約束するの
恵二が混乱していたのには理由があった。
先程アドガルが冗談で口にした“そこにあった心臓部も偽物かも知れぬぞ?”という言葉に、恵二もまさかと思いつつも、なんとなく魔力探索で周辺を探ってみた。もう戦闘はなさそうなのでスキルによる全力行使でだ。
スキルで強化された恵二の索敵範囲は射程1kmにものぼる。コアの反応は先程見て覚えていた。だからそれを感じとった時には一瞬固まってしまい、意味を知った時には心底震え上がった。
(―――え?コアの反応が……ある!?)
それはここより更に下の方から感じられた。先程感じたばかりの躍動感のあるコア特有の魔力反応だ。恵二が思わずその方角へと視線を向けた瞬間―――
『―――駄目なのー!!そこへ行っちゃ駄目なのーー!!』
突如恵二の脳裏に幼い少女の大声が響き渡った。
(―――な、何だ!?)
思わず声の出所を探そうと周りを見るも、この場に幼い少女などいやしない。しかし恵二の頭には未だに謎の大騒ぎしている声が聞こえてきた。
『駄目駄目駄目、ぜーーーーたいに、そこへ行っちゃ駄目なのー!!』
依然がなり立てる声に恵二は思わず音を上げた。
(あー、五月蠅い!分かったよ!分かったから誰だか知らないけど静かにしてくれ!)
声の出所が分からない恵二は祈るように心の中で叫んだ。ただの気休めのつもりであったが、なんとそれが功を奏した。
『約束するの!そこには行かないって約束するの!それなら静かにしてあげるの!』
(え!?話が通じた?―――そうか、念話か!)
この頭に直接届いているような感覚には覚えがあった。前にグリズワード国で対峙した骸骨の魔術師が使用していたものと同じものだ。さっきから耳を塞ぎたくなるくらい喧しい少女の大声は、周りの人間には一切聞こえていなかったのだ。
『そうなの!直接あなたに話しかけているの!さあ、約束するの!』
理屈が分かれば不安は一気に払拭された。この奇妙な声の持ち主はどこかから念話で語り掛けてきているだけなのだ。決して恵二がおかしくなったとかお化けの類では無い。すると余裕が生まれた恵二は、この一方的に語り掛けてくる相手に段々と不快感が芽生えてきた。
(……静かにしないと、さっき感じたコアの魔力反応のことを他の人にもばらすぞ?)
心の中で正体不明の声の主にそう脅しをかける。
『―――!?だ、駄目なの!それはいけないの!脅迫するだなんて卑怯なの!!』
再び騒ぎ出す声に顔をしかめながらも、恵二はニヤリと心の中でほくそ笑む。
(そうか!やはり魔力反応の先にコアがあるんだな?お前はそれを壊されたくないんだな?)
『―――なっ!?図ったの!ずるいの!卑怯なの!』
恵二の心の声に、謎の声は抗議をするが語尾のせいでいまいち迫力不足だ。それにどうやらかなり抜けている人物のようだ。
(どうする?ここは一先ずジェイ達に相談するか?いや、アドガル達がいる前でその話は不味いか?)
恵二は心の中で、新たなコアらしき魔力反応と声の主の対応をどうするかを考えていたが、どうやら念話中はこちらの考えが筒抜けなのか、声の主は再び騒ぎ出した。
『絶対に駄目なの!本当のコアを壊したら大変なことになるの!!思い直すの!』
それはただのはったりなのか、それとも真実なのか恵二は確認をとってみた。
(……大変なことって、具体的には?)
『……秘密なの』
その返答を聞いた恵二は決心をした。先程から心配そうに声を掛けているジェイサムの方に顔を向ける。
「おーい、ジェイ。実は―――」
『―――分かったの!教えるの!だから他の人には絶対に秘密なの!!』
慌ててそう口にした謎の声の言葉を聞き、恵二はジェイサムへ報告するのを一旦止めた。
(……本当か?)
『約束するの。精霊に二言はないの!』
(ん?精霊?)
意外な言葉が出てきた。確か精霊種とは、普段は実態を持たない色々と謎の多い種族だと恵二は王城で基礎知識として習っていた。元勇者仲間である幼女エルフのミイレシュがよく連れ歩いていた。彼女のスキルは精霊種を使役できる能力だと聞かされていた。この世界の魔術師にも精霊を召喚したり、契約をして力を借りる者がいるらしい。
『今は人が多いから駄目なの。今度また迷宮にくるの。私の所に案内するの』
今日は一旦お開きで、後日尋ねて来いと(自称)精霊は提案してきた。それに恵二は疑問を抱いた。
(えっと、それでいいのか?お前が見ていないところで誰かにばらしちゃうかもしれないだろう?)
『駄目に決まってるの!約束するの!誰にも話さないって。約束するのなら色んな秘密を教えてあげるの』
精霊は再三“約束”に拘って来た。口約束だけでいいのだろうかと頭を捻るも、破るつもりはない恵二は返事をした。
(ああ、分かった。約束するよ。お前がちゃんと説明してくれるなら、内容によっては誰にもこのことは話さない。これでいいか?)
