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大きさは重要なの

「一旦戻ろう」


 最初にそう提案したのはジェイサムであった。ガエーシャのコンディションを考えると、確かにその方が無難そうではあった。


「そうですね。ここは一旦引き返して、後日対策を立ててから挑みましょう」


 エアリムもその意見に賛成でジェイサムに同調した。だがここで意外な反論者が現れる。それは先程まで涙を流していたガエーシャ本人であった。


「───待って!私は大丈夫だから!そのうち神聖魔術が使えるようになるかもしれない。それに、私にはこれがある」


 そう言って彼女は両手で握りしめた棍棒を掲げた。だが、その手は僅かに震えていて、目元にもまだ涙を溜めたままだ。流石にこんな状態の彼女を戦わせるのは恵二も反対であった。


 ジェイサムも同じ考えなのか、言葉を選びながらガエーシャを説得する。


「けどよぉ、お前にもしもの事があったら───」


「───やれる!私はやれるから、だから……っ!」


「───そうよ、ガエーシャは大丈夫よ!」


 そこで横からキュトルが口を挟んできた。意外なことに彼女はガエーシャの肩を持つようで、ジェイサムは思わず狼狽えた。


「おい、キュトル。気持ちは分からんでもないが、ここはだなぁ……」


「───ガエーシャはやれる!やればできる子だよ!」


「シェリーまで………」


 キュトルだけでなくシェリーも擁護し始めた。


 二人は知っていた。ガエーシャが冒険者を目指した最初の動機を───


 二人はずっと見てきた。後発ながらも冒険者を目指し始めたガエーシャが必死に努力を重ねてきた事を───


 これで3対3、意見は真っ二つであった。


「二人とも……」


 いつの間にかガエーシャの体の震えは止まっていた。目元の涙を拭うと彼女はしっかりと意思を表示した。


「ジェイさん、私まだ皆の力になれる、と思う。けど、こんな事初めてだから少し不安もある。もし無理だと思ったらジェイさんや皆が止めて。私はその指示に従うから」


「……分かった。駄目そうな時は遠慮なく言ってやる。そうと決まれば準備だ!」


 ジェイサムの号令で各自改めて武装を確かめる。


「よーし、それじゃあ仕切り直しね。盾の準備よーし!」


「───え?そこから?」


 キュトルが一人盾を掲げるも、シェリーも意表を突かれたのか乗り遅れ、エアリムは恥ずかしいのか、もうしたくないと訴えた。


「ノリ悪いわね。仕方ない、明日はちゃんとイケてるの考えるから合わせてよね」


「明日もやるのか!?」


 ぐだぐだだったが、段々と何時もの雰囲気が戻ってきたことに恵二はほっとした。




 恵二達一行は昨日探索し終えたルートをなぞるように突き進む。道中魔物の襲撃があったが、思った以上に手こずることなく先へと進めた。


「ガエーシャさん、右です!」


「───せい!」


 エアリムに指摘される前から捕捉していたのか、ガエーシャは滑らかな動きでステップすると、腰を捻らせて棍棒を真横にスイングした。彼女は決してパワーがある訳ではなかったが、不足分を足運びで補い、助走をつけて腐り骨蛇(スカルスネーク)に渾身の一撃を叩き込んだ。


「ナイス、ガエーシャ!前もいけるじゃない!ジェイよりよっぽどやるわよ!」


「………」


 ガエーシャに自信を付けさせようとキュトルはそう褒めるも、隣で戦っていたジェイサムはムスッとした表情をしていた。


「ガエーシャ、今度はこっちお願い!」


「───任せて!」


 シェリーに群がってきた迷宮の亡霊(メイズスピリット)達を打ち据えていく。物理攻撃の効かない迷宮の亡霊(メイズスピリット)だが、シェリーはショートソードに、ガエーシャは棍棒に魔力を込めて、次々と迷宮の亡霊(メイズスピリット)を退治していく。二人で分担したとは言え、あっという間に迷宮の亡霊(メイズスピリット)5匹を片付けてしまう。


「凄いよガエーシャ!ジェイさんの倍以上は倒してるね!これなら前衛も問題ないよ!」


「そ、そうかしら?」


 ガエーシャも自分が周りから持ち上げられているのは分かってはいるが、それでも自分が思っていた以上に前衛として動けたので徐々に自信を付けていく。彼女のその表情には普段通りの笑顔がこぼれていた。


