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計算を間違えた

 地下裏32階層途中まで進んだ一行は、魔物が寄ってこない安全エリアで睡眠を取ることにした。潜ってから既に14時間は経過しており、このまま次の<回廊石碑>を目指すことにした恵二達は交代で仮眠を取ることにしたのだ。


「それでは宜しくお願いしますね」


 先程まで見張り役であったエアリムと入れ替わり恵二の番となる。一緒に見張るのはロンであった。


「ケージ君はあちらを。俺はこっちを見張っている」


「了解です」


 二人で分担し周囲の警戒をする。時たま近くに魔物が蠢いている音が聞こえるが、一定距離以上は近付いてこない。理由は分からないが、彼らはそのルールを頑なに守ろうとする。こちらは助かっているが、意味が分からないものに守られているというのはなんとも不気味だ。


「ケージ君、ひとついいかな?」


 ダンジョン産の魔物について考察していたら、突然ロンが声を掛けてきた。


「君はどうして冒険者になったんだい?」


「え?そうですねえ……」


 ロンにそう尋ねられ、恵二は考えてみる。


 自分がなりたかったのはあくまで冒険家だ。まだ誰も見ていないような秘境、想像もつかないような絶景、そういった所へと行きたかった。


 だが自分にはその力も知識も伝手も無い。まず国々を渡り歩くだけでも許可が要る。最初はそういった理由で冒険者になった筈だ。だが、今自分がここで冒険者をやっているのは、お金もそうだが力や知識、それに素晴らしい仲間を得る事が出来るからだ。


「……夢の為、その準備ってところですかね。今では色々と得るものが多くて冒険者になって良かったと思えます」


 恵二は今素直な気持ちをロンに伝えた。


「そうか。君が羨ましいよ。俺達はそうなるしか選択肢が無かったからな……。少なくとも俺は冒険者などにはなりたくなかったんだ」


「え?」


 ロンの言葉に恵二は困惑する。彼ほど腕の立つ男が、冒険者にはなりたくなかったと告白をする。では彼は一体どういった経緯で冒険者の道を進んだのだろうか。


「俺とカーラは幼馴染でな。まぁ妹分みたいなもんだ。南の国にある貧しい村の出さ」


 ロンはどこにでもある話だと前置きをして語ってくれた。



 彼の村は貧しく働き口も無かった。生活に困った者は自分の子供すら奴隷商人に売り渡す程だったという。公には奴隷という身分は禁止されてはいるが、国によっては黙認しているケースが殆どなのだ。ここエイルーンは禁止されており奴隷という身分こそ存在はしないが、それに近いような扱いの者も少なくないのだ。


 そしてロンやカーラの家庭も貧しい状況で、何時自分達も売り払われるか分かったものでは無かった。年が二桁になった頃二人は決断した。家を出たのだ。当然お金も無ければ当ても無い。普通なら行き倒れてしまうだろう。


 だが、二人は運が良かった。偶々近くの森に生えていた金になる薬草の在り処を知っていたのだ。それをありったけ抜いて、近くの町の薬屋に売った。そのお金で二人は冒険者となった。年は誤魔化した。二人ともまだ冒険者になれる年齢に達していなかったのだ。周りの子供たちよりかは背の高かった二人は何とかギルド職員を欺いて職に就く。


 しかし、そこからは本当に地獄であった。


 楽な仕事は二束三文にすらならない。かといって食い繋ぐ為の報酬を得るには命懸けの仕事となる。幸いにも武器は薬草を売り払った際に残ったお金から調達できたが腕は素人同然。周りの冒険者達はそんな足手まといの二人に手を貸すほど暇も余裕も無かった。


 それでも二人で一生懸命ここまで生きてきた。なんとか生活に困らなくなって来たのは本当に最近の話だと言う。未熟だった頃に作った借金をようやく返せる目途が立ってきたのだ。


 そんな矢先に今回の事件が起こったそうだ。



 恵二はロンの話を終始黙って聞いていた。カーラという冒険者は恵二の中でははっきり言って“いけ好かない女”という印象しか持ち合わせていなかった。だが人それぞれ見えないところで物語があるのだと思い知らされた。


