受験勉強がありますので
「おいおい、これはまた・・・」
「・・・あんた、本当にダンジョンを怒らせたんじゃないの?」
本当の地下裏21階層へと続くと思われる階段を降りて行った一行の視界に移ったのは、広い部屋に待ち受けていた大勢の不死生物達だ。それは以前、恵二とジェイサムの二人で視察に行った時に見かけた骸骨の蜥蜴であった。
前見た時には三匹程だったのが、今はざっと数えても二桁を超えそうであった。
「さっきまでのはお遊びってことね。面白いじゃない!」
キュトル達<白雪の彩華>の四人は不敵な笑みを浮かべると、それぞれの得物を構え戦闘態勢をとった。骸骨の蜥蜴の討伐難易度はCランクと決して侮っていい相手では無い。だが、彼女達四人の実力はBランク以上と評されている。Cランクの魔物の群れ相手にも全く気後れしないのはとても頼りに感じた。
「ちっきしょう、俺はそっち方面は苦手なんだよ!」
一方ジェイサムは探索職としての腕前は一流であったが、戦闘の方はBランク冒険者ではあるものの、下手をすればCランクの並の冒険者にも劣る程度であった。
「仕方ないわね。私がフォローするからジェイは私の死角から来た敵だけ相手にして」
「お、おう!任せろ!」
数は相手の方が倍近くいるので流石に無暗に突っ込んだりはしない。ここはゆっくりと作戦を練る。何故かは知らないが、ダンジョン産の魔物は決められたエリアを絶対に踏み越えて来たりはしない。この階段を降り終えない限りは襲ってこないのだ。それを利用してガエーシャは神聖魔術を、エアリムは地属性魔術を詠唱し始める。
「ま、あの二人の魔術が当たれば、残ってるのは半分以下ってところかしらね?」
「そうだね。私はケージ君と二人で後衛組の護衛に当たるよ。いいかな?」
「うっす」
シェリーの提案に恵二は頷いた。
「見える範囲に罠は見当たらない。安心して戦ってくれ!」
ジェイサムはきちんと探索職の務めを果たす。
「おーけー!じゃ、行くわよ!」
キュトルは合図を出すと同時に先陣を切った。小さいとはいえ盾を所持している彼女がパーティでは守りの要だ。続けてジェイサム達も階段下の階層に踊り出る。ガエーシャとエアリムの二人は一番最後に階段を降り切った直後に、予め詠唱しておいた魔術を発動させた。
「浄化の恵み!」
ガエーシャが放ったのは神聖属性の中級魔術、<浄化の恵み>であった。天井のあるダンジョン内にも関わらず急に雨が降り出した。その雨に触れた骸骨の蜥蜴達は、本来水を好む生物?の筈だが、今はむしろ苦しそうに骨だけの身体を震わせていた。
ガエーシャが放った魔術の雨は不死生物を浄化する作用があるようだ。ランクの低い不死生物ならこれだけで倒しきれただろうが、Cランクである骸骨の蜥蜴は動きこそ阻害されているものの、中には構わず襲い掛かってくる元気な個体もいた。
しかし抜け出てきた個体はエアリムが続けて放った魔術の餌食となった。
「土槍!」
今度は地面から骸骨の蜥蜴に向けて魔術が放たれる。以前、転移で飛ばされた魔物の巣で彼女が披露してみせた土属性の中級魔術だ。二桁以上の土の槍が、雨の攻撃から難を逃れた個体目掛けて襲い掛かる。その土槍の強度は骸骨の蜥蜴の骨より固く、粉々に砕きながらいくつかの個体を行動不能に追い込んだ。
「―――貰ったあ!」
「―――おりゃ!」
倒しきれなかった骸骨の蜥蜴はキュトルが真っ先に狙い、ジェイサムも負けじと動きの鈍った個体から斬り込んでいく。魔術での先制攻撃は思った以上の成果で殆どの個体が本来の力を発揮できないでいた。
「こりゃあ、二人の護衛は不要かな?」
「だね。私達も前に出て戦おう」
ガエーシャとエアリムの守りについていた恵二とシェリーも参戦し、あっという間に骸骨の蜥蜴の群れを殲滅してみせた。後に残ったのはアンデッドの骨の山であった。
「ふふ、大量♪大量♪骸骨の蜥蜴の骨なんて中々手に入らないから、きっと高値で売れるわね」
