手加減
『さあ盛り上がって参りました!本日の第三戦はいよいよ注目選手の登場です!』
会場では実況や解説が付いているようで、声を拡張させるマジックアイテムを使い女性が城内を盛り上げている。会場の中央には広い舞台が設置され、両サイドの控え室から選手が舞台に出てくると会場のボルテージは更に高まった。
『まずは東側から。前大会は惜しくもベスト8という成績でしたがその実力は折り紙つき!エイルーン魔術師ギルド本部に所属している期待の若手魔術師、クルーガー選手!!』
アナウンスの紹介と共に観客は沸いた。前大会で好成績を残した上、地元の魔術師とあってか歓声も今までで一番大きかった。その上まだ20代の青年魔術師とあってかファンも多いようだ。
特に若い女性のファンが多いようだ。よくよく見ると青年の顔は整っておりハンサムと言えなくもない。前大会では学生の身でありながらベスト4に輝いたマイン・マウアーと女性ファンの人気を二分するほどなのだという。
ファンの声援にクルーガー青年は手を振り応えていく。すると更に女性たちからは黄色い声援が返ってきた。
(くそー!イケメンめ!負けてしまえ!)
思わず心の中でそう呟いてしまう恵二。恵二の他にも会場の中には同じ思いの輩は多くおり、モテない男たちは青年に余りいい顔をしていない。
だが、どうせこの黄色い歓声もここまでだろうなと恵二は確信している。何せ彼の相手が悪すぎた。
『そして対する西側から登場したのは、はるばる東の国からやって来た異世界の勇者、ナルジャニア選手です!』
実況が観客を盛り上げようと勇者の名をコールするが、さっきまでとは打って変わって軽いどよめきが起こった。
最初は勇者が来ると聞いて盛り上がっていた観客たちだが、あまりにも幼い少女の姿を見ると、予想外の外見に驚いた後、彼女の実力を疑問視し始めたのだ。
「なあ、あれが本当に異世界の勇者様か?」
「女と聞いてはいたが、まだ子供だぞ?」
「うちの子より幼いんじゃないかしら?」
観客たちがそう思うのも無理はなかった。何せナルジャニアは恵二より二つも年下なのだ。見た目はまだ年端もいかない少女だ。
魔術は基本長い年月をかけて磨いていくものだ。それは剣術なども一緒なのだが、身体のピークがある武術と違い、魔術は老人でも達者な術者が多い。その為老齢の魔術師を超える若い優秀な魔術師という存在はとても希少であった。
そういった性質上、長寿なエルフ族や魔族などは大魔術師が多いが、人族はやや不利な形となる。
そして今観客たちの目の前にいる勇者は、まだ成人もしていない人族の少女だ。彼女の姿を見て腕のたつ魔術師だと思う者は少ないであろう。
「お嬢ちゃん、頑張れー!」
「ぎゃはは。ここはお遊戯会の会場じゃねーぞ!」
「キャー、可愛い!」
それでも少女の容姿が受けたのか、暖かい声援もちらほらと聞こえ始める。一部ヤジも飛んでいるが先程の試合も似たような声が聞こえていた。こういった大会にはつきものであろう。
両者は舞台に上がると位置に着いた。
魔術大会の特殊ルールとして、お互い移動できるエリアが限られている。大きな円を描いた舞台の中央に2本のラインが引いてあり、その線より中に入ることは許されていない。接近戦は禁止となっているためだ。
あくまでもお互い離れて魔術で撃ち合うのがこの大会の主旨だ。ちなみに場外アウトも即失格となる。それ以外は魔術であればマジックアイテムを使っても何をしても大丈夫だそうだ。
「これは可愛らしい勇者様だ」
「どうも、初めましてです」
二人の会話が聞こえてくる。どうやら舞台に特殊なマジックアイテムが設置されているようだ。そのマジックアイテムを通して二人の会話が場内に響き渡る。これも大会を盛り上げる為の演出だそうだ。
