謎の多い人
新章に入りました。引き続き読んで頂けると嬉しいです。
白の世界<ケレスセレス>
この世界は地球とほぼ同じ大きさの惑星であり、同じ様に太陽と月も存在する。暦もほぼ同じで1年で360日12ヶ月、月30日で5週間、火・水・地・雷・光・闇の日の6日で1週間となっていた。
中央大陸の西部に位置する魔術都市エイルーンにも日本と同じ様に四季があり、夏は暑く冬のこの時期は寒く雪が降ることも稀にある。今日は雪こそ降ってはいないものの、ここ最近では一番肌寒く感じられる。
「あー、寒い!早いところダンジョンに行こう」
白い息を吐きながら愚痴をこぼした少年は、最近になって隠しルートが発覚し一躍人気ダンジョンへと返り咲いた≪古鍵の迷宮≫へと足早に向かった。ダンジョンの中は不思議なことに、外の季節とは完全に乖離しており、これから目指す迷宮のフロアは適温で快適なのだ。
少年はいつも通りダンジョンの髙い入場料を支払って1階の<回廊石碑>まで赴くと、転移先の表示を確認した。その石碑に表示されている階層に転移する事が出来るのだが、本来表示される数字の他に“シャムシャムのおうち”と刻まれた異色な字が輝きを放っている。少年はそれを選択するとあっという間に視界が光に包まれる。次に見た光景はダンジョン内とは思えない穏やかな森の中であった。
「よく来たの!ずっと待っていたの!」
「お邪魔するよ、シャムシャム」
転移した先には、少年のことが待ち遠しくて仕方が無かった幼い少女が両手を振って出迎えてくれた。だが、それが決して少年の来訪を思ってのことではないのは本人が一番よく理解していた。その証拠にシャムシャムは続けてこう尋ねた。
「それで、約束のブツは持ってきたの?美味しいお菓子はちゃんと持ってきたの?」
「ああ、これだけど……」
“美味しい”お菓子とは約束していないような気がするが、右手に持った包みをかざして見せると、少女はすぐにそれをひったくっていった。
「凄く良い匂いなの。美味しそうなの」
そう声を上げると少年の許可なく少女はお菓子を口へと運んでいった。それ以降とくに感想を述べることなく黙々とお菓子を食べ続けている。だが美味しいかどうかは顔を見れば分かる。どうやら満足して貰えたようだ。これで“約束”はきちんと果たされたと少年は大きく安堵した。
(ふぅ、これで氷漬けにされずに済んだな。下手なこと言うもんじゃないな)
それは誇張でもなければ例え話でもなかった。目の前の少女は約束を破った者には容赦しない、彼女はそういう存在だ。見た目は二桁にも届かなそうな可愛い水色の髪をした少女だが、同時に彼女は精霊であり、更にいえばこの迷宮の創造主でもあった。だが、彼女の存在はエイルーンにいる冒険者たちは誰も知らない。
何故誰も知り得ない迷宮の創造主と知り合ったかというと、この少年、三辻恵二こそがこの迷宮の初踏破者であり、そしてこの迷宮の真実を知ってしまったからだ。迷宮が造られた理由、本当の心臓部、それを管理する箱庭の精霊、全てを知った恵二は精霊シャムシャムとそのことを秘密にするよう約束をしていた。
今日は以前彼女と約束していたお菓子を持参してダンジョンの最深部に顔を見せに来たのだ。
現在恵二は春に行われるエイルーン魔術学校の入学試験に向けて冒険者稼業を一時休止していた。最近は部屋で勉強か図書館に足を運び本を読む生活を送っていた。そもそもこの魔術都市に来た目的が魔術学校に入ることであったからだ。
ただ毎日勉強なのも疲れてしまう。そこでダンジョン探索をしていた時と同様に“雷の日”を休日としてあてがうことにした。今日は寒かったので、温かいシャムシャムの住んでいる階層へと来ることにしたのだ。
持ってきたお菓子を全部食べきってしまったシャムシャムは、満面の笑みで恵二に礼を述べた。
「ごちそうさまなの。とっても美味しかったの。また持ってきて欲しいの」
