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あと一人

 日を跨いで<若葉の宿>へと戻った恵二たちは、心配して待っていたテオラやベレッタに小言を言われた。事前にダンジョンで寝泊まりする事を伝えていなかった上、街では<神堕とし>騒動が起こっていたので余計な心配を掛けさせてしまったようだ。


 しかし6人がお腹を減らしている事に気が付くとお説教は程々に、すぐ食事の準備に取り掛かってくれた。その日はお腹一杯まで食べた後、用意されていた綺麗なシーツのベッドで気持ち良く寝られた。


 すっかり昼夜逆転生活に慣れた恵二たちは目を覚ますと、新たな魔物に対する打ち合わせをしてからダンジョンへと向かった。時刻はまもなく日付が変わろうとしていた。


「驚いたな。こんな時間に人がいるだなんて……」


 そう感想を述べた恵二の視界には、昼間でも見られない程の多くの冒険者達が入り口前の室内で念入りな打ち合わせやパーティの勧誘を行っていた。外も夜にも関わらず露店や屋台が立ち並び、一種のお祭り騒ぎであった。そのお蔭で食料を大量に確保する事が出来た。万が一ダンジョン内で寝泊まりする事になってもこれで大丈夫だ。


「凄い騒ぎね」


「ああ、無理もねえさ。初心者用ダンジョンなんて呼ばれている≪古鍵の迷宮≫が、実は未踏破だって言うんだから、誰もが挑戦したがるだろうよ」


 冒険者の顔ぶれを確認すると、未踏破ダンジョンに挑むにしては装備が足りていなさそうな者や、若そうな冒険者もちらほらと見える。


 だがいくら初心者向けとはいえ、それはあくまで魔物のランクだけを見た上での話だ。こと罠に関しては悪質なものが多く、巧妙に隠された罠を見抜けずに命を絶つ者も出る程だ。


「こりゃあ、勘違いして挑んで返り討ちって輩が続出するぞ!?」


「うーん、と言ってもこの状況じゃあ、止めとけって言っても聞かないでしょう?」


 ジェイサムの言うことは尤もだが、他の冒険者が素直に自重するとは思えない。むしろ話術でライバルを減らそうとしているとでも勘違いされかねない。


「冒険者ならばそれなりの覚悟を持っている筈よ。ここはそっとしておきましょう」


 ガエーシャの言葉に全員が頷いた。命を賭ける理由は人それぞれだ。無謀だとは思うがいちいち気にしていては冒険者など務まらない。それより自分達の心配の方が先だ。何人かの視線がこちらへと向いている。その眼は何時もより鋭く感じる。こちらを伺うような声も聞こえてきた。


「おい、ジェイサム達だぜ」


「ああ。確かあいつらが隠し扉の第一発見者って話だよな?」


「ならよぉ、あいつらが一番進んでいるって事か!?」


 そんな会話が聞こえてくる中、3人の冒険者がこちらへとやって来た。


「なぁ、よければ俺達と組まねえか?」

「見たところ前衛が足らなそうだが、俺達がついて行ってやるぜ!」

「俺達は全員Cランクで前衛だ!お嬢ちゃん達の盾になってみせるさ!」


 この3人の言葉が引き金となったのか、室内でまだパーティを組んでいない冒険者達が殺到した。


「ちょっと待てよ!俺はBランクだぜ!Cランクのこいつらより十分役に立つ!」

「おい、ふざけんな!後から割りこんで来るな!」

「俺、水属性で回復魔術使えるぜ!今なら超貴重だろ?どうだ!?」

「荷物運びでもなんでもします!連れて行ってください!」


「―――だあああ!ストップ、ストップ!間に合ってるから!今はパーティメンバーの補充は考えていない!」


 ジェイサムはきっぱりと断ったのだが、この騒ぎは収まりそうにない。それどころか次第にヒートアップしてくる者も現れた。


「―――おい、だから割り込むなって……!」

「そんなガキより俺の方が役に立つぜ!」

「腕利き探索職(シーカー)が必要だろう?俺様に任せな!さあ、一緒に行こうぜ!」


(ああ、これは駄目だ。口で言っても分からないパターンだ……)


