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私も一緒に

「……今日も居るわね、アイツ」


≪古鍵の迷宮≫1階に設置されている<回廊石碑>の近くには、深夜にもかかわらず3人の冒険者が立っていた。その内の一人はキュトルが指摘した通り、昨日もいた男に間違いない。あちらも恵二達に気が付いたのか、こちらへ歩み寄ると声を掛けてきた。


「よお、お互いこんな時間に珍しいな。お前達も深夜のダンジョン探索か?」


「まなね。そういう事だから失礼するわ」


 男の質問にこれ以上は付き合わないという意思表示なのか、キュトルは早々に話を切り上げる。無言で゛さっさと行くわよ”と他のメンバーにジェスチャーを送ると、そのまま<回廊石碑>へと歩み続けた。


 石碑を起動させ、いざ転移しようとするが、三人の男達の視線がこちらを注視しているのに気が付いたキュトルが牽制した。


「ちょっと、あんまりジロジロと見ないでくれるかしら?他人の石碑を覗こうだなんてマナー違反じゃないの?」


「おっと、悪い悪い。あんたたちが美人さんなもんで、つい見惚れちまったぜ」


 そう言った男達は全く悪びれた素振りを見せようとはしなかったが、大人しく距離を開けて視線を逸らした。一方ジェイサムは男達の軽口にムッとした表情を浮かべていた。キュトルに色目を使ったのが気分を害したのであろう。


 昨日と同じ様に六人で人壁を作り、周りから石碑を見えないよう身体で隠し転移魔術を起動させる。昨日は地下裏27階層まで2階層分攻略できたが、最寄りで転移できる石碑は地下裏25階層だったので、またそこを転移先に選んだ。一応男達を警戒していたが、転移魔術による強い光に遮られるまで彼らはそっぽを向いていたので心配なさそうだ。


 恵二達は無事地下裏25階層に転移をした。




「行ったな」


「ああ、早速他の階層に飛ぶぞ!」


 恵二達が転移した事を三人がかりできちんと見届けた男達は、急いで他の階層で見張っているクランメンバー達に確認を取るべく行動に移った。今日は昨日の三倍の人数である21人態勢で各階層をしっかりと見張っていた。それぞれのポイントに3人づつといった厳戒シフトだ。


(これで見落とす訳がねえ!)


 そう考えていた男達の期待は完全に裏切られた形になる。結論から言うと、他の階層で見張りをしていたクランメンバーの誰一人もが、ジェイサム達六人の姿を発見できなかった。


 だがそれは、同時に他の可能性を示唆していた。




「―――ねえ、あいつら、どう思う?」


 地下裏25階層の<回廊石碑>へと転移した直後、キュトルは他のメンバーにそう質問をした。


「……見かけねえ顔だったが、十中八九俺達の監視だろうな。多分アドガルん所の連中だ」


 ジェイサムは彼らの身なりからそう推測をする。あの男達は一介の冒険者とは思えない雰囲気を身に纏っていた。恐らくあの男達全員が最低でもCランク以上の冒険者だ。そして彼らの連日の行動が意味するのは、恐らくジェイサム達の見張りであろう。


「そうですね。多分ですけど他の<回廊石碑>にも見張りがいるんじゃないですか?」


 エアリムも同意見なのかそう口にする。あの三人以外にも転移ポイントで見張っている者達が居るという事は、最低でも九人以上の冒険者がいることになる。そのクラスの動員規模になると、どこかの組織かクランが動いている事になる。それが<到達する者>なのか、それとも骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の骨を求める者なのか、確証はないが決して楽観視出来る状況ではない。


「それってまずったんじゃないの?私達が転移して何処のポイントにも現れなかったら、それこそ隠し通路の存在が露見するわよ?」


 キュトルの意見は尤もであったが、ジェイサムはその上でこう説明した。


「まぁ勘付かれるだろうな。もしアドガル達に露見したのなら、あの隠し扉も見つけちまうかもしれねえ。まぁ、それこそ人員をフル稼働にして時間を掛ければの話だがな」


 ジェイサムは冷静にそう分析する。だが、あの巧妙な隠し扉をそう簡単に見つけられるとは恵二には思えなかった。それは探索職(シーカー)であるシェリーも同じ気持ちだったらしく、彼女は横から尋ねてきた。