「んー、前向きに検討するよ」
恵二は曖昧な返答をする。この少女の前では下手な事を言えない。精霊は約束を重んじる。うっかり口にした事がそのまま“約束”になってしまうのだ。
「ところでシャムシャムは長年生きてきた精霊なんだよな?」
「レディーに歳を尋ねるのはマナー違反なの」
「長生きしてるんなら<神堕とし>について何か知らないか?」
彼女の言葉をスルーして恵二は本題に入った。今日ここに来た目的はもう一つある。最近世間で騒がせている<神堕とし>について、何か知っている事がないか聞きに来たのだ。長年生きており、精霊という存在の彼女なら、人族が知らない情報を知っているのではと考えたのだ。
だが、その希望は脆くも崩れ去った。
「かみおとし?知らないの。初めて聞いたの」
「ええ!?聞いた事ないのか?今まで一度も!?」
驚いた恵二はしつこく尋ねるも、シャムシャムは<神堕とし>という単語に首を捻るだけだ。どうやら大騒ぎしているのは人間たちだけのようだ。よく考えて見れば、神聖魔術の効果が低下するという<神堕とし>の影響は精霊たちには関係ないのかもしれない。
神聖魔術とは、使用者が主と崇める神への信仰度によって効果も比例するという説がある。尤も効果を向上させるのに一番必要なのは魔力なのだが、神聖魔術を発動させる際には信仰心無くして扱うことはできない。だが、代表的な神であるアムルニス神を始め、信仰の対象になるのは人間のなかで語り継がれている神だけだ。人間とは異なる存在である精霊たちは、何か他に祈る対象でもいるのであろうか。
恵二は興味本位で聞いてみた。
「シャムシャムたちは神様って信じるのか?」
「そんなもの、いるわけないの」
なんともドライな返答が返ってきた。
「え?それじゃあアムルニスもいないってこと?」
「誰なの?そんなおかしな名前の人、聞いた事ないの」
この大陸に住む者ならば誰もが知っている神を、恐れ多くもおかしな名前の人とシャムシャムは切って捨てた。
(駄目だ。精霊とは一般常識が違い過ぎて、あんまり参考にならないかも……)
それでも駄目元で<神堕とし>について丁寧に説明をし、再度何か知っていないか尋ねてみる。すると、少しはマシな答えが返ってきた。
「そういえば、最近魔物たちが騒がしいの。もしかしたらカミオトシの影響かもしれないの」
「騒がしい?どういうことだ?」
シャムシャムの言葉が気になる恵二は詳しく尋ねてみた。
「骸骨の蜥蜴たちが次々と倒されているの。そろそろ供給が追い付かないの」
「それは、多分関係ないと思う……」
≪古鍵の迷宮≫の裏ルートで存在が確認された骸骨の蜥蜴は、今や冒険者たちの中では人気NO.1の魔物であった。その骨の買取価格は高く、魔術師ギルドや特に錬金術師ギルドが大量に買い取っているのだ。市場に出回り過ぎて相場が落ちてはいるが、それでも旨味のある獲物と言えた。
「それと、外の魔物たちも様子が変なの」
「ん?外?」
意外な情報が出てきた。外ということは、この迷宮の外のことだろうか。てっきりダンジョンに籠りっきりで外の世界を感知していないと思っていたのだが、気になる情報をシャムシャムはもたらした。
「最近、沼の近くで見慣れない魔物が出没するの。あそこはやっとマナが潤沢になってきた貴重な水源なの。あんまり余所者に荒らされたくないの」
「余所者?他からやって来た魔物が沼を荒らしているのか?」
ここエイルーンで沼と言えば、間違いなく<沼の竹林>のことであろう。あそこは確か、希少な薬草である沼竹草が自生しており、市議会が管理している地区だった筈だ。そんな所に余所から魔物がやってきているというのだ。事故でも起こらないか心配だ。
「その魔物、強いのか?」
「どうってことないの!私のゴーレムちゃんなら楽勝なの!」
「そりゃあ、アレと比べればなぁ……」
