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また会ったね

 キッシュは自由を求め逃げ続けた。


 赤の世界<デミフレア>は地獄そのものであった。劣悪環境の多いこの世界では人の住める領域は少なく、その上生存競争を勝ち残った危険な生物が外を闊歩していた。人はそれに怯えながらひっそりと暮らしていたが、時にはその狭い生活領域に我慢ができず外へ逃げたり、他者を蹴落としてのさばろうとする輩も出てきた。


 領土争いの戦なんかは日常茶飯事だ。自然、人外の生物、そして人。己以外の全てが敵であった


 現状から逃げ出したい。だが何処へ行くにも地獄が待っている。それでも自由を求めて何処か安心の出来る場所に逃げたかった。


 そしてキッシュのその願いは奇跡的に叶った。


 彼女はエイスによってこの白の世界<ケレスセレス>へと召喚された。


 この世界にも魔物という危険な生き物も存在するが、あそこと比べると楽園のような世界だ。キッシュは自分をこの世界に呼んでくれたエイスに感謝をした。これでもう逃げる必要は無くなった。


 だが、この世界でも本当の自由は手に入らなかった。


 赤の異人(レッド)である自分たちを受け入れてくれる国は少ないのだ。魔術都市エイルーンなど受け入れてくれる領土も存在するが、赤の異人(レッド)だと知られると裏では嫌な顔をされる。


 その為エイスは赤の異人(レッド)たちが心から安心して暮らせる国を作るのだとよく話してくれた。キッシュは恩人であるエイスの頼みを断れずにその話に乗った。


 自分は戦闘向きではないが素晴らしい才能(スキル)があるのだという。自由を求めたキッシュが檻のスキルを手に入れたのは何とも皮肉が効いていた。


 檻は全部で5種類、それぞれ違った大きさ、使用用途で出し入れ出来る事が分かった。その上でエイスが一番評価したのが生きた生物を魔物限定ではあるが収納できるという点だ。異次元に物を収納できる超貴重アイテム【マジックポーチ】ですら生物は収納できないのだという。更にキッシュの檻に入れられた魔物は彼女の支配下に置くことすら可能なユニークスキルであった。


 魔物は一度弱らせる必要があるがそれは仲間が手伝ってくれた。彼女はチームでも重要な魔物と貴重品の運搬係に任命された。


 チームの念願である赤の異人(レッド)の為の国創りにキッシュは貢献し続けたが、彼女は徐々に不満を募らせていった。どうして自分はもっと普通に生活が送れないのか、幸せそうに町中を歩いている人を見るたびに常々そう思う。


 最初は地獄の世界から救われたことに感謝し喜んだ。だが、キッシュは知ってしまった。もっと上の幸せがすぐ近くにあることに、自分はもっと自由になりたかったということに。このスキルがあれば自由気ままに暮らせるのでは、そう思わずにいられないのだ。


 そんな中、魔術都市エイルーンに魔石回収へ行くよう頼まれた。エイスはキッシュにとっての恩人だ。無碍には断れない。それにエイルーンといえば数少ない赤の異人(レッド)を受け入れてくれる自由な都市だ。喜んでその任務を受けた。コトも一緒なのには不満を覚えたが、自分は大事な役割を担っている以上、護衛を付けられるのは仕方がない。


 コトさえいなければこのままエイルーンに雲隠れしてやろうかとも何度か考えたが、そんなことをすればエイスに迷惑が掛かるだけでなく、チームメンバーに裏切り者の烙印を押され処刑されかねない。もう少しで自分はきっと幸せに、自由になれると信じて任務に励んだ。


 何時か何時かとそう思っていた。




 結局、虎の子の魔物を全て放ったものの、あの化物の勇者には全く歯が立たなかった。岩の雨を防ぐ手だても見つからず、ついには盾にしていたスライムごと潰されてしまった。奇跡的に息があるキッシュだが内臓でも潰されたのか腹部が異様に熱く、感覚が麻痺しているのか痛みが感じない。血が驚くくらい沸き出ており、これはもう助からないなとキッシュは諦めていた。


 そこへ自分をこんな状態にした少女がやってきた。


「どうします?素直に投降するのでしたらお助けしますよ?」


 こんな状態であるキッシュを助けられるとナルジャニアは告げてくる。この少女の馬鹿みたいな魔力量ならそれも可能なのかもしれない。どんなことをしてでも生き残ってやる。あの赤の世界を生き抜いたキッシュであったなら迷わず助けを乞うだろう。