「魔術に長けた勇者だと聞いていたが、君のような子供相手では傷つけないように気を付けなければね」
クルーガー青年はキザったらしい笑顔をナルジャニアに向ける。遠回しに彼女の実力を侮った発言をしたが、ナルジャニアはそれを意にも介さず笑みを浮かべたまま返答した。
「手加減して頂けるのですか?実はこちらの世界の魔術大会は初めてでして、少し不安だったんです」
ナルジャニアが弱気とも取れる発言をすると、更に余裕を得たのかクルーガーは饒舌に語りかけた。
「そうかい。そうだろうね。では、こうしよう。僕は上級魔術も使えるが、君には中級魔術しか使わない。いくら勇者とはいえ、君みたいなお子様にはこれで十分だろうからね」
調子に乗ったクルーガーは観客の前でそう宣言をした。この大胆な発言に観客は大いに沸いた。ナルジャニアは依然顔色を変えずに笑みを浮かべたままだ。
『クルーガー選手、大きく出ました!対するナルジャニア選手も大舞台のなか堂々としたものです!この勝負の軍配は一体どちらに傾くのか───それでは第三戦、スタートです!』
試合開始が告げられた。まず始めに動きを見せたのは手加減宣言をしたクルーガーだ。素早く詠唱を唱えていく。
因みに詠唱の声もマジックアイテムによって会場の観客にもよく聞こえる仕組みとなっている。通な観客や魔術に長けた者は、選手の詠唱を聞き取ることによって、この先の展開予測や魔術研鑽の参考にしている。
『始めに動いたのはクルーガー選手!この詠唱は?』
『クルーガー選手の得意な属性の一つ、雷の中級魔術ですね。しかもこの詠唱は制御の難しい魔術ですよ。ですがその分詠唱時間も短縮され威力も十分な高難易度魔術です』
実況の質問に解説者は観客に分かりやすく答えていく。こういった気遣いも、この大会ならではの醍醐味だ。観戦している生徒や魔術師たちの中には一生懸命メモを取っている者もいる。
ちなみに解説を担当しているのは魔術師ギルドの副ギルド長だそうだ。
『おっとー?対するナルジャニア選手、微動だにしません。これは一体どういうつもりでしょうか?』
『うーん、詠唱も全く始めておりません。何か切り札があるのやもしれませんねえ』
ナルジャニアは一歩も動かないままクルーガーの詠唱が終わるのをただ待っていた。無詠唱魔術で対抗でもする気かと思ったが、今のところ魔力を動かす素振りすら見せない。
そうこうしている内にクルーガーの詠唱が終わった。
「安心しなよ。死なないように威力は押さえてあるから―――雷光弾!」
クルーガーは宣言通りに中級魔術を放った。いくら手加減しているとはいえ、あのレベルの魔術をまともに受ければ深刻なダメージを負う恐れもある。だが、驚いた事にナルジャニアは自分に迫ってくるその雷撃を黙ってその身に受けとめた。
「―――な!?」
これにはクルーガーだけでなく観客たちも驚いた。詠唱をしようとしないナルジャニアを見た観客たちは、彼女が魔術を避けるなり防御をするものだと思い込んでいたからだ。ところがその予想が見事裏切られ、まともに魔術を喰らった少女を見て悲鳴を上げる者もいた。
だが、それを見た観衆たちはこの後更に驚かされるのであった。
「おお、無事だ!」
「生きている!」
「しかもピンピンしているぞ?あれだけの魔術を喰らってどうなってるんだ!?」
ナルジャニアは試合開始から全く変わらない姿勢、変わらない表情を浮かべたままそこに立っていた。それを見て一番驚いているのは、魔術を放ったクルーガー本人であった。
「な、何故!?何故避けなかった!?いや、そもそもどうして無事でいられるんだ!?」
若干声を上擦ってクルーガーは少女に問いただした。それにナルジャニアは淡々と答える。
「貴方が手加減をしてくれたお蔭です。これなら魔術障壁を張る必要もありませんでしたから」
「~~~!?」