「けど、どうする?結構荷物がいっぱいになってきちゃったよ?」
骸骨の蜥蜴の骨もそこそこ嵩張るが、一番荷物になっていたのはお宝部屋で見つけた装備品であった。不要となった装備もそのまま捨てるのは勿体ないので所持しているままなのだ。キュトルは盾を二つ、ガエーシャやエアリムも棍棒や杖を二本ずつと持って歩くのは大変だ。流石に戦闘の際には置いていたが、このまま長時間の探索は体力の面でも支障がでそうであった。
「しゃーない。ここは一旦戻るか」
「そうね。さっきの<回廊石碑>から戻りましょう」
一行はお宝部屋の前に設置されていた<回廊石碑>まで戻ると、一気に地下1階層へと戻るべく石碑を起動させた。すると突如キュトルが声を上げた。
「―――ねえねえ、ちょっと。これってどういうことかしら?」
キュトルに肩を叩かれ、何事かと思ったジェイサムは彼女に誘導され<回廊石碑>に浮かび上がった数字を見た。
「ん?・・・ああ、成程。こう表示されちまうのか・・・」
本来そこに浮かび上がるのは踏破済みで転移可能な階層の数字の筈だ。キュトル達は表ルートでは、地下25階層まで攻略済みであったので、石碑には1・5・10・15・20・25の数字が白く輝いて浮かび上がっている。
だがそれとは別にもうひとつ20の数字が赤く輝いて表記されていたのだ。同じ20でも表と裏ルートで分けられているのであろう。
「これ、目立つわよね?」
「仕方ない。なるべく人の居ない時間帯に利用するか、石碑を隠すしかないだろう」
今のところ、この迷宮の裏ルートを知っているのは恵二達六人だけだ。極力他の冒険者には悟らせないように探索を進めたかった。その為には色々なところで注意せねばならない。
<回廊石碑>を使って一気に地下1階層に戻った六人は、その足で冒険者ギルドを目指した。大量に手に入れた骸骨の蜥蜴の骨を売る為だ。
時刻は一般家庭では丁度朝食の時間くらいであったが、冒険者稼業であれば既に活動開始の時間帯だ。ギルドの建物の中には後発組の冒険者達が、残った依頼を精査して考え込んでいた。だがこの時間で残っている依頼とあってか、あまり美味しい話はないようでどの冒険者も難しい顔をしていた。
「おや?ケージ君達は今日遅いんだね」
恵二達が深夜から出掛けていた事を知らないホルクがそう語りかけてきた。彼は冒険者ギルドの職員であり主に夕方から朝までの勤務であったので、恵二達より先に〈若葉の宿〉を出ていたのだ。
「いや、ホルクさん。俺達は今帰ってきたところだぜ。それで例の件をお願いしたいんだが・・・」
「そうだったのかい?ギルド長に話は通してあるから、こちらで伺うよ」
恵二達はホルクに案内されカウンター横をすり抜けてすぐ横の部屋に入った。
「ここは?」
「一応多目的部屋という事になっているけど、今は物置みたいな扱いになっているね。でも倉庫はちゃんとしたものが別にあるし、会議室もあるからここは滅多に使われないんだよ」
つまり特に明確な使用用途の無い部屋らしく、普段は空いている事が多いらしい。職員の私物やギルドの備品が置いてあるくらいで、周りの物には触らないようにとホルクから一応の注意を受ける。
部屋の中央には大きいテーブルが備え付けられており、ホルクはそこに大きなシートを敷いた。
「さ、この上に売ってくれる素材を出してくれないかい?」
恵二達は荷袋一杯に詰め込んで持ち帰った素材を次々とそのシートの上に出していく。地下裏21階層に至るまでは大した魔物と遭遇する事もなかったので、その殆どが骸骨の蜥蜴の骨であった。
「これは不死生物の骨かな?それにしては妙に湿っているような・・・」
普通の不死生物であれば、長時間捨て置かれた死体が豹変したり墓下から這い出てくる個体が殆どで、通常その骨は乾いているのだ。だが骸骨の蜥蜴は生前の嗜好故か水場を好むアンデッドであった。その為その骨の性質も他のアンデッドとは違ってくるのだそうだ。
