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はーい

「ケージさん、お出かけですか?」


<若葉の宿>を出ようと扉に手を掛けたら、この宿の一人娘テオラ・マージが話しかけてきた。


「ああ、ちょっと用事があってね。テオラは今日バイトの方は休みなのか?」


 普段の彼女であれば、北西地区にある仕立て屋<天馬の蹄>でバイトをしている時間のはずだ。女性オーナーであるワミに気に入られたテオラは、装飾や錬金術の技術を学びながら仕事の手伝いをしていたのだ。


「今日はお休みです。その代り、後でエアリムさんに魔術を習う予定です」


 エアリムは現在、マージ家の居候として扱われていた。<若葉の宿>の部屋の数は限られており、マージ家で客間として使っていた空き部屋にエアリムがお邪魔することとなったからだ。その為かエアリムとテオラの仲は良い。また、お互いエイルーンの魔術学校を目指す者同士、勉強の方も教え合っているようだ。


 装飾に魔石などを用いて魔術効果を永続的に付与しようとするテオラの技術と、一時的に武具へ付与を行うエアリムの魔術は似ているようで違う系統の魔術なのだという。ワミ直伝の錬金術はエアリムも参考になるようでお互いに知識を高め合っているようだ。


「やっとお金の目途も立って、無事お母さんの許可も出ましたしね。来年はよろしくお願いしますね、先輩!」


 テオラは今年の受験には資金も勉強も間に合わないと判断し、来季の入学を目指す。順当にいけば恵二やエアリムの後輩として一緒に魔術を学ぶ形となる。


「その前には、まず俺が合格しなきゃなあ。用事を済ませたら、早速受験勉強を頑張るか」


 恵二はテオラに帰りが遅くなるかもしれないことを伝えると、宿を出て北東地区にある≪古鍵の迷宮≫を目指した。




≪古鍵の迷宮≫の攻略を目指していたパーティは昨日で一旦解散となった。恵二やエアリムが受験勉強で冒険者活動を休止し、ロンは大金を得たこの機会に冒険者稼業を引退したからだ。


 ダンジョン初踏破報酬の選択をポーションにし、既に使ってしまった恵二とロンは収入が全くないように思われたが、実はあの後意外な臨時ボーナスが入ってきた。ダンジョン攻略時に溜め込んだ魔物の素材もお金になったが、一番大きかったのはボス部屋にいた特殊なゴーレムの残骸が高値で売れたことだ。


 初踏破の嬉しさに、すっかりゴーレムの素材を回収することを忘れていた恵二たちであったが、なんとありがたいことに、アドガルたち<到達する者>の面々がきちんと管理して残しておいてくれたのだ。ただし、その手間賃として売値の2割は彼らの懐に納められた。だが、それでもかなりの金額が恵二たちの手元に残った。


 岩人形(ゴーレム)なんかは全くお金にならなかったが、ビームを放ったゴーレムや超巨大ゴーレムの素材は、魔力を通し易い硬い貴重な鉱石が使われていた。どうやったらその鉱石をここまで粉々にできたのか、買取をしていたホルクは首を捻っていたが恵二たちはそれを適当に誤魔化した。


 そんな訳で現在恵二たちの懐事情はとても潤っていた。カーラやワッパの治療費で再び借金を抱えていたロンもそれを全て完済した上、念願の飲食店を構える資金まで手に入れた。ロンと一緒にカーラも冒険者稼業を引退した。彼女はロンと一緒に飲食店で働くことを決意した。


 昨日ロンたち三人は改めて恵二の元を訪ねた。カーラは憑き物が落ちたかのような別人ぶりで、恵二へ何度も謝罪と感謝を告げてきた。


 余談だが、ワッパはそのまま冒険者を続けるらしく、今は≪銅炎の迷宮≫でパーティを探しているようだ。



「さて、着いたな」


 考え事をしながら歩いていたら、恵二はあっという間に目的地である≪古鍵の迷宮≫の前まで辿り着いていた。




≪古鍵の迷宮≫の入口は建物の中となっていた。その室内にはこれから探索をしようと打ち合わせをする者や、即席パーティを募集している冒険者たちで溢れていた。初踏破の報せがあったにも関わらず多くの人だかりがあった。


(みんな、裏ルートの魔物目当てなのか?)


