ぶっ倒してくる
「ふー、きつかったぁ」
戦闘を終えたキュトルは怠そうに恵二達の元へと戻ってきた。
「あいつらを“きつかった”で片づけてしまうお前らは、やっぱすげえよ……」
ジェイサムも今回はそこそこ活躍をしたのだが、それでも<白雪の彩華>のメンバーと比べると見劣りしてしまう。ロンも同様に感じたのかバツが悪そうな表情を浮かべていた。
「お疲れ様です。ところでボスを倒し終えましたけど、これで終了なんですかね?」
皆が思っていた疑問をエアリムが、詳しそうなジェイサムに尋ねる。
「表のボス部屋の場合だと、更に奥の部屋があって、そこに心臓部が置かれていたらしい。コアを破壊すれば初踏破報酬のお宝も手に入るんじゃないのか?」
「奥、ね……」
全員の視線が広い部屋の奥へと注がれた。そこには高さ20メートルほどの太い柱が先を塞いでいた。
「あれ、邪魔じゃね?」
「どこか通り抜けられないの?」
「―――見てくる」
ジェイサムは太い柱の基部まで駆け寄ると、その周辺を隈なく探り出した。だが仕掛けの様なものは何も見当たらないようだ。
「―――駄目だ、奥へ行けそうなんだが柱が邪魔をして行けねえ。仕掛けの様なものも見つからねえぞ!?」
「どういう事かしらね?ダンジョンが攻略されるのを嫌がって柱で塞いじゃった、とか?」
ガエーシャがそう口にするとジェイサムはげんなりした顔で口を開いた。
「―――おいおい、このダンジョン様は本当に性格が曲がっていやがるな!ここまで来て道塞ぐたぁ汚すぎるだろ!?」
ジェイサムがダンジョンをそう罵った瞬間―――
――――ドゴオオオオン!!
凄まじい音と衝撃がボス部屋に鳴り響いた。思わず恵二達は身体をビクッと震わせる。
「な、な、一体何が……?」
「―――!ジェイ!う、後ろ!後ろー!!」
キュトルはジェイサムの後ろへと指を向けながら大声で危険を知らせる。他の者はあまりの事態に口を大きく開けぼうっとしてしまっていた。
「な、なんだ―――――へ?」
後ろを振り返ったジェイサムはそれを見て思わず固まってしまう。
先程までただの柱だったその側面からは太い何かが突き出ていた。それが壁にぶつかって先程の轟音を轟かせたのだ。
「───あれは腕だ!巨大な拳が壁を叩いたんだ!」
壁には大穴が出来ていた。よくよく見ると壁のあちこちには似たような大穴が複数見受けられた。その前にも何度か叩いていたのだろう。
「───こ、こいつがずっと壁を叩いている音だったのか!?」
以前からダンジョンの悪口を言うと凄まじい音が奥底から響いてきた。その正体は柱から突き出ている超巨大な腕の仕業であったのだ。
(これがコウキが言っていた壁ドン、いや壁ドゴーンか?……って、んな冗談考えている場合じゃないか)
しかし目の前のそれは冗談のような存在であった。一体どういう仕組みなのか、ゆっくりと柱だったそれは人の形へと変わっていく。ただし人型といっても身長20メートル超の巨大ゴーレムだ。
「───古代人形……!」
博識なエアリムがその言葉を口にする。確か現代技術では再現不可能な未知のゴーレムを総称して古代人形と呼ぶ筈だ。以前恵二がヴィシュトルテで対峙した銀鎧のゴーレムなどがそれだ。
「───撤退よ。引きましょう」
キュトルは悔しそうに口にした。虎の子のマジックポーションを使ってまで挑んだのだ。ゴールを目の前に引き下がるなど悔しくない筈がなかった。
他のメンバーや、ロンでさえも諦めざるを得ないといった表情であった。あの超巨大な柱が完全にゴーレムへと変貌すれば、その先に待つのは死しかない。10倍以上も体格差のある化け物相手にどう戦えというのだろうか。
だが、ただ一人ジェイサムだけは諦めていなかった。
「───まだだ!あいつの足下をよく見ろよ!」
「足下?」
「あれは───扉!?」
シェリーの言葉にジェイサムは頷く。
「あいつをなんとか掻い潜って、あの扉にさえ辿り着けられれば───チャンスはまだある!」
確かにジェイサムの言うとおり、超巨大な柱がゴーレムへと変形していく過程で足下に道ができた。ボス部屋の奥にはダンジョンの心臓部が置いてあるのが相場だ。だが、その確証はどこにもないのだ。
