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冗談じゃない

 壁越しに人の気配が無いことを確認した恵二が合図を送ると、ジェイサムが再び内側にある隠し通路の仕掛けを起動させ、二人は元の安全エリア地下15階層まで戻った。


 既に遅い時間だったので二人は翌朝再び会う約束をすると、お互いそのまま宿に直行した。


「あ、帰ってきた!お母さん、ケージさん帰ってきたよ!」


「だから言ったでしょ?心配ないって。すぐ料理するから待っててね」


 どうやら帰りが遅い恵二を心配してテオラが待ってくれていたようだ。ベレッタはそれほど心配してなかったようだが、恵二の為に調理の下準備を済ませたまま待っていてくれた。


 ここの宿の料理は何時も温かい状態で出される。わざわざ恵二が帰ってくるのを待っているのだ。今日は何時もより大分遅くなったので色々と申し訳ない気持ちで一杯だ。


「すみません、遅くなりました」


「もう!心配したんだよ!」


「冒険者ならそういう時もあるわよ。ダンジョン内から“遅くなる”なんて連絡出来る訳ないし」


 ベレッタは慣れたものなのか、とくに恵二を責めるもなく料理に取り掛かった。


(ベレッタさんの言うとおりだけど、大分待たせちゃったからな。・・・新しいルートの探索となると、更に戻りの時間も不規則になりそうだ)


 これは何か対策をした方がいいのかもしれない。最悪ベレッタには晩御飯は当分要らないと伝えた方がよさそうだ。ここの温かい料理を食べられないのは残念だが、いちいち自分の帰りを待っていてもらうのも気が引ける。


「ベレッタさん。当分、帰りが何時になるか分からない日が続くかもしれません。晩飯はこちらで用意しますから、俺を待っていなくても大丈夫ですよ」


「おや?そうかい?・・・ケージ君、もしかして危ない所に行く気?冒険者さんに言う事じゃないとは思うけど、あんまり無茶はするんじゃないよ?」


 昔はよく若い冒険者がこの<若葉の宿>に泊まっていたそうで、ベレッタは何人もの無茶をして戻らなかった冒険者達を見てきたようだ。その彼女からの忠告とあって恵二は素直に頷きつつも、極力心配掛けないように笑って答えた。


「分かりました。俺も命は惜しいですからね。程々にしておきます」


「ケージさんがうちで唯一の長期滞在のお客様なんだから、絶対に帰ってきてよね!」


「ああ、既に今月分は宿泊料払っちゃったからね。無駄にならないよう努力して戻ってくるよ」


 テオラらしい言い方だが、ちゃんと自分の心配をしてくれているのは顔を見れば伝わってくる。明日からの探索はより厳しいものとなるだろうが、改めて気合を入れなおそうと思った恵二は、出来立てほやほやの食事にありつきながら、また絶対にここの料理を食べに戻ってくることを心の中で誓った。




「おはよう、ケージ君!今日もジェイサムさん待ち?」


 昨日と同じ様に、朝早くからダンジョン前で出くわしたガエーシャに恵二は声を掛けられていた。


「おはようございます、ガエーシャさん。ええ、またアドガルさんにでも捕まってるんじゃないですか?」


 こちらも昨日と同じで、ジェイサムは待ち合わせ時間に遅れていた。恐らくまたアドガルが朝から訪ねて勧誘をしているのだろう。ジェイサムの泊まっている宿は、アドガルとパーティを組んでいた頃と同じ宿で寝泊まりし続けているらしく、すぐにジェイサムの居場所は割れてしまっていたようだ。


「「・・・」」


 恵二がそう答えると、パーティ<白雪の彩華>の面々は難しい顔をし言葉を噤んだ。何かおかしな事を言っただろうかと首を捻りながら彼女達の方を見つめた恵二は、そういえば1人メンバーがいないことに今更ながら気が付いた。


「そういえば、そちらもシェリーさんがまだ来ていないようですね?」


 珍しいこともあったものだ。<白雪の彩華>は4人とも同じ宿に泊まっており、ダンジョンに来る際は何時も一緒だった。彼女だけ何か用事でもあったのだろうか。そう考えていた恵二の質問に答えたのはリーダーのキュトルであった。


「シェリーはパーティから外れたわ。あの子は今日から<到達する者>で活動する予定よ」


「―――え?」


 暗い表情をしつつも、どこか優しい口調でそう告げたキュトルの言葉を理解するのに恵二は数秒の時間を要した。


(シェリーさんが<到達する者>に?どういうことだ?もしかしてアドガルに引き抜かれたのか?)


