よくないですよ
<回廊石碑>でも経験した身体を包む光から解放されると、目の前に広がる光景が一転していた。恵二が今立っている場所は薄暗い室内であった。壁際にはその暗い室内を照らす魔法陣が幾つも見られギリギリの光源が保たれていた。恵二の前にはジェイサムの姿も見えた。
一先ず転移した先が生存不可な場所では無い事に安堵するも、薄暗い部屋に蠢くその何かを見て恵二はギョッとした。
それは一言で例えるのならば二足歩行した狼であった。
体型は小人族より小さく小鬼より若干大きい程度だが、顔は狼そのもので大きな口の中に鋭い牙が見え隠れする。手にも鋭い爪を有しており、個体によっては棍棒やボロボロの剣や盾を装備した者までいる。
そう、その狼もどきは多数いたのだ。
部屋のあちこちに、まるで壁のように密集してそれはいた。そして、その狼もどきの壁と交戦中の3人の人影も見えた。キュトル達<白雪の彩華>の3人だ。
「―――うおおおおおおお!!」
彼女達の姿を捉えたジェイサムは、恵二より一足早く行動に出ていた。雄たけびを上げながら彼女達の方へ駆け、共に狼もどきの猛攻を凌ごうとする。彼女達はその狼もどきに苦戦を強いられていたのだ。
<小狼人>
それが奴らの正体だ。狼種とゴブリンとの交配がルーツだとされている彼らは、獣人の狼族とは似て非なる生き物であった。それ故、人族は勿論、狼族とも意思疏通が図れない為、討伐指定の亜人種とされていた。
ゴブリンや狼のように群れで行動し、知能はゴブリン並だが身体能力の面で討伐難易度は1つ上のDランクだ。
「おりゃあ!」
「───ジェイ!?」
ハーフウルフとキュトル達の間に割って入ったジェイサムは、その勢いのまま利き手に持ったナイフでキュトル達に迫っていた1匹を切りつけた。
先程まで数の暴力に押され気味であったキュトルはジェイサムの姿を捉えると笑みを一瞬浮かべるも、次には悲痛な表情で彼を問い詰めた。
「───どうして来たのよ!?ここが罠だって知ってたんでしょう!?」
「───うるせえ!ごちゃごちゃ言う暇があったらさっさと手を動かせ!」
そう苦情を漏らしたジェイサムは既に余裕が無くなっていた。ハーフウルフはダンジョン内でよく遭遇する、特に苦にならない相手であったが、流石にこの物量差は厳しかった。
いくらランクDの魔物とはいえ、100も1000もいれば歴戦の戦士でも手に終えないであろう。
流石にこの室内に1000匹のハーフウルフがいるわけではないが50匹以上は確実にいる。実際50匹だけなら<白雪の彩華>の3人でも殲滅できそうだが、このくそったれな転移罠はそんなに甘くはなかった。
「ちょっと、更に増えてるわよ!?」
ハーフウルフの数は現在進行形で増加中であった。その原因は室内の壁面のあちこちに浮かんでいる魔方陣にあった。そこから次々とハーフウルフが沸き出てくるのだ。
前衛のキュトルや棒術による護身術を身につけているガエーシャは兎も角、純粋な後方火力であるエアリムにこの数は厳しかった。
「ガエーシャはエアリムに付いて!こっちは何とかする!」
キュトルが素早く指示を飛ばす。エアリムは多勢の敵を相手に時間の掛かる大技を放てず、短い詠唱で発動する低威力の魔術のみで応戦していた。
「でも、これじゃあジリ貧よ!?」
ガエーシャの意見は尤もであった。キュトルもそんな事分かっている。何とかエアリムの火力で一掃したかったのだが、ハーフウルフの波状攻撃がそれを許さない。皆目の前の敵を払うのに必死だった。
「―――俺が時間を作る!」
ナイフで応戦していた恵二は、無詠唱で火属性魔術火弾を複数発動させハーフウルフを牽制する。強化をしていない火弾だが、威力を数や精度で補いハーフウルフ達の気勢を一時的にだが削いだ。
その気を逃さずエアリムはすぐに長い詠唱を唱え始めた。
「正面よ、エアリム!正面の奥に転移魔方陣っぽいのが見えたわ!」
キュトルがそう指示を送る。今はハーフウルフの波で視界が遮られているが、どうやらこの部屋の奥に転移魔方陣らしきものが見えたらしい。
恵二は火弾を複数同時に操作しハーフウルフを牽制しつつも、魔力探索を発動させるという常人離れな技を実行し前方を探る。
(―――ある!確かにここに来たのと似たような反応の魔力だ!)