「───無茶よ!あいつもそろそろ動き出す。それに、あの扉が開くかどうかも分からないし、そもそもゴールの保証すらない!」
キュトルは必死にジェイサムを説得する。無理して命を落とすくらいなら、ここは一旦引いてまた再起を図ればいい。
しかし、そんな事ジェイサムはとっくに分かっていた。
「お前の言いたいことは分かるさ。だが、攻略できる可能性もある。分が悪いからってここで引いてちゃあ、俺みたいな半端者にはもう二度とチャンスが巡ってこない。ここが勝負のしどころなんだ!」
そう語ったジェイサムの瞳には光が宿っていた。それは決して諦めや捨て鉢になった者には出せない目の色であった。ジェイサムの強い意志を汲み取ったキュトルは覚悟を決める。
「分かった。なら私も付き合う。ガエーシャ、後の事は―――」
「―――当然、私も同行するわよ?」
「確かにこんな美味しい機会、見逃す手は無い」
「まだ死にたくないですので死ぬ気で頑張ります!」
<白雪の彩華>のメンバーは全員残るようだ。流石に女性陣は肝が据わっていた。
「……そうだな。昔の地獄に比べれば、こんなの屁でもない」
そう呟くとロンは剣と盾を構えだした。
「俺も一緒させてもらう。これ以上あの二人を待たせる訳にはいかないからな!」
ロンは死の淵に立たされているカーラとワッパを救うため、再びその闘志を燃やし始める。
「ケージ、お前はまだ若いし先もある。ここは引け」
ジェイサムは最年少の恵二を気遣って言葉を掛けるも、流石にこの状況で自分だけ引くのは寝覚めが悪すぎた。
「俺だけ仲間外れしないでくれ。勿論残るよ。―――それと、あいつの相手は俺に任せてくれ」
そう返事した恵二は全員の一歩前へと躍り出た。
「―――何か策があるのか!?」
「まあね」
嘘であった。策などない。強いて言うのならスキルで強化して正面からアタック作戦であった。
(あれだけ大きいのを相手したことはないけど、全力の超強化ならなんとかなる、かな?)
少しでも動きを阻害できれば良い。その間にジェイサム達があの扉まで無事辿り着けられれば、あとは彼らがなんとかしてくれるだろう。
遂に最後の壁ならぬ柱は、超巨大ゴーレムへと変形し終えた。その大きさは昔テーマパークで見た等身大の巨大ロボットと同じくらいの迫力であった。
「俺が奴を引きつけるから、皆は行けそうなら先に扉へと向かってくれ!」
そう告げると恵二は拳を握りしめ超巨大ゴーレムへと相対する。だが、自ら囮役を買って出た恵二にキュトルとロンが言葉を掛けた。
「幾らなんでも無茶よ!私が奴を引きつけるわ!」
「いいや、俺にやらせてくれ!ケージ君がやる必要はない!」
二人は自分がやると言ってきた。だがその意見に意外な人物が口を挟んだ。
「―――待ってくれ。ケージには考えがあるようだ。ここは任せてみよう。それに、こいつはまだとんでもねえ力を隠していやがる!」
まさかジェイサムが恵二を推すとは思わずキュトルとロンは戸惑う。更にジェイサムの意見にエアリムも後押しした。
「ケージ君は凄い実力をお持ちです!きっと今度も活路を見い出してくれます!」
エアリムは以前、転移トラップでの出来事で恵二の実力の一端を見ていた。ここにいる者の中で、一番その実力を知る者かもしれない。だがジェイサムが恵二の隠していた実力に気が付いているとは意外であった。
「ジェイ、気づいていたのか……」
「当たり前だ。俺はお前の師匠だぞ?見抜けねえでどうする?遠慮は要らねえ!あのデカブツをぶっ倒しちまえ!」
他の者は戸惑いつつもこの場は恵二に任せる事にした。それにもう時間が無い。超巨大ゴーレムが動き出した。
「―――分かった。ぶっ倒してくる!」
そう宣言した恵二は自身の切り札であるスキル<超強化>を久々に全開で使用する。強化するのは己の肉体である。
超巨大ゴーレムはゆっくりと左足を上げて恵二の頭上へ降ろそうとする。ゴーレム特有のゆっくりとした動作だが、巨大な分ゴーレムの足は凄い勢いで恵二の元へ迫ってきているように錯覚を起こす。
(―――先ずはその行儀が悪い左足からだ!)