 新たな階層へ向け意気込んだ出鼻からこれで、恵二達はうんざりとした表情を浮かべた。それでもなんとか穏便に済ませようとしたジェイサムは立派な大人だ。彼は再度説得を試みた。


「悪いが今はメンバーを募集してねえ。今回は諦めてくれ」


「―――ふざけんな!テメエらだけで情報を独占しようってのか!」

「そうだ!そうだ!それに、裏ルートの入口はもう発見されてるんだ。お前らだけじゃあ、すぐに<到達する者>の連中にでも抜かれちまうぜ?」


「……何?」


 今の情報は聞き捨てならなかった。男から話を聞き出すと、どうやら夕方頃に<到達する者>の探索職(シーカー)が隠し扉を発見したようだ。現在アドガル達は総出で攻略に当たっているようだ。


「―――まずいな。こんな所でもたもたしていられねえ」


「そうね、急ぎましょう」


 すぐにダンジョン入口へと向かおうとしたが、何人かの冒険者達はしつこく絡んできた。


「おい、何勝手に行こうとしてんだ?」

「俺様が一緒について行ってやるって言ってんだろ!?」

「おい、ガキ。俺と代われ!お前じゃ未踏破ダンジョンなんて10年早いぜ」


「……馬鹿が現れたわよ?」

「……馬鹿ですね」


「ああ!?調子こきやがって、このアマ!!」


 キュトルとエアリムに馬鹿二連発を貰った大男は、その太い腕を近くにいたエアリムへと振るった。そこに恵二はすかさず割って入ってその腕を両手で掴んだ。


(―――スキルを使うまでもない!)


 恵二は切り札であるスキル<超強化(ハイブースト)>を使わず、ただの強化魔術のみで腕力を増幅させると、自分の倍以上はある大男をそのまま投げ飛ばした。


「――ぐえっ!」


 吹き飛ばされた男は室内の壁に叩きつけられると、そのまま目を回したのか沈黙した。周りもその様子に静まり返る。


「……あー、少なくともこいつより腕が立つ奴じゃなければお断りだ」


 バツが悪そうにジェイサムは恵二の肩をポンと置くとそう周りに告げた。今の光景を見せられた冒険者達は全員押し黙ってしまった。未だにパーティを組めない冒険者は、実力不足の者や問題児な輩が殆どだ。そんな者達の中に、今まで鍛錬を欠かさなかった恵二に勝る冒険者など皆無であった。


 先程までしつこく絡んできた他の男達も怖気づいたのか、すんなりと道を譲ってくれた。受付の兵士に入場料を支払うとそのまま6人は<回廊石碑>へと向かった。ダンジョンに入るとジェイサムはボソッと呟く。


「なんか、俺だけ弱くね?」


「今更よね。少しは鍛えなさい。今度見てあげるから」


 恵二の腕っぷしを見せつけられたジェイサムは肩を落とすも、キュトルにそう慰められた。




 昨日の苦労の甲斐あって、<回廊石碑>には赤い文字で30の数字が輝いていた。これで一気に地下裏30階層にまで転移できる。


 裏ルートの存在が完全に発覚された今、隠す必要はないのではと思ったのだが、他のパーティにどれだけ進んでいるのか知られたくないとジェイサムが主張したので、いつも通り人壁を作って石碑を隠す。これからは情報戦も重要になる。流石一度は未踏破ダンジョンを経験した男だけあって頼もしかった。


 一行は地下裏30階層まで一気に転移すると、先程打ち合わせした内容を再確認して31階層に降りた。その途端、近くにいた魔物たちが一気に襲い掛かった。


「―――土槍(アースランス)!」


 階層に踏み入る際には、すっかり定番となったエアリムの中級魔術、<土槍(アースランス)>が炸裂する。階段を降り切る前は、詠唱しようが何しようが魔物たちは無反応だ。若干気の毒にも思えるが、こんな素敵な裏ワザ、使わない手は無い。


