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アウトよ!

 街の住人たちの大半が寝静まった夜更け、何時もの時間に六人は行動に出た。向かう先は最近すっかりお馴染みとなった≪古鍵の迷宮≫。ダンジョンは今日も年中無休24時間営業だ。


「・・・珍しいわね。この時間に人が居るなんて」


 入場料を支払いダンジョンに入ってすぐの所でキュトルが小声で呟いた。≪古鍵の迷宮≫の1階、<回廊石碑>が置いてあるフロアには一人の冒険者が立っていた。あちらもこの時間に来る冒険者が珍しいと思ったのだろうか、一瞬こちらを見るもすぐに視線を逸らした。


「・・・大丈夫だ。あの距離なら<回廊石碑>の数字は見えねえ」


 ジェイサムも小声で他のメンバーに語り掛ける。<回廊石碑>にはその冒険者が転移可能な踏破済み階層の数字が浮かび上がる。そこで問題なのが裏ルートの地下20、25階層の存在だ。表の白く輝く数字とは違い、裏ルートの階層は赤く表示されてしまう。


「念の為、見えないように体で隠しましょう」


 キュトルがそう提案すると、六人は数字を隠すように集まってから石碑を起動させる。目的地は先日辿り着いたばかりの地下裏25階層だ。恵二達の身体を光が包み込むと、やがて光が強まり転移が始まった。強い光が治まっていくと、目の前には既に違う景色が広がっていた。


「さて、今日から地下裏26階層攻略だ。恐らく魔物や罠も難易度が上がっている筈・・・気を引き締めて行くぞ!」


『おおー!』



 ジェイサムを先頭に≪古鍵の迷宮≫の未踏破裏ルートの攻略が再開された。




「そっちはどうだった?」


「いや、10階には来てねえぜ?」


「こっちもだ。現れなかったぞ?」


 深夜にも関わらずダンジョン内で集まり会話をしていたのは、エイルーン最大クランである<到達する者>に所属する冒険者達だ。総勢70の冒険者を超える大規模クランだが、現在集まっている人数は全部で七名であった。


「おいおい。冗談だろう?誰一人見ていないってありえないだろーが!お前ら、寝てたんじゃーねーだろーな?」


 そう声を荒げたのは、先程1階の<回廊石碑>が設置されているフロアで突っ立っていた男だ。彼はただ立っていただけでなく、見張っていたのだ。その対象は勿論、先程すれ違った恵二達六人であった。


「待ってくれよ、俺はちゃんと見張っていたぜ?15階には誰も来なかった、間違いない!」


「俺もだ!転移の光を見逃すほど寝ぼけちゃいねーぜ!」


 1階に居た男の問いに、他の六人が誰も恵二たちの姿を見ていないと返した。彼らの人数は全部で七人、それはこのダンジョンに設置されている<回廊石碑>の数と同じ人数であった。彼らはそれぞれ<回廊石碑>の傍で人の行き来を見張っていたのだ。1階の見張りである男が恵二達が通過するのを見送ると、すぐに他の<回廊石碑>に順々に転移し、彼らがどこに転移したのかを聞き出す作戦だったのだ。


「―――一体どういうこった!?誰も見ていない?そんな馬鹿な・・・!」


「お前こそ、寝ぼけて夢でも見てたんじゃねーのか?」


「―――んだとぉ!」


 結局訳が分からない七人はそのまま暫く口論を続け、冷静さを取り戻した所で急ぎアドガルの元に報告をしに戻った。




「ちっ!ここも不死生物(アンデッド)だらけかよ!」


「ねえ?こいつらってお金になるの?」


 呑気な質問をしてきたキュトルにジェイサムは声を上げて怒鳴り返した。


「こっちのは兎も角、そいつはどこに金になる箇所があるってんだ!?」


「キュトルさん、それは私とガエーシャさんで引き受けます。キュトルさん達は蛇の方をお願いします!」


 そう提案したエアリムはキュトルに食らいつこうとした白い靄のようなものを魔術で撃ち落とした。


「うっ!私、毒系の魔物って苦手なのよね・・・」


「・・・お前、ここはダンジョン内だぞ?まず毒の心配は無い!」


「―――ビジュアル的に嫌なの!」


 そう文句を言いつつもキュトルはジェイサムと力を合わせて骨だけで身の少ない蛇を撃退していく。



 地下裏26階層で恵二たちを待ち受けていたのは、主に二種類の不死生物(アンデッド)であった。



腐り骨蛇(スカルスネーク)

