想定済み
ルウラードたちに近づいてくる3人組はどこか奇妙な連中であった。ここは村や町から離れた場所だ。更に言えば街道からも外れている。だというのに彼らは徒歩で来たのか馬車の類は見当たらない。そもそもこの場には戦いの跡や死体がそこら中に散らばっている。普通の神経を持った者ならば自ら近づいてこないであろう。
そして更に先程の発言から察するに、どうやらこの件と無関係ではなさそうだ。
「貴様ら、何者だ?」
ルウラードは近寄ってきた3人を威嚇し剣を抜いた。それを見た3人はそれ以上近づいてこなかったが、ルウラードの警告を意に介さず会話を続けた。
「思ったよりもガキじゃねえか。リリー、本当にこいつらが勇者か?」
赤髪の大男が胡散臭そうにこちらを値踏みする。それに答えたのはリリーと呼ばれた3人の中で唯一の女性だ。
「間違いありませんよ。視ていましたから。転移術者、精霊使い、もう1人は良く分からないですけど、あの魔族の方以外は全員勇者です」
一見聖職者のような恰好をしている女は、コウキ、ミイレシュ、ルウラードの順に指を向け、最後にジルを指すとそう告げた。
「―――!?こいつら、何故知っている!?」
女の言葉にルウラードは驚きを禁じ得なかった。3人が勇者である情報はともかく、ジルが魔族であることは自分達もついさっき知ったばかりだ。どこまでこちらの情報が向こうに筒抜けなのだろうかと動揺をした。ルウラードとは正反対でジルは冷静に答えた。
「恐らくスキルだろう。俺達の戦いや会話を遠くから見ていたようだ。成程、俺達の潜入を見破ったのはあの女の仕業だな」
ジルも剣を構えリリーと呼ばれた神官服の女を睨みつける。もし戦闘になればあの女だけは逃がすまいという覚悟の表れであった。だが、こちらが戦意を見せても未だにあちらは余裕の構えを見せている。もう1人の黒髪黒服と黒ずくめ男は懐から水晶玉のようなものを取り出すと口を開いた。
「ほお、緑に灰、それに青もいるぞ。色々と方面から呼んだものだな」
男が口にした色を聞いて3人はギョッとした。その言葉で男が取り出した水晶がなんであるかをルウラードは悟った。
(あれは……<色世分け>をする水晶玉か!?)
それに思い至るとルウラードは以前ルイス国王から貰った水晶玉を取り出した。その水晶は特注でわざわざ魔力を込めなくても付近にいる者の魔力を感じとり色を映し出す。そしてその水晶には自分たちの出身世界を表す緑、灰、青の他に赤色が混じって輝いていた。
「赤の異人か……!」
ルウラードの呟きに3人は答えず、ただ不敵な笑みを浮かべていた。
「ええ!?こいつらも全員異世界人なの!?」
「しかもレッドとは……。たちが悪いな」
コウキは驚きジルは心底嫌そうに吐き捨てた。
「へっ、何も異世界人はお前らだけじゃないんだぜ?勇者様」
赤髪の巨漢は一歩前に出てそう口にする。まだ身体の出来上がっていない成長期であるルウラードたちと比べると、大人と子供を通り越して熊と小人族くらいの体格差があった。ジルもなかなかの体格をしているが、それでも赤髪の巨漢は更にでかい。
「貴様らレッドが私達に何のようだ?何故行く手を阻む?」
ルウラードは問いただすも黒ずくめの男は鼻で笑い飛ばして口を開く。
「わざわざ答える気は―――」
「ああ、そりゃあラーズ国に雇われているからさ」
黒ずくめの返答を遮って赤髪の巨漢が正直に暴露をする。これには黒ずくめの男だけでなくルウラードたちも全員が呆れてしまった。
「アルガンさん。そこは喋ってはいけないところでは?」
リリーという名の神官服の女が巨漢の男を窘める。どうやらこの男の名はアルガンというようだ。
「お前だって俺の名をばらしてんじゃねえか。それにどのみち関係ねえだろう?こいつらの口を塞げば済む話さ」
アルガンの物騒な発言にルウラードたちは臨戦態勢に映る。いや、既に先程から入っていたが明らかに敵意を持った発言を聞き、緊張感をより一層増した。
「俺は青の異人の小僧をやる。あいつらはいけすかねえ。俺の獲物だ。ライルはさっさと一人ずつ片付けろ」
「勝手に……。まぁいいだろう。その代り、転移術者は絶対に逃がすなよ?」
ライルと呼ばれた黒ずくめの男は溜息をするも、アルガンの意見に賛同すると剣を抜いた。その剣は短くそして細い。ルウラードも細めの剣を扱うが、あそこまで短くは無かった。どうやらスピードタイプの剣術使いのようだ。
「いい!?僕、何もしてないよ!?」
熊の様な体型の大男から標的にされたコウキは悲鳴に近い声を上げる。だが、そこに立ちはだかったのは本来は案内人であるジルであった。彼は短い道中であったが何かとコウキに目を掛けている節がある。そんな彼からするとアルガンの発言は無視できないのであろう。
