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世も末だなぁ

 引き続き休養日となった雷の日の翌日、光の日に移り変わったばかりの深夜から、恵二達六人は≪古鍵の迷宮≫の探索へと繰り出していた。


 いくらダンジョン内が明るいとはいえ、こんな夜更けから探索する者はほぼ皆無で、お陰で目撃者の居ない中、安心して<回廊石碑>を使い地下裏20階層へと転移することが出来た。


 そう、そこは通常の地下20階層とは異なり、巧妙に隠された隠し通路を通らなければ辿り着くことの出来ない裏ルートであった。それ故、表の20階層と区別するためか、石碑には白い文字で光輝く20の数字の他に、赤い文字で光輝く同じ数字が表記されてしまうのだ。これは他の冒険者に見られるわけにはいかない。



 そして今現在六人は、地下裏21階層の半ばで魔物との戦闘を繰り広げていた。


「───シェリー!」


「任せて!」


 パーティの後方に位置するガエーシャを狙ってきた骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)をシェリーが強襲する。新しく新調したのか、ピカピカに磨かれていた細剣(ショートソード)を華麗に操り敵に斬りかかった。


 更にガエーシャを狙ってきた新手にシェリーの魔術が炸裂する。威力こそ低いものの、シェリーも初級魔術程度なら扱えた。シェリーの放った雷光(ライトニング)で動きが鈍った個体を逃さず恵二は追撃を加え撃破する。


「こいつら、ガエーシャを狙ってるのかしら!?」


「───人気者は、辛いわね!」


 そう自嘲しながらもガエーシャは、一昨日新たに手に入れた棍棒を巧みに操り骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)をうち据えていく。そこに今度はエアリムの魔術が火を放つ。流石本職とあってか、同じ初級魔術でもシェリーとは威力が違った。


 こうして骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の群れは、ガエーシャの神聖魔術を温存しつつ僅か数分で殲滅できた。



「ふう。結果はまぁまぁだったけど、本当に厄介なダンジョンね」


 戦闘が終わり、一息ついたキュトルがそう愚痴った。


「神聖魔術を扱えるガエーシャを抑えにきたね。こいつらってそんなに知能高いの?」


「──というよりかはダンジョンの入れ知恵じゃねえか?ま、狙いが分かればどうとでも対応できる。浅知恵なダンジョン様だぜ」


 ───ドゴーーン!!


 ジェイサムの悪口に反応したのか、遠くから何かを叩いたような衝撃音が響いた。


「ちょっと!ダンジョン怒らせるの止めてくれる!?これ以上面倒なのは御免よ?」


 キュトルが軽く抗議をするも、ジェイサムに悪びれた様子はなく、むしろ誇らしげにこう答えた。


「だが、お陰様で隠し扉を見つけたんだぜ?そこの地面、開くようだ」


 よくよく目を凝らしてジェイサムが指した床を見ると、確かに細い切れ目が入っている。先程の挑発で音の漏れ所を探っていたようだ。間違いなくそこに何かしらの仕掛けがあるようだ。


「んーと・・・これだな!」


 ジェイサムがそのすぐ側に盛り上がっている岩の上部を押し込むと、頭頂部が少し沈んだ。まさかそんな所にスイッチがあるとは思いもしなかったが、ジェイサムはまるでそこにあるのを知っているかのような素早い見切りであった。


「・・・この手の仕掛けは経験済みだ。今回は偶々張った山が当たっただけさ」


 そう語ったジェイサムはちっとも嬉しくなさそうな顔をする。罠を見つけたというのにどこか浮かない表情を浮かべるジェイサムに理由を尋ねてみると、苦虫を噛み潰したような顔で語ってくれた。


「まだ俺が探索職(シーカー)を名乗る前にな、これと同じ仕掛けを見破れずに仲間と共に痛い目にあったことがな・・・。若かりし頃の過ちって奴だな」


「ふーん、若い頃のあんたの話も気になるけど、今は先を行きましょうよ。ほら、あんたが行かないと私達が進めないじゃない!」


 床の仕掛けが作動し、更に下の階層へと続く階段が現れた。ジェイサムから先に行くなと釘を刺されているキュトルが先を急かす。


 裏ルートも恐らく5階層毎に<回廊石碑>が設置されていると思われる。そう考えると出来れば今日中に地下裏25階層に辿り着きたい。尤も未踏破のダンジョンはそう甘くはないので土台無理な話だとは思うのだが───