それを聞いてクルーガーは今度こそ絶句した。いくら中級魔術で手加減したからといって、自分の魔術は生身で受けて無事なほど生易しい代物ではない。そこで彼は、ある一つの考えに辿り着いた。
「そ、そうか!マジックアイテムだな?そのローブやマントは魔術耐性が高いマジックアイテムなのだろう?」
「んー、全く無いとは言いませんが、私は機能よりどちらかというとデザイン重視ですから。それに今くらいの魔術でしたら、私の耐魔術で簡単に防げるレベルでしたよ?」
相変わらず淡々と話す彼女の言葉に、一部の観客たちは成程と頷き納得をする。だが魔術をよく知らない者には何が起きたのかさっぱりだ。
『これは一体……どういうことでしょう?』
『ううむ。信じられない事ですが彼女の話が本当だとしたら、クルーガー選手の魔術を彼女は魔術障壁無しで、つまり己の耐魔術防御のみで防いだのでしょう。誰しもが大小関わらず耐魔術を持っていますが、髙い者でもせいぜい初級魔術を我慢できるレベル。彼女のように中級魔術を受けて平然としているような存在は見たことありませんよ!』
解説の副ギルド長は興奮気味にそう述べた。耐魔術とはその名の通り魔術に対する耐久値のことを指す。だが、一般人の耐久値など微々たるものだ。幾らなんでも生身で魔術を我慢できるほど人間は頑丈にできてはいない。その為通常は魔力を操作して魔術障壁を身体の周りに展開させるか、魔術で盾などを出現させて確実に防御をする。
魔術の盾に対して魔術障壁とはいわば鎧の様なもの。そして耐魔術とは服や皮膚のように薄いものだと置き換えれば分かり易いだろう。つまり彼女は生身で相手の矛を防いだようなものだ。周りが驚くのも無理はない。
そして己の攻撃を防がれた魔術師本人は、より目の前の出来事が信じられなかったのであろう。故に彼女の言葉を虚言だと思い込んだ。
「は、ハッタリだ!僕の魔術が生身で防げる訳が無い!そ、そうか!そのローブ、電撃への耐久値が髙いのだな?それならば―――」
そう自分に言い聞かせクルーガーは再び詠唱を始めた。先ほどとは違う属性の魔術のようだ。
『さあ、再びクルーガー選手が詠唱を始めました!一方ナルジャニア選手は未だ微動だにせず!これは余裕の表れなのかー?』
実況のその言葉にクルーガーは顔を真っ赤にしてナルジャニアを睨みつける。自分がコケにされていると思ったのだろう。魔術に込める魔力にもつい力が入る。
「今度はその薄っぺらいローブで防げるような威力ではないぞ!―――疾風刃!」
風属性の中級魔術、疾風刃がナルジャニアを襲う。先ほどの雷撃魔術と違い、殺傷性の高い攻撃だ。その上込められている魔力も増えている為、いくら勇者と言えど生身では大怪我をするであろう。彼女も流石に危険を感じたのか魔力を操作する動きを見せた。
だが彼女の行動はまたしても周囲の予想を超えてみせた。またしても魔術障壁を張らず風の刃を受け止めたのだ。
『ああっ!クルーガー選手の放った風の刃が炸裂ー!!モロに受けたぞ!ナルジャニア選手は大丈夫なのかー!?』
風の刃が着弾したことにより、舞台は激しく破損をし埃が辺りに舞った。その埃も次第に晴れていくとナルジャニアの姿がようやく見えてきた。そして完全に視界が晴れると観客たちはまたしても驚かされた。
「おお!また無傷だぜ!」
「あれを喰らってか!?」
「信じられん……」
ナルジャニアは怪我を負うどころか、着ているローブにすら傷一つ付いていないように見えた。一体どうやって防いだのか。観客は勿論、解説者も理解不能で言葉が出てこなかった。
そんな中、恵二は今の一部始終をしっかりと見ていた。そしてナルジャニアがどうやって先程の魔術を防いだのかを理解していたのだ。
(魔力だ!ナルの膨大な魔力がアイツの風魔術を打ち消したんだ!)