 だとするならば、恵二がアドガルの名を出した時に見せた彼女達の反応にも頷けた。だが、そんな事を彼女達も大人しく容認する筈もない。シェリーはダンジョン探索には欠かせない<白雪の彩華>で唯一の探索職(シーカー)だ。第一シェリー自身が彼女達を置いて他のパーティやクランに移籍するとは考えられなかった。


「実は昨日、シェリーに勧誘の話が来てね。最終的に誘いを受けたのはあの子の意志よ。私達もあの子に誘いを受けるよう進めたの」


 普段と違い、どこか寂しげな笑みを浮かべながらガエーシャはそう恵二に説明をした。


「え、だってシェリーさんは大事なメンバーでしょ?あんなに仲が良かったのに、一体どうして・・・」


「だからよ。あの子の事は私達が一番良く理解しているわ。あの子が私達に気を遣っている事も、あの子の夢の事も・・・」


 キュトルは悲しそうな表情を隠そうとしながらも、作り笑いを浮かべ答えた。


「夢、ですか?」


「未踏破ダンジョンの攻略、それがシェリーさんの夢だったんです」


 そう告げたのは、二人ほど付き合いは長くはないが、それでもシェリーとは年が近く、仲が良かったエアリムであった。


 エアリムに続いてガエーシャが口を開いた。


「私達の戦力じゃ、到底未踏破ダンジョンの攻略なんて不可能だわ。ここらで未踏破だとサマンサにある≪陽炎の迷宮≫かヴィシュトルテにある≪霧の大迷宮≫だけど、どちらも4人で進められるようなダンジョンじゃないわ」


「だから私達が後押ししたのよ。シェリーの腕は皆が認めている。探索職(シーカー)としてなら、もっと上のパーティにいても遜色ないレベルだわ」


 確かに彼女の腕に関してはジェイサムも舌を巻いていた。そしてアドガルがエイルーンに戻った理由は優秀な探索職(シーカー)の確保であった。彼女に声を掛けるのは必然であったのかもしれない。


「で、でも!それだとキュトルさん達は?探索職(シーカー)はどうするんです?ここのダンジョンは探索職(シーカー)無しでは難しいですよ?」


 そう尋ねるも、これは逆にチャンスなのではと恵二の脳裏に考えが浮かんだ。探索職(シーカー)が居なくなった今、恵二とジェイサムが加わるのは向こうにとっても都合がいい。


 だが、この流れでキュトル達を誘っても逆効果かもしれないとも思えた。このタイミングで“未踏破ダンジョンを一緒に攻略しませんか?”と誘っても、彼女達はシェリーに対する裏切り行為と捉え尻込みしてしまうのではと考えた。


探索職(シーカー)に関しては───」


 恵二があれこれ考えている間にキュトルが答えようとした、その時───


「お待たせしました、キュトルさん。準備が整いましたので、早速参りましょう」


 恵二の背後から女性の声がした。振り返るとそこには見知らぬ冒険者風の女性が立っていた。


「彼女は<探究心の館>で雇った探索職(シーカー)よ」


 横でガエーシャがこっそり教えてくれた。どうやらシェリーの代わりに彼女を補充要員として雇ったようだ。装備こそしっかりとしたものを身に付けてはいるが、果たして腕の方は大丈夫なのだろうか。<探究心の館>に余り良い思い出が無い恵二は、彼女がシェリーの代役を勤められるのか心配であった。