「お前の相手は俺だ。コウキ君には指一本触れさせない」
「ああ?魔族の雑魚は引っ込んでな」
アルガンは挑発するが、魔族はむしろ数ある種族の中でも上位に位置する存在だ。それに先程のジルの戦闘はどこかで見ていた筈だが、それを雑魚呼ばわりするとは自分の腕に相当の自信があるのであろう。
「ミイ、お前はコウキと一緒に下がっていろ。あの剣使いは私が受け持つ。コウキ、ミイを頼む」
「分かった」
「任せてよ、ルウ先輩」
あちらも女の方は戦わないのか後ろに下がったままだ。しかし油断はできない。ここまで付いてきた以上、ただ観戦しに来ただけではないはずだ。リリーという名の神官もきっと戦う術があるのだろう。
だが先ずは目の前の黒ずくめの男からだ。お互いに剣を構えるとルウラードは相手を見据えた。年はあちらがずっと上だが体格はそこまで差がない。気になるのはやはり刀の短さだ。あれでは相手を斬る為にさらに近くまで踏み込まなくてはならない。
(やはりスピードに自信があるのだろうか?だが、それは私も同じだ!)
ルウラードはこの世界に召喚された時、その恩恵で強力なスキルとともに膨大な魔力も手に入れた。戦闘時には、その魔力の殆どを自らの身体能力の強化に充てている。お蔭で超人的なスピードとパワーを手に入れることができた。同じ勇者仲間のグインには一歩劣るものの、こと接近戦に限ってルウラードは勇者の中でも群を抜いていた。
「!!」
「―――!」
最初にルウラードが地を蹴る。それに一瞬送れて黒ずくめの男ライルも動き出す。両者ともに凄まじい速度で相手へと迫るがスピード勝負はルウラードに軍配があるようだ。あとほんのコンマ数秒でルウラードの間合いに入る。こちらの方が得物の長さが上だ。先制を仕掛けられる上に速度もこちらがあるとなると大分有利に戦える。僅かな時間でそう考えを巡らせたその時、ルウラードのスキルが自動発動した。
「―――!?ぐっ!」
先制攻撃に移ろうとしていた動作を、無理やり回避に急転換させる。なにが来るのかは分からないが兎に角避ける他ない。何故なら視えてしまったのだ。このまま剣を振るうと自分の首が飛ぶ、そんな未来を。
「―――っ!」
無理な回避行動に脇腹と足に痛みが走るも首を飛ばされるよりかは百倍マシだ。強引に身体を横へ動かすことに成功した途端、ルウラードの鼻先を何かが掠めたように感じた。
(―――あいつ、何を……!)
ルウラードは回避する直前、ライルの行動を視界の隅に入れていた。黒ずくめの剣士は既に剣を振るっていたのだ。まだ二人の間には距離があり、ルウラードの間合いからは少し遠い。だがおかしな事にルウラードより間合いが短いと思われたライルの方が先に攻撃を仕掛けていたのだ。
初撃を躱されたライルは忌々しそうに口を開いた。
「感のいい奴だ。後少しでその首を頂いていたものを……」
残念そうに呟いたライルは後ろへ跳躍すると再び距離を取った。通常あの短い剣であれば逆に距離を詰めたいと思うものだが、どうやらあの男には当てはまらないのであろう。
(何をされたかは分からないが、奴の間合いは私より上だ!)
ルウラードはそう結論付けた。だが肝心の攻撃手段が全く見えなかったのだ。
(あの距離で攻撃できるということは、斬撃で魔術を飛ばした?それとも剣が伸びたのか?)
だが特に魔術を使った形跡は見られなかった。剣が伸びていれば流石に気付くはずだとルウラードはその可能性を否定した。
ルウラードがあれこれとライルの攻撃方法を考察していると、奥で待機していた神官服の女、リリーがライルへと助言をおこなった。
「ライルさん、彼はスキルを使っていました。恐らくそのスキルで貴方の攻撃を回避したようです」
「―――な!?」
「ほう」
リリーの言葉にルウラードは驚き、ライルは納得がいったのか笑みを浮かべた。
「それなら俺の攻撃を避けれたのにも頷ける。恐らくリリーと同じで感知系のスキルだな?」
「あのぉ。さりげなく私のスキルをばらすの、止めて頂けます?」
ライルの言葉に不満を持ったリリーが抗議するも、男はそれを聞き流して再度剣を構えはじめた。
「だが俺のスキルはそんな生温いものではないぞ?我が剣、躱せるものなら躱して見せるがいい!」
自分のスキルを生温い扱いされたリリーが再度苦言を申し入れようとするが、それより早くライルは駆けだした。先ほどと同じくこちらへと距離を詰めてくる。
(―――駄目だ、先程のからくりが全く分からない。ここは私のスキルを信用するしかない!)
