そっちの二人!?
「今のは……」
脳裏に浮かんだ映像を見終えた恵二は、それを見せた精霊シャムシャムへと尋ねる。
「私の記憶を一部編集して見せたの。これでダンジョンのことは分かったの?」
「えーと、大体は。ダンジョンは人や魔物の亡骸を養分にして自然にエネルギーを還元させてるんだな?」
「そういうことなの。人間の割には賢いの」
つまりダンジョンは自然発生したのでも、ましてや神の試練なんかでもなく、真実は精霊が造った巨大な自然復興装置なのだ。その装置の原動力となるのが人間や魔物なのだろう。
「てことは、お前達精霊は自然を活気づける代わりに人をダンジョンに誘き寄せて搾取しているってことか?」
同じ人として、この事実を不快だと感じた恵二は少し棘のある言い方をした。恵二の感情を察したのか、このダンジョンの創造主であるシャムシャムは弁明をした。
「誤解しないで欲しいの。確かにダンジョンで人間や魔物が沢山死んでくれれば、それだけ栄養も増え自然も沢山元気になるの。けどそんなことシャムシャムたちは望んでいないの」
「どういうことだ?精霊は自然を糧にするんじゃないのか?」
「その通りなの。そして人間や魔物も私達の糧になっているの。いなくなったら困るの」
「……それって、お前達精霊は人や魔物を食べるってことか?」
シャムシャムの話を聞いた恵二は顔を真っ青にし後ずさる。今日一日だけで恵二の中の精霊像が物凄い勢いで崩れ去り書き換えられていった。
「―――そんな気持ち悪いことしないの!私達はマナを糧とするの!だから自然と人、どちらも必要なの」
「そのマナってなんだ?魔力とは違うのか?」
「マナはマナなの。エルフ族なら感じられるの。でも人族であるけーじには分からないの」
どうやら人族の持つ感覚ではマナとやらを捉えるのは無理なようだ。分からないものを説明しても無駄だとシャムシャムは語った。
(そういえば、ミイはよく“この世界は元気がない”と口にしていたな……。ミイにはマナを感じとれていたのか?)
元勇者仲間でエルフ幼女のミイレシュは精霊を使役していた。彼女はもしかしたらマナとやらを理解していたのかもしれない。
前に王城にいた時にミイレシュから聞いたことがある。彼女が元々いた灰の世界<ヘルトゥナ>には沢山の世界樹と呼ばれる大きな大樹があったのだという。ミイレシュはその一つを守る一族出身なのだと話してくれた。だが、こちらの世界には世界樹の報告例は古い文献であるのみだ。少なくとも中央大陸においては現在一本も残っていないのだという。それを聞いた彼女が悲しそうにしていたことを思い出した。
「これで分かってくれたの?ダンジョンは必要なの。だから種を壊されると困るの」
「俺が魔力探索で感じたのが本当の種ってことなのか?それを壊したらどうなるんだ?」
「ダンジョンは崩壊するの。私のおうちも冒険者たちも皆埋まってしまうの」
「げっ!」
仮のコアをいくつ壊そうがダンジョンの成長が止まるだけのようだが、本当のコアを破壊すればダンジョンは完全に破壊されてしまうようだ。
「そんな大事な情報、俺に教えても良かったのか?」
「よくないけど仕方ないの。けーじは規格外なの。地中深くに埋めた種の存在にも気付くし、あの子も破壊するしで危険だからきちんとお話ししたの」
「あの子?」
「40階でけーじがばらばらにしたゴーレムのことなの。倒されるなんて完全に想定外だったの」
どうやら“あの子”とは超巨大ゴーレムのことのようだ。確かにあれを倒せる存在となるとかなり限られてくるのだろう。だが、その件については恵二も文句を言ってやりたかったのだ。
「お前、あんなデカブツ出すなんて卑怯だろう!王女様の話では攻略不可能なダンジョンは禁止だって言ってたろ?倒されるのが想定外って、あいつを倒さなければ先へ進めなかったじゃないか!」
今まで≪古鍵の迷宮≫で出てきた魔物は厄介なものもいたが対処可能な範囲であった。ビームを出してくるゴーレムに関しても、腕利き冒険者ならばなんとか対応はできた筈だ。だが、超巨大ゴーレムだけは完全に規格外だ。しかも、あいつを倒さなければ奥の扉は開かない仕掛けのようであった。恵二のスキルがなければとてもではないが攻略不可能に思えた。
「けーじ、それは誤解なの。確かに奥の扉の鍵は閉まっていたの。でも解除方法はあったの。あの子の膝裏にスイッチがあったの」
「―――え?そんな所にスイッチがあったのか!?」
