内通者
ラーズ国南部を通る街道に轟音が鳴り響いた。その音の発信源からは黒い煙がもくもくと立ち昇り、辺りには先程まで走っていた馬車の破片と馬の亡骸が散らばっていた。
「―――いない!?奴ら何処へ消えた?」
「恐らく勇者の仕業だ。奴らの1人に転移できる者がいると報告にあった」
馬車の残骸を確認し終えた兵士たちは、乗っていた者の死体が見当たらないことからそう結論付けた。彼らは事前に知っていたのだ。その馬車に乗っている者が勇者たちであることを。
ハーデアルト王国が召喚した7人の異世界の勇者は、もはや大陸中に知れ渡っており有名人であった。王国自身が世間へ発表したことを切っ掛けに、他国の間者がその情報を集め始めた。勿論隣国であるラーズ国も勇者たちを調査していた。最悪戦闘になることも想定して念入りに調べていたのだ。
故に彼らは、勇者の中に転移を扱える者がいることを突きとめていたのだ。
そして、さらに今回の密入国も、とある筋から情報を仕入れて知っていた。その情報源がどこかは兵士たちにも聞かされてはいない。兵士たちはただ上から命令されただけだ。
“近日、ハーデアルトの勇者たちが我が国へ不法侵入をする。早急に始末しろ”
そう命令を受けていた兵士たちは、グリズワードの森の近くの近辺で待機をしていた。そして、これもとある筋からの情報とだけ聞かされていたが、勇者達が乗っている馬車が判明したとの報告を受けた。その馬車が通る場所も詳しく伝えられた。
一体どこから流れている情報なのかは不明だが、上の命令通りにその場所へ向かうと、報告で聞いたのと特徴が一致した馬車を発見した。警告なしでの先制攻撃も許可されている。なにせ相手は勇者だ。これくらいのハンデは欲しいところだ。
だが例え真正面からぶつかったとしても、兵士たとは誰一人負ける気などなかった。何故なら彼らはラーズ国の中でも限られた選りすぐりの兵士<蛇の手>であったからだ。
「恐らくそう遠くはない所に勇者達はいる筈だ!探せ!見つけ次第必ず仕留めろ!」
計18騎の騎兵たちは隊列を変え、辺りを隈なく捜索し始めた。
「あいててー。急いで転移したからお尻を打っちゃったよ」
尻を押さえながら石山コウキはそう呟いた。
「ここは……!?」
一方、いつの間にか景色が変わったことに戸惑ったジルは周辺をキョロキョロと見渡した。
「ジルさん。今のはコウキが転移してくれたんです。コウキ、ここは一体どこなんだ?」
ルウラードが尋ねるも、コウキは首を横に振って答えた。
「わかんないよ。慌てて飛んだから……。でも、多分近くだと思う。僕、長距離転移は行ったことある場所以外無理だし、人数が多いほど射程距離も短くなるんだ」
コウキの説明で位置がピンと来たのか、ジルが口を開く。
「恐らくここは街道から少し離れた所だ。見ろ、あの丘を挟んで丁度反対側が、俺らが通っていた街道の筈だ」
ジルが位置を特定するとルウラードはすぐにこれからどう行動するかを考える。
「ということは、奴らはまだ近くにいるな。私達の死体が無ければ当然辺りを捜索する。……そもそも連中は何者だ?」
姿を見かけたと思ったら一切躊躇わず攻撃をしてきた。どう考えても普通じゃない。快楽殺人者の集まりだとでも言うのだろうか。さらにルウラードが気になったのは彼らの錬度だ。魔術一つとってもその破壊力と、騎乗した状態から動いている馬車に当てる命中精度は相当なものだ。そんな腕利きの連中が偶々自分たちの馬車を襲ったとでも言うのだろうか。
(そんな訳がない!あいつら、間違いなく私達の正体に気が付いている!)
まさかこんなにも早く潜入がばれるとは思いもしなかった。だが、最大の懸念は他にあった。
「……あえてはっきりと言わせてもらうが―――」
するとラーズ国の案内人であるジルが口を開いた。
「―――今回の密入国は確実に相手にばれているぞ。そして恐らく内通者がいる。それもかなり身近に、だ」
ジルの言葉に状況の拙さを理解したコウキとミイレシュは息を呑む。だが、甘い性格の二人はまだ事態の本当の深刻さに気が付いていないことをルウラードは察した。
ジルは“あえてはっきり”と言ったが、彼も大概甘いなとルウラードは思った。ちなみにルウラードの考えはこうだ。
この中に内通者がいる。
そうとしか思えなかったのだ。仮に内通者がハーデアルトの中枢に潜り込んでおり今回の情報が筒抜けだとすれば、密入国の件は露見されても仕方がない。だが、森を抜けて村に一晩泊まってまだ二日目だ。本格的にラーズ国へと潜入してたった二日目で、潜入したタイミングはおろか、馬車まで特定されている節もあるのだ。リアルタイムに情報を流している輩がいると考えるのが自然な形だ。
(―――誰だ?一体誰が内通者だ?)
