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気持ちに報いる

 地下裏36階層はまさに魔物の楽園と呼べた。不死生物(アンデッド)、リザート種、亜精霊の他に高ランクの魔物など、まるでお祭り騒ぎであった。


「うおおおおお!」


 ジェイサムが雄たけびを上げ苔色蜥蜴(グリーンリザード)を一体仕留めた。ここ最近は戦闘の機会も多く、ジェイサム自身も少しだけだが腕を上げた。昔の彼ならば決してCランクの魔物と真正面から対峙しなかったであろう。


「―――シッ!」


 シェリーは短く息を吐くと同時に剣を黒鋼狼(スチールウルフ)へと振るった。毛皮の硬い魔物だが、魔力で強化されたシェリーの剣は黒鋼狼(スチールウルフ)の肉へと突き刺さった。


 さらにシェリーは、その隙をついて背後から襲うとしている迷宮の亡霊(メイズスピリット)に、そちらを見ぬまま短剣を投げつけた。勿論魔力を込めて投げたので、堪らず迷宮の亡霊(メイズスピリット)は形を崩していく。


(俺も負けていられないな!)


 探索職(シーカー)二人が頑張っているのに自分だけサボる訳にもいかない。恵二もスキルこそ自粛しているものの、魔術は今使えるありったけを披露し始めた。もうだいぶ前から詠唱をする真似事も止めている。


 恵二の十八番、火弾(ファイヤーショット)が飛び交うと、その狙いは違わず全ての弾丸が魔物へと着弾した。


「相変わらず凄まじいわね。ケージの魔術」


「ええ、まさか無詠唱であそこまでのコントロールを出来るとは、ケージ君凄いです!」


 ガエーシャとエアリムは感心しきりだ。畑は違えどガエーシャも魔術を扱っていた身として驚きを禁じ得ないようだ。


「私とロンさんで岩人形(ゴーレム)を引きつける!皆はそれ以外の魔物を駆除していって」


「「おお!」」

「「「了解!」」」


 ここより下の階層からはどうやら岩人形(ゴーレム)が出現してくるようだ。迷宮ではお馴染みの存在だが、ここエイルーンにある迷宮内でゴーレムは殆ど見かけない。報告例があるのは唯一、ボス部屋に居る巨大ゴーレムだけだ。


(―――つまり、いよいよゴールが近いってことか!?)


 ダンジョンも形振り構っていないようで魔物の抵抗も激しくなってきている。勿論凶悪な罠も健在だ。だが、そちらはジェイサムの冴え渡る技術で意味を成していない。


「―――俺、今までで一番集中出来ている!どれもこれも幼稚な罠に見えるぜ!」


 ジェイサムの発言の後に凄まじい衝撃音が奥から響いてきた。その音に一番反応してしまったのはロンであった。


「お、おい!?本当に大丈夫なのか?これ、ダンジョン怒らせているんじゃ……」


 ダンジョンに対して煽ると不思議な事に大きな音が奥から響いてくる。最初は不気味に思っていた恵二達だが、既に慣れきってしまっていた。ただ一人、途中加入したロンだけが慣れないでいたのだ。