「ジェイ!どこに通じてるか分からないが、確かに前方奥に転移魔法陣がある!」
「―――よし!こうなりゃ突破だ!」
「―――皆さん、いきます!土槍!」
長い詠唱を終え準備が出来たエアリムが合図を送る。それと同時に起動の呪文を唱えた。
彼女が放ったのは地属性の中級魔術<土槍>。地面から土の槍が複数突き出し相手を串刺しにする威力の高い魔術だ。その反面、射程距離や効果範囲は狭いのだが何故この魔術を彼女が選択したのか、恵二は直ぐに思い知る事になる。
(槍の数が多い!それに、綺麗に道を作るかのように・・・!)
そう彼女もまた傑出した才能の持ち主であった。通常4、5本出現させる土槍だが、彼女の生まれ持った魔力量をフルに活かしたその土槍の数は総計13本、更にその槍は前で奮闘しているキュトル達にまるで道を作るかのように突き出ていた。
「今よ!火力を全面に集中して!」
キュトルの号令と共に全員が前へと進む。キュトルは次々と前に立ちはだかるハーフウルフを斬り捨てていく。土槍の隙間からそれを阻もうとするハーフウルフはガエーシャの棒術で打ち据えられ、エアリムも残り僅かな魔力を込めた魔術で彼女達を援護をする。
やはり、こと戦闘において<白雪の彩華>の実力は抜きんでていた。
恵二も負けじと魔術を巧みに操り前方の敵を排除していく。徐々にハーフウルフの肉壁が薄くなり、遂にはその先の目的地である魔法陣が見えてきた。
(―――行ける!このまま抜けられる!)
恵二だけでなく、他の者も一縷の希望が見えほんの僅か気が緩んでしまった。そう、まだ完全に死地から逃れられた訳ではなかったのに油断してしまった。
「―――あ」
恵二のすぐ後ろで、気の抜けた声が聞こえた。自分の背後にいるのはただ一人、先程大仕事を終え魔力が殆ど残っていないエアリムだけであった。
振り返ってみるとその先には、絶望的な表情を浮かべたエアリムが地面に倒れていた。どうやら転んでしまったようで、すぐに起き上がろうとするも足に力が入らず顔は真っ青であった。仲間の為に魔力を限界まで使用し、体にも極度の疲労が溜まっていたのだろう。思わず足がもつれた彼女を一体誰が責められようか。
「「エアリム!」」
恵二の更に前を走っていたキュトルとガエーシャもそれに気が付いた。急いで引き返そうとするもそれはすぐに阻まれた。ハーフウルフが再び押し寄せて来ようとしていたのだ。
「キュトル、駄目だ!」
「先に行って!」
ジェイサムが戻ろうとしたキュトルの手を掴み強引に前方へと引く。更には地面から起き上がったばかりのエアリムが声を振り絞って先に行けと叫んだ。
「―――ごめんなさい、エアリム!」
一番年上で普段は気さくなガエーシャは泣きそうな顔で踵を返すと、キュトルの背を押すかのように前方へ走り出した。
「―――ケージ!」
「―――エアリムっ!」
ジェイサムが恵二を、キュトルがエアリムを思って声を上げる。恵二はエアリムを放っておけず立ち止まってしまった。その間にハーフウルフの波が3人と2人の間になだれ込む。恵二とエアリムがハーフウルフの群れの中に置いていかれた形だ。
「大丈夫だ、ジェイ!必ず生きて帰るから待っていてくれ!」
恵二は相棒を安心させる為に大声を上げたが聞こえただろうか。もう既に3人の姿は見えなかったが、ハーフウルフの肉壁の奥からは光が洩れた。これは先程転移した時に身体を包んだ光と同じものだ。
(どうやら3人は無事転移したようだな・・・)
一先ず安堵するも他人の心配はここまでだ。すぐ近くには数えきれないほどのハーフウルフ達が待ち構えていた。どいつも醜悪な顔で大きな口から鋭い牙を覗かせていた。恐らくハーフウルフ達は2人を殺すだけでは飽き足らず、肉片の一欠けらさえ残さず喰らい尽くすつもりだろう。