恵二はそれに慌てずゆっくり膝を曲げて屈むと、反動をバネに真上へと飛び上がる。大幅に強化された脚力での垂直跳びは、さながらロケットが発射されたかのような衝撃だ。一瞬でゴーレムの足裏へと迫った恵二はそこへ渾身の右ストレートを叩きこむ。
―――瞬間、凄まじい爆音が響き渡る。超巨大ゴーレムが壁ドンしたのと同等の衝撃だ。
(―――思ったよりも脆い!?)
一戦交えて恵二が真っ先に思い浮かんだ感想がそれだ。振り下ろした足を弾いてバランスを崩そうと考えていたのだが、恵二の一撃はその左足はおろか、膝関節辺りまで粉々に吹き飛ばしていた。超巨大ゴーレムはその勢いに押され、恵二が思っていた以上に大きくバランスを崩し、そのまま後方へと倒れ込もうとしていた。
その先にはゴールと思わしき扉が見える。このままでは倒れたゴーレムの巨大な身体が扉ごと破壊して塞ぎかねない。
(―――やっべー!)
着地した恵二はすぐに倒れようとしているゴーレムの真下まで移動をする。足をあれだけ壊せたのだからゴーレムの全身ごと押し返せるのではと考えたのだ。
「───だあああああ!」
声を上げながら再び飛び上がると、今度は足をゴーレムの背中へと向ける。つまり跳び蹴りだ。だが、それも予想外の結果となった。ただ押し上げようとした恵二の跳び蹴りは、ゴーレムの全身を粉々に打ち砕いた。
「───え?倒せた!?」
そう驚きの声を出したのは恵二本人であった。恵二はスキルを全力行使しての実戦経験が乏しかった。更に相手は未知数の超巨大ゴーレムとあって加減が分からなかったのだ。
粉々となったゴーレムの破片がボス部屋へと降り注ぐ。だが余程の力で全身を打ち砕いたのかその破片は細かく、ジェイサム達の方にも飛散せず危険はなかった。
「ジェイ、倒せたぞ!」
思いもよらない圧勝に、恵二は喜びをあらわにジェイサム達の元へと駆け戻った。
一方信じられない光景を見せつけられたジェイサム達は、全員固まってしまっている。あれほどの巨体を魔術無しで粉微塵にした恵二の力に驚愕していた。
「───お、お前、今のは何なんだ?」
やっと口を開いたジェイサムの第一声がそれであった。ジェイサムの疑問に恵二は正直に答えた。ジェイサムにも感付かれていたようだし無理して隠し通す必要もないだろう。
「何って、隠していたスキルで強化して、ゴーレムを殴って蹴った」
「───お前、そんな力を隠し持っていたのか!?」
「ええっ!?気が付いていたんじゃないの!?」
てっきり“俺はお前の力を見抜いているぞ”的な雰囲気だったので、つい正直に話してしまった。
「お前がそこまで出鱈目な強さだったなんて知ってる訳ねえだろ!?」
「だって、ジェイが“ぶっ倒しちまえ”って言うから───」
なんてこったと恵二は頭を抱える。
「エアリム、あんたは知っていたの?」
キュトルの問いにエアリムは首をブンブンと横に降った。
「その、魔術の腕は知っていましたが、まさかあんなにお強いとは思いすらしませんよ!」
「だよね。ゴーレムを殴り倒した時、心臓が飛び出るかと思ったよ」
「正直隠し通路があるって聞かされた時以上の衝撃よ」
シェリーとガエーシャはそう語りながらうんうんと頷きあっていた。
「まあ、お陰で扉が開かれたんだから良いじゃないか。ケージ君が居てくれて本当に助かった」
ロンの言葉に全員が奥の扉へと視線を向ける。そこにはいつの間にか勝手に開ききっている扉が見えた。あの超巨大ゴーレムを倒すのが扉の解錠条件だったのであろうか。
「最後の最後までたちの悪いダンジョン様だぜ。だがいよいよ年貢の納め時ってやつだ!よし、気持ちを切り替えて先へ行こう。ダンジョンは心臓部を破壊してはじめて攻略だからな」
ジェイサムの言葉に全員が頷いた。ここまで来て後からやって来た者に出し抜かれたら目も当てられない。
幾度の試練を越えた7人は、遂にダンジョン最奥の間へと踏み入れた。