「もう今更よ。既に十分怒らせてると思うのだけど?」


「……勘弁してくれ」


 キュトルの返答にロンは思わず頭を抱えた。




「ぜえ、ぜえ……。やっとここまで来たわね」


「ああ、長かったぜ……!」


 36階層から何度も休憩を挟んで、一行は遂に最深部へと辿り着いた。


 7人の目の前には<回廊石碑>と大きな扉が設けられているのみ。ここ地下裏40階層は間違いなく最深部であった。


 ここまで来るのは本当に大変であった。7人とも満身創痍で体力も魔力も空っぽだ。


「少し休もう。流石にこのまま行っても返り討ちにされるだけだ」


 ジェイサムの意見には全員が賛成であった。




「なぁ、このダンジョンを攻略し終えたら、お前らどうするつもりだ?」


 ジェイサムは以前から気になっていた事をキュトル達<白雪の彩華>のメンバーに尋ねた。


「んー、そうねえ。この奥にあるお宝次第だけど、少し休みたいかしらね。道中結構稼げたし、暫くの間は羽を伸ばしたいかしら」


 キュトルはチラチラとジェイサムの顔色を伺って返答した。その顔は若干赤い。終わったらジェイサムと休暇(バカンス)でも、とか考えているのだろうか。


「そうよね。私もゆっくりしたいわね。……シェリーはどうするの?」


 ガエーシャも慣れない前衛職で身体が悲鳴を上げているようだ。兎に角休みたいらしい。そして一番気になるのはシェリーの今後だ。彼女の夢は未踏破ダンジョンの制覇。この先の戦いが上手く行けばその夢は果たされるのだから。


「私は二人に付いていくよ。どうせまた冒険者稼業に戻るんでしょう?」


 シェリーの言葉に二人は頷いた。二人ともすっかり冒険者生活が見に染み付いており、それ以外の生活は考えられなかったのだ。ずっと遊び倒せるほどのお宝が得られれば別だとも付け加えていたが、それはまた後で考えれば良い。


「エアリムは春から学校よね?」


「はい、そうです。このダンジョンを攻略し終えましたら、冒険者稼業は卒業ですね……」


 しんみりとした表情で彼女は答えた。


「ケージもこれが終わったら学校だろう?」


「あ、ああ。そうだよ……」


 ジェイサムに尋ねられた恵二は歯切れが悪そうに答えた。他の者達のこれからは恵二も気にはなっていた。だがそれ以上恵二は先程から気になっていてしょうがなかった事があった。だが、口にするのも憚れたのだ。


(この状況って、あれじゃないのか?戦場に向かう前に“俺、帰ったら結婚するんだ”的な!?)

 

 そんな恵二の胸中を知らない他の者達は、次々に今後の未来展望を語り出す。


「俺もボスを倒し終えてカーラやワッパを無事治したら、今度こそ冒険者を卒業するんだ。それで店を出す。昔から俺、料理人になりたかったんだ」


 なんとロンは冒険者から料理人に転職しようと考えていたようだ。


「お?そうだったのか?そういえばお前さん、魔物の食材には詳しかったな。良いんじゃねーか?」


 ジェイサムもそれを後押しする。


「ジェイはどうするの?この先のボスさえ倒せれば、貴方も悲願達成ってやつでしょう?」


 そうであった。ジェイサムは長いこと≪古鍵の迷宮≫に固執していた。それもこれも、このダンジョンを本当の意味で踏破し、昔のパーティメンバーとの悲願を達成させる為であった。


 その為ならば己の生涯を掛けてもいい。そんな気持ちで挑んでいたジェイサムは、その後の事を考える余裕は今まで持ち合わせていなかったのだ。


「そうだなぁ……全くのノープランだ」


「ちょっと!?聞いてきた本人がそれってないんじゃないかしら?」


「そうは言ってもなぁ……うーん……」


 答えが出てこないジェイサムにもどかしさを感じたキュトルは勢いのまま口を滑らせた。


「ああ、もう焦れったい!あんたは私のパーティに入りなさい!エアリムが抜けるから丁度いいわ!」


 キュトルの告白めいた宣言に複数人が微妙な反応を見せた。


「ジェイさんじゃエアリムの穴を埋めるにはちょっと実力不足よ」

「私と役職が被るよ!?」

「俺が<白雪の彩華>って柄か?一人だけ浮かないか?」


 ガエーシャやシェリーだけでなくジェイサム本人からも否定的な意見が出てきた。言い出したキュトル本人は名案だと思っていたのだが、ジェイサムからもダメ出しを貰うと気落ちしてしまった。彼女としても思い人であるジェイサムと今後更に距離を縮められるチャンスだと考えての意見だ。


 だが諦めきれないのかキュトルは、最後の悪あがきとばかりにある秘策に打って出た。


「―――駄目、かな……?」


 潤ませた目を真っ直ぐにジェイサムへ向ける。彼女のその表情は何時もの活発的なそれではなく、捨てられている子犬が飼い主を乞うような、そんな保護欲を掻き立てられる顔だ。恵二も普段と違う彼女の表情に思わず意表を突かれてドキッとしてしまう。これがキュトルの事を思っているジェイサムであれば尚更破壊力は増すであろう。


