魔術師K
「全くもう……なんなんですか、あの人は!?」
圧倒的勝利を収めたナルジャニアであったが、その顔は不機嫌そうな表情であった。ぷんすかしながら選手控え室へと戻っていく。
控え室には他の魔術師もいたが、彼女の桁外れな実力を見せつけられ皆が距離を置く。
そんな中、大柄な男が彼女の元へと近付いた。
「何をそんなにカッカしてるんだ?お前が勝ったんだろ?」
「だってグインさん!あのキザ男、私を子供扱いしたんですよ!?」
「いや、ナルは十分子供だろうが……」
何を言っているんだと呆れた様子で言葉を返す大男。この男もナルジャニアと同じ異世界の勇者であった。
彼は大会の参加者ではないが、ナルジャニアの同行者として控え室に入ることを特別に許可されていた。同行者と言い出したのはナルジャニアであったが、グインの入室を許可した係りの者は、彼を少女の保護者と認識していたであろう。
尤もその事実を口にしようものならナルジャニアが余計に騒ぐと思いグインはそれを黙ったままであった。
「まあ、その件は少しだけ気が晴れましたが、それよりグインさんの成果はどうですか?」
「ああ、まだ本命はいないようだが、色とりどりって感じだぜ?」
グインはそう返事を返すと懐から水晶玉を取り出した。その水晶玉は白を始め青や緑、紫色、そしてナルジャニアやグインの出身世界を示す銀や灰色と多種多様な輝きを放っていた。
「うわー、雑多ですね。紫色なんて始めてみましたよ」
「そうだな。ブルーやグリーン、グレーなんかは結構な確率でいるそうなんだが、パープルやシルバーは珍しいんだとよ」
「流石は魔術大会ですね。それにしても妙に多い気がするんですが……」
「だが、まだ赤色は見当たらねえ。とりあえず俺が水晶玉を見てっから、ナルは魔術大会を楽しんでな」
「うーん、今のところ面白そうな魔術は見当たらないですけどね」
そう愚痴を溢しながらもナルジャニアは舞台へと視線を移す。そこでは第4戦が行われていた。彼女は選手が放つ魔術を一つ一つ真剣に凝視していた。
何故なら彼女は魔術収集家であったからだ。
「それにしてもすげえな。異世界の勇者様って奴は……」
第3戦を見終えたジェイサムは思わずそう呟いた。
「ちょっと!本当に大丈夫なの!?ケージの奴、あの子に勝たないと入学出来ないんでしょう!?」
キュトルは魔術に一番詳しいエアリムに問い詰める。
魔術学校の入学を賭けた大会とあって、ジェイサム、キュトル、エアリム、ガエーシャ、シェリーの5人は元パーティメンバーである恵二の応援に駆けつけていたのだ。
魔術師であり、現在は魔術学校の生徒でもあるエアリムは、キュトルたちに分かりやすく魔術戦の解説をしていたのだ。彼女の魔術知識は優秀な魔術師である両親から叩き込まれており、そこらの魔術師以上に博識であった。
先程の勇者ナルジャニアの試合は、一般人から見れば地味な魔術で呆けていたクルーガーが吹き飛ばされただけのように見えた。
だが魔術に詳しい者から言わせてもらうと、それは一体何の冗談だと声を上げて叫びたいくらいの所業であった。
何故なら彼女は魔術大会であるにも関わらず、魔術を一切使わずに勝利を収めたのだ。魔力を纏って防いだだけ、魔力を放って相手を吹き飛ばしただけなのだから。
故にキュトルに“恵二はあれを倒せるのか”と尋ねられたエアリムは言葉に詰まってしまった。恵二の凄さは知っている。この中で誰よりもエアリムが一番彼の凄さを理解していた。
それでも、あの化け物の少女には届かない。
エアリムは自分の正直な思いを心の奥底に封じ込め、最後まで少年を信じて応援しようと舞台に視線を戻した。
第6戦も終わり、次はいよいよ恵二の出番であった。
『いよいよ一回戦も折り返しとなります!本日の第7戦、両選手の入場です!』
女性実況のコールを受け、恵二は中央の舞台上へと歩を進める。観衆の前に恵二が姿を見せると、観客の中には疑問の声を上げる者が現れ始めた。
「なんだ?今度の魔術師もえらく小さいな」
「可笑しな変装をしているぞ?」
「あれ、まだ子供じゃないのか?」
恵二もナルジャニア程ではないが年齢はまだ17才と幼い。身長も高い方ではないので変装をしていても子供だとバレてしまう。
『さあ、まずは東側からご紹介致します!今大会初参加、つい一週間前に飛び入り参加しました正体不明の魔術師K選手!』
実況の紹介に観客たちは困惑しながらも拍手を送る。
「おい、ふざけてんのかー!」
「Kって変な名前だぜ!」
一方笑いながら野次を飛ばす観客も出てきた。勿論偽名だと分かっていての挑発だ。酒を飲んでいる者も多く、こういった野次は付き物だ。
『対する西側から登場しましたのは、こちらも今大会が初参加となります流離いの魔術師、コリン選手!』
恵二の目の前に現れたのは、年は40くらいだろうか、何とも特徴のない中年魔術師であった。エアリムも知らない魔術師ということだが、どうやらこの男も初出場だったようだ。
『奇しくも初参加同士の戦いとなりました。お互い前情報のない同士のカードとあってか、どういった魔術戦になるのか、わたし非常に楽しみです!』
これといった情報のない中、実況は会場を盛り上げようと頑張っていたが、見るからにつまらなそうな試合に野次を飛ばす者は多い。観客たちの殆どが一見ぱっとしない魔術師同士の対戦とあってか、トイレ休憩や食べ物を売っている屋台に向かった。
そんな中でも敗北を許されない恵二は油断なく相手をじっくりと観察していた。
(何かの魔術が発動しているのを感じるな……。マジックアイテムか既に魔術を使った後か?)