 もしくは他にも隠し通路があると考えいるのか、以前は初心者用ダンジョンなどと揶揄されていた迷宮には、腕のたちそうな冒険者で溢れていた。


「おい、あいつ……!」

「ああ、ジェイサムんとこの小僧だ」

「あいつらが初踏破者かもしれないって本当か?」

「冗談だろう?冴えないおっさんに女子供のパーティだぞ?」

「本当のボスはとんでもねえ強さだって話だぜ?どうせ<到達する者>の連中が攻略したんだろう?」


 恵二の姿を見た冒険者たちは様々な憶測や噂話で盛り上がる。


(ここに長居してたら、また絡まれそうだな)


 そう考えた恵二はさっさと入場料を支払って迷宮の中に入った。



<回廊石碑>が置かれている1階フロアにもそこそこの人だかりが出来ていた。


(えーと、とりあえず来たけど、そういえばここからどうすればいいんだ?)


 恵二が再びダンジョンへと訪れた理由は、あの奇妙な念話の声の主、(自称)精霊に会うためだ。だが、肝心のどうやって会うのかを恵二は聞いていなかった。


(確か、また来れば案内する、って言ってたか?)


 しかしダンジョン内に踏み入れても特に反応はない。この前のようにダンジョンの最奥へと行かなければならないのだろうか。


 恵二がそう考えた時───


『───よく来たの。約束通り案内するの』


 あの時と同じ、幼い少女のような声が聞こえてきた。


(あー、あの時の精霊か?俺はどこに行ったらいいんだ?)


 心の中で声の主に尋ねる。


『転移ゲートを使うの。特別に直通便を用意したの』


(転移ゲート……?)


 名前からして、もしや<回廊石碑>のことであろうか。半信半疑に恵二は石碑まで近付き覗いてみる。


「───いっ!?」


 するとその石板には、数字の他にあからさまにおかしい表記がされていた。


 “シャムシャムのおうち”


 それを見た恵二は咄嗟に身体で文字を隠し、他の冒険者に見られないようにすると、すぐに転移魔術を起動させた。すっかり慣れ親しんだ光に包まれる。光が収まると、そこはダンジョン内とはとても思えない森の中であった。


「───ここ、どこ……?」


 恵二の視界一面に生えている木々は風で揺れており、近くには川が流れる音がする。さらに天井があるにも関わらず日の光まで差し込んでいる。予想外の光景に恵二は呆気に取られていた。


(───ダンジョン内、なんだよな?)


 上を見上げると、少し眩しいが確かに天井が見えている。だが身体が感じるこの陽射し、間違いなく外のそれと同じ感覚だ。


「ようこそなの。私のおうちに来た人間は貴方が初めてなの。歓迎するの」


 その声は頭の中で散々聞こえていたのと同じだが、今のはちゃんと耳を通して聞こえた。声のした方を振り向くと、そこには幼い少女が立っていた。


「お前が念話で語りかけてきた精霊、なのか?」


「お前じゃないの。シャムシャムなの。挨拶をする時はきちんと名を名乗るの」


 透き通った水色の髪をした少女が、両腕をあげて抗議をした。意外な展開に頭の整理が追い付いていない恵二だが、彼女が言うことも尤もだと思い、きちんと挨拶をすることにした。