『ならいいの。約束したの』
“いいのか!”と心の中で突っ込むも、もう返事は返ってこなかった。言質を取って安心でもしたのだろうか、それ以降喧しい声は全く聞こえなくなった。
「おい!ケージ!どうした!?」
「あ、ジェイ……」
念話に夢中ですっかりジェイサムを無視してしまった。他のメンバーも心配そうにこちらの様子を伺っていた。
「あー、すまない。ちょっと疲れたみたいでおかしなことを口にしたかも……」
考え無しの口約束とはいえ、約束は約束なので上手く誤魔化そうと適当にはぐらかす。
「そうだな。お前には無理させたからな。早く宿に戻ろうぜ!」
「そうね。とりあえずご飯を食べて、それから後のことを話し合いましょう」
ジェイサムとキュトルは早く<若葉の宿>へ帰ろうと口にする。だが、恵二は一つ肝心な用を思い出した。
「そうだ!俺、ロンさんの所に行かなきゃ!」
「ん?ロンの所へ?何かあったのか?」
ジェイサムの疑問に恵二は答える。
「ああ、もしかしたら俺の力が必要かもしれない。皆は先に戻っていてくれ!」
そう言葉を残すと恵二は一人、ロンの元へと駆けだした。その背中を見送ったジェイサムは、己の弟子であり恩人でもある少年に一言呟いた。
「ありがとうな、ケージ」
照れながら呟いたその言葉は、隣を歩いていたキュトルだけに聞こえた。
悲願のポーションを手に入れたロンは街の診療所へと駆けこんでいた。重傷を負ったカーラとワッパをここに預けていたのだ。
「ほら、ワッパ飲め!ポーションだぞ!」
カーラとワッパ、二人とも重傷であったが、程度で言えば内臓の器官を殆どやられているワッパの方が重体であった。妹分のカーラを一刻も早く救ってやりたいが、まずは彼を助けることの方が先決だ。
「くそ!とても飲める状態じゃないか!こうなったら―――」
ロンはワッパに掛けられているシーツを外すと、見るも無惨な彼の傷口に直接ポーションを振りかけた。ポーションを始めて使うロンだが、飲むほどではないにしろ傷口にかけても効果があることを知識の上では知っていた。
カーラの分も考えると半分しかポーションを使えない。だが、ダンジョン産のポーションならば、例え半分でも効果がある筈だと考えたロンは、祈るようにワッパの容態を見守った。
だが、その希望はあっけなく裏切られた。
「―――な、んで?なんで傷が治らない!?」
ワッパの傷口は変わらず酷い有様で、とくに変化は見られなかった。
「―――畜生!騙されたのか!?」
よく思えば【精霊仕込みの美味しいポーション】というネーミングからして疑わしかった。だが、ロンには最早このポーションにすがるほか無かったのだ。だが、結果は全くの効果なし。ロンは言い知れない怒りと後悔の念に苛まれた。
「―――ロンさん!」
その時、背後から自分を呼ぶ声がした。
「―――あ、ケージ君……」
振り返り少年の名を呼ぶロンの目には、深い失望の色が見て取れた。
「はは……、心配して来てくれたのか?すまないな、あれだけしてもらったのに、結果はこの様さ……。結局、俺達はあの村にいた頃から何も変わっちゃあいなかった。間違えてばかりの人生だ……!」
ロンは懺悔するかのように恵二へと語りだした。ロンの見ていられない変貌に恵二は戸惑うも、彼が持っていた瓶に視線を送ると、まだ希望はありそうだと言葉を返した。
「ロンさん。そのポーション、ワッパさんに半分使ったんですよね?」
「……ああ。だが、全く効果が無いんだ。―――くそ!何が、精霊仕込みだ!」
やけになったロンはポーションの瓶を床へ叩きつけようと振りかぶった。それを恵二は慌てて止める。
「―――待って下さい!ロンさん、半分じゃダメなんです!ポーションは1本分、つまり全て使い切らないと効果が表れないんですよ!」
「―――え?なんだって!?」
慌ててロンは瓶を落とさないよう慎重に持ち直す。
「僕も以前聞いた話なんですが、ポーションは1本丸ごとで一つの完成された魔術アイテムなんです。だから使うなら全部です!残りのポーションをワッパさんへと使ってください!」
恵二は以前ダーナ商会の護衛依頼の際、同業者であるカルイアが水属性の治癒魔術を使う為にマジックポーションを使って魔力を回復していたことを思い出した。その時、ポーションはかなり高価なアイテムであることを知った。
“それなら、全部飲まずに半分くらいにすればいいんじゃないか”と尋ねたのだが、それを提供してくれた商人は首を横に振り、ポーションについて詳しい説明をしてくれた。きちんと一瓶飲みきらないと効果は現れないのだと。
それに【精霊仕込みの美味しいポーション】の説明にもちゃんと記載?されていた。
