そーですか
恵二とエアリムの視界を妨げていた転移の光が和らぐと、二人の目の間に広がっていた光景は≪古鍵の迷宮≫でよく見られるただの通路に戻っていた。この通路にはどことなく見覚えがあった。
(ここは・・・地下12階層?恐らくさっきの転移トラップから少し先の場所だな)
慣れない人が見たらただの変哲の無い通路であったが、罠があちこちあるこのダンジョンでは、それなりの技術を持っている探索職から見ればその違いは一目瞭然で、恵二は罠の配置などからここが地下12階層の通路であると断定した。
「ここは・・・飛ばされる前とは違う場所でしょうか?皆は一体どこに・・・?」
横で一緒にいたエアリムが不安そうな声を掛けてくる。さっきまでの薄暗い室内とは違いこの道は明るかったが、先に飛んだ筈の3人の姿が見えず彼女は困惑していた。
恵二はすぐさま魔力探索を強化し周辺の反応を探る。スキルの精度が上昇したことにより、今なら半径1kmくらいの範囲なら索敵可能だ。すると複数の魔力反応を捉えた。そのいくつかは魔力の籠った罠であったが、それとは別に3つの人の魔力を感じる。
「・・・多分あっちだ」
恵二はそれだけ伝えると三人が居ると思える方角に歩き出す。エアリムも恵二に任せれば大丈夫だと思ったのか、大人しくそれに頷き後を付いて歩く。暫く歩くと三人の声が聞こえ始め、無事を確かめられたエアリムはホッと一息つく。しかし徐々に近づくとその声が騒がしいものである事に気が付き顔色を変えた。どうやら三人は言い争っているらしく、声の出元は先程恵二たちが飛ばされた転移トラップのすぐ近くから聞こえてきた。
(ジェイも当然ここがどこか気づいたんだな。・・・まさか、再度罠に飛び込んで俺達を助けようと!?)
また再び転移されてしまえば厄介だと思った恵二は歩を速め声の出所へと進んだ。だが、暫くするとさっきまで言い争っていたような大声が一転、か細い声や嗚咽混じりの涙声に変わっていった。もう大分近くなったので三人の会話も鮮明に聞き取れはじめた。
「・・・私の所為だ!私が、頭にきて・・・なんでこんな危険な真似を・・・!」
「いいえ、キュトルだけの所為じゃないわ。私達も甘く見ていたのよ・・・。それに・・・私があの子を見捨てた!」
「いいや、俺が悪いんだ!ここの罠の危険性は十分知っていた。もっと早くお前達に伝えるか、引き留めて置けば・・・くそおっ!ケージ、すまねえ!」
「―――ジェイは悪くないわ!貴方のお蔭で私達は助かったんだから・・・!でも・・・ケージが・・・代わりに・・・ううっ・・・!」
「エアリム・・・ケージ君・・・ぐすっ・・・」
どうやら三人は、先程まで再び転移し助けに行こうと騒いでいたのだろう。だが、ジェイサムがそれをなんとか引き留め思いとどまらせたようだ。今は三人で戻らぬ二人を思い嘆き悲しんでいるといった状況だ。
「うわぁ、入って行きづれぇ・・・」
「・・・ですね」
三人はそれぞれ自分が悪いと責めながら泣き悲しんでいた。こんな場に自分はどうやって入って行くのが正解なのだろうか。
いくら考えても答えが出そうにないので、二人は気まずそうに三人の元に姿を見せた。最初はお化けでも見たかのような表情をしていたキュトルだが、今はエアリムに抱きつきわんわんと泣いていた。ガエーシャも“ごめんね”と何度も謝りながらもエアリムの無事に嬉し涙を流していた。
「・・・」
「・・・なんだよ?」
「いや、別に・・・」
一方男二人はというと、ジェイサムは気恥ずかしさを誤魔化すように目元を擦り顔を反らし、恵二の方もかける言葉が見当たらず、かといっておっさんと抱き合う趣味も無いのでそのまま黙っていた。
ただ一言ジェイサムから“よく生きて帰ってきたな”と言われた時には、キュトル達に感化されたのか少しうるっと来るものがあった。
「とにかく皆無事だったんだ。キュトル達に話したいこともあるし一旦出ようぜ」
無事を喜び合う三人にジェイサムがそう声を掛けるも、キュトル達は不満そうな表情をした。なんでも、まだダンジョン入場料分を稼げていないのでもう少し潜りたいのだという。
