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昔、ちょっと

「おう!戻って来たな、ケージ」


「ほら、あんたも早く着替えてきなさいな!」


<若葉の宿>へと戻ると1階の食堂では既に祝賀会が執り行われていた。時刻はまだ昼間だというのに、普段は真面目なエアリムまで全員がお酒を飲んでいた。


「あ、ケージさん。おかえりなさい!一体どうしたんですか?皆さん戻ってくるなり宴会を始めちゃいまして……」


 宿屋の一人娘であるテオラが恵二に疑問を投げかける。ダンジョン初踏破の件は今のところ伏せていく方向となっており、テオラや奥で料理を作っているベレッタには事情を説明しないまま宴会を始めてしまったようだ。


「えっと、仕事に一区切りついてね。今日は打ち上げって感じかな?真昼間から騒がしくてごめんな」


「―――ケージ!何エアリムみたいに小言を言ってんのよぉ!さっさとこっち来てあんたも飲みなさい!」


 後ろから酔っ払っている駄目な大人の野次が飛ぶ。


「ちょっとキュトルさん!私、そんにゃに小言なんてー、言ってましぇんよー!」


 エアリムの呂律がおかしい。ちょっと遅れていた間にすっかり出来上がっているようだ。


「ケージ!早く来て!この酔っ払いどもの相手を私一人は厳しい」


「……シェリーは飲んでいないのか?」


 ガエーシャに抱き着かれながら揉みくちゃにされているシェリーがSOSを投げかけてくる。どうやら彼女だけは酔っていないようだ。真昼間から酒におぼれる駄目な大人ではないようで安心をした。


「私はお酒に強いからこれくらい平気。小さい頃からお母さんに飲まされて鍛えられた!」


「―――別の意味で駄目な人だな!」


 また一つ、パーティメンバーの意外な情報を入手した。エアリムはお酒に弱く、シェリーは蟒蛇であると心のノートにメモをした。




「さてさてー。それではお待ちかねのお宝披露会を始めますー!」


「待ってましたー!」

「ヒュー!ヒュー!」

「―――いえええぇい!」


「……なんだ、これ?」


 キュトルは高々にそう宣言をすると、周りは場を一気に盛り上げた。一人リンゴジュースを飲んでいた恵二だけが酔っ払いどものテンションについていけなかった。


「それじゃあ、まずは……エアリム!」


「―――任せてくらはい!」


 キュトルに指名されたエアリムは素早く起立をすると、懐から一本の筆を取り出してみせようとした、その時―――


「―――でも、エアリムの選択したお宝は皆もう知っているから、はい次の人~」


「―――ちょっと!?待ってくらさい!」


 彼女は既にダンジョン内でお宝を周りの者にお披露目していた。面白みがないとキュトルはエアリムの抗議を受け流して次にジェイサムを指名した。


「よっしゃあ!見てくれ!俺のお宝は、こいつだあ!」


 ジェイサムは手に持った靴を高く掲げてみせた。あれはたしか目録にあった【天の羽靴】だ。脳内に流れ込んだ情報によると、魔力を通すことによって一定時間空を飛べるのだという。この世界の魔術には<飛翔>の魔術があるようだが、かなり高難易度で使える者は少ないのだ。あのランバルドですら修得していないのだと聞かされていた。


「―――げっ!ジェイもそれ!?」

「被ったー!!」


 一方ジェイサムを指名したキュトルと頭を抱えたシェリーが同時に声を上げた。どうやら二人とも【天の羽靴】を選択したようだ。だが、問題は更にそこから始まった。


「―――ちょっと待って、シェリー。あんた、ポーションは!?【精霊仕込みの発育ポーション】を選んだんじゃあ無かったの!?」


 すっかり酔いが醒めたのか、キュトルはシェリーをそう問い詰めた。シェリーも逆にキュトルへ尋ねる。


「キュトルこそ発育ポーション選んだんじゃ無かったの!?そうだと思ってたから靴を選んだのにー!」


 どうやら無い者同盟の二人は、どちらかが発育ポーションを選ぶのなら、それを分けて貰って自分はお宝を入手しようと考えていたようだ。思惑が外れた二人は醜い言い争いを始めた。


(どちらにしろ、ポーションは一瓶で一人分だから無理だったろうに……)


 一人リンゴジュースを飲みながら恵二は二人の争いを眺めていた。配膳係りのテオラは“発育ポーション……?”と興味津々にその話を聞いていた。秘密も何もあったもんじゃない。


