第二
「あー、これまた随分と風通しが良くなっているねえ」
「もう少し横にずれていたら、この学校も消し飛ばされていたよ……」
ミルワードの呑気な感想に、アルバードは笑えない冗談だと冷や汗をかきながら答えた。
壁の件を聞いた恵二たち4人は早速その現場へと赴いていた。被害に遭った壁は北東地区の隅っこであった。東側の壁の一ヶ所には綺麗に穴が開いており、それを行った雷の閃光の通り道にある建物や壁は全て消失していた。
破壊されて出来た通り道のその先には北の街壁があり、そこにもぽっかりと穴が開いていた。コトの放った閃光は斜めの角度で壁と街中を突きぬけていったのだ。何故かこの辺りの地区は、人が住んでいない建物か空地しかなかった。だがそのお蔭で奇跡的に死傷者は出なかったのだ。
(もしあいつの攻撃が街の中心部に向かっていたら、とんでもない被害が出ただろうな……)
コトの初撃はナルジャニアを助けるのに必死で咄嗟に躱してしまったが、防げる手だてを持っていた恵二が見逃した所為で万が一被害が出ていたら、きっと一生後悔していただろう。不幸中の幸いとはこのことだと恵二は心の中で安堵をした。
「しかし、なんでここはこんなに閑散としているんだ?」
恵二の疑問に隣に立っていたアトリが説明をしてくれた。
「この辺りは元貧民街でしてね。お父様の推進プロジェクトでここに住んでいた人たちの殆どが職に就くなり住居を変えるなりしているんですよ」
「現在の殆どは空地や廃墟となっているんだけど、なかなか買い手がいなくてね。元貧民街というのもあって金持ちが嫌うんだよ。丁度いいからここに学校を建てる事にしたんだ」
「それはまた、高飛車な連中が更に騒ぎ立てそうだね」
アルバードの説明にミルワードが苦笑した。元貴族などはここに建てた学校なぞ行きたくないと駄々をこねる者もいるかもしれない。だがこの辺りには既に不法滞在している者はおらず、治安も兵士が定期的に巡回しており保たれている。それでも難癖つける者はいるのかもしれないが、それは完全な言いがかりであった。
「しかし、これだけ大きい穴だけど、本当に塞げるのかい?」
「ええ、大丈夫ですよ。周りの壁と少し模様が変わってしまいますが、強度はそれ以上で作れますよ」
アルバードの問いに恵二は自信満々に頷いた。これくらいの穴であれば、コトの攻撃を防ぎきれるほどとはいかなくても、周りの壁より頑丈な土盾で塞ぎきることは出来るだろう。
アルバードにお願いをして、見張りの兵士には出払って貰った。あまり大がかりな魔術を扱う自分の姿は見られたくはない。同行していたこの3人にはもう今更なので、彼らの目の前で遠慮なく無詠唱の魔術を発動させた。
恵二が土盾を発動させると、地面から巨大な土の壁が出現した。強化し増幅された恵二の魔力量をふんだんに使った土盾はあっという間に大穴を塞ぎきると、そのまましっかりと固定された。新たに補強された壁は、中級魔術くらいならば弾き返せるほどの強度であろう。
その光景を見せられたラングェン親子は唖然としていた。人伝では聞いていたのだが、実際に恵二が目の前で魔術を使う姿を見るのはこれが初めてであったからだ。
「いや……驚いたな。ミルワードさんが褒めるわけだ」
「ケージさんって本当に凄い人だったんですね!」
アトリは年上の少年魔術師の力を見せつけられ憧れにも似た眼差しを恵二へ向けてくる。
「いやあ、それ程でも……」
最近は実力者たちの魔術を見せつけられて、やや落ち込んでいた恵二だが、褒められると少しだけ自信を取り戻せた気になった。
アルバードに要請され、残りの北側にある穴もすぐに塞いだ。ついでに破壊されたという学校の塀も魔術で補強しておいた。
「よし!これで計画通りに進められそうだよ。人材の面もどうにかなりそうだし、そうだなぁ……6月1日、火の日に開校といこう!そうと決まればすぐに街中に告知して生徒を募集しよう!」
ここエイルーンには魔術学校に入ることを夢見て遠方からやってくる者が多数いる。しかし試験に落ちてしまい泣く泣く故郷に戻る者もいれば、この街に残って来年に備える者も多数いるのだ。先ずはその者たちをターゲットに募集をかけようというのだ。
その浪人生たちは、どうしても試験に受かった者たちと比べると見劣りをしてしまうが、中には恵二のように実力があるのに理不尽な理由で不合格とされた者もいる。市長の推薦で受けた受験生たちはそんな者ばかりだ。
更に従来の魔術学校には推薦人が必要だという古い制度があるが、今回新たに作る学校にはその推薦制度は行わない。そんなもの、魔術を習うのになんの足しにもならないからだ。その上、受験料も格安に設定するそうだ。そもそも魔術学校の試験にそんな大金は不要だそうだ。