「―――おまっ!さっき死にかけたばっかじゃねえか!?」
「そりゃあ冒険者だもの、命が危ない時もあるわよ。でも稼げなかったらそれこそ飢え死にするわよ!」
どうやらキュトルはジェイサムという腕利き探索職が一緒にいる内に稼げるだけ稼ぎたいようだ。先程死にそうな目に会ったエアリムでさえもキュトルと同意見らしい。なんとも逞しいものだ。
「あー、わかった。今度一緒に行ってやる!だが、それよりもっと美味しい話があるんだ。出来れば人目に付かない所でゆっくりと話したい」
ジェイサムの話にキュトルはすぐに食いついた。どうやら彼女達の懐事情も余り良くはないようだ。一同は一旦ダンジョンを出て恵二が寝泊まりしている<若葉の宿>へ向かう事にした。あそこは普段客は少なく、ベレッタに話を通せば恐らく貸切にしてもらえるだろう。5人という大人数の客は例え食事だけでもありがたがられる筈だからだ。
ジェイサム先導の下、最短ルートでダンジョン入口に戻ってきた恵二たちが建物の外に出ると、そこにはパーティ<白雪の彩華>を抜けてクラン<到達する者>へと移籍した筈のシェリーがいた。
「「シェリー!?」」
「―――良かった。皆無事だったんだ・・・」
「どうしたのよ!?あんた、今日はアドガルさん達と探索だった筈でしょ!?」
思わずキュトルはシェリーを問いただす。
「だって・・・、キュトル達が雇われ探索職と大喧嘩したって聞いたから・・・」
今日はアドガル達と一緒に≪銅炎の迷宮≫で探索予定だったシェリーは、どこからか騒ぎを聞きつけたのかキュトル達が心配で一言断ってから探索を抜け出してきたのだ。
「ジェイさん達が一緒なら杞憂だったかな?でも、キュトルの事だから頭に血が上って探索職無しで行くって言いかねないと思って心配だったんだよ」
「そ、そんな事言わないわよ!探索職抜きだなんて自殺行為よ!」
「・・・」
ジェイサムはキュトルを半眼で見つめた。
「それにキュトル、気が短いから偶に罠をすっ飛ばして行こうとするし。もしかして探索職抜きで強行突破するんじゃないかって・・・」
「ちょ!?い、いくら私でもそんな無茶はしない・・・わよ・・・」
最後の方の声はやけに小さかった。シェリーの予想通りにその無茶をやらかしたキュトルは勿論の事、彼女を止めずに一緒に付いて行った二人もバツが悪そうに俯く。
「それに、罠避けは私が一人でやってきたから、碌に情報共有もしてこなかったし・・・。知ってた?あのダンジョン、浅い階層でも転移トラップなんて危険なものもあるんだよ?」
「へ、へぇ。それは怖いわねぇ・・・」
(シェリーさんや。そろそろ許してあげて下さい)
心の中で恵二は思わずそう呟いた。本当は一部始終を見て来たんじゃないかというくらい的確な彼女の指摘に5人はすっかり押し黙ってしまった。
「え?どうしたの?私、変な事言った?」
「ごほん。あー、シェリーもとりあえず一緒に来てくれないか?お前さんにとっても良い話があるんだ」
ジェイサムが咳払いをしてからシェリーも誘う。キュトル達を誘うならシェリーもと思っていたジェイサムは丁度いいとばかりにシェリーも交えて話をする事にした。
「はあ、かまいませんけど・・・」
更にシェリーを加えた6人は、揃って<若葉の宿>へと向かった。
時刻はまだ日が高く、<若葉の宿>は丁度昼食の時間で少し忙しかった。宿泊客の少ないお店だが、昼は安くて美味しい料理が出るとあって、そこそこの客が利用していた。ベレッタに食堂を少しの間貸切りたいと話したところ、お客が一旦いなくなれば大丈夫とのことなので6人は食事をとりながら他の客がいなくなるのを待つ。
その間にシェリーに今回起きた事件を伝えると、最初は顔を真っ青にして聞いていたが、後半になると今度は真っ赤にしキュトル達をお説教していた。
シェリーのお説教も終わり、お昼を食べ終わった頃には他の客も既に店を出ており、現在<若葉の宿>の1階は6人だけとなっていた。テオラは外出しておりベレッタも気を遣って部屋の奥へと引っ込んでいた。ホルクは夜勤勤めに備えて眠っていた。