「じゃ、ケージ。私達もう行くわね」


「───あ」


 何と呼び掛ければいいのか迷っているうちに4人はダンジョン入り口に通じる建物の中に入って行ってしまった。


(しまったなー。でも、他人がいる前で隠し通路の事を言うわけにも行かないし・・・)


 結局引き留められなかった恵二は大人しくジェイサムが来るのを待っていた。




「・・・遅いよ」


「本当にすまん!予想外の事態であれこれ話していたら長引いちまった」


 キュトル達を見送った後、1時間以上してようやくジェイサムが現れた。勿論約束の時間はとっくに過ぎていた。


「まぁ、いいよ。それより早く───」

「───それより大変だ!シェリーが<到達する者>に入っちまった!」


 どうやらジェイサムもアドガルにでも直接聞いたのか、シェリーの件を耳にしていた。


「知ってるよ。さっきキュトルさん達から聞いた」



 恵二は1時間前に起こった事をジェイサムに説明した。



「そうか・・・。あいつらも色々考えて送り出したんだな。けど、それなら隠し通路の件を教えてやれば、シェリーも戻ってくるんじゃねえのか?」


≪古鍵の迷宮≫が未踏破であると知れば、シェリーも仲の良かった今までのパーティで攻略したいと考えるかもしれない。


「俺もそう思うよ。仲違いして別れたんじゃなく、気を遣って送り出したって感じだったから」


「なら決まりだな。あいつらに話す。・・・キュトル達はもうダンジョンに入ったんだっけ?」


「もう、とっくに行ったよ!」


 ジェイサムの到着が遅れてしまい、彼女達は新しい探索職(シーカー)を連れてさっさと行ってしまった。


「悪い悪い。けどよー、どっちにしろ<探究心の館>の奴が一緒の内は話せねえぜ?」


「なら適当にダンジョン内で時間潰してから、キュトルさん達の戻ってくる時間に合わせて戻ろう」


 恵二の提案にジェイサムは頷き二人はダンジョン入口の建物へと入る。


 すると―――


「―――冗談じゃないわよ!!まだ1時間しか潜っていないのよ!?」


「―――ですが、最初にお約束した金額は1日15000キュール、そう言いましたよね?」


「それはあんたがまともに働いたらって話でしょ!?全く使い物にならなかったじゃない!!」


 室内に入った途端、激しい口論が聞こえてくる。ここ≪古鍵の迷宮≫入口にある建物内は腕っぷしに自信のある荒くれ者も多く、こういった光景は日常茶飯事であったが、それを目撃した恵二とジェイサムは思わず目を丸くした。


 何故ならば、その口論している片方が1時間以上も前にダンジョンに入って行った筈のキュトルであったからだ。


「私はきちんと罠を事前に察知し解除しました。見逃した罠は一つもありませんでしたが?」


 キュトルと対面しそう主張していたのは、先程<白雪の彩華>のメンバーと一緒に行動していた<探究心の館>から雇われた女性探索職(シーカー)であった。聞こえてくる口論から察するに、どうやら雇われた彼女の腕にキュトルは不満があるようだ。


「そりゃあ、あれだけのんびりと亀みたいに時間掛ければ私でも見つけられるわ!あんたの動きに付き合ってたんじゃぁ、1階層攻略するだけで1日が終わっちゃうわよ!」


「・・・私に不満があるのでしたら、ご契約を取り下げて貰っても構いません。ですが、最初にお話しした通り、1日分の報酬はキッチリと払って頂かないと―――」


「―――だから、あんたは1時間しか働いていないじゃないの!それも、戦闘にも参加しない上に素材の剥ぎ取りも碌に出来ない。それで報酬を払えってよく言えたわね!」


 彼女達の口論に周りのギャラリーは“またか”といった雰囲気に包まれた。


 ここで普段行われるいがみ合いは、パーティメンバーの実力に不満があり口論になるといったケースが殆どであった。その中でもよく目にするのが<探究心の館>の派遣探索職(シーカー)とのトラブルだ。高額な契約料と比べると、余りにもお粗末な腕の探索職(シーカー)を掴まされることが多く、冒険者達の不満が爆発するのだ。