「……結構です。……もう……疲れました」


 しかし出てきた言葉はそんな弱音であった。赤い地獄の世界とは違う、この世界のぬるま湯に浸かってしまったキッシュは、もうこれ以上辛いことには耐えられそうになかった。仮にここを生き延びても今度は拷問や、行く行くは仲間への裏切り行為に加担する未来が待っている。自分は逃げる事はできても痛みや辛さをを我慢することはもうできない。


 また地獄の生活へ戻るのは真っ平であったのだ。


「そうですか……残念です」


 そう告げたナルジャニアはキッシュに魔術を施した。それは睡眠の魔術であった。既に失いかけていた意識が更に遠のいていく。それはとても穏やかな眠りの誘いであった。恐らくこのまま眠ってしまえば二度と目を覚ますことはないだろう。だがキッシュはそれを喜んで受け入れた。


(こんなに安心して眠れるのは何時以来だろう……)


 彼女はそのまま二度と覚めぬ眠りへと就いた。




 赤の異人(レッド)との激しい戦闘が終わった後、ようやくエイルーンから兵士たちが慌ててやってきた。来るのが遅すぎると心の中で愚痴っていた恵二であったが、彼らが来たところで死人が増えるだけかもしれないと思い直した。


 それにあれ程の凄まじい戦闘を見せられては、尻込みして現場に駆けつけるのを躊躇った兵士たちの気持ちも分からないでもない。


(結局、1人が死んで、もう1人には逃げられたか……)


 相手はかなり危険な企てをしている一味の仲間だということだが、それでも死者が出たのには余り良い気分ではない。それに一番危険な女には結局逃げられてしまった。片腕を失いはしたものの、この世界の魔術ならばもしかしたら復活するのかもしれない。


「おい!お前、それどうするんだよ!?」


 突如グインが声を上げた。彼の方を見た恵二も思わずギョッとしてしまう。なんとナルジャニアは血の付いた人間の腕を持っていた。間違いなくコトが切り落としていったものだろう。


「奴の残して行った腕に呪いを掛けてやります。多少は本体にもダメージが行く筈です」


「お、おう。そうか……」


 ナルジャニアは銀の世界で呪術というものを修得しているそうだ。コトが腕を切り飛ばす原因となった氷の魔術もその呪術なのだとか。その上さらに呪いを掛けるというのだろうか。先ほど殺し合った相手とはいえ、恵二はコトに少し同情をした。


「あのぉ、すみません。勇者様、ですよね?」


 すると、現場に来ていた兵士たちの1人が話しかけてきた。彼はどうやらここに送られてきたまとめ役である兵隊長のようだ。彼は事の顛末を聞き出そうとナルジャニアとグインに話しかけた。



 二人は順を追って今回の事件を丁寧に説明した。



「……成程。分かりました。それで、大変申し訳ないのですが我々と一緒に兵舎まで来て頂けませんか?上の方たちにも直接そのお話をして頂きたいのです」


「仕方ありませんね。手短にお願いします」


 ナルジャニアがそれを了承すると、二人は隊長が乗って来た馬車に同乗するよう促された。


「あ、ちょっと!Kさんも一緒では駄目ですか?」


 するとナルジャニアは恵二も一緒に乗せてくれないかと隊長に尋ねたが、その提案は却下された。


「申し訳ありません。これ以上は定員が……。後から追加の馬車もすぐ来ますので、彼にはそれに乗って貰います。お二人には出来るだけ早く来て頂きたいのです」


 どうやらエイルーン市内は思った以上に混乱しているようだ。それも無理は無い。こんな近くにAランク相当の魔物が多数出現した上、街の壁まで破壊されてしまったのだから。市議会は一刻も早く事態を治める為にも詳しい情報を欲しているようだ。ここはやはり勇者である二人に直接話して貰うのが賢明な判断なのであろう。


 兵隊長のその説明にナルジャニアは渋々納得すると、恵二の近くまで寄って来た。


「Kさん。私達はお先に失礼します。また……会えますよね?」


 そう言葉を放ったナルジャニアの頬は赤く上気していた。恵二は彼女がどうしてこんな表情をするのか分からなかったが、とりあえず頷いておく。もうこの街ではこのまま会わないつもりでいたが、何も今生の別れという訳ではない。何時か改めて成長した自分を見てもらおうと恵二は再会を心に誓って頷いた。