「いくらアドガルさん達でも、あの隠し扉を見つけられるかな?ジェイさんでさえ見つけたのは殆ど偶然だったんでしょ?」


 まるで恵二の考えを代弁するかのような意見だったが、それをジェイサムは真っ向から否定した。


「アドガルは―――いや、エイルーン最大クラン<到達する者>はそんなに甘くねえ。探索職(シーカー)一つにしても優秀な人材が揃ってやがる。尤も今はその数を減らしたようだから時間は掛かると思うが、“隠し扉がある”を前提に探されたら間違いなく奴らは見つける!そこは断言出来る!」


「ちょっと、何呑気に語ってるのよ!?それなら私達も急いで攻略しないと危ないんじゃない!?」


 アドガル達<到達する者>の実力を知らされたキュトルは先に進もうと急かすが、ジェイサムはそれに首を振った。


「落ち着け。慌てたって碌なことがねえ。一番大事なのは“生きて帰る事”で“ダンジョン攻略”はその次だ。そこだけは履き違えるなよ?俺はもう、あんな思いは二度と御免だ」


 キュトルを始めパーティメンバーの顔を一人一人見つめたジェイサムは、神妙な面持ちでそう言い聞かせた。彼が放つその言葉は誰よりも重い。皆それに何も言わなかったが無言で頷いた。


 なんだかんだと成り行きで組んだこのパーティ、いつの間にか恵二にとっても掛け替えの無い大切なものへと変わりつつあった。


(今の言葉はしっかりと胸に刻んでおこう。俺は絶対に失わない!)


 恵二は心の中で密かにそう誓った。


「よし、しっかりと準備をしてから進もう。各自ちゃんと確認しておけよ?といっても、地下裏27階層までは攻略済みだから油断さえしなければあっという間だ。できれば今日中に30階層まで辿り着きたいがな」


 どういう訳か、ここ最近ダンジョンによる妨害はおとなしめだ。罠の配置も特に変化が無いし手ぬるい感じがある。出てくる魔物の殆どが不死生物(アンデッド)とあって、ガエーシャの神聖魔術があれば手こずる事無く先へと進めた。本当にガエーシャ様、アムルニス神様様であった。


「盾の準備よーし!」

「剣の準備よーし!」

「ま、魔術の準備よーし・・・!」


 事前に話し合ったのか、キュトルが盾を掲げ声を上げると、シェリーも続き、エアリムも恥ずかしそうに杖を掲げて声を上げた。次はガエーシャかと思いきや、彼女は棍棒を両手に握り俯いたままだ。


(―――?どこか様子がおかしいぞ?)


 恵二の角度からだと彼女の表情がよく伺えた。その表情は今まで恵二の前で一度も見せたことが無い焦燥感を漂わせていた。顔は真っ青で、普段から笑顔を絶やさなかった彼女らしくない余裕のなさを感じさせた。


