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私に下さい

「<青の水龍(ナインフリューゲル)>、行け!」


 恵二は自らが生み出した水龍の名を呼んで命じた。別に無詠唱でも操作可能なのだが気分の問題だ。ちなみにナインフリューゲルという名は恵二が小学生の頃に遊んでいたカードゲームのモンスターから命名した。丁度このような翼のない大蛇のモンスターだったと記憶しているので拝借したのだ。


 今まで放っていた火弾(ファイヤーショット)とは比べ物にならない魔力を込められた水龍が魔術師コリンへと襲い掛かる。


「―――っ!―――雷よ!」


 光弾や光の盾では相殺しきれないと判断したコリンは魔術を切り替える。詠唱とは呼べない短い言葉を発すると、水龍の真上から巨大な落雷が発生した。


 会場が落雷による轟音とビリビリとした振動が響き渡る。舞台も大破し石の破片が周囲に飛び散る。だが、水龍はそれを意に介さずコリン目掛けて突き進む。


「―――なんだと!?」


 ここに来てようやくコリンは慌てた表情を見せた。今彼が放った落雷は短い詠唱の為気付いている者が殆どいないであろうが、上級魔術である天雷の落撃(トールハンマー)であった。込めた魔力も水龍と同等かそれ以上の量を放出した。


 だが、水龍は形を崩す事無くそのままコリンへと迫る。一体何故と思っていた内に龍はあっという間にコリンへ接近すると、彼を喰らいつこうと、その大口を上下に開いた。


「―――っ!うおおおおおっ!!」


 咄嗟にコリンは魔術障壁を全力で前方に張り巡らせた。なんとか水龍を食い止めようとつい声を上げてしまう。その甲斐あってかなんとか水龍の牙を押し留める事に成功した。だが、水龍も正面からの突破が無理だと悟ると左へと反れ、まるで時計回りで包むようにその長い巨体でコリンを囲んだ。全方位にも魔術障壁を張って水龍から難を逃れたコリンだが、そのまま完全に身動きが取れなくなってしまっていた。


 一方水龍を操っていた恵二は、してやったりといった表情を浮かべた。


青の水龍(ナインフリューゲル)に凄まじい雷を落とされた時には一瞬ヒヤッとしたが、やはり真水で創った魔術は雷属性に強い!)



青の水龍(ナインフリューゲル)>は恵二が生成した水によって創られたオリジナルの水属性魔術であった。しかもその水は不純物が殆ど含まれていない真水であった。真水が電気を通しにくいという事実は、以前ヴィシュトルテ王国で対峙した緑の異人(グリーン)の冒険者との戦いで判明していた。


 魔術でカテゴリーされる属性には相性というものが存在する。例えば火は水に弱く、水は雷に弱い。その雷は土に防がれるといった弱点があるのだ。


 だが、それは決して絶対ではない。魔術の種類や力量によってはそれを覆すことがあるし、水を蒸発させる高火力の火属性魔術だって存在する。要は工夫や条件次第で相性など刻一刻変化をしてしまうのだ。


 相手は雷属性の魔術も使ってくるかもしれない。そう考えていた恵二は水龍を創る際に真水を生成していたのだ。これにより水龍は雷属性への耐性がついていたのだ。



(奴はこの水龍に雷が効かないと思った筈!更にそこを突く!)


 コリンの動きを止めている水龍の水の性質を変えていく。今度は不純物の含まれた通常の水を注ぎ足して水龍をどんどんと大きくさせていった。これにより、今度は電気を通し易い水龍へと変質していった。


 一方のコリンもただ防いでいるだけではない。何やら長い詠唱を唱え始めた。一言であれ程の魔術を放つ男があれほど時間を掛けて唱えているのだ。あの魔術は絶対に完成させるわけにはいかなかった。


「これで決める!―――<水龍の雷鳴(サンダーブレス)>!」


 恵二はわざわざ必殺技の名前を叫ぶと雷属性の魔術を水龍へと叩き込んだ。本来なら雷の魔術が水龍を破壊しかねないが、恵二は絶妙な魔力制御でその二つの魔術を融合させた。


『―――おお!これは凄まじい!魔術師K選手の放った雷が水龍と合体したあああ!もうこれは水龍なのか雷龍なのか分かりません!中にいるコリン選手、絶対絶命かあああ!?』