 グインは恵二のそんな心情を機敏に察したのか、こう告げた。


「K、助かったぜ。お前がいなかったら俺もナルも危なかった。礼を言うぜ!」


 グインが握手を求めてきたのでしっかりと返した。それを羨ましそうに見ていたナルジャニアも恵二と握手を交わすと、またすぐ会いましょうと何度も話しかけてきた。


 いい加減痺れを切らした兵隊長がグインに催促し、グインはナルジャニアの首根っこを掴むとそのまま馬車まで引きずって行った。


「Kさん!ありがとうございました。貴方はやっぱり素晴らしい魔術師です!」


 そう言葉を残し二人を乗せた馬車は去って行った。




 暫くすると、後続の馬車も次々と現場へやって来た。彼らはそこら中で散らばっている魔物の残骸処理を担当する兵士たちだ。魔物の殆どはナルジャニアが魔術で消し飛ばしてしまったが、中にはかなり貴重な素材も残っている。


 その素材の権利は当然討伐した勇者たちにあるのだが、このまま放置しておけば間違いなく誰かに盗まれる。それに勇者たちがその素材を融通してくれるか街の店に売ってくれるかもしれないという打算もある。兵士たちは出来るだけ取りこぼしの無い様素材を綺麗にはぎ取って行く。


「君が報告にあった魔術師Kだね?君はこっちだ。着いて来てくれ」


 兵士に声を掛けられた恵二は一台の馬車へと案内される。中に入るとそこには一人だけ先客がいた。どうやら乗るのは二人だけのようで恵二が乗り込むと馬車はゆっくりとエイルーン目指して動き出す。


「やあ、また会ったね」


 同乗者の男は気軽に声を掛けてくるが、恵二はこの男に全く見覚えが無かった。その男は銀髪で身長は170cmほどだろうか。それほど高くはない。年はどれくらいなのか想像もつかない。何故ならばこの男はエルフ族のようであったからだ。特徴的な尖った耳が、彼が人族よりも長寿なエルフ族であることを物語っていた。


 恵二には目の前に座っている銀髪のエルフ族に会った覚えはない。不思議に思って首を捻っていると銀髪エルフの男は口を開いた。


「ああ、ごめん。この姿で会うのは初めてだったね」


 そう謝罪をしたエルフは魔術を発動させると、その姿を変えていった。さっきまで銀髪エルフであった外見はあっという間に人族の男へと変わり果てた。


「―――!?貴方は……コリンさん!?」


 恵二の前に姿を現したのは、外来魔術大会の初戦で恵二を破った魔術師コリンであった。


「うん、それは偽名なんだけどね。まあ、君も偽名だったんだしお互い様だろう?ケージ・ミツジ君?」


 しかも驚いた事にこちらの正体もばれていた。何だか嫌な気分が込み上げてきた恵二は自分に一体何用かと尋ねた。


 仮称コリンは魔術での変装を解き、改めて本来の姿であるエルフへと戻ると自己紹介を始めた。


「改めてはじめましてケージ君。私の名はミルワード・オールエン。<千のミルワード>と言えば知ってくれているかな?」


 それを聞いた恵二は心底驚いた。勿論その名は知っていた。彼は恵二が入学を目指していた学校の教頭であり、この大陸でも3本の指に入る三賢者の一人でもあった。


 エアリムから聞いた話では、何でも彼は三賢者の中で尤も魔術のレパートリーが多い凄腕魔術師だそうだ。千の魔術を操るとも噂されることから異名までついた。


 そんな魔術師がどうして恵二に接触してきたのか、そもそもどうして変装してまで大会に出ていたのか不思議でしょうがなかった。


 更に不快な気分が押し寄せ恵二は眉をひそめる。。


「そう警戒しないでくれるかな?変装していたのは色々と事情があってね。私が君のことを知っているのは、対戦して気になった相手だからかな?人伝を使って調べさせて貰ったんだよ」


 確かに恵二の姿や本名は大会運営の係りに教えていた。学校側が運営しているのだから教頭である目の前の男が知っていても何ら不思議はない。


 だが、先ほどから嫌な気分がどんどんと押し寄せてくる。この男が発しているオーラか何かが気に障るのだろうか。


「それで、どうしても君と話がしたくてね。出来れば第三者を交えて話し合いたいんだ。今はそのもう一人の家に向かっている」


 ミルワードは次々と語りかけてくるが、気分の悪い恵二はそれどころではなかった。一体この男の何が不快にさせるのだろう。


 馬車が一際大きく揺れて更に恵二の気分は悪くなる。そこで恵二はふと気が付いた。


「彼の家で君と今後のことについて相談したい。すまないが───って、大丈夫かい?」


「すみません……馬車酔いしました……」


 久しぶりの馬車ですっかり忘れていた。自分は乗り物酔いが激しいのだ。先程から気分が悪かったのはこの男の所為ではなく、単に酔っていただけのようだ。自分で操縦したかったが疲労しきっていてそれも難しい。


 その目的地とやらに早く着いてくれと恵二はただ祈る他なかった。

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