 他のパーティメンバーであるキュトル達は立ち位置からそれに気づかず、背中越しに彼女へ語り掛けた。


「ちょっとガエーシャ!さっき打ち合わせしたじゃない!?」


「そ、そうですよぉ。私だって恥ずかしかったんですからぁ……」


「………ガエーシャ?」


 一向に返事を返さない彼女に、様子がおかしいと感じ始めたシェリーが名前を呼んで尋ねる。他のメンバーもここでようやく異変に気が付いた。


「どうしたの?大丈夫、ガエーシャ?」


「………使えない」


 キュトルの問いにガエーシャはぽつりと呟いた。


「「え?」」


 思わず聞き返したメンバーにガエーシャは振り返り、ようやく顔を見せた彼女はハッキリとこう告げた。


「魔術が……神聖魔術が使えないの!」


 そう告げた彼女の目からは涙がぽろぽろと零れ落ちていた。




「―――間違いないのだな?」


「ええ、あいつらはどこの石碑にも転移してこなかった!」


 アドガルの問いに、二夜連続で見張りを頼まれた冒険者は力強くそう断言した。


「―――アドガルさん!」


「ああ、メンバー全員を動かすのには十分な理由だろう。少なくとも≪古鍵の迷宮≫には我々の知らない未発見の転移ポイントが存在する!」


 アドガルの言葉にその場に居た冒険者達は沸き立った。


「マジかよ!こんな身近に俺達の知らない隠し部屋が?」


「未発見の<回廊石碑>ってことは最悪別ルートもありえるわよ!」


「もしかして、噂に聞く偽装ダンジョンって奴じゃねーのか?」


「確か心臓部(コア)が他にあったっていう、アレか!?」


 あれこれと意見を交わす冒険者達の喧騒は絶えない。そこにアドガルの野太い大声が響いた。


『聞けい!色々意見はあるだろうが、今は不確かなことだらけだ。百聞は一見にしかずという異世界の諺があるらしい。まずは行ってみようじゃないか。諸君らも若かりし時に一度は経験したであろう懐かしのあのダンジョンに!』


『おおー!!』


 アドガルの演説に皆が声を挙げた。


 このクランに所属する冒険者の多くがエイルーン出身者であった。そしてダンジョン攻略を目指す者の大半が、魔物の討伐難易度が低い≪古鍵の迷宮≫へとまず最初に挑戦をする。ある程度自信と経験を積んだ者は、市内にある≪銅炎の迷宮≫か他国のダンジョン攻略に乗り出すのだ。


 だが今回は、ダンジョンの中でも初級と評される≪古鍵の迷宮≫に腕利きの冒険者達が大挙しようとしていた。


 深夜の静まり返った魔術都市に冒険者達の声が響いた。




 ガエーシャは幼い頃に両親を亡くした孤児であった。そんな幼い彼女を引き取ったのは村にある教会であった。その教会は年老いた神父が一人で運営をしていた。ガエーシャの他にも孤児はいたが、皆そこそこ成長した年齢でガエーシャ一人だけ年が離れていた。その為よく義理の兄や姉には面倒を見て貰っていたのだが、気心を知れた同世代の子供は皆無であった。


 ガエーシャはそんな年の離れた兄や姉、大人たちに気を遣いとても大人しかった。辛いことがあっても泣かずにきちんと言うことを聞いていた。笑顔こそ少なかったが彼女は強い子だと、周りはそう勘違いをしていた。辛くない訳がなかった。寂しくない筈がなかった。彼女は人が居ない時を見計らっては独りでよく泣いていた。


 だが、ある時この村にも彼女と同世代の子供が居る事を知った。キュトルとシェリーだ。彼女達は子供の時からやんちゃで、よく悪戯や怪我をしては大人たちに怒られていた。偶々怪我を直しに教会を訪れた際、ガエーシャと出会った。


 そんな二人はガエーシャともすぐに仲良くなった。それからガエーシャは段々と笑うようになった。だが、ある時彼女は知ってしまった。二人はそう遠く無い未来、この村を出て行ってしまうのだという事実を。


 キュトルの母親も既に他界しており、父親は元冒険者だそうだ。よく剣の手解きを受けていたのを見ていたので知っていた。そしてシェリーの母親も腕利きの元探索職(シーカー)とあってか、幼い頃からその技術を叩きこまれていた。働き口の少ない村での将来を不安視した彼女らの親が、自らの技術を二人に学ばせていたのだ。


 その影響もあってかキュトルはもう少し大きくなったら冒険者になるらしく、シェリーも同様で彼女はいつかダンジョンを攻略してやるんだと常日頃楽しそうに語っていた。彼女達は何時か村を出て詩人が語るような冒険をするのだと夢見ていた。