超巨大ゴーレムの膝裏に、奥の扉を開く為の仕掛けが施されているのだとシャムシャムは説明をした。
「本当なら、あの場面は勇気と知恵を振り絞って攻略してもらうところなの。それをけーじは力押しで攻略してしまったの。全くスマートじゃないの」
本来の趣旨とは違う形で攻略してしまった恵二をシャムシャムはとても脅威に感じたようだ。さらに奥底に埋めていたダンジョンの核ともいうべき種さえも露見され思わず介入してしまったのだと彼女は話してくれた。
「だから改めて約束して欲しいの。ダンジョンの秘密を他の人に洩らさないで欲しいの。ダンジョンを壊さないで欲しいの」
「うーん、それは……」
恵二は考える。強引な手法ではないとはいえ、人を自然の養分とするダンジョンの存在を黙っているのは正しいのだろうかと。だが、ダンジョンに挑む冒険者自身は覚悟を持って臨んでいる筈で、精霊側もある程度のルールを守ってフェア精神とやらで運営をしている。お互いに利点もあるわけで、特に問題はないのではと思える。
「……秘密は守る。だが、ダンジョンを破壊しないという約束は保留させてくれ」
「ええ!?まさかシャムシャムのダンジョンを破壊する気なの!?」
それを聞いたシャムシャムは飛び跳ねると、凄い勢いで恵二から離れていく。
「あー、違う違う。少なくともここは破壊しないよ。けど、人に仇なす悪意のあるダンジョンが存在した場合には遠慮なく破壊させてもらう」
「私達はそんなことしないの。精霊はきちんとルールを守るの」
シャムシャムはそういうが、他の精霊の性格を知らない恵二はそう簡単に頷けない。それに、何事にも例外があることを恵二は知っていた。
「そうか?以前ジェイから聞いたけど、グランナガンには毒ありのダンジョンがあるって話じゃないか。確か毒はルール違反じゃなかったのか?」
精霊の王女様の話では、ダンジョンに毒を用いるのは禁止していた筈だ。だが、ジェイサムに聞いた話だと、≪蠱毒の迷宮≫と呼ばれる南西にあるダンジョンには毒だらけの迷宮があるのだという。
それを聞いたシャムシャムは苦虫を潰したような顔をして口を開いた。
「それはきっとトントンのクソヤローの仕業なの!そうに違いないの!あのヤローは精霊の面汚しなの!」
可愛い声でシャムシャムは仲間の精霊を罵倒し始めた。確かトントンという名の精霊は先程のヴィジョンにも出てきた。他の精霊たちにブーイングされて半泣きしていた者の名がトントンであった筈だ。
「そ、そうなのか?とにかく、そういうイレギュラーもあるわけだからダンジョンを壊さないという約束はできないな」
「それならいいの。むしろトントンのダンジョンなんかぐっちゃぐちゃにしていいの!」
どうもそのトントンという名の精霊のことになると口汚くなる。その他にも約束を守らない人に対して酷い言葉を使っていた。どうやら精霊は卑怯者に態度が厳しいのかもしれない。だが毒は駄目で罠はありという感覚はいまいち理解できなかった。
「そういえばジェイが発言する度に、シャムシャム怒っていなかったか?あれはジェイに悪口を言われたからか?」
ジェイサムがダンジョンを煽る発言をする度に凄まじい轟音が奥から響いてきた。恐らくあの音は巨大なゴーレムが壁を叩いている音だと思われる。だが、それを操っているのはシャムシャムではないかと恵二は睨んでいた。
「あのお髭ヤローは頭にくるの。私のダンジョンを浅知恵だの幼稚だの馬鹿にしていたの」
どうやらシャムシャムは怒りやすい性格のようだ。卑怯な振る舞いだけでなく、自身が馬鹿にされるのも嫌うようだ。当然といえば当然なのだが、見た目と言葉のギャップが凄まじい。ジェイサムの方もこのダンジョンには苦い思い出があるので、シャムシャムとは相性が悪そうだ。
「その点あの二人は好感を持てたの。人間にしては珍しく良い子たちだったの。だからポーションをサービスしてあげたの」
「二人?」
それは誰のことを言っているだろうか。ポーションと聞いて真っ先に思い浮かんだのはロンだ。彼は仲間を助ける為に身体を張ってダンジョン探索をしていた。精霊から見ても好感触だったに違いない。もう1人はもしかして、ロンの為にポーションを選んだ自分だろうか。
「でも残念だったの。折角の発育ポーションを選ばなかったの。徹夜して作ったのにもったいないの」
「―――そっちの二人!?」