 一方何かと比較対象にされていたジェイサムはその逆で、段々自信を失っていった。


「……なぁ?俺、そろそろ泣いてもいいか?」


「どんまい」


 なんとか腐り骨蛇(スカルスネーク)を倒したジェイサムに誰も労いの言葉は無く、恵二は哀れな師匠の肩に手を置いて慰めの言葉を掛けた。




「ようやく昨日のポイントまで来れたな」


 6人は地下裏27階層を踏破し、昨日探索を打ち切った地下裏28階層へと続く階段の手前まで来ていた。


「そうね、思った以上に早く来れたわ。けど、流石に今日中に30階層は無理そうね」


 一度開拓したルートをなぞったお蔭で昨日の半分くらいの時間でここまで来れた。だがこの先はまだ未開拓な階層で、どんなに頑張っても1階層進むので限界であろう。


「ねえ、こうなったら今日はダンジョン内で一泊しない?出来れば一気に<回廊石碑>の所まで進めたいし」


「……俺も同じ事を考えていた。だが、余り多くの食糧は持ってきていないぞ?」


 恵二達はその日の探索を終える毎に〈若葉の宿〉へと戻っていた。その為少量の携帯食しか持ち込んでいなかったのだ。


「水は多めに持ってきているけど、問題は食べるものか。流石にここの魔物は食べられそうにないしな」


 ジェイサムがそう口にするとキュトルは心底嫌そうな顔をした。この階層で身がある魔物と言えば腐り骨蛇(スカルスネーク)くらいなものだ。あんなものを口にすれば確実に腹を壊すだろう。


「多少の空腹は我慢しましょうよ。さっきの男達も気になるし、ここは一気に30階層を目指しましょう」


「そうだな。だが念のため水や食糧は目一杯切り詰めていくぞ?最悪<回廊石碑>が無くて引き返すはめになるかもしれないからな」


「しょうがないけど、まぁダイエットだと思えばいいか」


 ガエーシャがため息混じりに呟いた。普段と違って運動量が増えた為、お腹の減りも早いのだろう。


 確かに食事が減るのは辛いが、他のライバル達に先を越されないためには、ここらで大きくリードしたかった。ジェイサムの見立てでは地下裏35階層が終着点だと踏んでいる。30階まで進められれば、目的地にグッと近づけられる。


「そうよね。その太い身体には良い運動になるわよね」


「そうだね。ガエーシャには少しダイエットが必要だよね」


 キュトルとシェリーが結託してガエーシャを茶化す。二人が言うほど彼女は太ってはいないが、強いて言うならば胸回りはボリュームがあった。それに引き換えキュトルとシェリーは慎ましいサイズであった。


 二人の暴言にガエーシャは頭に青筋をたてながら言い返した。


「あら?無い者同盟のお二人さんが何か囀ずっているわね?」


「「───無い者同盟って言うな!!」」


 怖いくらいに息ピッタリで二人は反論した。


「あんたがビッグサイズなだけでしょ!私達は平均よ、平均!」


「無いのではなくて標準なだけ。ガエーシャが大きすぎる」


 キュトルとシェリーはそう弁明する。


「平均、ねぇ……」


 そう呟いたガエーシャは視線をエアリムへと向けた。正確には彼女の胸元にだ。釣られて全員の視線が彼女の胸へと集中する。


「───なっ、どこ見てるんですか!?」


 視線に気が付いたエアリムは咄嗟に両腕で胸を隠す。<白雪の彩華>では最年少の彼女だが、バストのサイズはどう贔屓目に見ても年上であるキュトルとシェリーより大きかった。


 ガエーシャはエアリムに近寄ると、無い者同盟二人との間に手で線を引く動作をしてこう暴言を吐いた。


「確かにあっち側の人達と私達で差はあるようだけど、パーティ単位で見たら丁度良く標準辺りでバランスがとれてるかもしれないわね」


「───その喧嘩、買うわよ!」

「エアリムが裏切った!」


「───私を巻き込まないでください!」


 エアリムの悲痛な訴えも虚しく4人は大声で騒ぎ出す。それを遠巻きに見ていたジェイサムが呆れながら呟く。


「お前ら、無駄に元気だなぁ。あんまり無駄なカロリーを消費するなよ?」


 食糧が限られているのにも関わらず、余分な事に体力を減らすなと言ったつもりだが、約2名は別の捉え方をしたようだ。


「「おっぱいは無駄じゃない!」」


「───んな話してねえ!」


 ジェイサムまで巻き込まれ始めた。キュトルとシェリーに迫られている我が師匠が横目でチラチラとこちらへ目をやる。


(何だろう?助けてって事かな?俺まで引き込まないで欲しいんだけど……)


 しかしこれ以上探索を遅らすわけにもいかないかと、恵二は無い者同盟からジェイサムを救出するべく動き出そうとする。


「やれやれ、胸が小さくても、別に問題無いような気がするけど……」


 胸が小さかろうが無かろうが、彼女達のルックスはかなりレベルが高く、声を掛けてくる男の数は多い。それ以上望むのは欲張りではないかと思った恵二は周りに聞こえないよう小声でそう独り言を呟いた。あの二人に聞かれたら、それこそ問題だろうから細心の注意を払っての小声でだ。


 だから思ってもいなかったのだ。


『―――問題無くなんかないの!胸の大きさは重要なの!』


 まさか自分の独り言を聞いていて、返してくる者がいるとは―――


 ギョッとした恵二はすぐさま声がした後ろの方を振り返る。だが、そこには誰も居なかった。


(―――?おかしいな。今確かに声がしたような……)


 聞き間違いでなければ、それは女の子の声であった。しかし、背後には誰も居らず前方では女性陣4人とジェイサムの騒ぎ声が聞こえてくるだけであった。


(……聞き間違い、か?)


