壊しがいのある丈夫そうな壁
「魔術大会、ですか?」
「ああ、その大会に優勝して学校に入ろうと思うんだけど、どうかな?」
恵二は現在ラングェン邸を訪ねていた。リリーから見せてもらったチラシで外来魔術大会の存在を知り、恵二は優勝をして副賞である魔術学校への特待生の地位を得ようと考えていたのだ。だが、ハワード校長は市長と関わりのある受験生を全て落とすほどラングェンの手の者を嫌っている。果たして自分は優勝しても無事学校に入学できるのかを確かめに来たのだ。
「確かにこれなら問題なく入れると思います。大々的に公表していますし、副賞である入学の話を反故にすれば学校の信用はガタ落ちです」
アトリの返答に恵二は安堵する。どうやら優勝さえしてしまえば、いくら横暴な校長と言えど止める手立てはないようだ。
だが、アトリの表情は浮かないままであった。
「けれどお兄さん分かってます?優勝しなきゃいけないんですよ?お兄さんが強いのは知っていますが、外来魔術大会は腕に自信がある生徒だけでなく、外からも多数の魔術師がやってくるんですよ?中には当然王宮魔術師や稀に伝説級の人もやってきます」
アトリは決して口にはしないが、優勝するのはほぼ不可能だと思っている。だが、恵二の決意は変わらなかった。
「けど、これしか手は無いんだよ。それに腕試しにもなるし魔術の勉強にもなると思う。駄目で元々、参加してみるよ!」
「そうですか。こちらも色々と魔術学校の件で画策しているのですが、もう少し時間が掛かりそうでして……。そういうことでしたら僕もお兄さんを応援させて頂きます。参加費はこちらが出しますのでご安心して下さい」
アトリや市長は未だ諦めていないようで、魔術学校の件で色々と動いてくれているようだ。優勝さえしてしまえばその件は恵二にとって無駄になるが、他にも理不尽な理由で落とされた人たちがいる。その人たちの為にも頑張って欲しい。
「ありがとう。必ず優勝してみせるよ!」
そう息巻いた恵二はラングェン邸を出ると、久しぶりに魔術都市エイルーンの外に出た。
外壁で門番をしている兵士に冒険者ランク証を見せて外出の許可を貰った恵二は、街から離れた荒地に立っていた。ここに来た理由は魔術の特訓とスキルの確認をする為だ。最初は学校に入る為にスキルを使う事を良しとしなかった恵二だが、あちらがズルをするのならこっちもスキルをフル活用してやると考え直したのだ。
(街があんなに小さく見える。大分距離も取ったしここでなら存分に試せるだろう)
スキル全開での魔術行使は久しぶりであった。以前ヴィシュトルテ王国での内戦の際、スキルで強化した全力での魔術をマジックアイテムのナイフに封じ込めた事があった。それを解き放った時の威力は正直自分でも引くくらいの規模であった。流石に大会でそんな威力の魔術をぶっ放す訳にはいかない。大会の規約では観客に被害の出る魔術や相手を故意に殺めるような魔術は禁止されていた。
あくまでも健全に魔術の腕を競い合う大会のようだ。ただし、うっかり人を殺しても罪には問われないという物騒な一文も書かれていたのだが、恵二は好き好んで人を殺すつもりは毛頭なかった。
(まずは試しにスキルで強化した火弾からだな)
誰も見ていないので詠唱を唱える必要はない。恵二は己のスキル<超強化>で魔力を全力強化させた。普段の自分とは比較にならない魔力量を確認すると、それを惜しみなく使用して炎の弾丸を周囲に出せる限りの数を展開させた。
その数実に59、超高熱の炎の弾丸を展開させた恵二自身がその熱さに耐え切れず、慌てて遠くへ移動させる。
「あちちっ!ふぅ、危うく自分の魔術で焼け死ぬところだった……」
恵二は魔術を展開させる時、念の為自分に魔術障壁を張っている。だが、今回はそれでも不十分だったのか、熱の余波に耐え切れず炎の弾丸を遠ざけた。今度からはその辺りも考えて行動しなければならないなと、また一つ勉強になった。
「さて……。よし、周りには誰もいないな」