 ジェイサムを先頭に現れた階段を降りていく。その先に広がっているのは、上の階層と似たような鍾乳洞エリアであった。


「さっきと同じような造りかしら?」


「だろうな。表ルートも5階層毎に多少の変化はしていたが、裏ルート(こっち)もそれは同じじゃねえか?」


 ダンジョンにもよるらしいのだが、ここエイルーンに存在する二つの迷宮は、5階層毎に魔物やトラップの傾向や難易度が変わる。


 この裏ルートもその例に漏れないのか、今のところは上の階層と然程違いがあるようには思えない。罠に警戒しつつ、時たま襲ってくる骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)を返り討ちにする。


「しっかし、こいつらの骨はなんでそんなに高額な取引がされているんだ?」


 キュトルのサポートをこなしながらジェイサムはそう疑問をぶちまける。


「それは───こいつらが珍しいから、でしょ!」


 その珍しいとされる骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)片手剣(ハーフソード)でバラバラにさせながらキュトルが返答した。


「けどよお、珍しいってだけでこんな骨に、なんで大金出すかね?」


 世の中には魔物の素材を集めている奇特なコレクターもいるそうだが、ギルドで買い取ったからにはその素材には利益になる何かがあるのだろう。


「なんでも不死生物(アンデッド)の骨には、微量ですが魔力が含まれているのだそうです。薬を調合する際によく使われるそうですけど、骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の相場が高い理由はよく分からないですね」


 博識なエアリムでもよく分からないそうだ。骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)はその存在自体が少ないため知らないのも無理はない。


「どうでもいいじゃない、そんな事。それよりどんどん狩っちゃいましょう!」


「そうね!私のオーダーメイドの為に!」


「今度は防具も買い換えたい!」


 エアリム以外の女性陣は、目の前の金づる相手に容赦がない。次々と骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)を骨くずへと変えていく。先程エアリムが指摘した通り調合にでも使うのか、粉々に打ち砕いても買取り価格が下がることはなかった。その為遠慮なく戦えるのが嬉しい誤算だ。


「俺としちゃあ、攻略の方を進めたいんだがなぁ・・・」


 金になる骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)狩りに夢中になっている三人にそう苦言を呈する。


 だが、得たお金で装備が潤えば、それだけこの先の戦闘も楽になるとあってか、愚痴りつつジェイサムも戦闘に加わる。



 結局狩りに夢中な恵二達は、地下裏25階層に辿り着くのに数日間を要した。




骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の骨が出回っている、だと!?」


「───ええ!これまで、骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の骨を購入するには、わざわざサマンサまで足を運ぶか行商人頼みでしたが、それより安くしかも大量に手に入ります!この分なら研究も大いにはかどりますよ!」


 余程嬉しいのか、錬金術師ギルドに所属する研究員は声高に自らの上司に語りかけた。


 一方、その報せを受けた白髪の老人は不満をあらわにした。稀少な素材が大量に、それも通常より安く手に入る事は大変喜ばしい。


 だが、その報せは本来部下より先に自分の耳に入っていなければならない事案であった。その老人は錬金術師ギルドのギルド長という立場にあった。錬金術に欠かせない素材の情報は、放っておいても向こうからやってくる。目をかけている商会から優良品の情報を教えてくれるのだ。


 更にこの老人にはもう一つの肩書きもあった。それもあって、ここエイルーンに置いてこの老人の存在は殆どの者が無視できない程であった。


 だからこそ骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の骨といった稀少な素材が、自分の預かり知らぬ所で大量に取引されているという現状に我慢がならなかった。


「一体どういうことだ!?何故ワシに連絡が無い!?報告一つも碌にできんのか!」


 白髪の老人の怒声で、一体何に不満を持っているのか悟った研究員は、すぐにこう切り返した。


「し、仕方ないんです!今回これを仕入れたのはガフラン商会からでして、今日偶々店に入ったうちの者が気付いたんです!」


 研究員はそう言い訳を述べ立てた。ガフラン商会の名を出せば、やむを得ないと思ってくれることを信じて言葉を発した。


「───むう!ガフラン商会、か・・・」


 研究員の思惑は見事はまり、白髪の老人は矛を納め少し考え込む。それを見た研究員はホッと安堵した。


(あそこの商会は冒険者連中の縄張りでワシの権力(ちから)も及んでおらん。ということは―――どちらにせよ、直接確かめる必要があるか)