「―――今よ!」


 エアリムの魔術で粗方殲滅し終わると、今度は前衛組の出番だ。守りの要のキュトルはジェイサムと、シェリーはガエーシャとコンビを組んで魔物を打ち倒して行く。


 一方恵二はというと、今回は完全に後衛としての役回りだ。事前に詠唱を唱えて(唱えるフリをして)おいて時を待つ。


 そして、それは現れた。


「来たわよケージ!左奥から1匹」


「ああ、見えてるよキュトル」


 彼女が教えてくれたその方向からは、炎を纏った1匹の獣が迫ってきていた。


山火事狐(ブレイズフォックス)

 身体の周りに炎を纏った極めて珍しい狐型の魔物だ。その炎は勿論見せかけでは無く、近づいた者を燃やし尽くし、自身も口から炎を吐く厄介な魔物だ。その体質上、木が生茂っている森や山に住むとあっという間に火事にしてしまうことから、通常は北の雪山や荒野に棲息している。絶命するとその炎は消える。また素材も逸品で、山火事狐(ブレイズフォックス)の毛皮は耐防火性に優れ、油もよく燃える事からその価値は非常に高い。


「いい?あの金づるをなんとしても綺麗に仕留めるのよ!」


「……了解」


 魔術をぶち込もうとした瞬間に余計な注文が入り、再度狙いを定め直す恵二。用意していた魔術は炎と相性抜群の風属性魔術風刃(ウインドカッター)だ。


「―――風刃(ウインドカッター)!」


 呪文と同時に風の刃が計3枚、山火事狐(ブレイズフォックス)へと襲い掛かる。それを感じとった、山火事狐(ブレイズフォックス)は流石にBランクというべきか、必死に躱そうとするも恵二のコントロールは完璧だ。


 一の矢こそ避けられたもののそれは囮、本命の二の矢が首筋にヒットする。だが、威力が足らないのかそれとも奴の皮膚が硬いのか、首を飛ばす事は叶わず致命傷には至らない。そこへ保険として放った三の矢が同じ個所へ寸分違わず突き刺さりその首を綺麗に跳ね飛ばした。


 そこでようやく絶命したのか狐に纏っていた炎が完全に消えた。高級素材の一丁上がりであった。


「よくやったわ!その調子で次も綺麗に頼むわよ、綺麗に、ね!」


「お前のその余裕、ホント凄いよ……」


 ツッコミ担当のジェイサムが呆れた様子でキュトルに声を掛ける。彼女も魔物の相手で忙しい筈だが、どこにそんな余裕があるのか不思議でしょうがなかった。


 最初は山火事狐(ブレイズフォックス)が厄介だと思われた31階層の攻略は、恵二の活躍により難なく進める事が出来た。




「で、なんで戻る羽目になるかねぇ……」


「仕方ないじゃない!剣、折れちゃったんだから!」


 順調に31階層を踏破し、32階層の攻略を始めた矢先、キュトルの剣が突然折れた。長年使い馴染んだ愛剣とあって買い換えなかったのが仇となったようで、彼女の剣は綺麗に真っ二つとなった。


 そこからは大変であった。30階層の<回廊石碑>に戻ろうとするも、キュトルの剣抜きでの魔物たちとの戦闘は熾烈を極めた。彼女の重要性を再認識させられたと共に、不測の事態に備えた予備戦力の大切さも思い知らされた。