キョロキョロと周囲を探り、安全を確認した恵二はその59個の弾丸を遠くの地面に叩きつけた。炎の弾丸の一つ一つにはかなりの魔力が込められている。その為、見た目は弾丸であったがその威力は正にロケットランチャー並の破壊力であった。おまけに超高熱で着弾地点の大地を溶かしていく。
激しい炎の雨が止むと、辺り一面にはぐつぐつと煮え立った溶岩が広がっていた。
「うわあ、やり過ぎだろ……」
自分でやって引いてしまった。流石にこんな威力の魔術を衆人観衆の中で使う訳にはいかない。ましてや人に使おうものなら殺人罪で捕まってしまう。そんなのは真っ平御免であった。
「今度は半分の威力で試してみるか。っと、その前に休憩が必要だな」
スキルはまだ使用可能であったが、魔力が空っぽになってしまっては何もできない。身体を動かすことはできるのだが、魔力の回復を早めるにはどうやら落ち着いた状態が一番理想的なようなので、ここは大人しくしゃがみこんで日向ぼっこを楽しむ。季節はもう5月を迎えようとしており、今日は天気も快晴とあってとても過ごし易かった。
この後、魔力を回復させてはスキルで強化した魔術を試し、また休憩しては魔術を放ちと試行錯誤を繰り返していった。
「よし!あらかた加減は覚えたぞ!」
度重なる実演を重ねてきた恵二の周囲には、溶けた大地や凍った地面、それに大穴があちこちと見えた。そして極めつけなのは、超巨大な土の壁であった。
「……これ、このままにしておくのは不味い、よな?」
恵二がよく使用する土盾を最大強化させて放ってみたのだ。その結果、街の城壁並の大きさの超頑丈な壁ができたのだ。人気のない荒地とはいえ、流石にここまで大きい壁を建ててしまうと悪目立ちしてしまう。早めに破壊してしまった方がいいのだが、折角作ったのなら利用しようと恵二は考えた。
(丁度いいから新技の的にでもしようかな?壊しがいありそうだし)
そう思い直したその時であった。遠くから一台の馬車が走っているのが見えた。どうやらその馬車はエイルーンへと向かっているようなのだが、急に進路を変えてこちらへと近づいてきた。
(っと、一旦魔術の訓練は中止だな。こっちに何の用だ?)
あまり他人にスキルを使った魔術の行使は見られたくないので訓練をストップさせる。馬車は真っ直ぐこちらへと向かってくる。もしかして巨大な土壁が引き寄せてしまったかと恵二は危惧をする。
(やべ!勝手にこんなの建てて怒られたりしないだろうな……)
見るに馬車は定期便の乗合馬車ではなく、個人所有のようだ。そんな馬車を持っている人間は金持ちか権力のある者であろう。ここは一応エイルーン自治領の荒地であり、詳しくは知らないがきっと誰かの所有物なのだろう。そこにこんな壁を建てた事について責められるのではと恵二は考えたのだ。
すぐ近くまで寄った馬車が止まると馬車を操っていた御者は背後の車両へと言葉を掛ける。どうやら中の人物に寄るよう命令をされたようだ。馬車から誰かが降りてきた。降りてきた人物のその意外な容姿に恵二は驚かされた。
年は20代くらいだろうか。もしかしたら同い年かも知れないが、すらっとした女性がそこにはいた。青い綺麗な髪を長く伸ばした女性はどんどんとこちらへ近づいてくる。はっきり言ってかなりの美人であった。やや無愛想な表情が残念であったが、見知らぬ美人に近寄られ恵二は少し緊張をする。
「……一つ尋ねたいのだが、あれは君が建てたのか?」
青髪の女性は恵二が作った土盾を指差すとそう口を開いた。それを聞いた恵二は顔を青ざめた。やはり勝手に壁を建てたことを責めているのだと思い込んだからだ。
「す、すみません!魔術の練習をしていて思わず!」
きっと彼女はここの土地を管理している者か、その関係者なのだろう。そんな土地にどでかい壁を建てたどころか、そこら中をぼこぼこに荒らしてしまっていた。恵二は頭を思いっきり下げ謝罪を述べたが彼女はそれを不思議そうに見つめながら呟いた。