 ガフラン商会と聞いて大体の出所を掴んだ老人であったが、直接自分の目で確かめると部下に告げ錬金術師ギルドを出ると、そのままガフラン商会が経営している店へと向かった。その商会で魔物の素材を扱っているのなら間違いなくあそこだと考えた老人は、東西を突きぬけている中央通りの手前の小道に入り少しばかり歩くと、奇妙な名前の看板を掲げた店を目指した。


<スライムの胃袋屋>

 なんともふざけた店名だが、名付け親の店主曰く、なんでも飲み込んでしまうスライムの胃袋並に雑多な商品がありますよ、という意味を込めて命名したらしい。


「・・・相変わらず品のない店名じゃわい」


 そう悪態をつくと白髪の老人はそのまま店内へと入って行った。


「ようこそ、<スライムの胃袋屋>へ。おや?これはこれは、ライズナー様。学校長自らお越し下さるとは・・・!」


 店のカウンターで番をしていた禿げ頭の男は、その老人の顔を見るとすぐに恭しくお辞儀をした。だが、老人は知っていた。この男が自分に対して敬意など、これっぽっちも持ち合わせてはいないことに。


「ふん、白々しい挨拶は止めろ。それに今は校長としてではなくギルド長として来ておる。ここに来る用といったら錬金術絡みだと解っているだろうに・・・」


 そう嫌味ったらしく返すも、禿げ頭の男はどこ吹く風といった様子で言い返してきた。


「はて、それは異なことですな。確か以前ギルド長としてお越しいただいた時には“こんな店二度と来るか”とおっしゃっていたようでしたので、私はてっきり―――」


「―――覚えとらんな。もう茶番は結構だ。ワシはお前とお喋りに来たのではない。骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の骨、あるのだろう?」


「おお、流石に耳が早い。ええ、確かに当店には在庫がございます」


 若干大げさに反応する店主だが、老人には馬鹿にしているようにしか聞こえない。恐らくあちらも、この老人にしては情報を手に入れるのが遅かったのを悟っているのだろう。それをわざわざ皮肉っているのだ。


「・・・あるだけ全部うちで貰おう。いくらだ?」


 いちいちこの男の会話に付き合う必要はないと考えた老人は、さっさと要件だけを伝えていく。


「申し訳ありませんが、当店はお客様の独占販売を禁止させて頂いております。適量でしたらお譲りする事が出来ますが―――」


「―――勿体着けるな。余所より金は出す。値段によっては全て買ってやっても良い!いくらだ?」


 他国や行商人から高値で買うよりかは安く手軽に済むだろうと老人は店主にそう告げた。だが、男の返答は更に老人の機嫌を損ねる内容であった。


「申し訳ありません。金額の多寡ではないのです。他のお客様への信用にも関わりますので、今回は―――」


「―――ええい!もう良い!売れる分だけ売れ!全く、面倒な店だ!」


「・・・かしこまりました」


 老人の癇癪に少しだけ顔を引きつらせるも、丁寧な言葉を崩さず対応をした店主は接客のプロと言えた。骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の骨を適量分だけ袋に詰め老人に手渡そうとするも、後で部下が買いに来るのでその時に渡せと指示された。


「・・・時に、その骨一体どこで手に入れた?」


 先程までの激高から声のトーンをだいぶ落とし、老人は鋭い視線を店主に向けてそう尋ねた。


「それは申し訳ありませんがお答えする訳にはいきませんな」


「ふん、お前の所という時点で冒険者ギルドからだというのは分かっておる。恍けるなよ?」


「なんと言われましてもお答え出来かねますな」


「あの骨が大量に手に入れば、我がギルドの研究は大いに進む。高性能のポーションをいくらでも精製可能だ!これは冒険者やお前達商人にも利に繋がることなのだぞ?」


 そう、あの骨はポーション等の液状アイテムを精製するのにすこぶる相性が良かった。元々の魔物が水棲であることがその原因であるのだろうか。今はまだ研究段階だが、骸骨の蜥蜴(スケルトンリザード)の骨は新薬を生み出す可能性すらあるのだ。


(あの骨さえ安定して供給されれば、もしかしたらあの薬(・・・)を完成させる事も夢ではないかもしれぬ!)