別に試合前から魔術をかけているのはルール違反ではない。マジックアイテムを使うのも許可されている。だが、一度舞台に上がってからは試合開始の合図まで魔術の使用は勿論、詠唱すらも禁止されている。
そこを恵二は利用しようと考えていた。
(試合開始と同時に無詠唱で魔術をぶっ放す!)
恵二の強みは、その魔術制御技術だ。その気になれば無詠唱で中級魔術以上を放つことも可能だ。それに強化スキルを合わせればまさに鬼に金棒だ。スキル使用が認められていることも勿論確認済みだ。
『それでは一回戦の第7戦、開始して下さい!』
試合開始と同時に恵二は魔力を大幅強化させた。そしてそのままノータイムで魔術を放った。最初はやはり自分の得意な火弾を選択した。
恵二の強化スキルと魔術を組み合わせるには、主に二通りの方法がある。
魔術を発動させてからそれを強化する方法と、魔力量を強化で増幅させてから魔術を放つ二通りである。
恵二は今回後者のパターンを選択した。熟練の魔術師相手では前者の方法だとスキルが露見する恐れがあるからだ。
恵二はスキル超強化で増幅させた魔力をふんだんに使った火弾を放った。初級魔術とはいえ、その破壊力は中級魔術以上はあるだろう。それを不意打ちしたのだ。
魔術で迎撃する時間はない。例え魔術障壁を展開しようとも、相当の魔力量がなければ、この威力は防げまい。
相手魔術師であるコリンは無詠唱で放たれた魔術に驚いていた。だが直ぐに気持ちを落ち着かせると男は一言呟いた。
「───盾よ!」
たったそれだけの短い言葉で光輝く透き通った盾がコリンの前に出現した。しかもその光の盾は恵二の火弾を防いだ上に尚も健在であった。
「───!?」
初撃で仕留めるつもりで放った魔術を完璧な形で防がれた恵二に動揺が走る。その直後、今度はコリンの両手から複数の光弾が射出されていた。しかも今度は無詠唱だ。
(―――多い!はやっ!!)
咄嗟に恵二は魔術障壁を張る。嫌な予感がしたので魔力の出力を目一杯にして障壁を展開させた。合計5つの光弾は障壁に着弾すると凄まじい衝撃音を響かせた。
(―――っ!防ぎきった、か?)
何とか全弾防いだようだが魔術障壁がかなり消耗していた。恵二はこれまで魔術障壁を余り使った事が無かった。魔術で狙われるという経験が少なかったのと、大体が接近戦で方を付けるか魔術で魔術を撃ち落としてきたからだ。加減が分からず全力で障壁を張ったが今回はそれが幸いした。
『―――す、凄い!凄すぎます!開幕から激しい魔術の撃ち合いだ!しかも、両者ほとんど詠唱をしていないように思えましたが……。エレンさん』
実況は解説として隣で座っている魔術師副ギルド長のエレンに話を振った。
『驚きました。魔術師K選手の先制攻撃は無詠唱でした。その威力からいって多分<火炎弾>ですかね。しかしコリン選手は更に素晴らしい!たった一言で魔術の盾を展開させると、すぐさまお返しとばかりに無詠唱で魔術を放ちました。それも5つ!恐らく彼が使った魔術は<光の強盾>と<光滅弾>でしょう!』
解説が説明し終わると観客たちからは感嘆の声が上がった。それもその筈、副ギルド長のエレンが今述べた魔術は全て中級魔術であった。第三戦目でクルーガーが見せた<雷光弾>も詠唱を出来るだけ短くしたにも関わらず数十秒を要した。
だが二人は無詠唱、もしくはたった一言の詠唱で中級魔術を撃ち合ったのだ。尤も恵二の魔術は正確には初級魔術の火弾であったのだが、威力は中級以上なので完全に間違いという訳ではない。
「いいぞー!やっちまえコリン!」
「負けるな、やり返せ魔術師K!」
思いもよらないダークホースの出現とあって、観客たちは再び沸き出した。席を離れていた者も凄い試合が行われていると聞き慌てて戻ってきた。二人ともこれ程の実力者だとは思いもしなかったのだ。
尤も、一番想定外だったのは戦っている本人たちであった。お互いが相手のことを初出場の単なる非凡な選手だと考えていたのだ。
(何なのだ、この子は!無詠唱であれ程の魔術を放ってくるとは……。これは少々本気を出さねばなるまいか?)