「別にいいのではないか?街道から外れているし、誰かが住んでいる訳でもない」
「―――え?いいの、かな……?」
怒られると思っていたのだが思わぬ返答に恵二はつい疑問形で聞き返してしまう。そんな恵二の態度に彼女は気にすることなく土壁の元へと歩いていくと、壁に手をポンポンと当ててこう口にした。
「うん。なかなか壊しがいのある丈夫そうな壁だな」
「は、はぁ。ありがとうございます……」
ついそう返事をしてしまうのだが、これは褒められているのだろうかと恵二は考える。なんとも掴みどころのない不思議な女性であったが、馬車の方から突如彼女を呼ぶ声がした。
「コトさーん!そろそろ行きますよ~?」
馬車の車両にはもう一人乗っていたようで、目の前の彼女と同じくらいの年の女性が大声で呼んでいた。どうやら青髪の女性はコトという名のようだ。
「分かった。今行く」
彼女は短くそう返答をすると、そのまま恵二には目もくれず馬車へと戻っていく。彼女が乗り込むと馬車は再びエイルーンを目指して走り去っていった。
「……一体何だったんだ、あの人?」
壁ソムリエか壁フェチなのだろうかと恵二は謎の女性の行動に首を捻った。
「どうしたんですか?いきなり馬車を向かわせたと思ったら……」
エイルーンへと戻る道中に突然同乗者であるコトが、馬車を謎の壁の方に向かわせるよう言ってきた。普段あまり自己主張しない彼女が取った行動に興味もあって、キッシュは御者に言われた通り馬車を走らせるよう指示したのだ。
だが遠目から見守っていたのだが、彼女はそこにいた少年に少し話しかけただけで壁の方に興味が向いていた。エイルーンを出る時にあんな壁はなかったと思った。あの壁の何が彼女を引きつけたのかは知らないが、きっと何時もの気まぐれであろうと考えたキッシュは彼女を呼び戻したのだ。
「……もしかして、ああいう子が好みなんですか?」
溜息交じりにそう茶化す。だが、そんな理由で話しかけたのではないことは、尋ねたキッシュ自身が一番よく理解していた。彼女にそんな愛想があればどんなに楽だったかと、これまでの彼女との会話を思い浮かべた。
無愛想である彼女は本当に口数が少なく、コミュニケーションを取るのも一苦労であった。どちらかというとお喋りであったキッシュにとって彼女との旅は少し苦痛であった。
コトとキッシュは<赤の異人>と呼ばれている、別世界の異世界人であった。キッシュは<赤の異人>のまとめ役であるエイスに頼まれ魔石の収集を行っていた。魔石とは魔力を込めることができる鉱石のことで、その存在はとても希少だ。ここエイルーンは大陸の中でも魔石の流出量はトップクラスで、二人は数か月前からこの街と卸し先を行き来していたのだ。
コトはそんな彼女の護衛役としてエイスが付けてくれたのだ。
(護衛役としては最強なんですけどね……。こうも無口だと息がつまりそうですよー)
更にいえばコトの立ち位置はとても微妙なものであった。エイスを始めとした<赤の異人>たちの集団は、ある目的の為に皆が賛同し行動している。だが、彼女だけははっきり賛同している訳ではないのだ。彼女曰く「やることがないから、とりあえず協力をする」という事らしい。頼めばこうして護衛を引き受けてくれるし協力はしてくれるのだが、そこに積極性はない。彼女はあくまでも“協力者”といった立ち位置で同志や仲間ではないのだ。
そんな事を考えていると、突然横に座っていたコトが呟いた。
「あの壁、なかなかの出来栄えだった。私の雷も通さないかもしれない」
「ええ!?コトさんの雷を防ぐですって!?」
彼女の告白にキッシュは目を見開いた。コトの雷の威力は知っている。いや、あれを雷と表現していいのかどうか迷うところだか、彼女の放つ青い閃光は今までどんなものでも掻き消してきた。それをあの訳の分からない土壁は壊せないかもしれないというのだ。
(確かに雷属性は土に弱いですが……あれはそんな次元じゃないでしょう!?)