ルウラードも同じく接近戦に持ち込もうと前へと駆け出す。先ほどと同じ形になるが、こちらも近づかないことには剣で斬れない。そう考えたルウラードは何時でも回避できるよう足運びに注意しながら男へと向かって行った。
そろそろ先程攻撃を受けたのと同じ間合いに入る。今度は相手の剣を良く観察しながら近づいていく。そしてライルの間合いから大分離れた場所から彼は自らの剣を振り降ろそうとし始めた。直後、己のスキルが未来に起こる自分の危機を伝えてくる。
未来の映像を視て記憶する為には本来ある程度の時間を要するはずなのだが、ルウラードのスキル<未来予知>は発動すると一瞬で自身の記憶に刻まれることになる。よってほぼノータイムで未来視ができるのだ。
最悪の未来を避ける為ルウラードは再び回避行動に移る。今度は予め準備をしていた為スムーズに躱すことができた。だが、安心するのはまだ早かったようだ。再びスキルが自分の死が迫っていることを告げてくる。
(―――今度は後ろか!?)
少年が視た未来は背後から何かに袈裟斬りされる光景だ。サイドに躱した体勢から、そのまま片足を軸にくるりと身体を180℃反転させると、すぐにバックステップでその場から離脱した。そのすぐ後にルウラードがつい先程まで立っていた空間に斬撃のような風切り音がするのを聞き取った。だがその攻撃の正体を完璧に見破る事はできなかった。
「―――ちっ!」
「くっ!」
ライルとルウラードはお互いに悔しそうな顔をする。またしても必殺の攻撃を躱されたライルと、依然相手の攻撃を読み解くことのできないルウラード。二人はまたお互いに距離を取る。
(何なのだ、あの攻撃は!?初撃はともかく二回目は背後から来たぞ!?一体どういうトリックだ!?)
ルウラードは解せない表情を浮かべるが、それはあちらも同じだったようでいらつきながら背後にいる仲間に声を掛けた。
「おい、リリー!あいつのスキルは一体なんだ!?いくらなんでも察しが良すぎるぞ!」
ライルはリリーに助言を述べるも彼女からの言葉は返ってこなかった。いや、正確に言うと彼女は先程から声を上げている。だが、それはライルに対しての言葉ではなかった。
「―――今度は光属性と闇属性の大規模な攻撃が来ますよ!注意して!」
「ざっけんな!何であいつがエルフの技を扱えるんだ!?」
そう罵声を浴びせたのは赤髪の巨漢アルガンであった。彼は確かジルと戦っていた筈だが先程から凄まじい戦闘音と魔力の奔流を感じる。あちらは激戦となっているようで感知系スキルを所持しているリリーはそちらのサポートに掛かりっきりのようであった。
「ちっ、使えない女だ。まあいい、貴様のような小僧ごとき俺一人で十分だ!」
ライルは忌々しげに気を吐くと再度構えを取った。ルウラードも合わせる形で構えを取りながら相手の攻撃を推察する。
(スキルを使っているのは間違いない。だが、どういった類のものなのだ?攻撃系スキル?それなら何故奴は剣を構える?剣を振るう必要があるからだ!距離はどう説明する?明らかに奴の間合いから離れた場所に斬撃のような攻撃が繰り出されている……。だが奴は毎回近づこうとしているぞ?距離はある程度詰める必要があるのか?)
時間のない中、ルウラードは大忙しで考えを巡らせる。そして今分かる範囲の事を簡潔に纏めていく。
(恐らく奴のスキルは射程距離がある。剣を振るうのはそれが攻撃の起点だから。攻撃が見えない、そこが一番の謎だ)
見えないのなら見えるようにすればいい。その結論に至ったルウラードは短い詠唱を唱える。
「―――炎よ、纏え」
剣に魔操剣術で生み出した炎を纏わせる。ルウラードの行動の変化にライルは何か拙いものでも感じとったのかこちらへと迫った。
「そんな小細工で俺の剣は破れんぞ!」
吠えながらライルはこちらへと迫ってくる。それに対してルウラードは動かない。今度は完全に回避する気満々であった。
ライルは距離を詰め、再度問題の間合いへと踏み込むと剣を振るう。その直後スキルが未来の危機を告げてくる。
「もうタイミングは覚えたぞ!」
いくら見えない攻撃といえども、攻撃の起点はあくまで奴の剣だと分かれば避けるのは容易い。ルウラードは未来で視た攻撃地点を回避すると、更にその地点へと炎を纏った剣を振るった。
「―――!」
「―――くっ!」
するとそこには確かに手応えを感じた。しかもそれは剣と剣がぶつかった時に感じる特有の感触だ。剣士であるルウラードがそれを見逃す筈は無かった。そして更にルウラードは視界の端に入れていたライルを見てある確信を得た。
(―――これで決定的だ!この攻撃は奴の剣による直接攻撃だ!それに今見えたのは……。そうか、読めたぞ!)