 雷を纏った水龍が更に魔術障壁ごとコリンを締め上げる。コリンはそれに耐えながらも詠唱を続けていく。凄まじい精神力と胆力の持ち主であった。


 だが、恵二は更に追打ちを掛けた。何故ならば今の状態は水龍がただ雷を纏っただけ。<水龍の雷鳴(サンダーブレス)>の本領はこれからであった。


「―――っ!!」


 必死に詠唱を唱えていたコリンの両目が見開かれた。自身を包囲している水龍は再び大口を開けると、喉奥に雷と魔力を集中させた。水龍は自らの長い身体ごとコリンを至近距離からブレスで攻撃するつもりだ。魔力で編み出した龍だからこそ出来る自爆技であった。


 恵二はコリンを焼き殺さないよう慎重に威力を調整しながらブレスを放とうとする。既にコリンの張っている障壁は限界間近だ。これならば雷のブレスで魔術障壁を破壊し、電撃でコリンを容易くを気絶させることができるだろう。


「―――やれ!青の水龍(ナインフリューゲル)!」


 恵二が号令を送ると水龍は雷撃を放出した。青い稲光とともに電撃の弾けた音と魔術障壁が砕けた破壊音が聞こえてくる。水龍は自らが放った電撃による熱で蒸発してしまった。


「―――やったか!?」


 右手の拳を握りしめ思わずそう叫ぶ。コリンが立っていた場所から若干焦げた臭いがしてくる。だが、生き物を魔術で焦がした時のような特有の臭いが全くしてこない。水龍から出た蒸気が晴れてくると、さっきまでコリンが立っていた地面は黒く焦げていたが、そこには誰も居なかった。


「どこに……?」


 恵二はすぐに辺りを見渡すも舞台の上には誰も居なかった。まさか勢い余って消し炭にしてしまったかと危惧したその時、上空から強い魔力反応を感知した。すぐに上を見上げると、会場の壁の高さより更に髙い位置にコリンが立っていた。そう、驚いた事にコリンは空中で停止していたのだ。


(空も飛べるのか!?)


 遙か上空にいるコリン相手にどう対処しようか考えていると、ふとコリンの右手がこちらに向けられている事に気が付いた。魔術を放つつもりだと考えた恵二は、距離がある分こちらも魔術で迎撃しようと考えた。


 だがその考えが、致命的となった。


「―――え?」


 それは唐突に起こった。恵二の目の間に突如、半透明な緑の球体が現れたのだ。それが高い魔力の込められた魔術だと気が付き、すぐに防御態勢を取ろうとするも僅かに出遅れた。


 いきなり姿を現した半透明な緑の球体は即座に破裂し、そこから暴力的な風が周囲へとまき散らされた。


「あ」


 防御をしなければと思考した時には、恵二は既に宙に浮いていた。いや、正確には強風によって吹き飛ばされていた。この状態をどうにかしなければと考えを巡らせた時にはもう遅かった。今の恵二は魔力を強化することに全力を注いでおり、五感や身体能力をスキルで強化することを怠っていたのだ。それがここに来て油断を招いてしまった。


「―――がっ!」


 結果、あっという間に恵二は観客席のフェンスに激突し地面に落とされた。そこは勿論場外であった。


『あああ!なんという幕切れ!!魔術師K選手が優勢かと思われた展開でしたが最後は大逆転、コリン選手の辛勝です!!』


 瞬間、会場はコリンの勝利を称える歓声で埋め尽くされた。いや、それだけではない。惜しくも敗れた若き魔術師にも称賛の声が木霊した。


「すげーもん見たぜ!空飛んでるぞ!?何時の間にコリンはあんな所へ?」

「いやいや、Kの水龍の方がやばかったぜ!最後は惜しかったなあ……」

「1回戦で当たるカードじゃねえよ!魔術師K、また来年も出てこいよー!」


 最初は野次だらけであった歓声も、最後は敗者にすら温かい応援がちらほらと聞こえてきた。割合からいって魔術師Kへの声援が多い様にも思えた。それほどあの水龍のインパクトは強かったのであろう。


 だが、恵二は1人呆けていた。さっきまで押せ押せの展開だったが気が付いたら場外に飛ばされており、後ろから聞こえてくる観客の労いの言葉を聞いてやっと自分が負けたことを認識した。


(―――はは、1回戦負け、か……)


 相手が悪かったと言えばそれまでなのだが、あの時こうしていればといった後悔の念が押し寄せてくる。


(……何時までもここにいたら迷惑だな)