「……駄目じゃないです」


 ジェイサムはあっという間に陥落した。




「そろそろ休憩を終わりにするか。魔力の方も平気だよな?」


「大丈夫だよ、ジェイ」

「はい、私も問題ありません」


 ジェイサムの問いに恵二とエアリムが答えた。


「よーし!さっさとボスを倒して休暇とジェイを手に入れるわよ!」


「お、おう。そうだな……」


 キュトルはここに来てやる気に満ちていた。彼女が集中力を高めてくれるのならその腕は期待できる。気分屋な彼女はここぞという時に冴え渡るのだ。


「待っていろカーラ、ワッパ!ボスを倒して必ず救ってみせる!!」


 ロンも剣と盾を強く握りしめ自分を鼓舞させている。途中加入ではあるものの、彼の働きは目を見張るものがあった。最早ロンも恵二達にとっては欠かせない大事なパーティメンバーの一員だ。


「―――母さん。私、やるよ!」


 シェリーは静かにそう誓いを立てる。以前聞いた話だが、彼女の母親も元探索職(シーカー)であったようだ。もしかしたらシェリーの夢である未踏破ダンジョンの攻略はそこら辺も関係しているのかもしれない。


「―――アムルニス様。不敬虔な私ですが、今ばかりは仲間を守る為のお力を……!」


 ガエーシャは神聖魔術を使えない事を重々に承知をしているが、それでも神に祈らずにはいられなかった。決して心身深い訳ではないが、使えるものは何でも使うといった心境だろうか。


「<白雪の彩華>の皆さんと最後の探索、今日ここで少しでもその恩をお返しします!」


 エアリムは自身へそう宣誓すると詠唱を唱え始めた。彼女の準備が完了し次第突入開始だ。


「―――いよいよ、か。……アド、悪いな。ここのダンジョンだけは俺達が先に超えてみせる!ビル、ケーニ、ミラ、俺に力を与えてくれ!」


 ジェイサムは3人の名前を口にする。昔一緒に冒険したパーティメンバーの名だろうか。彼らの亡骸はここ≪古鍵の迷宮≫で眠っている筈だ。もしかしたらどこかでジェイサムの事を見守っているのかもしれない。


 エアリムが詠唱をし終えたことを告げる。


「―――行くぜ!このくそったれなダンジョンを最初に俺達が攻略するぞ!」


『―――おう!』


 ジェイサムの号令に全員が武器を掲げて答えた。そんな中、恵二は心の中で一人誓いを立てていた。


(―――誰も死なせない!俺の仲間は全員守って見せる!)


 出発前に散々死亡フラグを立ててくれた仲間達だが、そんな運命打ち砕いて見せると恵二は一人息巻いていた。


(最悪、スキルを使う事も躊躇わない。俺はジェイサムや仲間達の気持ちに報いる)


 周囲に自分のスキルや出自が漏れないよう、恵二はずっとスキルの使用を制限してきた。自身を成長させる為という建前もあるが、今まで皆が必死に探索してきた中で、自分一人だけが手を抜いていたのだ。それに恵二は何とも言えない罪悪感のようなものが芽生えていた。


 ならば最後くらい、皆の夢を叶えてみせたい。そして無事に明日を迎えさせてやりたい。その為には出し惜しみはしないと心の中で誓った。


 巨大な扉をジェイサムとロンがゆっくりと開けていく。見た目ほど重量はなさそうで、その巨大な扉はゆっくりとだが開いていった。開ききると一行はボス部屋へと踏み込んで行く。



「―――ここがボス部屋?流石に広いわね」


 恵二達の目に広がったのは地下にあるとは思えない巨大な空間であった。壁には発光石が使用されているのか鍾乳洞エリアより明るく、ただっ広い空間に幾つかの巨大な柱が見えた。その柱は大小様々で、細い柱や途中で折れている柱、そして一番奥にはとても高く太い柱がそびえ立っていた。