ホルクは沢山置かれた骨の一つを手に取るとそれが何であるかを言い当てた。
「もしかして、これって骸骨の蜥蜴の骨かい?」
「正解だ。良く分かるな、ホルクさん」
「アンデッドの水棲生物は限られているからね。流石に水竜のアンデッドってことは無いと思ったから消去法だよ」
ギルド職員で素材の買取を行う者は限られている。魔物や素材に対する豊富な知識量というのも勿論必須だが、その人物が信用に足る存在かが最も問われるのだそうだ。その点ホルクはその両方からギルド長の厚い信頼を勝ち取っていたので、今回の様な特別な計らいも執り行えるのだと恵二はジェイサムから聞いていた。
ホルクは手に持っていた一冊の本のページをめくりその素材を詳しく調べた。
「あー、あった。ふむ・・・うん、うん。どうやら骸骨の蜥蜴の骨で間違いないようだね。ちゃんと特徴が一致している」
その本は魔物の素材に関して詳しく書かれている書物だそうだ。興味があったジェイサムが見せて欲しいとせがんだが、部外秘なのか丁重に断られていた。恵二も興味があったのだがそのやり取りを見て仕方ないと諦める事にした。
「しかし、骸骨の蜥蜴がこんなに大量にいたとは・・・。この出所を聞く訳には―――」
「―――悪いな。流石にこればかりは秘密だ」
さっきのお返しという訳ではないのだろうが、今度はホルクが仕方ないかとそれ以上の追求を諦めた。こちらとしても馬鹿正直に≪古鍵の迷宮≫にいたと報告する訳にはいかない。
「正直、骸骨の蜥蜴の骨を見るのは僕も初めてでね。買取の基本相場は・・・そうだなぁ。この量なら全部で35万キュールってところかな」
「―――35万!?」
「そんなに!?」
討伐難易度がCランクである骸骨の蜥蜴の群れを倒すのは容易ではない。だが、こちらにはアンデッドに相性がいい神官のガエーシャがいる。恵二達は然程苦戦を強いられなかったのだ。提示された金額に満足していた六人に、ホルクは更に話を続けた。
「ちなみに35万というのは、あくまで定められた基本相場だからね?エイルーンでは滅多に手に入らない素材だから、そこを加味すると買取金額は更に上がるよ」
35万という金額に浮かれていたキュトルはゴクリと唾を飲み込む。六人を代表してジェイサムが恐る恐る尋ねた。
「それじゃあいくらに・・・?」
「2割増しで42万キュールってところだね」
「───42万!全員で割っても、えーっと、一人7万か!」
これには全員が大はしゃぎであった。入場料を差し引いても6万キュールが手元に残る。しかも実質この稼ぎを叩き出したのは地下裏21階層での戦闘のみだ。短時間での稼ぎにしては非常に効率がよかった。
素材を全て売り払った後は、そのまま六人で<若葉の宿>へと戻った。ギルドを出る際ホルクに“僕もすぐ帰るので朝食を用意してくれ”とベレッタ宛てに伝言を頼まれた。
外は明るかったが昼夜逆転に慣れない六人は既に疲れきっていた。食事だけとったらすぐに寝ようと寄り道せず真っ直ぐ宿を目指した。
「そういえば明日は“雷の日”だけど、探索はどうするんだ?」
恵二とジェイサムの二人でダンジョン探索をしていた時は、毎週雷の日は休日に当てていた。明日はどうするのか恵二は尋ねた。
「そうか、そういえば明日は雷の日だったな。キュトル達の都合も聞かないとな」
ジェイサムはキュトル達に、雷の日が二人の休養日であった事を説明した。これには<白雪の彩華>の4人も賛同してくれて、明日の雷の日は引き続きこのメンバーの間でも休養日と定めた。
「手に入れたお金で服や装備を新調したいからね。皆も一緒にどう?」
キュトルは早速得たお金を散財するらしく、他のメンバーを買い物に誘った。
「私は貯金して<天馬の蹄>で作って貰うから今回はパス」