「君には不愉快な思いをさせたね。ただ、知って欲しかったんだ。カーラは昔からああではなかった。どこにでもいる、優しさも持ち合わせた女なんだということを」


「……もし、また会えたら偏見で見るのは止めておきます」


 この場に本人が居ないのに、そんな彼女の昔話を聞かされて“はい、分かりました。彼女と仲良くします”だなんていい加減なことは言えなかった。


 今はただ、そんな事くらいしか答えられなかったが、ロンは一通り話したら満足したのか、“そうか”と一言呟いて安堵していた。



 その後予定通りに仮眠のローテーションを回し終えた恵二たちは、再びダンジョン探索を始めるのであった。




「―――あったぞ!ここだ!」


 ジェイサムが声を上げて指した壁は、よく観察すると僅かに他の箇所より厚みがあった。


「よく気が付いたなぁ……」


 ロンは心底感心したように呟いた。


「これは難しい。見る角度によっては全然気が付かないよ」


 シェリーも手放しでジェイサムを褒めちぎる。


「流石ね、ジェイ。これが隠し扉だとすれば、いよいよ35階層ね!」


 キュトルの言葉で一同に緊張が走る。


 恵二達は必死の探索で遂に地下裏34階層まで辿り着いていた。仮にこの下が最深部だとすれば、表のダンジョンと同じならば後に残されたのは<回廊石碑>とボス部屋へと通じる扉だけの筈であった。


「―――開けるぞ」


 仕掛けの起動スイッチを見つけたジェイサムは一言そう告げると隠し扉を動かした。先程まで壁だった箇所はスライドすると一つの道が現れた。その先に階段も確認できた。


「よし!最深部に通じる階段よね!なんとかアドガル達より先に辿り着いたわ!」


「ああ。いくらあいつらでも、ここまで来るのにもう暫く時間が掛かる筈だ。それまでに何としてもボスを俺達で倒すぞ!」


「「おお!」」


 そう息巻いた一行はジェイサムを先頭に階段をゆっくりと下って行く。高ぶる気持ちを押さえられないが、決して油断だけはしない。ここぞという時の罠こそ恐ろしいものはないからだ。


 そろそろ階段の先に光が見えてきた。先頭のジェイサムは階段を降り切る前にその先の光景を確認する。


 そして彼は呟いた。


「―――おかしい。<回廊石碑>が……扉がどこにも見当たらないぞ……!?」


 ジェイサムの言葉を聞いた他の者も急いで階段を降り、下のフロアを確認した。


「―――何これ?今までと変わらないじゃない!?」


 そう、地下裏35階層はその上の階層と差ほど変わらない鍾乳洞エリアだった。魔物もそこら中を徘徊しており、種類も上のフロアと変わり映えしなかった。


「もしかして、ボス部屋はこのフロアの奥?」


「……表のルートとは勝手が違うのかもしれない。とにかく先へ進んでみよう」


 ジェイサムの言葉に頷いた恵二たちは探索を再開する。連携のとれた今の7人ならばこの階層の魔物は障害とならなかった。数が多くて時間こそ掛かったものの、2時間程歩き回ればすぐに隠し扉の痕跡を発見した。


「―――今度こそ、この先がボス部屋だろう!」


 だが、またしてもジェイサムの期待は裏切られた。そこには<回廊石碑>こそ設置されていたものの、その先にあるのは扉ではなく、更に地下へと続く階段であった。


「どういうこと!?更に下があるっていうの!?」


「この迷宮は35階が最深部じゃなかったのか!?」


 ダンジョンの最深部は地下裏35階層だと思われる。そうジェイサムに聞かされていたキュトルやロンは困惑する。だが、この中で一番驚いているのはジェイサム自身であった。


「―――馬鹿な!?あれから10年でダンジョンは5階層しか成長していない筈…!いや、もしかしたら微妙に成長速度がずれて1階層くらい増えたのかも……。だとしたら―――」