「そろそろいいだろう。こっからの話は他言無用でお願いするぜ?」
「さっき言ってた“美味しい話”ってやつね。分かった、秘密は守るわ」
キュトルと他の三人も頷く。彼女達が信頼に足る人物なのは短い付き合いでも十分理解しているのでそこは余り心配していなかった。
「≪古鍵の迷宮≫に隠し通路がある。更に奥の階層へと続く裏ルートだ。そこを探索したいので力を借りたい」
「「―――裏ルート!?」」
「それは・・・本当ですか!?」
「あそこに隠し通路なんてあったんですか!?一体どこに・・・!」
ジェイサムの言葉に4人は衝撃を受けていた。特に探索職であるシェリーは興味津々にあれこれと聞いてきた。
「場所の詳しい説明はこの話を受けてくれたらする。だが、俺の予想ではあのダンジョンの本当の心臓部がその先にあると考えている」
「本当のコア?」
「・・・確か≪偽りの迷宮≫で実際にあった“偽のコア”事件。あれと同じ状況って事ですか?」
「ああ、そう考えてくれていい」
流石シェリーはそこら辺に関しては博識で、偽のコアがあったという事例を知っていたようだ。
以前に恵二もジェイサムから偽のコアの話は聞いていた。それはグリズワード国の南に位置するナシュタル国に存在する≪岩陰の迷宮≫での事例だ。そこの心臓部はずっと昔に冒険者が破壊しており、その迷宮は“仮死状態”だと認定されていた。ちなみに岩陰の異名を持つそのダンジョンは、大きな岩がごろごろと点在する迷宮のようで、岩陰に潜んでいる魔物に背後から襲われる冒険者が後を絶たない事からそう名付けられていた。
だが、そのダンジョンはある日を持って≪偽りの迷宮≫へと名を変えた。
そのきっかけとなったのが、大剣を持った1人の戦士がその馬鹿力でもって巨大な岩を吹き飛ばした為だ。最初は死角になるからという理由で岩を砕いていたそうだが、なんとその岩の下から地下へと続く階段が現れたのだ。しかもその階段の先には宝箱が隠されていた。味を占めたその戦士は次々と岩を打ち砕いて行った。すると今度は今までなかった新たなルートまで出現したのだ。
そのダンジョンは巨大な岩の所為で視界が悪く、魔物の素材も質が悪い上に宝箱も少ない事から“旨味の無いダンジョン”とされていたのだが、その戦士の行動がきっかけとなり一気に冒険者達が集まって来た。本当のルートが現れてから真の心臓部が破壊されるまでには、そう時間はかからなかった。
以来そのダンジョンは≪偽りの迷宮≫として、今でもダンジョンを潜る冒険者達の教訓となっていた。ダンジョンには隠し通路だけでなく、偽のコアも存在する、と。
「うーん、ジェイがそう言うなら間違いはないんでしょう。貴方の腕だけは認めているわ」
「・・・引っかかる言い方だが褒めてくれてるんだよな?」
普段口喧嘩ばかりのキュトルとジェイサムだが、二人はその腕に関してはお互いに認め合っていた。
「それで、私達に力を借りたいって事は、強い魔物でも出るのかしら?」
「ああ、骸骨の蜥蜴が何匹か居た。奥にもきっとそれクラスの魔物ばかりだ」
「スケルトンリザード?それって難易度いくつだったかしら?」
「確かCランクのアンデッドですよ、キュトルさん」
魔物の知識はエアリムが詳しいらしく、キュトルが尋ねると彼女は即答した。<白雪の彩華>は色んな意味でバランスのとれたパーティであった。
「不死生物なら私の出番ね。神聖魔術なら奴らに良く効くわ」
ここエイルーン領ならば東で起こっている<神堕とし>の影響下にはない。神聖属性の魔術も問題なく行使できたのだ。神官であるガエーシャとアンデッドは相性が抜群であった。
「でも、ジェイってBランクよね?Cの魔物くらいどうにか出来なかったの?」
「・・・数が多いんだよ。それに俺は探索技術に特化しているからな」
「ジェイ、弱いものね。さっき助けに来てくれた時もハーフウルフに一杯一杯だったし」
「ほっとけ」
ジェイサムも多少は男として、またBランク冒険者としてのプライドがあったのであろうが、先程の戦闘でキュトルとの実力差を見せつけられては言い返す事が出来ずにいた。