ついこの間も勇者一向に放ったその一撃は、防御に長けた精霊の守りを易々と貫通させたのだ。こと単純な戦闘力に置いて彼女の右に出る者は仲間の中にはいない。だからこそ彼女は協力者という立場だが一目置かれた存在なのだ。
そんな最強な彼女の矛を防げる盾がこんな荒野に建っているのかとキッシュは首を捻る。それを建てた本人かは分からないが、先程彼女と話していた少年の姿を必死に思い出そうとするも、そこまで注意して見ていなかったので良く覚えていない。
すると、突然キッシュの所持しているマジックアイテムが反応をした。それはこの世界では超希少な通信魔術を扱えるマジックアイテムであった。
「はい、こちらキッシュです」
『ご苦労様。今二人はエイルーンにいるのかい?』
その声の主は<赤の異人>のまとめ役であるエイスからであった。彼は今大陸の東側にいる筈だ。西側にいるキッシュたちとは距離が離れているせいか、声が掠れて聞こえる。このマジックアイテムの通信限界の距離であった。
「はい。もう間もなくエイルーンに戻るところですけど?」
これから再びエイルーンに入って魔石集めだ。あまり大っぴらに行動すると、他の組織や国にも目を
つけられる。それほど魔石は希少なのだ。キッシュたちは地道に魔石を集めてはエイス達の元へ、正確には中継地点のアジトまで運んでいたのだ。
『実は勇者たちの間で動きがあってね。どうやら二人ほど西へ向かっているらしいんだよ』
「え?こっちに向かっているんですか?」
どこかで自分たちの活動が露見したのだろうか。7人の勇者の内2人がこちらへ接近しているようだ。
『分からないが、ルートからいってエイルーンの可能性は十分にある。大体5日後にはそっちに着く計算かな?ちなみに魔女と大男だよ』
エイスは動きのあった勇者のコードネームを口にした。こちらには感知系のスキルを持つリリーがいる為、勇者たちの動向は常に監視してはいる。だが、それにも色々と条件があって詳しい内容までは分からないのだ。現時点で分かっているのは、魔術を得意とした女の子の勇者と、7人の中で一番大柄な男が動き出したという情報くらいのようだ。この二人のスキルが何であるかは未だに掴めていない。どういった目的でこちらに向かっているのか分からないのだ。
(私達の事がばれたのかな?でも、たった2人だけで来るかなあ?)
この前は8人がかりとは言え、勇者3人は逃げていったのだ。それがたった二名でリベンジしてくるとは少し考えづらい。他に目的があるのではとキッシュは考えるが、あくまでも作戦を組み立てるのはエイスの役目だ。自分は自分の役割をするだけだと気持ちを切り替える。
「了解です。一応警戒しておきますね」
『ああ、頼んだよ』
そう告げるとエイスは通信を切った。キッシュはこらからどう行動しようかあれこれと考える。魔石集めは重要だが、邪魔をされても面白くない。ここは暫く大人しくしていた方がいいのだろうか。
「コトさん、どう思います?」
駄目元で隣にいる彼女に尋ねてみた。コトもキッシュの横で先程のやり取りを聞いていたのだ。だが、返ってきた言葉は全く関係ないことであった。
「そうか。そういえばもうすぐ魔術大会があったのだな。彼はその練習をしていたのだな」
「―――は?えーと、コトさん?」
意味が解らずキッシュは聞き返すも彼女は独り言を続ける。
「魔術大会か……。赤の異人の私も参加できるのだろうか?もしかして勇者も魔術大会に出るつもりか?」
「いやいやいや!そんな訳ないでしょう!?」
自分の所属している国がピンチだというのに呑気に魔術大会に出る勇者がいる訳がない。一体彼女は何の話をしているのだとキッシュはあきれ果てるのであった。




