、本当に君は顔に出るね……。その調子だと他の人にもばれていないか心配だよ。安心していいよ。このことについては、まだ私しか知らない情報だから」
「……一体どうして分かったんですか?」
恵二はもう誤魔化しきれないと悟ると、思った疑問を口にした。
「君がハーデアルトの勇者ってのは想像でしかないけどね。君が異世界人だってのはすぐに分かったよ?」
「え?もしかしていつの間にか<色世分け>してました?」
恵二の問いにミルワードは首を横に振った。
「そんなことしなくても見たらすぐに気がつくよ。なにせ、君の魔力は他の人と大分違っているからね」
「―――あ」
そこで恵二は遅まきながら理解した。人の放つ魔力には若干だが個体差があるということを思い出したのだ。その僅かな差を感知できる恵二は魔力探索を使って今まで敵やトラップを見分けてきたのだ。
恵二と同じことを三賢者の1人であるこの男が出来ないと、どうしてそう思ったのだろうか。
そして一番重要なのは、人はその出身世界によって魔力の性質が大きく異なるという点だ。それにいち早く気が付いた恵二は、魔力の性質を現地人である白の世界<ケレスセレス>の人々と同じ様に似せることによって<色世分け>を誤魔化してきたのだ。
だが魔力の性質を変えるという作業は酷く疲れる。常時偽装するのは今の恵二では不可能なのだ。
「君がどこの世界から来たのかまでは知らないけど、この世界の人族ではなさそうだというのは初見で分かったよ。まぁ魔力の性質をこのレベルで見分けられる者は、そうそういないと思うけどね。この街でなら私と、あと可能性があるとしたら<鑑定>スキル持ちの者くらいじゃないのかな?」
それを聞いて恵二は安堵した。視認して異世界人かどうか見分けるというのは余程の者でなければ不可能なのだそうだ。
「そこで君に色々と事情を聴こうと思ってね。よければ協力してあげられるかもよ?君は目立ちたくないんだろう?だから大会では変装をしていたんだよね?」
その言葉に恵二は素直に頷く。事情を知られたミルワードが協力をしてくれるのなら、これ以上頼もしい存在はいない。恵二は自分の存在を隠ぺいするのに協力してもらえるよう頭を下げた。それに気を良くしたミルワードは自慢げに語った。
「そうだろう、そうだろう、だからさっきのゴーレムには少し仕掛けを施したんだよ。君を負かすことによって、本当の実力を隠す作戦さ」
「いや、余計悪目立ちしているような……ん?」
だが、恵二はミルワードの矛盾に気が付いた。さっき彼はなんと言っていただろうか。
「……校長。さっきあのゴーレムを“自分なら倒せると思った”って言いませんでしたっけ?」
「―――え?あ、ああ!そ、そんなことも言ったかなあ?」
どうやら校長自身も余りポーカーフェイスが得意ではないご様子だ。表情に出ていて丸分かりだ。
「―――あんた、もしかして楽しんでいただけだろ!」
「だって、新しいゴーレムを試してみたかったんだよ!あれを相手にできる生徒なんて、君くらいじゃないか!?」
「生徒を実験台にすんな!」
(駄目だこの校長、早く何とかしないと……)
恵二はこらからの学校生活を思うと不安しかなかった。