ガエーシャは、すっかり冒険者達の間で人気NO.1のブティックとなった<天馬の蹄>でのオーダーメイドを狙っているようだ。今回そこそこの大金が手に入ったが、まだまだ資金が足りないようで節約するようだ。
「私も服はいいかな。良いポーチも手に入ったし、今度は剣を新調したいから武器屋なら付き合うよ?」
シェリーは服には興味が無いようだが、武器屋には同行すると答えた。ナイフは新調したようだが、まとまったお金が入ったので、更にメイン武器であるショートソードも買い換えるつもりのようだ。
「私は受験勉強がありますので遠慮しておきますね」
エアリムはそう丁重に断ったのだが、“受験”という単語に恵二は反応した。
「受験って、もしかして・・・」
「はい。実は私、ここの街にある魔術学校に入りたくてエイルーンに来たんです」
それは初耳な情報であった。彼女は魔術学校目当てでこの街を目指していたらしい。冒険者として活動していたのは入学金を稼ぐ為であったそうだ。その道中、同じくエイルーンを目指していた<白雪の彩華>の三人と出会いパーティに加わったらしい。
「そりゃあ奇遇だな。ケージも来季の入学試験を受けるんだよな?」
恵二が魔術学校に入学希望だという事を知っていたジェイサムが横から語り掛けてきた。
「え!?本当ですか!?」
それにはエアリムも驚いたらしく、思わず恵二に問いただす。
「うん、そうだね。まさかエアリムさんもだなんて思わなかったな」
「じゃあ私達、同級生になれるかもですね」
魔術学校には年齢制限は設けられていない。三つ年上のエアリムも同じ年度に入学すれば同期生となる。日本の中学校までしか経験したことの無かった恵二は年上の同級生という存在に若干の違和感を感じたが、知り合いが一緒のクラスになるかもしれないと考えると幾分か気持ちも楽になった。
「そうだね。そうなれるようお互いに頑張ろう!」
「はい。───そうだ!良かったらケージ君、私に魔術を教えてくれませんか?」
「え?魔術を?」
「はい。座学の方は何とかなると思うのですが、実技はいくら磨いても不安で・・・」
エアリムからの提案に恵二は戸惑った。これから先、学校で魔術を学ぼうというこの身で、一体彼女に何が教えられるのか思い浮かばなかったのだ。
だが、エアリムは先日転移トラップで二人取り残された時に恵二の実力を見ていた。無詠唱から放たれた高威力の魔術を完璧に制御してみせた大魔術師顔負けのその実力を―――
しかし、それは恵二のスキル<超強化>の恩恵あってこその大立ち回りであった。無詠唱での発動や魔術の制御といった技術は一線級な恵二であったが、未だにその魔力の保有量は精々サバ読んでも中の下といったところだ。これでも必死に魔力上げの特訓をしてなんとかここまで増やしてきたのだ。
更にいえば、魔術に対する知識も修行途中でハーデアルトの王城を出てきた為まだまだ未熟だ。一方エアリムの両親は魔術師と聞いている。いわば彼女は魔術師のサラブレッドだ。そんな彼女に教えられる事が自分にはあるのかが疑問であった。
「エアリムが魔術を教わりたいだなんて、ケージの魔術ってそんなに凄いの?」
エアリムの高い実力を知っているキュトルが思わずそう尋ねた。
「はい!それはもう―――あ!えーと・・・。と、とにかくケージ君は素晴らしいんです!ぜひ、私も一緒に受験勉強したいです!」
キュトルに恵二が如何に凄いのかを事細かく伝えようとしたエアリムであったが、転移トラップ内での出来事は秘密にしてくれと頼まれていた事を思い出し慌てて言い繕った。
「ふーん。魔術的な事は私にはちんぷんかんぷんだけど、あまり根を詰め過ぎないようにしなさい。休養日は心と身体、両方を休ませなきゃ。パーッと大通りにでも出向いて買い物を楽しまないとね!」
「それ、多分身体の方は休まってないよね?」
シェリーがそう突っ込むもキュトルはそれに耳を貸さず、明日の休日どう過ごすかを楽しそうに語っていた。