 現在はなんとか無事に<回廊石碑>まで辿り着き、ダンジョン傍の出店で少し遅い朝食をとっていた。


「やっぱりもう一人くらい戦力が欲しいかもしれないわね」


 ガエーシャがぽつりとそう漏らした。慣れない前衛職を任されている彼女の負担は相当なものなのだろう。


「最深部にいる支配者(ボス)の事を考えると、確かにこの先不安ですよね」


 ガエーシャの意見にエアリムが同調をする。


 そう、今まで誰も口にしてこなかったが、ダンジョン攻略の最期の壁である支配者(ボス)の存在が気がかりだ。当然弱い訳が無い。


 ちなみに≪古鍵の迷宮≫表ルートのボスは大型ゴーレムで、Bランク以上の冒険者パーティならば倒せなくはない強さだそうだ。裏ルートにも存在するのだとしたら、それより弱い筈が無いのだ。


「そういえば、管理者(中ボス)っているのかしら?表のルートには存在しないって話だけど」


 ちなみに管理者(中ボス)とは、ボスよりは弱いがダンジョンで唯一フロアを跨いで行動する事が出来る魔物の事を指す。他のダンジョンでは幾つか目撃例があるのだが、そのどれもが難敵ばかりだ。探索者キラーとも呼ばれている厄介な存在だ。


「言われてみればそうね。裏ルートにはいるのかもしれないし、そう考えると増々メンバーの補充が必要だわ。ジェイ、誰か心当たり無いの?」


 エイルーンに来てまだ日が浅いキュトル達には、余り他の冒険者達との伝手がなかった。ここはエイルーン生活の長いベテランのジェイサムに尋ねてみた。


「うーん、難しいと思うぞ?腕の良い奴らは何人か知ってはいるが、そんな連中は既にパーティなりクランなり入っているからな。かといって流石にパーティごと4人も5人も誘うのは、なぁ?」


「そうね。報酬の件を考えると、極力少ない方がいいわね」


 未踏破のダンジョンを初めて攻略した者には、ダンジョンからの報酬であるお宝が出現するらしい。初めてそれを聞いた時、恵二は“テレビゲームか!”と突っ込んだものだ。


 一体どういうからくりなのか分からないが、ちゃんと人数分お宝は用意されているそうだ。ダンジョンによっては何種類から好きな物を選べる驚きの親切設計付きだ。


 だが、ダンジョンにも限界があるらしい。


 “人数分用意されるのなら、大勢で行けばいいじゃないか”


 昔、そう考えた冒険者達が徒党を組んで大挙して未踏破ダンジョンに押し寄せた。見事ダンジョンを初制覇となったのだが、肝心のお宝は人数分用意されなかった。最後は冒険者同士による血を見る醜い争いとなったらしい。その教訓からダンジョン攻略は適量人数で、という風潮が生まれた。尤も、アドガル達のように報酬は二の次な人海戦術を取る輩もいるようだが。


「そうだなぁ。出来ればあと一人、腕の良い冒険者が欲しいがなぁ……。フリーなやつは心当たりがないな」


「どこかから引き抜いちゃえば?」


「勘弁してくれ。後ろから刺されかねない」


 キュトルの提案にジェイサムは心底嫌そうな顔をし、彼女も冗談だとおどけてみせた。


「何はともあれ、今日の残り時間はキュトルさんの武器を始め、武具のメンテナンスに充てましょう。攻略や勧誘はその後という事で」


 エアリムの意見に賛成した一同は、それぞれ馴染みの店や鍛冶屋で武具の買い換えやチェックを行った。山火事狐(ブレイズフォックス)の素材は高値で売りさばく事ができ、お蔭で十分な軍資金はあった。




「……完全に夜型になっちゃったな」


 その夜、恵二はすんなりと目を覚ます事が出来た。他のメンバーも同じ様で、とくに遅れることなく何時もの深夜の時間帯にダンジョンへと向かう。


<若葉の宿>を出て夜の街を歩き進む恵二達の行く手に、1人の人影が見えた。初めは薄暗く誰だか分からなかったが、段々近づいてくるとその顔が月明かりで見て取れた。その男に恵二とジェイサムは見覚えがあった。


「―――頼む。どうか、俺をパーティに入れてくれないか!」


 男はそう告げると冷たい地面に膝をつき、躊躇う事無く土下座をした。

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