 だが、喜ばしい筈の彼女達の出発は、ガエーシャにとっては唯一といってもいい友達との永遠の別れと同義なのだ。


「二人と別れたく無い!私も一緒に付いて行きたい!」


 そう思い始めた彼女がまず注目したのは、年老いた神父が村人への治療の際、稀に行使する神聖魔術であった。


 他の魔術とは一線を画すこの魔術は、アムルニス神への信仰の見返りとして起こされる奇跡である。敬虔な信徒ならそう口にするであろうが、ガエーシャにとっては友達を失わない為の技術に過ぎなかった。理屈などどうでもいい。ただその技術さえ学べば二人とこれからも一緒に居られる。そう考え神父に頼み込んでは神聖魔術を学んでいった。


 それだけでは足りないと、神父に内緒でキュトルの父親の元を訪ねては、キュトル達と一緒に戦闘技術を一緒に磨いた。キュトル達と違ってガエーシャは棒術を学んだ。最初は生傷が絶えなかったが、それも神聖魔術で治療するいい訓練だと、彼女は泣き言を一切吐かず研鑽した。


 そうして何とか彼女達についていけるレベルに達したガエーシャは、晴れてキュトルとシェリーとの三人でパーティ<白雪の彩華>を結成し、一緒に村を出る事が叶った。ここで初めてガエーシャは心の底から神に感謝をした。二人と一緒に居られるよう強くしてくれたアムルニス神に感謝の祈りを捧げた。


 彼女にとって神聖魔術とは武器では無く、<白雪の彩華>の一員としての心の支えであったのだ。自分が三人より戦闘で劣っている事は重々承知している。だからこそ神に祈り続けてきたのだ。どうかこれからも私に力をお与え下さい、と。


 だが、唐突にその神の奇跡は失われた。



「……どうしよう、キュトルぅ。ぐすっ、私、役立たずだよぉ……」


「ちょ、ちょっと落ち着きなさいって!そんな事ないわよ!ガエーシャは役立たずなんかじゃない!」


「そ、そうだよ!とりあえず一度落ち着いてから状況を整理しよう」


「……ぐす、うん」


 旧知の仲であるキュトルとシェリーは、ガエーシャを必死に宥めている。ジェイサムはオロオロとするだけで役に立ちそうにもない。かくいう恵二も年上の女性が泣いている状況にどうしていいのか参ってしまっていた。


(なんというか、驚いたなぁ。普段の明るい彼女の印象とは、随分かけ離れているっていうか……)


 そういえば、エアリムはどうしているのかとそちらを見ると、彼女も意外そうな顔をしていたものの、男共よりかは取り乱してはいないようだ。彼女はこちらの視線に気が付くと、恵二の近くに寄ってきて、そっと語り掛けてきた。


「以前酔っているキュトルさんに聞いた話なんですが、昔のガエーシャさんは大人しく気が弱い方だったって……。あの時は酔っ払いの戯言だとばかり思っていたのですが」


「何気に酷い言い草だね。でも、俺が聞いてもそう思うかも」


 それ程今のガエーシャは普段と態度を一変させていた。


 それにしてもこの状況はあまり好ましくない。この先不死生物(アンデッド)だらけだとすると、彼女の神聖魔術は大きな武器となる。それが失われたとなるとかなり致命的だ。今の所27階層までの魔物はそこまで強くは無いが、この先30階層より下の層があるとすれば、そこに棲息する魔物の難易度は、ジェイサム曰く最低Bランク以上だと予想される。


 そして更に恵二には懸念事項があった。


(神聖魔術が使えない、か。まさか、ここまで<神堕とし>の影響範囲が広がったんじゃぁ……)


 かつてハーデアルト王国にあるタナル村を訪れた時、<神堕とし>の影響下にあった見習い神官の少女ミエリスは、神聖魔術の効力が激減している事を実際に見せてくれた。全く使えない訳ではないようだが、それは彼女の膨大な魔力量あってこそだと魔術に詳しい師であるランバルドや勇者仲間であるナルジャニアは説明していた。


 だがガエーシャはそこまで桁外れな魔力量を保有している訳ではなかった。タナル村にいた他の神父も全く使えなかったらしい。彼女も恐らくこの状況下では神聖魔術を使えないのであろう。


≪古鍵の迷宮≫裏ルート攻略、ここに来て最大のピンチであった。

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