一人心の中でそう決意した魔術師は、後の対戦まで隠しておこうとした実力を出し始めようと考えを改めていた。
そして、そんなコリンと対峙する恵二も対戦相手の評価を上方修正した。
(不味い。このおっさん強い!俺が今まで魔術戦で相手にしてきた中で間違いなく一番強い!)
ランバルドや勇者たちとの訓練は除外だが、過去の魔術戦においてまず間違いなく最強の難敵であろう。これが接近戦有りならば、己のスキル<超強化>で限界まで強化した身体能力で迫り一撃撃破なのだが、今回は魔術のみでの戦いだ。全力で魔術を放とうにも観客に被害が出る魔術は禁止されている。一応観客席は魔術での防御が施されているそうだが万が一があっては不味い。
(仕方ない。とりあえず作戦を立て直すまでは手数で勝負だ!)
恵二は再び無詠唱で火弾を展開させる。ただし、今度は一つではない。全部で10個もの火の弾を一度に放出させた。それもただ真っ直ぐに飛ばすのではない。10個もの火弾は右から左から、上昇してから急降下し、中には低空で飛ばしてから突き上げるなど、それぞれが違った軌跡を描いてコリンへと迫った。
「―――っ盾よ!―――氷よ、降り注げ!」
対するコリンも負けじと応酬をする。先ほどと同じ様にたった一言で盾をもう一枚展開させた。更に片手で光弾を無詠唱で発動し飛ばす。それと同時に今度は氷の槍雨を上空に出現させ降らせる。
盾はともかく光弾と氷の槍は同時に出現したかのように思えた。違う属性の魔術を同時に扱うことなど出来るのかと恵二は驚いた。
氷の槍は恵二の火弾へといくつか命中し相殺される。残った火弾も全て光の盾によって防がれた。だがなんとか一枚は盾を割ることに成功した。
しかし、コリンの方も負けじと氷の槍を降らせ続け、そのまま恵二へ攻撃を加える。恵二はそれを躱しつつ避けられないものは障壁でなんとか軌道を逸らす。どうやら氷の槍は光弾以上の貫通力があるようで、まともに受けては魔術障壁が持ちそうにないのだ。
(こうなりゃ自棄だ!)
数で駄目なら更に手数を、恵二は火弾の数を更に増やし続けた。強化スキルを全力行使した場合の火弾の最高数は59だが、流石にあの威力を放てば相手が死んでしまう。威力はそこそこに抑え、その分手数を増やしてコリンを攻め続けた。
「―――馬鹿な!?」
火弾の数が100を超えようかという時点で流石に男は驚愕の声を上げた。だが、未だにコリン自身にはたった一発も魔術が命中していない。全て光の盾や氷属性・風属性の魔術で凌いでいるのだ。
(とんでもない魔術師だな……。なら、覚えたてのこいつならどうだ!)
ここで恵二は数ではなく質で攻めることへと切り替えた。
恵二は水属性の魔術を操作して形作っていく。そして完成したのは水で出来た一匹の大きい龍であった。
『―――おおっと!魔術師K選手、今度は大きな水龍を生み出した!こんな魔術、見たことありません!』
今まで恵二が放った魔術は全て火弾で、数こそ凄まじいが地味な魔術であった。それが一転、水で出来た巨大な龍を出現させると会場の観客たちを大いに盛り上がった。
「すげえええ!あんなの見たことないぞ!」
「一体どうやってるんだ?あれ、本当に魔術なのか?」
「龍種って確か最低でもAランクの魔物よね?もしかして、あれって召喚術か何かなのかしら?」
魔術に通じている者も恵二がどうやってあの龍を出現させているのか全く分からなかった。そんな中、ただ一人だけあれがどういった魔術なのかいち早く見抜いた男がいた。
(あれは……!間違いない!私のオリジナル魔術と構成が似ている!?)
エイルーン魔術学校の主任教員であるスタインは、魔術師Kの生み出した水龍が自身の編み出した魔術<火鳥の吐息>と似ている事に気が付いた。だが、あの魔術は実用性が無く単に制御が難しい死に魔術であった。しかし、ついこの間その魔術を改良してみせた少年がいた。
舞台に出現した水龍も属性や姿こそ違うものの、改良された<火鳥の吐息>と作りがかなり酷似していた。あれ程の魔術を扱える者などそうはいない筈だとスタインは確信する。
(―――ケージ・ミツジ!まさか、お前なのか!?)
事情を知る者を除いて、唯一スタインだけが魔術師Kの正体を見破った。