この迷宮の真のボスは超巨大ゴーレムであった。あれから暫く時が経ったボス部屋に新たな超巨大ゴーレムが配置されていた。初踏破報酬が既にないダンジョンとあってか、流石にあれに挑む無謀な者はいなかった。
(それにしても、余所から来た魔物か。少し気に留めておくか)
普段は立ち入り禁止区域の沼とあって、迂闊に行動する訳にはいかなかった。何しろこの都市へ来た最初の日に、自分はその沼の竹林の放火容疑がかけられたのだ。今となっては笑い話だが、こちらから積極的に関わろうとは思わない。触らぬ神になんとやら、だ。
その後シャムシャムと何でもない会話をしながら受験勉強の気晴らしをしていた恵二は、うっかりお菓子をまた持ってくる約束を口走ってしまい、今度はどのお菓子を選択するかと頭を悩ませながら帰宅するのであった。
「おお!無事だったか!異世界人から襲撃を受けたと聞いた時には驚いたぜ!」
なんとか窮地を脱し無事ハーデアルト王国へと帰還したルウラードたち三人の目の前には、魔術の師であり自分達をこの世界に招きこんだ張本人、ランバルド・ハル・アルシオンが立っていた。
「ええ、なんとか……。しかし、ジルさんが……」
「案内人の冒険者か……。ざっくりと報告を聞いただけだが、詳しく聞いてもいいか?」
疲れているのに申し訳ないといった表情を浮かべながら、ランバルドはルウラードたちに質問をした。何せ事は一大事だ。王国に所属する勇者たちがラーズ国へ不法侵入したことが発覚されたのだ。更にそれを見つけ迎撃したのが赤の異人だと言うのだからとても軽視できない。
ルウラードはラーズ国で起こった出来事をまず簡潔に伝えた。森を出た直ぐの場所でいきなり騎馬隊に襲撃されたこと。案内人の冒険者ジルが、実は魔族であったこと。そのジルはランバルドの古い知人だと告白したこと。そして赤の異人の集団が襲って来たこと。
「知人?俺の?ジルって奴の名は初めて聞くぞ?それに俺は魔族と会った事がない」
ランバルドは何を言っているんだ、といった様子でルウラードへ返答する。
「え?おかしいですね……。そうだ!確かジルさんは偽名を使っていると言っていましたよ?」
「偽名つっても、そいつ魔族なんだろう?流石に魔族と会っていれば覚えている筈なんだがなぁ……」
どうやら本当に覚えが無いようだ。ランバルドは記憶を辿るも、それらしい人物を思い出せずに訝しむ。そこへ、これまで黙っていたミイレシュが口を挟んだ。
「でも、この子もランバルドおじさんに会った事あるって言っているよ?」
「あん?この子?―――うお!?なんだ、この精霊!?―――って、もしかしてお前、ザルーヴァか!?」
ランバルドの目の前に突如出現したのは、ジルと共にいた牛の憑代を持つ精霊ザルーヴァであった。この精霊はジルと契約している筈なのだが、一体どういう訳かミイレシュに付いてきてしまったようだ。ランバルドはその牛の精霊に覚えがあるのか、口をパクパクとさせて目を見開いていた。
「お、お前、本当にザルーヴァなのか?懐かしいなあ。ということは、先生は一緒なのか?」
「先生?」
ルウラードは思わず尋ねる。自分の魔術の師である男が先生と呼ぶ人物、それがどういった人なのか非常に気になったのだ。もしかしてジルがランバルドの師匠なのだろうか。
だが、返ってきた言葉はジルの名ではなかった。
「ああ。ザルーヴァと契約していた者は、俺の記憶の中では彼女だけだ。ハルカ・ミヤフジ、それがこいつの契約者であり俺の魔術の師匠様の名だ」
ルウラードはその人物の名を初めて聞いた。そうえいば以前、同じ勇者仲間のイザーが、ランバルド・ハル・アルシオンの親し名は惚れた女性から貰ったものだと聞いた事がある。ハルカの“ハル”からランバルドは名を頂いたのだろう。
「ちょっと待ってよ!その名前!」
そこでこの場にいたもう一人の勇者である石山コウキが突如大声を上げた。