「ま、それなのに助けに来てくれたのは嬉しかったけどね」
「へ?あ、ああ・・・。そりゃあ、まぁ・・・な」
「―――はいはい。お惚気は話が終わってからにして下さいね~」
「―――んな!?」
「ガエーシャっ!」
二人は顔を真っ赤にして抗議するも、ガエーシャはのらりくらりと空返事で応じた。
「・・・ジェイさん。≪古鍵の迷宮≫ってつまり、未踏破ダンジョンだったって事ですよね?」
「―――ごほん、断言出来ないが俺はそうだと思っている。今のところ確認できたのはCランクの魔物だけだが、奥に行けばそれ以上の奴らが出てくるかもしれない。だが、アドガル達が目指している未踏破ダンジョンよりかは難易度は低いと思う。多分だがキュトル達の力さえ借りられれば攻略できると思うんだ」
「それって、つまりシェリーさんは移籍しなくても未踏破ダンジョンを攻略するって夢が実現できるって事ですよね?」
シェリーと一番仲が良かったエアリムが期待に満ちた表情で尋ねてきた。だが、一方のシェリーはやや困惑しているようだ。
「でも、私・・・自分の都合でパーティを抜けて、それなのに美味しい話が来たら戻りたいだなんて虫のいい話・・・」
「―――シェリー。私達も今回の件で貴方の重要さに気付かされたの。虫のいい事言っているのはこっちも同じ。それでもやっぱり私達はシェリーに戻ってきて欲しい。それじゃあ駄目かしら?」
「キュトル・・・。うん!私、やっぱり皆と一緒が良い!だって私は<白雪の彩華>専属の探索職だから!」
恵二たちの思い描いた通り、シェリーは<白雪の彩華>に戻る事になった。そうと決まれば早速シェリーはアドガルの元に移籍の件を取りやめて貰うよう謝ってくると告げ出て行った。
「それじゃあ、あの子が戻ってくるまで攻略の話は置いておいて、先に報酬分配の話にしましょう」
「そうだな。そっちは戦力を、俺達は隠し通路の情報に探索職としての技術を提供できるぜ。そこら辺考慮してくれると助かるけどな」
「あら?探索職の技術ならこっちもシェリーって優秀な子がいるんですけど?」
「いやいや、魔術的な罠の発見に関しては、うちのケージも負けていねーぜ?」
二人は不敵な笑みを浮かべながら、お互いにカードを切っていく。少しでも報酬を多く貰えるよう自分達の有用性をアピールしているのだ。
「そうね、それなら5:5でどうかしら?ジェイ達と私達で半々ということで」
「へ?それでいいのか?」
だが以外にもキュトルはあっさりと引いた。彼女達の懐具合もそんなに良いものではないだろうに、こちらの倍の人数がいる<白雪の彩華>と報酬を綺麗に半分というのは貰い過ぎなのではとジェイサムはつい聞き返してしまった。
「まぁ、普段なら絶対に譲らない条件だけどね。今回は命を助けて貰ったしね、サービスよ」
「お、おう。そうか?それなら遠慮なく受け取っておくが・・・」
「そ、その代り!今度休みの日にでもちょっと付き合いなさい!さっきのトラップで装備品がガタガタなの。そう、あんたはその買い物の荷物運びよ!」
キュトルは顔を真っ赤にしながらジェイサムにそう命じた。それくらいで報酬を増やしてくれるのなら願ってもいない事だとジェイサムは二つ返事で了承した。だが、それに不満を持ったのはガエーシャとエアリムであった。
「ちょっと待った!それだとリーダーだけ得してるじゃない!?」
「そ、そうですよ!私達にもなんかご褒美があってもいいじゃないですか!?」
「ご、ご褒美って・・・!私はそんなつもりじゃ・・・」
三人がギャアギャアと騒いでいるのを尻目にジェイサムは浮かれていた。
「なぁ、ケージ。これってデートのお誘いって事だよな?荷物運びとは言え、こんな役得で更に報酬も増えるなんて、俺は今すごく幸せだ!」
「・・・そーですか」
これでまだジェイサムは自分の気持ちをキュトルに打ち明けていないというのだから驚きだ。いい加減この二人の甘酸っぱいやり取りにうんざりしてきた恵二は、新たなルート探索という目標に加え、ジェイサムとキュトルをさっさとくっつけるという企てを本気で考えるのであった。