その為、本来実力があるのにも関わらず、推薦が取れなかったりお金が無いといった事情で試験を受けられなかった者達の獲得にも乗り出せる。ミルワードは魔術をより多くの子供たちに広められると、とてもご満悦な様子だ。
「ええー!?そんな話、聞いてないですよー!?」
「うん。だって今言ったんだもん……」
恵二はエアリムとテオラに新たな学校建設の件を説明した。既に高い受験料や入学金を支払っているエアリムは声を上げた後、がっくりと項垂れた。彼女が何より落ち込んだ理由は、恵二と同じ学校に通えないという点であった。てっきり来季新たに受験をするものだとエアリムは思っていたのだ。
「そっかあ!それじゃあわざわざ推薦を取らなくてもいいし、高いお金を払わなくてもいいんですね!?」
反面テオラは嬉しそうに聞き返した。やはり一般市民にとって魔術学校の学費は高いハードルであった。
「そーいうこと。テオラはやっぱり第二の方を選択するのか?」
「はい。安く済むのならそっちの方がいいですし、正直あの学校の空気は気まずいって評判でしたから……」
どうやら市民の間にも従来の魔術学校内に蔓延している独特な雰囲気は知られているようだ。それでも入りたい者が後を絶たないのは、やはり魔術が習えるという利点とそれだけの実績があるからだろう。もっとも去年一昨年と大陸内の魔術学校で行われる魔術対抗戦では、思うような結果が出ずに低迷しかけているのだとか。
(しかしテオラさんよ。隣でエアリムがいるのに、嬉しそうにその話をするのは止めてやれよ……)
実際にその学校に通っている生徒の横で容赦なく悪口を発するとは、テオラは偶に空気が読めないところがある。恵二は未だに彼女から金づる発言されたことが少しトラウマになっていた。
「私も行きます!第二に転校します!」
そこへ吹っ切れたエアリムが突如そう宣言した。ちなみに第二というのは第二エイルーン魔術学校の略称で、市長が新たな学校開設の告知とともに宣伝している正式な学校名だ。わざわざ既存の魔術学校の下位互換と見られそうな“第二”と頭につけたの、実はミルワード発案の嫌がらせであった。秋に毎年行われる魔術学校の対抗戦で既存のエイルーン魔術学校を相手に第二のメンバーで勝つつもりでいるのだ。開校1年にも満たない第二の魔術学校に負けたとあっては、由緒ある魔術学校の面目丸つぶれであろう。
「けど……いいのか?第二に転校希望の生徒は、払った期間分の学費を免除するって市長は言っているけど、お金が戻ってくる訳じゃあないんだぞ?」
第二の学費と違って既存の魔術学校はとにかく莫大なお金が掛かる。既に1年分の学費を支払っているエアリムは大損ではないかと恵二は尋ねたが、彼女は首を横に振ってこう答えた。
「いいえ、このまま私だけのけ者にされるのは嫌です!それにミルワード様自らが教えて下さるのでしたら十分に元も取れます。そうと決まれば早速転校の手続きをしてきます!」
そう宣言するとエアリムはすぐに宿を出て行った。彼女は見かけによらず割と行動派であった。流石はCランクの冒険者なだけはある。
「テオラはどうするんだ?試験は再来週に行うようだけど、受けるのか?」
第二の受験料は格安で、一般市民でもそこまでの負担にはならないであろう。来季魔術学校を受けるつもりでいたテオラにどうするのか尋ねると、困った表情を浮かべていた。
「うーん、早く入りたい気持ちもあるんですが、まだしっかりと受験勉強していないですし……。それにルーちゃんと一緒に入りたいから相談してみないと……。多分来年受けることになるかと思います」
テオラは来年の受験に向けて勉強と同時に学費を稼ぐのにも忙しかったのだ。だが、まだ来季の受験は先とあってか、お金稼ぎのアルバイトの方に注力していたのだ。
また彼女には同年代の友人であるルーニーという狸族の少女もいた。彼女も魔術学校を目指しているようで、二人は一緒に入ろうと約束をしていたのだ。
「そっか。それなら仕方がないな」
「そういう訳で、まずはケージ先輩たちが第二の雰囲気を良くしていってくださいね!」
「ああ、任せろ!」
テオラやルーニーだけでなく、アトリやその幼馴染の少女といった後輩たちの為にも、良い雰囲気の楽しい学校にしていこう。恵二はそう決意を固めて頷いた。
それから日は進み、エイルーンに新たな学校を建てる計画は順調に進んで行った。
市長が告知した新たな魔術学校の開設という話題はあっという間にエイルーン市内に駆け巡り、市民は大いに沸いた。今までアルバード市長は市民の目線に立って常に行動をしてきた。中には彼をやっかむ者もいるのだが、市民の大半はそんなアルバードの政策を支持してきた。
それに今回の魔術学校は“推薦”という障害は無く、お金の問題も大分緩和されており市民には大変好評であった。その話を聞いた魔術学校を目指す浪人生達はすぐに受験申し込みに殺到した。