「ハルカ・ミヤフジさんって名前、僕の元いた世界、というか故郷でよく使われそうな名前だよ!」
「―――なんだって!?」
これにはランバルドも大層驚いた。
「うん。多分その人、同じ青の世界出身か、名付け親が青の異人だよ!」
「マジか……。色々と謎の多い人だったが、まさか異世界人かもしれねえとはなぁ……」
ランバルドは昔を懐かしんでいるのか、どこか遠い目をしながらしみじみと呟いた。
「それと、お伝えしたい事がまだ他にもあります。ジルさんは彼ら赤の異人にこう言っていました」
“お前たち、<異世界強化召喚の儀>を使っているな?”と
ルウラードの言葉にランバルドは今日最大の驚いた顔をしていた。
さらにルウラードは続ける。
「確か、<異世界強化召喚の儀>とは私達を呼びだした魔法陣のことですよね?そして、ランバルドさんはそれを師に教えて貰ったと以前話してくれた。間違いないですよね?」
ルウラードの問いにランバルドは首を縦に振る。
「あ、ああ。間違いない……。しかし、これはまた……。そのジルって奴は確実に俺の師匠様と関係があるな。……彼はまだ生きていそうか?」
その言葉に今度はルウラードが顔をしかめる番であった。ジルはルウラードたち三人を逃がす為、命懸けで守ってくれたのだ。正直言ってあの状況で無事だとは思えない。よくても尋問の為捕えられているといったところだろうか。
そのことを正直に話すと場は一気に重苦しくなった。沈黙が暫く続く中、それを破ったのはランバルドの一言であった。
「……何とか助けられねえか?コウキ、戦闘のあった場所へは何人連れて行ける?」
「え?えーと、あの距離なら僕を含めて4人ならいけると思うけど……」
またあの死地へ向かうのかと考えたのかコウキの言葉が弱々しくなる。ランバルドの提案に、横からルウラードは口出しをする。
「……相当厳しいですよ?相手は8人、しかも恐らく全員俺達と同じ強化された異世界人です」
実際にやりあったルウラードは彼らの強さを身に染みて理解していた。唯一敵の首を打ち取ったルウラードだが、相手のスキルはかなり厄介であった。自身のスキルが未来視でなければ初手で詰んでいる可能性もあったのだ。
「もし、どうしても行くというのならグインさんをメンバーに入れてください。相手に化物みたいな魔力量を持つ女がいます。グインさんに抑えて貰わないと一瞬で全滅しかねません」
そう警告したルウラードは、あの青髪の女が放った青い閃光を思い出した。あれは自分の魔操剣術と似たような技であったが、その威力の凄まじさは天と地ほど違った。頑丈なザルーヴァの盾を易々と打ち砕き、大気を震わす様な魔力の奔流、まさに死の閃光であった。
あれに対抗できるのは<魔術無効>のスキルを持つグインくらいであろう。勇者の中で一番魔力量が高いナルジャニアでも、あの女ほどの魔力量はない筈だ。
ルウラードの忠告を耳に入れたランバルドは少しの間考えを巡らせると結論を出した。
「……よそう。流石に分が悪そうだ。あちらもコウキの転移スキルは警戒しているだろうしな。それに、ジルとやらのことや<異世界強化召喚の儀>の件は気になるが、俺達の目的はあくまでも<神堕とし>を防ぐことだ」
そう決めた後のランバルドの行動は早かった。帰って来たばかりの三人に休むよう指示を出すと、残りの勇者や国の重鎮たちを集めて情報を共有し始める。こうなった以上ラーズ国も何かしらの動きを見せるだろう。
ただでさえもう一つの隣国であるシイーズ皇国と諍いを起こしているというのに次から次へと厄介事が舞い込んでくる。自分も最近胃の調子が悪くなってきた。今度胃薬を常用しているオラウ宰相にでも相談してみるかとランバルドは真剣に検討し始めた。
(魔族のジル、か……。先生、その者は貴方の何なのですか?)
長い間行方知れずであった昔の恩人の手がかりを得たランバルドは、なんとも歯痒い状況に嘆くのであった。