 気持ちの整理がまだつかない中、恵二はとぼとぼと控室を目指す。


『えー、現在舞台を急ピッチで修復中ですので今しばらくお待ちください』


 恵二の背後からはそんなアナウンスが聞こえてきた。舞台はこれまでの試合で一番酷い有様であった。それが恵二とコリンの凄まじい魔術戦の様相を呈していた。




 割れんばかりの歓声を背に受けながらコリンは舞台を後にした。控室では魔術師たち全員の視線がコリンへと注がれていた。幼い勇者とその保護者はどうやら外出中のようであったが、それ以外の者全員の目が新たな強敵の出現に警戒していることを物語っていた。


 少し一人で考え事をしたかったコリンは控室をそのまま出ると、人気のない通路へコソコソと入って行った。周りに誰も居ないことをしっかり確認すると、コリンは試合前から自らに掛けていた魔術を解除した。


 それは容姿を変える魔術であった。魔術師コリンという名とこの容姿は仮の姿、魔術が解かれ現れたのは一人の銀髪エルフであった。


「ふう、危なかった……」


 そう呟いた銀髪エルフは深く息を吐いた。


 先ほどの戦いは本当に危なかった。初撃の不意打ちにはなんとか上手く対応出来た。事前に幼い勇者の実力を見せつけられていたこともあり、容姿に惑わされず相手を警戒していた事が幸いした。水龍に動きを封じられた時には正直焦った。あれ程の窮地に落とされたのは久しぶりであった。


 慣れない時空魔術を唱えていたのは正解だった。水龍の雷撃の直前に何とか転移魔術で逃れる事が出来たからだ。その後、空中浮遊の魔術まで披露してしまった。あれは使い手が少なく貴族や商人たちが欲しがる魔術だろうから余り見せたくはなかった。その内勧誘する者が多く出てくるであろう。試合中は原則スカウト行為は禁止されている為、大会が終わったらさっさと雲隠れしてしまおうと魔術師は考えた。


(魔力も殆ど残っていなかった……。まさか三賢者とまで呼ばれたこの私がここまで追い詰められるとは……)


 銀髪エルフは先程対峙した魔術師の姿を思い浮かべる。確か魔術師Kと名乗っていた。間違いなく偽名だろう。正体を知られたくないのか色つきゴーグルにターバンを巻いており、容姿は分からなかったが身長や声から言って恐らく20代か下手をすると10代であろう。その若さであそこまでの才気があるとは、勇者といい今大会は実に面白いとエルフは笑みを浮かべた。


(もしかして、うちの生徒かな?目的を果たせたとしたら良かったのだが……)


 エルフの魔術師には変装してまで大会に出る理由があった。それは魔術学校に在籍する生徒たちに“上には上がいる”ということを実際に生で見て認識してもらう為だ。


(最近の若者はどうにも魔術を覚えると優越感に浸ってしまい堕落する。せめてさっきの魔術師君の10分の1くらいの実力を得てから得意気にして貰いたいものだ)


 そう心の中で愚痴をこぼすと銀髪エルフは再び魔術で己の姿を変えた。遠くから聞こえてきたアナウンスが試合再開を告げていたからだ。


(それにしても、さっきの彼は一体何者なんだ?後でスタインにでも聞いてみるかな?)


 自分が留守の間入って来た生徒なら、あの主任教員ならば何か知っているかもしれない。そう考えたエルフ、今は魔術師コリンだが、彼は選手控室へと戻っていった。




「貴方の魔術を私に下さい!」


 意気消沈していた恵二の目の前に勇者が突如現れた。余りにも唐突なイベントに恵二は色つきゴーグルで隠された目を点にしていた。


(―――な、なんでナルがここに来てるんだよ!?)


 ナルジャニアだけではない。彼女の後ろには懐かしい顔ぶれもいた。


(グインさんも来ていたのか……。まぁ、確かにナル一人じゃ色々と不安だよな)


 元勇者仲間であり、兄貴分的な存在でもある大男のグインが困った表情を浮かべてそこには立っていた。


「おい、ナル。いい加減にしておけ。色々と不躾だろうが……」


 グインの言葉も尤もであった。何せ負けて帰った恵二の元にいきなり彼女は現れると先程の意味不明な台詞を吐いたのだ。訳が分からず恵二は首を捻る。ちなみに二人は魔術師Kの正体が恵二であることに、どうやらまだ気が付いていないようだ。