「―――ケージ」


「ん?」


 突如自分の名を呼ぶ声が聞こえる。振り返るも誰も居ない。声からしてガエーシャの筈なのだが、そういえば彼女の姿が先程からどこにも見えなかった。


「こっちよ、ケージ」


 再び呼ぶ声が近くから聞こえるが、全くどこにいるのか分からない。すると、突如背中にふにゅっと柔らかい抱き着かれたような感覚とともに彼女の声が聞こえた。


「これでどうかしら?私が見える?」


「え?え?後ろにいるのか?」


 確かにガエーシャの声がする。それにこの感触は……。すると先程まで誰も居なかった恵二の背後にガエーシャの姿が現れた。しかも恵二の頭に大きな胸を密着させ抱き着いた格好でだ。彼女も相当酔っ払っていた。


「えへへー、どう?見えなかったでしょう?」


「―――それが、ガエーシャが選んだお宝か」


 抱き着かれて気恥ずかしい恵二は、それを誤魔化すかのようにガエーシャが手にしていた布が何かを言い当てた。


「御名答!【隠者の織布】、こんなに近くでも分からないとなると、相当便利よね」


 その布は羽織ると身体が透明になり見えなくなるマジックアイテムだ。更に魔力も遮断してくれる優れもので、これで接近されたら相手は全く気が付けないであろう。


「ああ!ガエーシャしゃん。何やってるんれすか!」


 呂律の回らないエアリムが恵二に抱き着いているガエーシャを指差して声を上げる。


「何って……ご褒美?」


 それはどちらに対するご褒美なのだろうか。エアリムはガエーシャの腕を掴み引き剥がそうとするも、恵二を離すまいと更に強く抱きしめにかかる。その度にガエーシャの大きく育ったものが思春期の少年に密着する。


 その光景に反応をしたのは無い者同盟の二人であった。


「ああ!ガエーシャの奴、なんてことを!ポーションがあれば私だって……!」


「キュトルがポーションを選ばないから、ジェイさんに“ご褒美”できないんじゃない!」


「いや、俺は別にそのままでもいいぞ?」


「―――!?」


 二人の会話に横からジェイサムが口を出し、キュトルは酔った顔を更に赤く染める。


「「いいぞー!もっといちゃつけー!」」


 ガエーシャとシェリーが煽り出す。祝賀会は徐々に混沌としてきた。恵二はいつの間にか今度はエアリムに抱き着かれ、無理やりお酒を飲まされていた。


「―――お母さん!これ以上は近所迷惑になるよ!?」


 歯止めの効かなくなった大人たちを見かねたテオラは、店の店主であるベレッタに助けを求める。


「しょうがないねえ。まぁ、今日だけは許してあげな。だけど今日は我慢するけど明日は全員お説教だね」


 母のお説教と聞いて娘は、何も知らずにどんちゃん騒ぎをしている彼らを憐れむのであった。




「うー、頭が痛い」

「足が痺れたー」

「疲れが全然取れねえ……」


 翌朝、二日酔いから目覚めた恵二達を待ち受けていたのは酷い頭痛とベレッタの長いお説教であった。昨日は散々大騒ぎをしてしまい、1階の食堂は使い物にならず貸切となってしまった。全員ベレッタに冷たい床に正座をさせられ、今やっとお説教地獄から解放されたばかりであった。


「俺、完全に被害者だよね?」


「ああ!穴があったら飛び込みたいです!」


 恵二に無理やりお酒を飲ませた犯人であるエアリムは、顔を両手で押さえてそう叫んだ。



一方その頃、エイルーンの他の場所では、ある商談がなされていた。


「これが試作品になります」


 錬金術師ギルドの研究員が試作品と呼んだ瓶を男は受けとると、それを顔に近づけまじまじと観察をした。


「───ふむ。前回より色が濃いように思えますが……」


 感想を述べたその男は全身を真っ白な服で着飾っていた。白いシャツ、白い上着に白いズボン。今は外しているが帽子まで白色と全身白づくしの眼鏡を掛けた男であった。


「おお、お気付きですか。流石はコルピオさん。実は良い骨が大量に手に入りましてね。何時もより濃度を高めているのですよ」


 研究員は自慢気に白い男、コルピオへと語った。この男は新薬の研究に欠かせない投資をしてくれる、言わばスポンサーであった。未だ実用性の見られない新薬の研究に時間や労力を注げるのも、彼の投資あってこそだ。