思わず大きな声をあげる恵二。シャムシャムが言う二人とは、間違いなくキュトルとシェリーのことであろう。そういえば、以前二人がダンジョン内で、胸の大きさで騒いでいるときに大きさがどうのこうのと謎の声が聞こえたのを今更ながら思い出した。あれはきっとシャムシャムの仕業なのだろう。
恵二は自然とシャムシャムの胸部に視線を送った。幼い姿の彼女の胸は、当然ペッタンコであった。その視線を感じとったシャムシャムは恵二へ厳しい言葉を投げ掛ける。
「なんだかとても不愉快でいやらしい視線を感じるの。一応説明しておくと、この姿は王女様に与えられたものなの。だから成長は一切しないの。……別に落ち込んでなんかいないの」
シャムシャムは自分の子供っぽい容姿が気に入らないのか、自身の体をペタペタとさわりながら説明をすると、がっくしと項垂れた。憑代とはいえ精霊も見た目を気にするようだ。
「あー、聞きたいことはこれで一通り聞いた。それじゃあ俺はそろそろ帰るよ」
「またくるの。けーじが転移ゲートを自由に行き来出来るようにしておくの。今度は何かお土産でも持ってくるの」
「図々しいな。まぁ次来たらお菓子でも持ってきてあげるけど……」
「約束なの!」
精霊であるシャムシャムとの約束は洒落にならない。一瞬躊躇った恵二だがその言葉に頷くと、心の中に“今度はお土産持参”としっかり刻み込んでおくのであった。
「───不味いな。珍しく騎馬隊が巡回している」
グリズワードの森を抜け、見事にラーズ国へと潜入していた4人は、次の調査地へ赴こうと手に入れた馬車を走らせていた。すると前方から大勢の騎乗した兵士たちが向かってきていた。
治安維持の為、国の兵士が村や街道を巡回するのは差ほど珍しくはない。他国ではよく見かける光景であった。
だが、それがラーズ国となると話は別であった。ラーズ国の兵士は怠慢な働きをするので有名だ。上の命令にはすぐ対応するが、自国の民を守る為、自発的に行動するものなどほぼ皆無であった。
更に今は真冬とあって、北部では雪もちらつく寒い季節だ。わざわざ外に出て巡回をするなど、末端の兵士は勿論、上官でさえそんな命令は出さないであろう。
だからこそジルは不思議でしょうがなかった。よりにもよってこのタイミングで出会すとは、なんとついていないのかと舌打ちをした。
「こちらへ来るな。万が一兵士に出会った時の対応は覚えているな?」
後ろの車両から様子を伺っていたルウラードはコウキとミイレシュに確認を取る。自分達はあくまでもただの旅行者であると、言い訳は事前にきちんと打ち合わせしていた。偽りの名前に偽りの出身地とその特徴までも頭に入れていたのだ。
「ばっちり」
「大丈夫だよ、ルウお兄ちゃん」
コウキとミイレシュに確認をしたルウラードは、視線を再び近づいてくる騎馬隊へと戻す。その瞬間───
「───っ!?」
ルウラードのスキルが発動した。
異世界の勇者たちは、<異世界強化召喚の儀>の恩恵で強力なスキルを授かっている。緑の世界<レアウート>から召喚されたルウラードもその例外ではない。それどころか、彼のスキルは能力だけを見れば勇者たちの中でも随一であった。
<未来予知>
未来を見ることが出来るというその能力は、スキルの中でも伝説級であった。ただし、制限もある。一定時間より先の未来は視えない。また、未来を視てルウラードが行動を変えると、未来視したヴィジョンも変化してしまう。
そして何より厄介なのは、自分の身に危険が及ばないと視れないという、自動発動型のスキルであった。
つまり、今スキルが発動したということは―――
「―――ミイ!魔術障壁だ!すぐに馬車全体に張れ!」
「―――え?え?」
説明をしている時間はなかった。ルウラードはミイレシュに魔術で防御をするよう大声で指示を送るが、状況を全く理解できていない彼女は困惑をする。すると―――
「―――正気か!?」
今度は前方の操縦席で馬車を操っていたジルから大声が聞こえた。
ルウラードがこの台詞を聞くのは二度目だ。己のスキルで既にこの場面は未来視していた。だが、コウキとミイレシュの二人は初めての経験だ。よく分からない状況で突然大声を上げた者がいれば、そちらに気を取られてしまうのは仕方が無い事であろう。
だが、その僅かな時間が命取りとなった。
何の警告も、躊躇いや慈悲も一切無く、騎馬隊から魔術の弾丸が複数撃ち放たれた。突然のラーズ兵たちによる魔術の乱射はミイレシュが魔術障壁を張る間も無く、4人を乗せた馬車に全弾命中し馬や車両ごと跡形も無く吹き飛ばした。