「・・・あ、ああっ!」
今になって恐怖が押し寄せて来たのかエアリムは身体を震わせ涙を流していた。誰かが号令でも出したのか、ハーフウルフは2人の周囲を取り囲むと一斉に飛び掛かってきた。
「―――土盾!」
久しぶりにこの魔術を行使する。以前は足を引っ掛ける程の高さしか出せなかった土盾は、日頃魔力を高める鍛錬を欠かさなかったお蔭か膝上くらいまでの高さなら出せるようになった。だが、そんな高さの壁ではこの数の暴力は到底防げない。
故に恵二は土盾を発動する前、こちらも実戦使用は久しぶりなスキル<超強化>で魔力を高めた。
恵二のスキル<超強化>は自己のあらゆるものを強化する。このスキルにより一時的に魔力量が増幅された恵二が放つ土盾は、合計3枚恵二達2人をすっぽりと囲むようにそびえ立った。
「いやあああああっ!!」
魔力が完全に尽きていたエアリムは襲い掛かるハーフウルフに対して身を縮ませるくらいしか出来ずに悲鳴を上げ蹲った。だが何時までたっても彼らの牙が降りかかってこない。先程までは息遣いまで聞こえてきそうな程近くに感じたハーフウルフ達だが、今はまるで分厚い壁越しで騒ぎ立てているかのような感じだ。
不思議に思い恐る恐る顔を上げると、いつの間にか自身の周りに大きな壁が出現している事に気が付いた。
「こ、これは・・・、ケージ君!?」
「ふぅ、やっと一息つけた」
エアリムは恐怖の余り一度蹲ってしまったが、その間に何が起こったのかさっぱり分からなかった。キュトル達を逃がすのに精一杯で、エアリムの為に踏みとどまった恵二の存在にさえも気が付いていなかったのだ。
状況は良く分からないが、どうやら恵二が何かをして出現したこの壁に守られているのは何となく分かった。それと同時に自分が下手うって恵二まで死地に立たされている事を悟った。
「ごめんなさい、ケージ君。私がドジな所為で貴方まで巻き込んじゃって・・・」
「何言ってるんですか。エアリムさんのお蔭で3人は逃げられたんですよ」
一時的にハーフウルフの肉壁に隙間ができたのは、まさしく彼女の火力によるものだ。大技を放った後でさえ、エアリムは仲間を逃がす為に前方の方へ魔術を行使していたのだ。
「・・・そっかぁ。<白雪の彩華>の皆には本当お世話になっかたら、最後に恩返しが出来たなら、よかったよ」
「よくないですよ。なんでここで終わりって決めつけるんですか」
彼女は既に魔力が尽き、弱気にでもなっているのだろうか。そんな遺言めいた発言をした。
「ケージ君・・・。そうですよね。巻き込んだ君だけでも助けてあげないとね!でも、ちょっと待ってて。魔力さえ回復すれば私でも君1人くらいなら―――」
「―――それより、ここから先見る事は内緒にしてて貰えます?でしたら俺とエアリムさん2人くらいなら無事に救って見せますよ?」
「え?」
聞こえていなかった訳ではないのだろうが、エアリムは恵二が何を言っているのかいまいち理解していない様子だ。だが恵二としては一応隠せるなら隠しておきたい程度の発言だったので、特に彼女の言質を取らずとも問題ないと、その力を披露しようとし始める。
(―――まずは、邪魔な壁からだな)
自身で生み出した土盾は、魔術のコントロールから外れるとただの壁と化す。そうすると再び操るのは少し骨が折れる。だが、恵二はまだ土盾のコントロールを制御したままであった。
(大分持続時間も増えたな。毎日帰った後にスキルを使い切る特訓をした成果かな?)