 老人にはどうしても作りたい新薬があった。その為だけに、ここエイルーンに錬金術師ギルド支部を立ち上げたといっても決して過言ではない。このチャンスを逃すつもりは毛頭なかった。


「・・・まぁいいだろう。いくらでも調べようはある。だが、もう一度よく考えておけ!つまらぬ意地は身を滅ぼすぞ」


 脅し文句の口上を述べると、そのまま踵を返して店の外へと向かった。老人が背を向けたのとほぼ同時に店主はボソッと小声で呟いた。


「とっとと出てって下さいませお客様」


「―――何?」


 背中越しにかなりの小声で語り掛けたのだが、地獄耳の老人はそれに気が付いたようだ。だが、流石に内容までは聞き取れなかったようで聞き返してきた。


「いえ、なんでもございません。本日はありがとうございました」


「・・・ふん!」


 老人は再び背を向けると今度こそ店を後にした。それから十分に時間を空けてから禿げ頭の店主は大声を揚げた。


『あんのくそジジイがぁ!!人が下手に出てればデカい態度しやがって!馬車にでも轢かれてくたばっちまえ!!』


 先程までの丁寧な対応とは180℃違い、汚い言葉で老人を罵り出す。男の大声が奥の部屋まで届いたのか、赤ん坊の鳴き声が聞こえてくる。それと同時に奥から怒鳴り声が返ってきた。


『ちょっとお父さん!この子が驚くから大声は止めてって言ったでしょう!?』


 自分と差ほど変わらない声量の娘の大声が奥の部屋から返ってきた。どうやら眠っていた孫の目が覚めてしまったようだ。


「す、すまん!気をつけます・・・」


 慌ててそう返答する。奥では20過ぎの娘が自分の子を寝かしつけようと必死にあやす声が聞こえた。


「もう、駄目なおじいちゃんでちゅね~。商会の会長なのに、お客様相手に怒鳴っちゃって。あんな大人になっちゃ駄目でちゅよ~」


「・・・」


 なんとも理不尽なあやし声が聞こえてくるが、孫の可愛い笑い声が聞こえてくると次第に癒されていく。先程までのイライラが嘘のように引いていった。


「いけないな。あのジジイ・・・爺さんの短気が移っちまった」


 落ち着きを取り戻した禿げ頭の店主、ガフラン商会の初代会長であるガフランは大きく息を吐くと先程のやり取りを冷静に振り返った。


「ハワードの爺さん、やけにあの骨に執着していたなぁ・・・」


 商人であるガフランは、あの骨が魔術師や錬金術師に需要があることは十二分に知っていた。だが、それを考慮してもあの食いつきようは異常であった。確かにこの骨があれば高品質なポーションを作る事ができ、相当の収益が見込めるであろう。利益を求めるのにうちで安く買おうとするのは当然の流れだ。


 だが、長年培った商人としての感がそうではないと自身に告げていた。


(あの爺さんはそんなタマじゃねえ。金や権力には五月蠅いが、奴の本質はそうじゃない!)


 金が欲しいのなら、もっと上手く立ち回って然るべきだ。そうすれば自分ともそこまで衝突をせずに商談できるであろう。ならばプライドだろか?否、以前に大きな啖呵を切って二度と店に来ないとまで言った人間が、再びまたこの店を訪れるだろうか。プライドの高い者ならそんなことはしない筈だ。


(するとさっき言っていた新薬ってやつか。一体何を考えているのやら・・・)


 後で骨を引き取りに来る老人の部下にそれとなく探りを入れてみようかとガフランは思案する。それにしても、買い物一つもできない上司に付き合っている部下には同情を禁じ得ない。それと魔術学校の職員や生徒にもだ。


(ハワード・ライズナー。あんな短気な老人が学校長とは世も末だなぁ・・・)


 せめて孫が学校に通う年になるまでには校長が代替わりしてますようにと祈る他なかった。

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