“どんな怪我や病もこれ一本飲めば大丈夫”
そう、1本とちゃんと説明されていた。つまり1本だけしかポーションを持って帰らなかったロンは、二人のうち片方しか救うことが出来ないのだ。それが気になっていた恵二はロンの後を追いかけて来たのだ。
ロンは恵二に言われた通り、残り半分の瓶に入った液体を全てワッパの傷口にかけていく。すると、効果はすぐに現れた。
「―――おお!」
「これは……!」
ワッパの全身が淡い光で包まれたかと思うと、傷口がみるみる塞がっていく。傷口から覗かせていた器官も再生していき、やがて肌も完全に修復されていく。光が治まるとワッパはゆっくりと目を開けて身体を起こした。
「……?俺は一体……?」
「―――ワッパ!大丈夫なのか!?」
重体であった彼は今まで殆ど意識が無く、何がどうなっているのか状況が全く分からないようだ。ロンは彼の復帰を喜びつつ、これまでの経緯を説明していく。
「……そうか。ケージには大きな借りが出来たようだな。ありがとう」
「いいえ、ロンさんが頑張った結果ですよ!それより―――」
恵二はワッパにそう告げると、その隣のベッドで横になっている人物へと視線を移した。
「カーラ……。彼女は出血がひどくてな。なんとか定期的に回復魔術で癒して貰ってはいるのだが、あまり長くは持たないらしい……」
この世界に輸血技術はまだ進歩していない。その分難しい治療は神聖魔術によって補ってきたのだ。だがエイルーンは現在<神堕とし>の影響下にある為、神聖魔術が扱えないでいた。この診療所では重傷患者のみ優先で他の属性治癒魔術を使ってはいるものの、その魔術を扱える者の絶対数が少なく、とてもカーラ一人に付きっきりというわけにはいかなかった。
彼女は数日前に意識を失ったまま目を覚ましていないという。医者の話では、例え奇跡的に目を覚ましても何かしらの後遺症は残るだろうとロンに告げていた。
「―――すまないカーラ!俺はお前を救ってはやれなかった!」
ロンが手に入れたポーションは一瓶だけで救えるのは元々一人。この事実を知っていればロンはどちらを選んだだろうか。我儘だが幼い頃から面倒を見てきた妹分のカーラ。その彼女に振り回されながらも文句を言わず今まで支えてくれていたワッパ。お人好しのロンはさぞ苦悩をしたであろう。
(まぁ、ここにもお人好しが一人いるんだけどね)
恵二はカーラの傍らで涙を流して俯いているロンの肩を叩き、荷袋から取り出した瓶を手渡した。
「―――っ!ケージ君、これは……!?」
「精霊仕込みとやらのポーションです。これを使ってください」
ポーションが一瓶一人と知っていた恵二は、お宝の目録にポーションを見つけた際、迷わずそれを選択していた。ロンとワッパの二人には、初めてのダンジョン探索の時に親切にして貰った恩があったので、恵二は何か力になれればと思い、報酬にポーションを選択していたのだ。
そんな恵二の胸中を知らず、ロンはそれを受け取るのを一瞬躊躇った。
「だが、俺にもカーラにも、君にそこまでしてもらう理由がない。お返しをできる当てもない……」
「俺がそうしたいから持って来たんです。でも、もし気になるんでしたら、今度はロンさんが他の誰かの為に何かできることをしてあげてください」
見返りは求めていない。ロンはダンジョン初心者であった自分に見返りを求めず親切にしてくれた。だから自分も同じことをしただけだ。ロンの為に何かをしてあげられた時点で恵二は満足をしていた。
「ありがとう!ケージ君、本当にありがとう!」
ロンは何度もお礼を述べると受け取った瓶をカーラの傷口へとかけた。出血多量の原因となった傷口はみるみる消えていった。だが、問題の血の量は補充されたのであろうか。それに後遺症の心配もある。一同は緊張しながらその様子を見守っていた。
「ん、うーん……」
暫くすると、カーラの意識が戻った。さっきまで悪かった顔色もすっかり良くなっている。起き上がったカーラはワッパと同じで現状がよく分からず、近くにいたロンに尋ねた。
「ここは……?ロン、私……」
「―――カーラ!良かった!本当に良かった!!」
ロンは彼女の意識がはっきりしていることを確認すると、思わずそのまま抱き着いた。状況が全く分からないカーラは人目もあってか顔を真っ赤にして慌てだした。
「―――ちょっと、ロン!いきなりなんなのよ!どうなってんの!?」
カーラが再三状況を問うも、ロンは泣きじゃくりながらカーラへ抱き着いたままだ。見ているこっちが気恥ずかしくなってきた恵二は、そのままそっと診療所を後にした。
それから数時間後、エイルーンの街中に≪古鍵の迷宮≫の真の心臓部が破壊され、改めて踏破された報せが伝えられた。