「あー、だから養殖探索職(シーカー)は止めて置けって言ったのに・・・。だが今回はキュトルも悪いぜ」


 ジェイサムが呆れたようにそう口にした。てっきり彼はキュトルを擁護するものだと思ったが、意外にも正反対な意見だったようで恵二は思わず尋ねた。するとジェイサムは難しい顔をしながら解説をしてくれた。


「あくまで二人の話から推測した上での発言だがな、キュトルは探索職(シーカー)を舐めすぎだ」


 どうやらジェイサムが気に入らなかったのは、キュトルが口論の際に放った“時間掛ければ私でも見つけられる”という部分のようだ。


「ケージ、お前は最初この迷宮に入った時、時間を掛ければ罠を見つけられたか?」


「それは・・・!無理だった」


 そう、最初は恵二も自力で見つけようとしていたのだが、それは叶わなかったのだ。それほどここ≪古鍵の迷宮≫の罠は発見が難しい。


「あの養殖探索職(シーカー)は、三流だろうがそれでも一応は探索職(シーカー)だ」


 そう、ジェイサムは<探究心の館>の連中を馬鹿にはするが、一応探索職(シーカー)と呼称はしている。最低限の技術を持っている事には評価しているのだ。


「まぁ、それだけで戦闘や素材回収に参加しない言い訳にはならんがな」


 どうやら<探究心の館>の探索職(シーカー)マニュアルによると、戦闘は極力他の専門職に任せて自分達は罠を見落とさないよう注力しろと教えられているようだ。


 そこがどうねじ曲がったのか、戦闘や素材回収は自分達の仕事ではないと勘違いしている者が多いのだという。そこの辺りがジェイサムが彼らを毛嫌いする理由であった。


「それにキュトル達は今まで恵まれていたな。シェリーは腕が良すぎたんだ。シェリーの実力を知っているキュトル達からしたら、三流探索職(シーカー)はサボっている様に見えたんだろうさ」


(まあ実際に戦闘や回収作業はサボってたようだけど)


 恵二とジェイサムがそんなやり取りをしている間に、彼女達二人の口論は益々ヒートアップしていった。普段はストッパー役のガエーシャ達も不満があったのか、特に喧嘩を止めようとはしなかった。


「もういい!ほら、これで満足でしょ!もう二度とあなた達には頼まない 私達だけで探索に行くわ!」


 1日分の報酬を叩きつけるように手渡しキュトルがそう啖呵を切ると、<探究心の館>の女探索職(シーカー)は鼻で笑った。


「ええ、どうぞ。出来るものならやって見せてください。無理だと分かって頂けたら、またお越しください」


「───誰が行くか!」


 それを皮肉ととったのか、キュトルは大声で叫ぶとそのままガエーシャとエアリムの二人を連れダンジョンへ再び入っていった。迷宮から短時間外に出るだけなら、追加料金を支払わずそのまま再入場出来るのだ。


「キュトルの奴、相当頭に血が上っているなぁ」


「でも、かえって都合がいいんじゃないか?」


「そうだな。早いところ3人を掴まえて話をしようぜ!」


 二人は頷き合うと、直ぐに彼女達の後を追いかけた。受付で手続きをし入場料を支払った二人が中に入ると、丁度3人は<回廊石碑>で転移するところであった。


「───おい、キュトル!」


 ジェイサムが声を掛けるもタッチの差で間に合わず、3人は転移し消えてしまった。


「だー、くそ!あいつら何処へ飛んだ?」


「確か昨日までは25階層を目指してたんじゃなかったか?」


  昨日ジェイサムに隠し通路を教えてもらう前、地下22階層で彼女達とすれ違っていたことを思い出した。


「だがシェリー抜きだぞ!?あいつら流石にそこまで無茶するか!?」


 気が強いキュトルではあるが、仲間の命を危険に晒してまで短絡的な行動を取るとは思えない。それにガエーシャやエアリムも一緒だ。益々危険を犯すとは考えにくい。


 だが、万が一3人だけで深い階層に入ったとしたら早急に追いかける必要がある。


「ケージ!俺は25と20を見てくる!お前は5と10を見てきてくれ!その後一度またここに戻って合流しよう」


「了解」


 ジェイサムの案は現時点では一番最善に思えた。ここの<回廊石碑>から転移できるポイントは地下5、10、15、20、25、30階層であった。彼女達は最深でも地下25階層だと思われる。