「それで、肝心の効果の方はどうなのですか?」


「はい、勿論向上しております。投与しましたゴブリンの魔力・筋力ともに大幅強化されております。その戦闘力はDランク相当にまで上昇しておりました」


 白い男の問いに研究者は自信満々に答えた。研究者自身も今までにない成果を得られて非常に満足していた。


「素晴らしい!今後も引き続き支援を致しますので、ぜひ研究の方をよろしくお願い致します。それと、折角ですのでライズナーギルド長にもご挨拶をしたいのですが―――」


 コルピオがそう口にすると、先程まで得意気な顔をしていた研究員は顔をしかめた。


「―――申し訳ありません。ギルド長は現在多忙でございまして……。私の方から言っておきますので……」


 多忙であることは間違いないのだが、それ以上に今のギルド長を目の前の男に会わせるのは気が引けた。現在錬金術師ギルド長であるハワード・ライズナーは、冒険者ギルド及び<探究心の館>と揉め事を起こしていた。その原因は少し前に発覚した≪古鍵の迷宮≫の新ルートにあった。


 ハワードはダンジョンの新たなルートに存在する素材や初踏破報酬を独占しようと、己の強権を使って冒険者ギルドや<探究心の館>に所属する冒険者達を半ば強引に雇って迷宮へと送り込んでいた。その結果、無理な進軍をさせ多大な被害を出していたのだ。


 お蔭で得る物もあったがそれ以上に失ったものの方が大きかった。現在はその責を問われ両組織のトップと軽いイザコザを起こしていた。その為か最近のハワードはとにかくイライラしていた。そんな状態の者をお得意様であるコルピオに合わせる訳にはいかなかったのだ。


「そうですか、それは残念です。でわ、ぜひよろしくお伝えください」


 研究員の言葉にとくに意を介さなかったコルピオはそう告げると、次の商談があると言って足早にギルドを去って行った。


「ふぅ……。全くギルド長にも困ったものだ……」


 溜息交じりにそう呟いた研究員は、先程コルピオに見せた新薬の瓶を手に取って見つめた。


「人を進化させる新薬、か。本当にそんなものが作れたら、間違いなく我々は歴史に名を残すだろうな」


 研究員は上からこう聞かされていた。“この新薬は来る魔物や魔族の脅威を退ける為、人を進化させる叡智の結晶なのだ”と。


 だが、研究員は知る由も無かった。この新薬を売り渡している男が、それを利用して魔物を進化させているという恐ろしい事実を―――。




「―――ミイ!そっちの一体は任せたぞ!」


「―――うん。あいつを倒して、エルフェン!」


 ミイレシュがそうお願いをすると、エルフィンと名付けられた風を纏った狼のような獣は、巨大なオーガへと襲い掛かった。そのオーガの頭部には二本の角が生えていた。双角鬼(ツインオーガ)と呼ばれる討伐難易度Bランクの魔物だ。だが、風を纏った狼はオーガの猛攻をものともしない。素早く躱し、すれ違いざまに鋭い爪をオーガの巨体へと刻んでいく。


 その狼の前にBランクの魔物はあっという間に亡骸へと変わり果てた。



「いやあ、相変わらずミイちゃんの精霊は凄いよね。オーガの角が増えた時はびっくりしたけど瞬殺だもんね」


 戦闘を見守っていた勇者仲間であるコウキはミイレシュの使役する精霊を褒めちぎった。異世界の勇者であるエルフ幼女ミイレシュ・フィアのスキルは“精霊の使役”であった。人と関わろうとしないどころか、人前に滅多に姿さえ現さない精霊種、それを召喚し使役する彼女のスキルは破格であった。


 エルフィンと名付けられた精霊は、もともと風の精霊種であった。本来実体を持たない精霊は人と契約を結ぶと憑代を持つのだと文献に記されている。風の精霊エルフィンは狼の姿で実体を持ったのだ。


「精霊を扱うとは珍しい。しかも他にも契約している精霊がいると言うのだから本当に凄いな」


 一緒に同行していた案内人であるAランク冒険者ジルも手放しでそう褒める。最初は人見知りな性格で敬遠していたミイレシュも、最近はジルとも会話をするようになった。その彼に褒められて悪い気はしないのか、俯きながらも頬を赤く染めて照れていた。