コウキとミイレシュが内通者だとは思いたくもない。先程までは3人のことを甘いと断じていたが、自分はそれ以上ではないかとルウラードは自嘲する。だが、一年間以上共に研鑽し戦ってきた仲間たちだ。疑う方がどうかしている。
では候補者は案内人のジル一人に絞られる。だが、果たして彼が本当に内通者なのだろうか。
(さっきは彼ごと殺されるところだった。だがそれもフェイクか?元々彼ごと殺すつもりで潜り込ませていたのかも……)
だがどうもその考えはしっくりこない。ジルには色々と奇妙な点が見られるのだが、内通者かと問われると首を捻らざるを得ないのだ。
(……考えすぎなのか?本当に偶々で、内通者などいない、のか?)
ルウラードがあれこれ考えている間に状況は動き出した。
「見つかった!あいつら、まだ俺達を殺すのを諦めていないぞ!」
そう声を上げたジルは腰に下げた剣を抜く。コウキとミイレシュの二人も臨戦態勢を取った。幼いとはいえ、二人とも王城で今まで訓練を重ねてきたのだ。いざとなれば苦手な戦闘でも頼りになる存在だ。
「ミイ、出来る限りの精霊を出してくれ!だが、守り重視でいい。コウキもミイの傍にいてやってくれ。こっちにはやれる範囲の支援だけでいい」
「分かった」
「ラジャー!」
「私とジルさんで前に打って出る。いいですね?」
「ああ、任せてくれ。流石に問答無用で殺されかけちゃあ、無視する訳にはいかないからな!」
本来案内だけが役目のジルであったが、先程の不意打ちは頭にきたのか戦闘意欲を燃やしていた。さらにジルは3人に助言をする。
「それと3人とも。あいつらは多分<蛇の手>だ。あれ程の手練れであの所業、恐らく王直属の精鋭部隊だ。ただし公には存在しない部隊だがね」
「成程、ある筈もない蛇の手という訳ですか。ゴブリンも食わないネーミングセンスだな」
ルウラードはそう吐き捨てると、自らの愛剣を抜き短い詠唱を呟いた。
「―――炎よ、纏え」
たったそれだけの短い詠唱で炎を剣に纏わせたルウラードの技を見て、ジルは興味津々であった。
「凄いな、それ。一体どういうからくりだ?」
「別に秘伝という訳ではないのですが、生憎教えている時間はなさそうですね。―――炎よ、斬り裂け!」
呪文とともに炎を纏った剣を振るうルウラード。その斬撃は炎の刃となり迫る騎兵隊の足元に着弾する。まずは様子見、相手の足を止めに掛かった。
「―――っち!」
「おっと!」
ルウラードの目論見通り兵士達は馬を一旦止める。それを確認したルウラードは声を上げた。
「お前達、一体何の真似だ!何故ただの旅行者である俺達を狙う?」
自分でも言っておいておかしく思えてしまう。ただの旅行者が騎士相手に応戦出来る筈もない。だが、今は少しでも情報が欲しいルウラードは相手との会話を望んだ。
「―――やれ!」
しかしルウラードが投げかけた問いの返答は、短い開戦の言葉であった。騎馬隊のうち半数以上はそのままこちらへと突撃してくる。残りは馬から降りる者や騎乗したまま詠唱を始める者もいた。
「ちっ、話したくないとは内向的なやつらだ!」
こちらへと迫ってくる騎兵を相手取ろうとジルは一歩前に出る。彼の実力は道中現れた魔物との戦闘で見させてもらったが、その腕は十分背中を任せられるに足る存在だ。
(腕の方は信用できる。だが―――)
ジルが内通者かもしれないという懸念は拭いきれないが、今は背に腹をは代えられない。彼とは距離を取りつつも戦力の頭数にいれる。
「うおおおおお!」
雄たけびを上げながら騎馬隊の一番槍が迫ってくる。馬上から振り下ろされる剣は髙さも重さもあり、ただでさえ体格差のある兵士と少年との力をより一層開かせる形となった。
だが、勇者の名は伊達ではない。兵士の渾身の一撃をルウラードは軽く振り払うかのように剣で一当てして弾いた。
「―――なっ!?」
予想を遙かに上回る少年の一撃に、兵士は一瞬躊躇をする。その隙をついてルウラードは横を駆け抜けようとする騎兵を馬から叩き落とした。
「―――ぐえっ!」
肩から地面へ落ちる形となった兵士は短い悲鳴を上げる。
「ほぉ、なかなか良い馬だ。すまないが足が欲しくてな。頂くぞ?」
ルウラードは元々異世界の貴族の出だ。馬を操るなど幼少の頃から行っていた。騎馬戦も勿論得意中の得意であった。
「―――ちっ、間抜けめ!馬を奪ったやつを始末するぞ!」