 ジェイサムは奥にある階段へと向かった。恵二達もそれに続く。


 仮に計算が僅かに狂って1フロア増えているのだとすれば、この下がボス部屋の筈だ。ジェイサムはそう考えて階段を下って行った。若干混乱気味だが、そんな中でも罠への警戒を怠らないのは流石だ。


(―――?なんか妙な違和感が……10年……成長速度……)


 恵二は先程から何かが引っかかっていた。この感覚は以前にも感じたものだ。何か重大な事を見落としている気がしてならない。


 そんな恵二の胸中を余所に一行は階段の最下段まで到達する。そこで見た光景は、相も変わらず鍾乳洞エリアと、更に数とランクを増した魔物達の姿であった。


「―――どういうこった!?このダンジョンの最下層はもっと先だってのか!?」


「ちょっと、本当にこのダンジョンの成長速度は2年で1階層なの?それと偽物のコアを破壊したのも10年前で合ってるんでしょうね?」


 キュトルがジェイサムを問い詰めるも、エアリムが横から口を挟む。


「間違いないですキュトルさん。私もこのダンジョンの事は図書館で調べましたから」


 エアリムが助け船を出す。しかし、現実問題としてこのダンジョンは地下36階が存在しており、この様子だと更に奥もありそうだ。


「だとしたら、一体どこで計算を間違えたのかしら?」


 エアリムの話を聞いたガエーシャは首を捻る。


 ―――その瞬間、恵二の脳裏にある閃きが生まれた―――


「―――あああ!それだ!ジェイ、俺達は計算を間違えていたんだ!」


「―――何か分かったのか!?」


 ジェイサムの問いに恵二は自身をもって頷いた。


「いいか?ジェイの話だとダンジョンは表ルートと裏ルート、二つ同時に成長をしていた。そして表ルートの成長が止まったのは10年前、ここまではきっと正しい」


 恵二の言葉に全員が注目をする。


「まだ≪古鍵の迷宮≫の表ルートが踏破される前は2年に1階層ペースで成長していた。これも間違いないんだよな?」


「ああ、そうだ」


「そうですね。文献でもそう記録が残っておりました」


 ジェイサムとエアリムが肯定する。だが肝心なのはこの後なのだ。


「じゃあ裏ルートだけとなったら?成長速度は今までと一緒なのか?」


「へ?」

「ええ、と?」

「どういう事だ?」

「―――!」

「―――ああ!」

「そうか……!」


 どうやら何人かは思い至ったようだ。恵二は続きを語る。


「もしかして成長させなければならないルートが裏ルート1本となったこの迷宮は、成長速度も2倍に増えているんじゃないのか?」


「なんだって!?」


 ここにきてジェイサムもようやく合点がいったようだ。


「―――そうか!手間が減って成長速度が上がっていやがるのか!」


「ちょっと待って!コアも1つになったから、成長速度も減るんじゃないの?」


「もし破壊されたのが偽のコアだとしたら、本物のコア程の力は持っていないんじゃないでしょうか?」


「ダンジョンは分からん事だらけだ。そもそもコアがダンジョンを成長させているとは限らないしな。まぁそれを言ったらキリが無いんだがな」


 ロンはそうぼやく。


 そもそもコアを破壊したところでダンジョンは“仮死状態”に陥るだけだ。<回廊石碑>の機能も使えるし、長い時間を掛ければダンジョンのコアは復活さえしてしまう。本当に摩訶不思議な魔窟であった。


「もし仮にケージの仮説が正しいなら、ここの最深部は地下40階って事?」


「……そうなるわね」


 シェリーの問いにキュトルは歯噛みしながら頷いた。


「不味いな。流石にのんびりしすぎるとアドガルの奴らに抜かれちまうぞ?」


「けど、そろそろ食糧が尽きそうだ。一旦<回廊石碑>で外へ戻って補給した方が良いんじゃないのか?」


 恵二の言葉に全員が頷いた。誰も最深部が40階層など想定していなかったのだ。時間のロスにはなるが、どの道補給無しでこの先の階層を進めるとは思えない。


 恵二達は一度転移で外へと戻ってきた。そして最後の準備へと取り掛かった。


 このダンジョンの最奥、地下裏40階層を目指す為の最後の準備へと―――

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