「あのぉ、K選手、これを……」


 すると横から大会の係りの人が恵二の所持品を持ってきた。大会中はマジックアイテム以外の装備品は持ち込み禁止だったので預けていたのだ。恵二はナイフやポーチを受け取るとそのまま無言で頷いた。こんな至近距離で生の声を聞かれたら自分の正体がばれてしまうと思ったからだ。


(どうする?正体を明かすか?しかし、格好つかないなぁ……)


 出来れば成長した姿を見せてから正体を明かしたかった。だが、優勝と息巻いていた結果がまさかの初戦敗退。このまま目の前の少女に姿を見せるのはなんだかとても悔しくて恥ずかしかったのだ。


「おっと、確かにいきなりで失礼でしたね。宜しければちょっとこちらに来てください」


 宜しくないのだが彼女は強引に恵二の腕を掴むと控室の外へと連れ出して行く。されるがままに人気のない通路まで連れて行かれると、ナルジャニアは事情を説明し出した。


「実は私、珍しい魔術を収集しておりまして。先程貴方が披露された水龍は実に見事でした。その魔術をこの玉に撃ち込んで欲しいのです」


 ナルジャニアはそう説明するとビー玉のような小さい綺麗な玉を取り出した。王城暮らしの際、何度か彼女が持っているのを目撃していた不思議な感じのする玉であった。マジックアイテムか何かだろうか。


「これは私のスキルが生み出した魔玉です。これで貴方の魔術を封じ込めると、好きなタイミングでその魔術を使う事ができるのです。お願いできますか?」


 ナルジャニアからそう説明され恵二は納得をした。どうやらその魔玉とやらは以前ヴィシュトルテ王国であったS級冒険者リアネールが所持していた【エンチャントナイフ】と似たような働きがあるようだ。


 自分の魔術が勇者仲間であるナルジャニアの力になれるのなら協力しない訳にはいかない。恵二は迷わず首を縦に振った。


「本当ですか!?ありがとうございます!ああ、でも頂くだけだと悪いですね……。そうだ!何か欲しい魔術はありませんか?これは高名な神官さんから頂いた回復魔術です。この玉はランバルドって人が込めた火炎魔術です。こっちはなんと、緑の異世界魔術が込められているんですよ!」


 彼女は嬉しそうに魔玉を取り出して説明をしていく。白の五大魔術師と呼ばれているらしいランバルドの魔術ならば欲しがる者が多数いるのではないだろうか。それに緑の異世界魔術とは、もしかして緑の異人(グリーン)であり恵二の元勇者仲間であるエルフの青年、イザー・ブルールーが込めた魔術なのだろうか。


 色々と迷ったが、恵二は一番初めに紹介された魔玉を指差した。どういった威力の魔術が込められているのか判断が付かない恵二は、無難な回復魔術を選択したのだ。


「おお、これを選ぶとはお目が高い!この神聖魔術はレアですよー。何せ現在この大陸の殆どで神聖魔術が扱えませんから……」


 そう言われるとそうであった。現在<神堕とし>の効果範囲は中央大陸の殆どまで拡がっているそうだ。元々自分は<神堕とし>対策として呼ばれた異世界の勇者であった。自分の夢の為に使命を放棄した恵二は、未だ勇者として奮闘している二人に負い目を感じた。


 早くこの場を去りたい恵二は水龍を魔玉に放った。すると巨大な水龍はどんどんと小さなその玉に吸い込まれていく。幾つか欲しいと駄々を捏ねられた恵二は魔力の持つ限り水龍をプレゼントした。<水龍の雷鳴(サンダーブレス)>まで付けた大盤振る舞いだ。何体かの水龍をそれぞれの魔玉に納めるとナルジャニアは嬉しそうにその魔玉を懐にしまっていった。


 それを確認した恵二はそのまま無言でこの場を去ろうとした。すると慌ててナルジャニアが背後からお礼を述べてきた。


「ありがとうございます魔術師Kさん。貴方は素晴らしい魔術師です。このまま精進して今度ももっと面白い魔術を見せてくださいね!」


 少女のその言葉に恵二は思わず涙がこみ上げてきた。以前は足手まとい扱いされたナルジャニアから魔術師として認められたのだと思うと感慨深いものがあったからだ。一方そんな恵二の気も知らないナルジャニアは、珍しい魔術を手に入れてご満悦であった。鼻歌交じりに自分のいた選手控室へと戻っていく。


 恵二も取りあえずエアリムたちの元へと向かおうかと考えた時、後ろから再び声を掛けられた。


「ケージ、久しぶりだな」


 グインは恵二の正体を見抜いていたのだ。

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