「ああ、表のボス部屋よりも大分広い。それに天井もやけに高いな」


 キュトルは初めてダンジョンの支配者(ボス)部屋に踏み込んだ為、その情報は聞かされた話でしか知らなかった。一方表ルートのボス部屋も体験した事のあるジェイサムは、ここはそれより更に広いと感想を漏らす。


「……ボスが見当たらないわね?」


 ガエーシャの言うとおり周辺を見渡すも、ボスらしきものは見られない。


「罠もこの辺りには無いようだよ?」


「一応警戒はしておくが、表のボス部屋にも罠は無かった」


 シェリーの問いにジェイサムはそう返す。恵二も魔力探索(マジックサーチ)を発動させるが、魔力反応のある罠は見当たらない。だが、代わりに違うものを見つけた。


「―――皆!右に1つ、左に2つゴーレムらしき魔力反応がある。柱に潜んでいるぞ!」


 反応のあった柱に指を指す。恵二の声に全員の警戒レベルが上がった。


 すると、恵二が指摘したその柱は突如動き出した。柱だと思っていたそれは可動し始めると、その姿を徐々に変えていった。まるで昔遊んだ変形ロボットの玩具のようだと恵二は思った。


「―――岩人形(ゴーレム)!?いや、魔導人形(マジックゴーレム)、か?」


 ロンの指摘通り、それは岩というよりかはもっと別の何かで作られたゴーレムのように思えた。その数は3体で岩人形(ゴーレム)より手ごわそうだが、このメンバーにとってはそこまで脅威には思えなかった。


「これくらいなら余裕よ!」


「ああ、だが油断するなよ!」


 前衛組がゴーレムへ向けて駆けて行く。彼らが到達する前にエアリムは魔術を唱え始めた。折角用意していた魔術だが、あの程度のゴーレムに大技を叩きこむのは魔力の無駄だと判断した為だ。


 魔導人形(マジックゴーレム)の動きを見る限りは、せいぜい岩人形(ゴーレム)よりも少し動ける程度といった印象だ。その程度ではノリに乗っているキュトル相手では役不足であった。


「―――まずは一体!」


 ゴーレムの一撃を斜め前方に飛んで躱したキュトルは、そのままの勢いでゴーレムの首を刎ねた。


「―――おりゃあ!」

「ふん!」


 ジェイサムとロンのコンビもすぐに別の一体を片付けていく。シェリーとガエーシャの姿を探すと、彼女達もゴーレムを瞬殺してしまったようだ。


「あら?魔術を使う暇もなかったですね」


「そうだな―――ん?」


 エアリムの言葉に頷いた恵二だが、確認の為発動させた魔力探索(マジックサーチ)に再び反応が現れた。


「新たに7つ反応だ!同じく柱から―――。くそ!さっきまで魔力反応は無かったのに!」


 先程は3つしか反応を感じとれなかったが、今度は計7つの魔力反応が別の柱から感じとれていた。魔力反応のあった柱は先程と同じ様に可動していくと、あっという間に魔導人形(マジックゴーレム)へと変形した。


(まさかこいつら、動き出すまで魔力が無いのか!?)


 どういった仕組みになっているのか分からないが、可動前では柱かゴーレムか恵二に見分けるのは不可能であった。


「おいおい、今度は大きいのもいるぞ」


 悪態ついたジェイサムの指摘通り、巨大な柱からは相応のでかさのゴーレムが生み出された。


「もしかして、この柱全部がゴーレムなんて言うんじゃないでしょうね!?」


 新たなゴーレムの迎撃に向かいながらキュトルは悲鳴じみた声を上げた。ボス部屋には相当の数の柱が建っていた。


 だが心配はそれだけではない。彼女だけでなく、その不安は全員の頭によぎった。自然と全員の視線がボス部屋の奥へと向けられる。その視線の先にはこの巨大な空間ですら手狭だと思わせるような、そんな巨大な柱がそびえ立っていたのだ。


(―――まさか、あれもゴーレムだなんて落ちはないよな?)


 恵二達の背中に嫌な汗が流れた。

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