見えない攻撃。おかしな間合い。奴の短い刀身。全てが一つの線で繋がった。
「さて、あちらも忙しいようだ。そろそろ終わりにしよう」
全てを看破したルウラードは不敵な笑みを浮かべると、終戦を宣言しライルへと剣を向けた。
「―――たかが攻撃を躱したくらいでいい気になるなよ、この青二才が!どちらが格上の剣士か思い知らせてやる!」
ライルは雄たけびを上げると、今までと違った構えを見せた。剣は先程から片手持ちであったが空いていた手を背後へと回した。その構えは貴族がよく好む王宮剣術と少し似てはいるが、その目論見を見抜いていたルウラードは思わず苦笑いをしてしまった。
(汚い構えだ。基本が出来ていない。それに背後に回した手……成程、最後まで騙し討ちか)
貴族の剣術は正々堂々の真っ直ぐな剣が好まれる。貴族出身のルウラードもそう教えられてきた。だが、別にルウラードは変則的な剣術や相手をかく乱する技自体を否定するつもりは毛頭ない。それも一つの知恵だろうし得難い技術だろう。
ただ、それにしても男の剣は酷かった。あれはただ力任せに振るっているだけだ。おそらく強力なスキルを得た為に、必要に迫られただ覚えただけな剣だ。そんな者が剣士を名乗るなどルウラードには許せなかったのだ。
今度は両者同時に駆け出した。ライルへと迫る道中、ルウラードは魔操剣術で雷を剣に纏わせる。
「死ねええいっ!」
声を上げてライルは剣を振るう。お互いの距離はまだ離れている。しかし攻撃は間違いなく自分に届く。そう判断したルウラードは軽く右ステップをして不可視の攻撃を避ける。
だが、避けられたにも関わらずライルは不気味な笑みを浮かべていた。
「それは想定済みだ!」
ライルは後ろに回していた空の手を腰に回すと、服の中に隠していた短剣を抜き、そのまま自分の身体でルウラードから隠すように横の空間へと突き刺した。
すると短剣の刀身部分は不思議なことに消えていた。正確には何もないはずの空間に短剣が突き刺さって刀身が見えないのだ。
そしてその刀身は距離を無視してルウラードの背後から突き出てきた。完全に不意を突いた形にライルはほくそ笑む。だがその笑みはすぐに驚愕の表情へと塗り替えられていく。
「ば、馬鹿な!?」
ライルは思わず声を上げた。ルウラードは自分のすぐ背後から突如現れた刃を剣であっさりと防いでいたのだ。未来視のスキルを持っているルウラードに不意討ちは意味がない。その事実を知らないライルは信じられないといった様子だ。
しかし今回に関してルウラードは自身の未来予知スキルを一切発動させていなかった。この攻撃は想定済みで、命の危険が無かった為スキルの自動発動は行われなかったのだ。ルウラードは遂に男のスキルを看破していた。
(空間を越えて攻撃できる能力、それが奴のスキルの正体だ!)
それならば色々な説明がつく。ライルは刃だけ空間を飛び越えてルウラードへと振るっていた。近づくのはスキルの射程距離がある為、刀身が見えないのは魔術で隠蔽しているか、刀身の先が見えない魔剣の類なのか、おそらく後者であろう。その証拠に二撃目に襲い掛かった短剣の刃はしっかりと見えていた。
剣の刀身が実際に長いと気が付いたのは、炎の揺らめきからある程度の剣の形を把握していたのだ。その為にさっきは炎を纏わせていたのだ。
「───強化!」
ルウラードは短剣を受け止めている自身の剣に纏っている雷の出力を最大に引き上げた。
「ぎゃああ!」
距離を無視できる空間のゲートとでも言うべき穴は、両方向に影響を与える。それは先程炎を剣に纏わせたことで分かっていた。ライルが熱そうにしていたのをルウラードは見逃さなかったからだ。
思いがけない雷の攻撃で痺れて動けないライルにルウラードは迫ると、電光石火の一撃でそのまま首を撥ね飛ばした。使い手が未熟だったとは言え、使いようによっては恐ろしい暗殺特化のスキルだ。絶対この男を野放しには出来ないと考えたルウラードに甘さは一切無かった。
こうして緑の異人と赤の異人の異世界人対決はルウラードに軍配が上がった。