「しかし、驚いたな。まさかただのオーガが急に進化をするとは……」


 もう一人の勇者である金髪の少年剣士、ルウラードは双角鬼(ツインオーガ)の亡骸を観察しながら呟いた。このオーガは先程まで角が一本であったのに、急に角の数を増やし一つランク上の存在へと進化をしてみせたのだ。


「<覚醒進化(プロモーション)>だな。稀に起こる魔物の進化現象だが、最近その数が多いとギルドでも報告があがっていた。やはりこれも<神堕とし>の影響なのだろうか?」


 ジルは首を捻りながら双角鬼(ツインオーガ)の死体を調べていた。


「ねえジルさん。今ってどの辺になるの?」


 地図と睨めっこしながらコウキが案内人であるジルに現在地を尋ねた。


「そうだな。今はラーズ国内の南西にあるグリズワードの森の中だが、これから目指すのはモールというここから一番近い村だ」


 ラーズ国へと潜入する際、ルウラードたち勇者は国境警備の目を掻い潜る為、ハーデアルト王国とラーズ国の間まで拡がっているグリズワードの森を通っていた。普段人が踏み入れない森の中は密入国にはもってこいだが完全に魔物の領域だ。先程のようなBランクの魔物はごろごろと存在する。


 だがここにいる者は何れも手練ればかりだ。コウキとミイレシュの二人は戦闘経験こそ少ないが、それを補えるほどのスキルと魔力を秘めている。ルウラードはその上剣術まで堪能だ。案内人のジルもAランク冒険者とあって三人に全く引けを取らなかった。


「もう少し歩けば森を抜けられる。その分人の目も気にしなければならないが、暗くなる前には村に到着したい。先を急ごう」


 ジルはそう催促するが、ミイレシュが待って欲しいと願い出た。


「この子ともう少し遊んでから―――お願い」


 この子とは先の戦闘で活躍した風の精霊であるエルフェンのことであった。戦闘では獰猛な狼も、今は主人に懐いている犬っころ同然であった。遊んで遊んでとせがむようにミイレシュとじゃれ合っていた。


「―――すまないが、あまり時間はないんだ。後で村に着いてから遊んであげればいいんじゃないのか?」


 言葉を選んでジルは優しくミイレシュを説得するも、彼女にしては珍しく強情であった。


「お願い。約束なの」


「―――む。約束、か。それなら仕方がないな」


 するとジルはあっさりとミイレシュの我儘を受け入れた。それに疑問を持ったルウラードは思わず尋ねた。


「ジルさん。やけに大人しく引き下がりますね。時間、大丈夫なんですか?」


「うーん。余裕がある訳じゃないが、精霊との約束(・・)は大切だからな」


 頭をかきながらジルは返答をする。どうやらジルは精霊の特性を詳しく知っているようだ。


 これは、最近ミイレシュと行動するようになってからルウラード達も知ったことなのだが、精霊種は契約や約束をとても大事にする。何故かは分からないが、そういう生き物だと考えるのが手っ取り早い。


 先程ミイレシュは、風の精霊エルフィンに戦闘を頼む見返りとして遊んであげると約束をした。それを彼女はきちんと守っているのだ。約束を破るとどうなるのかは分からない。だが古い記述によると、精霊との契約を破った者の末路は皆碌なものではなかった。それを知っていたジルはあっさりと折れたのだ。


「精霊についてお詳しいんですね」


「ん?ああ、そうだな。昔、ちょっと縁があってね」


 ルウラードの問いかけにジルは言葉を濁した。


(また“昔”、か……)


 ジルは物知りであった。何度か会話を続けていくうちにルウラードやコウキは、彼が色々なことを知っているのだと気付かされた。だが会話を続けていくと、彼の口からある特定の単語が多く出てくるのをルウラードは目聡く気が付いたのだ。


 昔に、前に、以前―――そういった単語が非常に多いのだ。だが、彼の年齢はまだ20代後半くらいに見える。年の割に彼は博識すぎるのだ。年齢に不相応な程の知識を持っているように思えてならない。そのことがルウラードには妙に引っかかっていたのだ。


(―――考えすぎ、か?Aランク冒険者ともなれば、経験も豊富だろうしな)


 疑念は完全には消えないが、今は身体だけでなく頭も少し休めようとルウラードは、精霊と戯れているミイレシュを見て心を落ち着かせるのであった。

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