恵二はダンジョン探索を行っている最中、なるべく自力の技術を底上げしようとスキルを制限して挑んでいた。だが、スキルも使えば使うほど鍛えられるという特性があることは知っていた。故に寝る前、スキルを全力使用していたのだ。そうすることにより、スキルの威力や精度、そして持続時間が増えていった。今なら全力行使でも5分間は活動が出来た。
恵二は支配下に置いたままの土壁を再び操作し、今度は壁を下げていく。
「ひっ、壁が!?」
「大丈夫、俺が下げてます。それより俺から離れずに歩いて着いて来て下さい」
2人を守っていた壁が沈んで行き驚いていたエアリムに恵二は優しく声を掛けた。恵二の余裕な態度にエアリムはパニックこそ起こさなかったものの、何をそんなに悠長なといった目線で訴えた。
「・・・火弾」
あまり怖がらせても良くないと考えた恵二は、分かり易いように呪文を唱え魔術を展開させた。その魔術は火属性初級の火弾、魔物の群れ相手には何とも頼りない魔術である。
そう本来通りの威力ならば、だ。
初級魔術といえどもそれは恵二の十八番、それもスキルで十二分に威力が強化された状態だ。恵二とエアリムを守るかのように現れた灼熱の球は全部で9つ、その高熱の余波でハーフウルフ達は近づく事を躊躇っていた。
「これが、火弾!?」
エアリムは信じられないといった表情で火の玉と恵二を交互に見比べた。どうやら恐怖より驚きが勝ってきたようで、彼女は徐々に落ち着きを取り戻していた。体力も若干戻って来たのか歩くのも問題なさそうだ。
「エアリムさん、行くよ!」
そう告げた恵二は同時に9つの弾丸を周囲に放出した。ハーフウルフ達にとっては正に死刑宣告に等しかった。9つの火の玉は2人の周辺に群がっていたハーフウルフ達に次々と着弾していった。熱さで悲鳴を上げ逃げ惑うハーフウルフの断末魔を火の弾丸が生み出す轟音がそれをかき消した。
恵二達の周囲にいたハーフウルフ達は粗方消し炭となったが、未だに壁際にある魔法陣は健在で新手が次々に追加されていく。今度は先程彼女が見せてくれた魔術を試してみる事にした。
「―――土槍!」
新たに迫りくるハーフウルフの肉壁が、土槍で次々と串刺しになっていった。その槍の数は総勢27本、初めてにしては上出来と言えた。
「うそ!信じられない・・・」
恵二は土属性との相性がいいのか、一度見ただけで彼女の切り札とも言える中級魔術を更に高威力で再現してみせた。尤も威力が高いのは完全にスキルのお蔭だが、恵二の抜きんでた才能はその魔術センスにあった。魔力量さえあればと恵二の魔術の師であるランバルド・ハル・アルシオンがよくそう口にしていた。
だが、それでも尚ハーフウルフは押し寄せて来た。本来ここまでの力量差を見せられた魔物は撤退するものだが、これもダンジョン産故の特徴だろうか。彼らは自分の命と引き換えでも侵入者を排除しようとしていた。
「しつっこい!」
今度はノータイムで氷の風を発動する。強化された初級魔術は、まるで上級魔術並の威力であった。うっかりエアリムを凍らせないよう離れた場所で風向きに気をつけつつ発動させた。こちらへ迫るハーフウルフは次々と凍って行き肉壁ならぬ氷像の壁が出来上がる。これで新手が来るのも防げそうだ。
「よし、今のうちに進もう!」
「ケージ君、貴方は一体・・・」
「・・・そこら辺は詮索しないでくれると助かります」
恵二の言葉に無言でコクンと頷いたエアリムを見て一先ず安心するも、すぐに気を引き締め直した。帰るまでがダンジョン探索だ。
(余りジェイ達を待たせても悪いしな。それにこの転移先が安全とも限らない。さっさと先を急ごう)
恵二とエアリムは悠々と奥の魔法陣までたどり着くと、そこから流れ出る光に身を任せる。2人が完全に光に包まれるとようやく転移が始まった。二人が飛んだその先には―――