 謎の幻聴に首を捻る恵二。そこへ、ついに耐え切れなくなったジェイサムから助けを呼ぶ声が掛かった。


「―――ケージ、お前も見てないでなんとかしてくれ!」


(仕方ない。これも不憫な師をもった弟子の務めか)


 先程の声は一旦保留で、いい加減この醜い争いに終止符を打つべく恵二は動き出した。




 日が昇り出した頃、エイルーン市内は早朝から騒がしかった。


「―――何!?神聖魔術が使えない、だと!?」


 冒険者ギルド、エイルーン支部の長であるパーモンの耳に信じられない情報が舞い込んできた。


「ええ、その件で朝から教会は大騒ぎですよ。もしやこれは―――」


「―――た、大変です。支部長!」


 パーモンに報告していた職員の言葉を遮る形で、支部長の執務室に乱入してくる者が現れた。それはこの支部でもベテラン職員であるホルク・マージであった。普段の彼ならば執務室に入る際ノックは欠かさない。らしくもなく慌てて入って来たホルクに、パーモンは先に問いただした。


「もしかして、神聖魔術の件、か?」


「―――!?もうご存知でしたか!いや、耳がお早い……」


「俺もたった今聞いていたところだ」


 パーモンの返答に、そういえば自分の他にも職員が室内に居た事に気が付き、更に自分がノックもせず慌てて入って来た事を思い出し謝罪をした。


「申し訳ありません。つい慌ててしまいまして……」


「まぁ、無理もない。神聖魔術が使えない、それが意味する事はそれ程の大事だからな。それで、市議会に連絡は?」


「はい、別の者に報告に行かせました」


 最初に報告しに来た職員がパーモンにそう告げた。こんな重要な情報、報告しなければ職務怠慢だと思われかねない。この件はすぐに市議会議員や市長に知らせなければならない案件であった。


「そうか、一先ず市民への対応は市議会に任せよう。我々はこれからギルドにやってくる冒険者達に情報共有だ。神聖魔術を修得した者が何も知らずに依頼や探索に出掛けられたら、大惨事にもなり兼ねん」


「「分かりました」」


 支部長の指示にホルクと職員は頷く。


「それから―――」


 パーモンが更に指示を送ろうとしたその時、執務室の扉をノックする音が響いた。


「―――支部長、エレラです。報告したい案件があるのですが……」


 その声はエイルーン支部で一番人気と名高い受付嬢エレラのものであった。パーモンは喋ろうとした言葉を一旦飲み込み、彼女に入室する許可を与える。


「失礼します。パーモン支部長、実は受付に来た冒険者の方から聞いた話なのですが―――」


「あー、お前ももしかして“神聖魔術”の件か?」


 先にパーモンはそう尋ねるも彼女は首を横に振ってこう答えた。


「クラン<到達する者>の全メンバーが現在≪古鍵の迷宮≫に集結しているとのことです」


 エレラの報告に3人の目は点になった。予想もしていなかった報告内容と、どうしてそうなったのか全く分からない状況に困惑したからだ。


「えーと、ちょっと待て。とりあえずそれは事件か?何か揉め事でも起こっているのか?」


 早朝から次々に奇妙な報告が飛びこんで来るパーモンは、そろそろ自分の一本の毛も生えていないスキンヘッドの頭がパンクしそうなのを押さえつつエレラに問いただした。


「いえ、そういう訳ではないそうです……。ただ、あのクランの行動原理は支部長もご理解されてるかと思いますが、アドガルさんを始め他のメンバー全員が、攻略済みである≪古鍵の迷宮≫に集まっているのが不自然だったと、他の冒険者の方が話されていたもので……」


 確かにおかしい話のだ。あの未踏破ダンジョンにしか興味がないクランが、パーティ単位ならまだしも、全メンバーが≪古鍵の迷宮≫に集まっているなど前代未聞だ。未踏破ダンジョンに向けての演習だとしても、それならばランクが上の≪銅炎の迷宮≫に行けばいい話だ。それに何よりこのタイミングというのが気がかりではあった。だが―――


「……緊急性はないと判断する。ギルドとしては先に神聖魔術の件―――いや、<神堕とし>の対応に当たる!」


 支部長の言葉に全員が息を飲んだ。予想はしていたが、やはり実際にそうハッキリ口にされると気が滅入る。だが、この不可思議な現象は<神堕とし>の影響だとしか思えなかった。今回の<神堕とし>は大陸の東側で発生したと発表され、正直言って西側に位置するエイルーン市民は誰もが安堵した。


 自分達には関係ないのだ、と。心の中で誰しもがそう考えてしまっていた。


(まさかここまで影響が拡大するとは……!これでは中央大陸の殆どが影響範囲じゃねえか!)


 これは大変な大事になる。そんな予感を感じながらパーモンは自らのツルツルな頭を抱えた。

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