「悪い。俺はケイジ・ミツジ。冒険者だ」


「けぃじみつじ?おかしな名前なの」


 お前だけには言われたくない、といった抗議の視線をシャムシャムと名乗った少女に送った。


「くっつけるなよ。ケイジが名前だよ。覚えにくかったら名前だけでいいよ」


「───けぃじ?けえじ?けーじ───けーじ!うん、良く考えたら良い名前なの」


 どうやら精霊もケイジではなくケージと発音してしまうらしい。そんなに自分の名前は言いにくいのだろうかと首を捻る。


「それで、お前───シャムシャムの所へ来れば、色々教えてくれるって話だったよな?」


「その前に確認するの。約束はちゃんと守ったの?」


「約束?ああ、まだ誰にも話していないぞ」


 ジェイサム達に相談するべきか迷いもしたが、口約束とは言え一方的に破るのも気が引けたので、恵二はまだ誰にもこのことは話していなかった。


 それを聞いたシャムシャムはじっと恵二の目を見つめた。そのまま十秒間くらい見つめ合う形となりなんだか照れくさくなる。


「―――うん、ちゃんと約束を守ったようなの。えらいえらいなの」


 そう口にしたシャムシャムは満足そうに二度頷いた。だが彼女は一体何をもって約束を遵守したと思ったのだろうか。


「?今、何かしたのか?僅かに魔力を感じたようだけど……。それに何で約束を破ってないって分かるんだ?」


 恵二は沸いた疑問を素直に尋ねた。するととんでもない答えが返ってきた。


「約束を破っていたら、今頃けーじは氷漬けになっていたの。そうならなくてよかったなの」


「え?嘘ついたら氷漬けって酷くない!?」


 思わず聞き返すも更にとんでも答えが返ってきた。


「酷くないの!約束破る人は最低な畜生なの。存在価値のないクソヤローなの」


 可愛い容姿からは想像もできない、聞くに堪えない言葉が連発される。


「私はまだ“かんよー”な方なの。他の精霊だったら全身丸焦げにされるか爆発四散しているところなの」


「こわっ!お前たち精霊って、こわっ!」


 氷漬けのどこが“寛容”なのだろうかと思ったが、それ以上の仕打ちを聞いて恵二は震え上がった。見た目二桁にも満たなそうな年の女の子だが、勘違いしてはいけない存在なのだと改めて痛感させられた。


「そんなこと、どうでもいいの。けーじは約束を守ったからそんな酷いことしないの。安心するの」


「今“酷いこと”って自分で言ったよな?認めたよな?」


 恵二は少女の言葉の揚げ足を取るも、それは見事に聞き流された。


「約束通り色々と教えてあげるの。何か聞きたいことはあるの?」


「え?うーん、色々とあるぞ?だが、一番疑問なのはシャムシャムって何者なんだ?」


「精霊なの。正確には、私は王女様に創られた<箱庭の精霊(ダンジョンマスター)>なの」


 見た目は少女のシャムシャムは、腰に手を当てると自慢げに胸を張る。彼女の返答を聞いた恵二は更に疑問が生まれた。


「王女様って誰だ?それに創られたってシャムシャムに親は居ないのか?つーか、もしかしてシャムシャムがダンジョンを作ったのか?」


「うーん、一遍に質問されて面倒なの。―――だから、こうするの!」


 シャムシャムは小さい手を恵二の方へかざすと、魔術のようなものを発動させた。僅かに魔力の動きを感知できた恵二であったが、殆ど不意打ちに近かった為それを回避することは出来なかった。


「―――これは……!?」


 魔術のようなものを受けたと感じた瞬間、恵二の脳裏にあるヴィジョンが浮かんだ。この感覚は先日に初踏破報酬の宝箱を開けようとしてアイテムの目録が浮かんできた時の感じとどこか似ていた。



 今回恵二の脳裏に浮かんできたのは、誰かの昔の記憶であった。




 何時かは正確には分からない遙か大昔、精霊種の頂点に立つ女王様は、ある目的の為に新たな精霊を生み出した。新たに生まれた精霊たちは女王様から<箱庭の精霊(ダンジョンマスター)>と名付けられた。さらに一人一人に名前まで与えてくれた。2番目に生まれた私には、シャムシャムという素敵な名前をくれたのだ。