 半分腐りかけた蛇の魔物で、溶けている身の中には骨を覗かせている。体長は3メートル程と結構な長さだが身体は細身だ。本来強力な酸と牙に仕込まれている毒が厄介なCランクの魔物だが、ダンジョン産の魔物なので、そのどちらも持ち合わせていないようだ。


迷宮の亡霊(メイズスピリット)

 ダンジョンで亡くなった者達の魂が亡霊に変化したと思われるCランクの魔物だ。実態を持たない為、物理攻撃が効かず、魔術や魔力を帯びた武器でのみ対処する他無い。白い靄状のふわふわした形状の魔物だ。精霊種になりそこねた亜精霊だとも言われている。


 そのどちらの魔物も骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)と同じCランクの不死生物(アンデッド)なのだが、腐り骨蛇(スカルスネーク)は毒が無い為、正直いってDランク以下の弱さだ。それより厄介なのは迷宮の亡霊(メイズスピリット)の方であった。


「ちょっと!こいつ、武器が空ぶるわよ!?」


「ですから、物理攻撃が効かないんですよ!私が受け持ちますから、キュトルさんは蛇のお相手をお願いします!」


 余程腐り骨蛇(スカルスネーク)を相手にしたくないのか、キュトルは迷宮の亡霊(メイズスピリット)に剣を振るったが効果は無いようだ。


「あ、でもでも、こいつの攻撃も当たらないわよ?ほらー」


 確かにキュトルの言うとおり、迷宮の亡霊(メイズスピリット)はキュトルへと突進を試みるも彼女の身体をすり抜けていく。あちらからも物理的な干渉は出来ないようであったが、それにエアリムは冷たく苦言を呈した。


「・・・キュトルさん。それは魔力を奪っているんです。魔力が尽きると今度は生命力を奪って行き、相手が干からびるまでずっと纏わりついてきますよ?」


『―――え゛?』


 そうとは知らず、迷宮の亡霊(メイズスピリット)に纏わり憑かれているキュトルとジェイサムの二人は大慌てで引き剥がしにかかるも、掴もうとする手は素通りしてしまう。


「―――こ、この野郎!離れろ!」

「ちょっと、ガエーシャ!なんとかしてー!」


「はいはい。―――治療(キュア)!」


 本来それは毒を除去する効果の魔術であったが、被弾した迷宮の亡霊(メイズスピリット)は苦しそうに動き回りながら二人の身体から離れていった。そこにすかさずシェリーが魔力を込めた細剣で二体の魔物を斬り払った。


「ふう、助かったぁ」

「ありがと、ガエーシャ、シェリー」


「全く・・・」


<白雪の彩華>最年少であるエアリムは忠告を聞かなかったキュトルに呆れたように頬を膨らませて睨んだ。一方ジェイサムの方もシェリーにお説教されていた。


「ジェイさん、あいつは魔力を込めれば短剣でも簡単に斬れるよ?知ってたでしょう?」


「面目ねえ。実物を見るのは初めてなもので、つい慌てちまった」


 生命力を吸い取ると聞き、どうやら焦ってしまったようだ。ジェイサムはダンジョンを探索する事に関しては冷静なものの、いざ戦闘となると本当にポンコツであった。一方キュトルもスイッチが入ると凄まじい集中力と戦闘力を発揮するのだが、普段はつい迂闊な行動をしがちで見ていて危なっかしい。二人とも自分より年下にお説教をされてぐったりとしていた。


「しかし、見事にこのフロアも不死生物(アンデッド)だらけだな。ガエーシャの神聖魔術があって助かるよ」


 エアリム以外の女性陣からも呼び捨てでいいと言われていたので、恵二はフランクにそう話しかけた。


「ふふ、これもアムルニス神のご加護って奴ね。もっとお姉さんを頼ってくれても良いのよ?」


 そう自慢げにドヤ顔を見せたガエーシャはえっへんと胸を張った。その大きな胸元につい目がいってしまうのは男の性というやつなのでご勘弁願いたい。一方それを見せつけられた無い者の二人は冷たくこう言い放った。