魔術をしっかりと防ぐためには魔術発動によって出現させる盾で防御するのが一番理想的な形だ。だが、それが間に合わない場合には魔術師は通常、魔術障壁を展開させる。
魔術障壁には詠唱は要らず、ただ自身の魔力で防ぐイメージを浮かべるだけだ。他人にも使うことができる。ある意味簡易的な無詠唱魔術と言ってもいい。その分効果は期待できないが生身で受けるよりは断然ましだ。
だが、先程のナルジャニアはただ魔力を自身の外側に放出しただけだ。その魔力には何の意志も込められていない。ただ、圧倒的物量差のある魔力が、実体と化したクルーガーの風魔術を打ち消したのだ。こんな芸当、膨大な魔力保有量を誇るナルジャニアくらいにしか出来ない。彼女は巧く隠してはいるが、その魔力量はこの会場内にいる誰よりも桁違いに多い。
そうとは知らずクルーガーは二度も自身の魔術を防がれて完全に頭に血が上っていた。躍起になった彼は再び詠唱を開始させた。
『―――む、これは!?』
思わず解説者が声を上げる。それもその筈、青年が今準備している魔術は試合前に使わないと公言していた上級魔術であった。込められている魔力量も先程より桁違いの多さだ。どうやらいよいよ相手を本気にさせたようだ。それに対してナルジャニアは依然不動であった。
「調子に乗ったな、小娘!―――爆炎弾!」
どうやらクルーガーは雷や風属性だけでなく、炎も見事に操れるようだ。あれは間違いなく火属性の上級魔術、爆炎弾であった。恵二の十八番である火弾の最上位互換とも言える魔術だ。当然その威力も段違いだ。
炎の爆弾とも呼べる魔術がナルジャニアを襲う。流石に上級魔術相手に魔術障壁くらいは張るかと考えていた恵二であったが、一向に障壁を張る動作を見せない彼女に不安を覚えた。
(おいおい、いくらなんでもそれは不味いんじゃないのか?)
だが、恵二のその心配は杞憂であったのだとすぐ思い知らされる。ナルジャニアは先程と同じ様に魔力を外へと放出させた。ただし今回その魔力には属性が込められていた。冷気を纏っただけの魔力が彼女の身体を覆うと、迫りくる火の弾を防ぎ消滅させた。
余りの光景に会場は静まり返った。
「な……なんだと……!?」
身体を震わせながらクルーガーはようやく言葉を絞り出した。先ほどの魔術はこの青年の切り札、必殺の魔術であったのだ。それを魔術障壁すら出さずに防がれてしまい、呆然としてしまっていた。
そんな彼に、少女は先程よりも少し冷たく言葉を放った。
「それで、そろそろ手加減は止めて本気で来ませんか?何時までも子供のお遊びをしていたら、観客の皆さんも興ざめです」
「―――!?」
少女のその言葉にクルーガーは身体を一歩引いた。どうやら自分は彼女に、未だ手加減をしているものだと思われているらしい。そう受け取った青年は目の前の怪物を心の底から恐れたのだ。
(あーあ、ナルのやつ怒ってるな……)
一方恵二はナルジャニアの凄まじい力を見せつけられながらも、精神面は相変わらず子供だなと彼女を呆れた目で見つめていた。
ナルジャニアは子供扱いされるとよくへそを曲げるのだ。恐らく最初のクルーガーの対応が彼女の琴線に触れたのであろう。ナルジャニアもクルーガーがとっくに本気であったことは理解していたのだ。それで先のような台詞を吐くのだから性質が悪い。まあ相手の自業自得だなと思わなくもないのだが。
「来ないのでしたら今度は私の番です」
そう言葉を発したのと同時に彼女は魔力を放出させた。それは魔弾とでも呼称するべきなのだろうか。何の術式も詠唱も使われていない、単なる魔力の塊をクルーガーに放ったのだ。
「―――ぶっ!」
それを顔面にモロに直撃させられたクルーガーは、後方へ大きく吹き飛ばされる。その先は舞台の外、つまり場外であった。
『り、リングアウトです!ナルジャニア選手の無詠唱での魔術が見事決まった!この勝負、ナルジャニア選手の勝利です!!』
実況の勝利宣言と同時に先程まで静まり返っていた会場は一気に沸いた。最初は彼女の実力を疑っていた観客たちであったが、ふたを開けてみれば一発で相手を打ち倒したナルジャニアに惜しみない称賛の声が木霊した。
「すげー!強すぎるぜ、お嬢ちゃん!」
「可愛いし強くて素敵な勇者様ね!」
「勇者ナルジャニア様万歳!」
観客が新たな英雄の誕生に盛り上がっている中、恵二はどうやってあのとんでも勇者を倒すかを必死に考えていた。
(強いとは分かっていたが、やっぱりナルは凄すぎる!あいつ、結局魔術を一度も使っていないじゃないか!?)
彼女は相手の魔術を防ぐ際にも、魔術の発動どころか魔術障壁すら展開させていなかった。勝負を決めた攻撃もただ魔力を飛ばしただけだ。あれは魔術とは普通呼ばない。それに気づいている他の参加者たちも彼女の実力の一端を見て戦慄していた。
魔術学校への入学を賭けた大会だというのに、思わぬ強敵の出現に恵二は頭を抱えるのであった。