最初は3日間かけて行う予定であった第二の試験だが、受験希望者が多すぎて5日間の変更を余儀なくされた。確保した教員だけでは試験運営が不十分で、臨時に事務のアルバイトも雇ったほどだ。
「そうか、難しいか……」
「ええ、申し訳ありません。今受け持っている生徒たちを卒業させてやるまでは、少なくともここで教員を続けたいと思っております」
ミルワードに第二の教員として勧誘を受けていたスタインだが、それを申し訳なさそうに断った。
彼は魔術学校の主任教員という立場で長年学校に貢献を続けてきた。教頭であるミルワードを始め他の教員、生徒たちからも非常に信頼の厚い男であった。彼を正当に評価していないのは校長のハワードくらいなものだ。
それだけに何としても欲しい人材であったのだが、糞真面目なスタインはせめて現在担当している生徒たちが卒業するまでの3年間はこのまま続けさせて欲しいという理由でミルワードの誘いを蹴ったのだ。
「まあ、たった3年ならいいか」
「貴方にとってはそうかもしれないでしょうが、人族の老いぼれである私には先が長い話ですよ……」
白髪混じりのスタインはため息交じりにそう愚痴った。彼もできることなら、いけ好かないハワードの元をすぐにでも去って自由気ままに魔術を生徒たちに教えたかったのだ。だが信頼してくれている今の生徒たちを残して自分だけ学校を去るのは不義理なのではとスタインは感じたのだ。そのスタインの話を聞いた他の教員たちの何人かも、似たような理由でミルワードの誘いを断った。
「仕方がないね。それじゃあ悪いけど第一の方は頼んだよ」
名ばかりとはいえ、元教頭であったミルワードは残った教員たちに敬意を払いながら後を託した。
最初は何の冗談かと思っていた。エイルーンに新たな魔術学校が開かれるというのだ。
しかもその立案者がアルバード市長だと言うのだから、何を血迷ったことをと始めは思っていた。
その後、告知されていた地区を見てみたら、確かに大きな建物が急ピッチで建てられていた。更に教頭であったミルワードから辞表を受け取りいよいよ奴等は本気なのだとハワード・ライズナーは気が付いた。
「ど、どうしますか?今からでも懇意にしている議員や商会を通して、市長に苦情をしてみては……」
「……不要だ」
ハワードは手にとって見ていたチラシを放り投げると鼻で笑った。
「ふん、何が第二だ!学校運営のノウハウを持っていないアルバードの小僧と、お飾りのミルワードに何が出来るというのだ。直ぐに根を上げるに決まっておる!」
ハワードは何も問題ないと一蹴したが、それを聞いた秘書は眉をひそめた。
「しかし、実際にたいした反響ですよ?何か手を打たれた方が宜しいのでは?」
秘書は恐る恐る雇い主の機嫌を損なわないように伺いをたてる。彼は学校運営の殆どを任されている立場にある男だ。表向きの代表者は校長であるハワードだが、実質運営しているのは秘書であるこの男であった。
大まかな方針は校長であるハワードが打ちたてるが、そこまでの細かい手回しや雑務は全てこの男の仕事だ。それに男は文句はない。それに見会った高い給金を貰っているからだ。
エイルーンの魔術学校は校長、教頭と共にお飾りであったのだ。いや、余計な口出しをしてくる分、ハワードの方がやや質が悪い。
「余計な事はせんでいい!どうせまともな教育など出来んわ!教員も殆ど残ったようだしな」
それがハワードが余裕な態度を保っていられる理由であった。てっきりミルワードの誘いに殆どの教員が抜けると思っていたが、蓋を開けてみたら若い教員が数人移った程度で、主任教員であるスタインまでもが残った。
(何かと反発するあやつまでも残ったのは意外だったが、これでは魔術学校など到底立ち行くまい)
ミルワードは教員の人員確保に失敗したのだと考えたハワードは、秘書に放置するよう指示を出した。
「所詮安さで庶民を釣っているに過ぎない。奴らには好きなだけ小銭集めでもさせておけ。それくらいで私の学校は微塵も揺るがん!」
ハワードにそう指示された秘書は大人しくそれに従った。秘書の男はあくまでハワードに言われた通りに仕事をこなしていくだけだ。ただ気がかりなのは、アルバード市長が最近魔術師ギルドにちょくちょく足を運んでいるという情報だ。
(ま、どうせ私には関係ないか……)
もし万が一この学校が第二に押されるようなことがあっても、本当に一番困るのはハワード本人で自分には関係ない。秘書の男は外面上ハワードの指示通りに動きつつも、いざとなったら何時でも新たな就職先に逃げられるよう、密かに心積もりをしておくのであった。
こうして6月1日火の日に第二エイルーン魔術学校は無事開校日を迎えた。
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