「流石、私達の中で一番の(・・・)年長者は頼りになるわね」


 キュトルが一部分を強調してそう言い放つ。


「そうだね。私より三つも(・・・)年上なだけはあるね」


 シェリーが具体的な数字を口にする。


「おい、コラ!そこの二人、ちょーと表出よっか?」


 ガエーシャは手に持っている棍棒をパシパシと手に叩いて威嚇してくる。笑みを浮かべてはいるが怒っているってこういう顔なんだなと恵二は一歩引いてその様子を伺っていた。


「あ、やば!こら、シェリー!年齢は禁句だって言ったでしょ!?」


 尻込みしたのかキュトルがそう悲鳴を上げる。


「直接出していないのでセーフ」


「―――アウトよ!」


 シェリーにそうジャッジを下したガエーシャは棍棒を掲げながら逃げ出す二人を追い回す。それを呆れた顔で見ていたジェイサムが横から口を出した。


「おーい。いい加減先行こうぜ?それに俺から見たらお前ら十分に若いよ」


 ジェイサムがガエーシャを宥めなんとか事なきを得た。今後彼女の前で年齢の話は禁句(タブー)だと、一番年下の恵二は心のメモ帳にそう書き記した。




「どこの<回廊石碑>にも現れなかった、か……」


 見張りに出していた七人から事情を聞いたアドガルは顎に手を当て考え事を始めた。


「お前らなぁ。見張りも満足に出来ねえのか?」


 一緒に報告を聞いていた冒険者の一人が呆れたように尋ねる。


「見くびらないでくれ!幾らなんでもそんなヘマしねえぜ!」


 見張りを頼まれた男はそう息巻いた。彼らはまだクランに入って日が浅い冒険者達だが、己の腕には自信があった。でなければエイルーン最大規模であるこのクランに入ろうとは思わないし、受け入れては貰えない。こんな簡単な見張りの仕事をしくじるような間抜けでは無かった。


 そこは先程文句を言った冒険者も重々承知していたのだが、結果だけを見れば失敗したのは明らかだ。


「だがなぁ、結局あいつらがどこに転移したか掴めなかったんだろう?それは一体どう説明するつもりだ?」


「そ、それは……」


 男は言葉に詰まる。転移先は全て押さえていたつもりだが、どこのポイントにも彼らは現れなかった。誰かが見逃していると思われるのも仕方がないことであった。


 だが、アドガルだけは全く別の事を考えていた。


「ご苦労だったな。明日も人員を増やしジェイ達を見張る。今日はもう休んでくれ」


「───ま、待ってくれ、アドガルさん!増員なんて不要だ!俺達だけでキッチリやり遂げる!」


 アドガルは労いの言葉を掛け休むよう言ったのだが、見張りを頼まれた男は、このままでは無能者のレッテルを貼られるとでも思ったのか、次も今の人数のままで大丈夫だと必死に訴えた。


「まぁ落ち着け。俺の考えが正しければ、お前達がしくじったとは思っておらん。むしろお手柄だと思っている。だがもう少し確証が欲しいのだ。明日もお前達にも頼むつもりだから今は備えて休んでおけ」


「は、はぁ。そういうことでしたら……」


 完全に納得した訳では無いようだがアドガルにそう言われては頷く他なく、見張りに出ていた男達は寝床へと帰っていった。


 それを見送ったアドガルはクランの副リーダーである男に指示を出した。


「明日も見張りを出す。全部で21名だ。他のメンバーも全員ここに待機させておく」


「え?全員、ですか?」


 幾らなんでも多すぎではないかと副リーダーの男はアドガルに聞き返した。その考えを見透かしたかのようにアドガルは説明を続けた。


「最初は俺も、ただ骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)が棲息しているだけの隠し部屋があるものだと思っていたが、その先にもし<回廊石碑>があるのだとしたら話は変わってくる」


「───未発見の<回廊石碑>があるって言うんですか?」


 男は信じられないといった表情で聞き返した。


「あいつらが見張り損ねた理由にも繋がるし、何よりそうだったら面白いだろう?」


 アドガルは強面の表情をニヤリと崩して男に尋ねた。男も笑みを浮かべて返した。


「確かに、違いないです。もしかしてあそこは未踏破ダンジョンだった、てことも考えられますね」


「俺も同じ考えだ。これは久々に胸が踊るぞ!」


 クラン<到達する者>の目的はあくまで“未踏破ダンジョンの攻略”にあった。クランに加入する者達の考えは人それぞれだが、殆どの者達がそれを夢見て<到達する者>に加わった。


 初のダンジョン攻略者は歴史に名が残る。更に最奥の部屋には今まで一つの例外なく貴重なお宝が眠っているのだそうだ。ここエイルーンで活動する冒険者達は、何時かは自分も未踏破ダンジョンに挑戦しようと夢見る者で溢れていた。


「もし確証が得られれば予定変更だ。全クランメンバーで攻略にあたるぞ!」


 少し短い休暇だった。明日からは忙しくなりそうだが充実した冒険者生活が送れそうだと夢想した。

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