 私達を創った理由を聞かされた。


 この世界の森や木々は徐々に減り、川は汚れ渇き、大地はゆっくりとその活力を失っているのだと説明を受けた。精霊種の糧は自然の活気そのものだ。それが徐々に失われていくのは非常に困る。そこで私達箱庭の精霊(ダンジョンマスター)の出番だ。ダンジョンの(コア)を埋め、迷宮を作り人や魔物をたくさん呼ぶ。彼らの魔力や亡骸を養分として、自然に栄養(マナ)を与えて再び活気を取り戻す。その仕組みを潤滑に運営するのが私達のお仕事だ。



「以上で基本的な説明は終わります。皆さん、ここまではいいですかー?」


『はーい』


 女王様の言葉に精霊たちは元気に返事をする。


「それと、人間さんにいっぱい来てもらうにはお宝が必須です。ダンジョンのあちこちに用意してあげましょうね」


『はーい』


 人が来てくれないことにはダンジョンの運営が成り立たない。人を餌にすることを目的で呼び寄せた魔物も来てくれないからだ。逆に魔物の方も、強すぎたり弱すぎたりすると人間は来てくれないらしい。まずは人間たちの好みを知る必要がある。その為に私達箱庭の精霊(ダンジョンマスター)は人の形の憑代を与えられていた。


「それと、人間さんたちも必死で命懸けです。可哀そうなので初めて攻略した人にはもっと良いお宝を用意してあげましょうね」


『はーい』


 女王様の話では、人間は珍しいマジックアイテムや良く効くポーションが人気なのだそうだ。真面目な精霊は忙しそうに王女様の言葉をメモに書き記す。


「それと、ズルは駄目です!フェア精神でいきましょう!絶対に攻略不可能なダンジョンを創ってはいけませんよー」


『はーい』


 ゴールである仮の心臓部(コア)へと続く道を完全に塞いだり、箱庭の精霊(ダンジョンマスター)自身が挑戦者の排除をしたりするのは禁止とされていた。あくまでも公平にいこうと説明を受けた。


 そこで私には一つの疑問が生じた。


「女王様、罠は駄目なの?隠し扉や隠しトラップは作っちゃ駄目なの?」


 私の質問に女王様は暫く考えた後、こう答えてくれた。


「大丈夫です。罠も試練の一つとして取り入れましょう!作れる子はどんどん作ってみましょうね」


『はーい』

『やったー!』


 手先が器用そうな精霊は喜んだ。罠を作ることによって魔物の数を減らしたりとコストを削減できるからだ。


「女王様ー。毒はー?罠に毒は使っていいですかー?」


 そう尋ねたのは八番目に生まれた箱庭の精霊(ダンジョンマスター)トントンであった。トントンは私と同じで手先も器用だが、薬の調合も得意な精霊として生み出された。その為か毒にも精通しているようだ。


 女王様は暫く考えるとこう答えた。


「いけません。毒は痛いし苦しいので使うのは止めておきましょう。皆さん、配置する魔物にも毒を抜きましょうねー」


『はーい』

「ええー!?」


 精霊たちは女王様の言葉に返事をするも、尋ねたトントンだけは不満そうにしていた。毒を使うだなんて卑劣な奴だと私や周りの精霊たちは彼にブーイングを浴びせた。


「それじゃあ私の可愛い子達!各地に散ってダンジョンを大きく成長させるのです。そして、自然に活気を取り戻すのです!」


『はーい』


 女王様の号令で私達は散り散りになった。中には不真面目な者や怠け者もいたが、私は女王様の言いつけを守ってダンジョン制作に精を出した。


 私はもっと川や湖など水辺の多い地で暮らしたかったが、水属性の魔術が得意な私は、女王様からこの地を任された。ここは湖もなければ川も少ない。森もほとんどない荒れた地だ。


 だが、賢い私ならきっと自然を取り戻せると女王様は言ってくれた。私はこの地にダンジョンの(コア)を埋めた。種が育ってダンジョンになるのはかなりの年月がかかる。だがダンジョンにさえなってしまえば、後は比較的早く成長をする。



 そうしてこの迷宮、後に発見され人間が≪古鍵の迷宮≫と呼ぶダンジョンを私は造り上げた。

王女様→女王様に修正しました。

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