残った兵士達は声を掛け合って連携しルウラードを追い詰めようと馬を走らせる。だが、それは少年の注目をこちらへと引きつける為のブラフであった。
兵士達の後方から音も無く矢が飛んでくる。その目標は騎馬隊に目を向けているルウラードであった。矢には風属性の消音魔術が掛けられており、飛来する音が聞こえなかった。さらに少年の死角をついたその矢は必中であった筈だ。
「―――ふん」
しかしその必中の筈の矢は、余所見をしていた少年にいとも容易く躱された。
「―――な!馬鹿な!?」
遠くからそれを目視していた射手は驚きの声をあげる。今までこのタイミングであそこまであっさりと躱す者など皆無であった。
だがルウラードに暗殺や騙し討ちは通用しない。何しろ彼には最強のスキルがある。己の身に危機が及んだ時、その未来視の能力は自動で発動するのだから。
流石にルウラードの規格外なスキルの情報までは掴めていなかった<蛇の手>は、一度ではめげず何度も執拗に少年を狙う。
「くそ!手が足りねえ!―――おい、こっちに援護を……!?」
兵士は他の勇者達へ対応をしていた魔術師に声を掛けようとして振り返り、そして息を呑んだ。あちらの戦闘はまさに目を疑う光景であった。
「―――精霊使いか!?報告にあったエルフの勇者だな!」
ミイレシュはルウラードの言いつけどおり、精霊を展開していた。その数は全部で3体。精霊の憑代も様々で風の精霊エルフィンの狼をはじめ、雷を纏った小鳥、それと中身が空っぽの古びた甲冑が佇んでいた。
「お願い、私達を守って!」
ミイレシュの願いを聞き入れた精霊たちは独自に動きだし、兵士達からミイレシュやコウキを守ろうとする。
「ふん、精霊なら対策済みだ!あのエルフを狙え!攻撃の手を休めるなよ!」
<蛇の手>の兵士たちは魔術や矢を絶え間なくミイレシュへと向ける。放たれた魔術や矢は大した威力を持たない牽制程度の攻撃であったが精霊たちはそれを無視できない。何故ならば精霊たちは契約や約束を重んじるからだ。少女のお願いを無視するわけにはいかなかったのだ。
「よーし、精霊どもは足止めしたぞ!その間に残りの者を討て!」
それが<蛇の手>の作戦であった。精霊は魔力が高く厄介な相手だが、その分扱いも難しい。彼らは契約に忠実に従う。それを逆手に取ったのだ。
ミイレシュの守りに手一杯の精霊を素通りして騎兵はコウキを狙おうとする。
「―――ちょっと待ってよ!こっちに来るなよ!―――なーんてね」
間近に迫った騎兵の攻撃をコウキは転移スキルで軽々と躱す。
「―――!あいつが転移術者か!?」
「逃げられると面倒だ!あいつから始末しろ!」
手の空いた者はコウキへと攻撃を集中させる。
「うわっ!こっちに集まってきた!」
コウキは転移を繰り返し、離れては魔術で応戦をする。一般人よりも膨大な魔力を秘めている勇者たちだが、コウキやミイレシュは本格的な戦闘訓練を初めて一年と少しだけだ。
一方相手は幼い頃から国の育成機関によって鍛練されたエリート兵士だ。スキルや魔力量のアドバンテージがあるものの、実戦経験の差と、なによりもあちらの方が数は多い。コウキは苦戦を強いられていた。
「───コウキ!くそ、そこをどけええ!」
ジルは3人の兵士を相手取っていた。エリート兵士3人と互角に切り結ぶとは流石はAランク冒険者であった。だが窮地に立たされているコウキの支援に向かえる状態ではなかった。
(このままじゃ、コウキお兄ちゃんが……!)
3体の精霊とともに防戦一方であったミイレシュは、この状況を打破するべく動き出した。
(お願い、皆も力を貸して!)
ミイレシュと仲良くなった精霊は3体、今現在ミイレシュを必死に守ろうとしている精霊たちだ。この3体とはすぐに打ち解けたのだが、残りの精霊たちはまだ完全に心を開いてくれてはいなかった。
だからミイレシュは命じた。本来このスキルは精霊を支配し命令するためにある。だが心優しいミイレシュはそれをよしとしなかった。
しかし、それ以上に大切な仲間が傷付くのは見ていられなかったのだ。
「───は?」
「ふ、ふざけるな!何だ!?あの数は……!」
ミイレシュの周りには次々と精霊が姿を現す。その数二桁を越え、未だに数を増やしていった。容姿も様々で、熊や鹿、魚や亜人種に人型の精霊まで現れた。
これこそミイレシュのスキル<精霊女帝>の真骨頂であった。