 ジェイサムが25、20と危険な箇所を探り、恵二が5、10階層と比較的安全な所を探す。それでも彼女達の形跡が見当たらなければ15階層が当たりといった寸法だ。


 二人は直ぐに別れて行動を開始した。恵二は始めに地下5階層へ飛んで探る。丁度付近に他の冒険者がいたので彼女達が通らなかったか尋ねるも空振りに終わる。


 そして今度は地下10階へと転移して、同じく近くにいた冒険者に聞き込みをした。


「ああ、見たよ。さっき3人で11階に降りていった」


 女性のみのパーティ構成とあってか、彼女達はちょっとした有名人だ。情報をくれた男性も声を掛けようとしたらしいのだが、キュトルに怖い顔で睨まれ二の足を踏んだようだ。


(よし、一旦ジェイと合流しよう)


 一人で先行し彼女達を止めるべきかとも思ったが、地下11階層くらいならば凶悪な罠や魔物は少なく多少は大丈夫だろうと思案し、言われた通りジェイサムと合流するべく地下1階層へと戻った。


 少しの間待っていると、ジェイサムも戻ってきた。


「どうだ、そっちは!?」


「当たりだ!11階層に降りていったらしい」


 キュトル達が無茶して深い階層に挑戦しているのではという杞憂も去り一息ついたジェイサム。



 今度は二人揃って地下10階層へと転移し、彼女達の後を追う。



「・・・こっちだな。無理やり罠を突破した形跡が残っている」


 ジェイサムが指摘した通り、その道の壁や地面には出来たばかりの傷みが見られた。恐らく恵二が始めて一人で探索した時のように強引に突破しているのだろう。


「結構進むスピードはええな、あいつら」


「まぁ、探索職シーカー抜きでも腕の良いCランカー3人だからね」


 シェリーの腕も一流だが、他の3人も決して見劣りするものではなかった。実力だけならB相当だというのが周りの評価だ。


 要らぬ心配だったかと思い始めていた二人であったが、その考えは地下12階層に入って一変した。


 一向に彼女達に追い付けないジェイサムは、先行している3人が残していったトラップの後や魔物の死骸を目印に、必死に追跡する。


 だが、目の前で分かれている道の右側に彼女達の通った痕跡を発見すると、表情を一気に曇らせた。


「―――よりによってこの道か!?」


 狼狽え始めたジェイサムを不思議に思っていた恵二だが、少し遅れて気が付いた。恵二は初めてこのルートを通った時のジェイサムの言葉を断片的に思い出す。


 “転移トラップ”“行先は魔物の巣窟”“絶対に踏むな”と、そうジェイサムは忠告していた。このルートの先には例のトラップが待ち受けていたのだ。


(―――まずい!)


 二人は追う速度を限界まで上げた。普段は綺麗に罠を解除してみせるジェイサムであったが、今この時だけは処置が荒い。今は一刻でも早くキュトル達に追い付きたい。その一心でジェイサムは迷宮内を駆けた。


 その後、直角の曲り道を抜け問題の場所に辿り着いた二人が目にした光景は、地面に薄っすらと光り輝いている魔法陣であった。


「そ、そんな・・・!」


「魔法陣が・・・起動している!?」


 普段冒険者を陥れる為に隠匿されている魔法陣が衆目に晒されていた。これが意味する事はただ一つ、誰かが魔法陣のトラップに引っかかったのだ。


「キュトルゥーー!!」


 ジェイサムは思い人の名を叫ぶと、躊躇う事無くその魔法陣へと踏み込んだ。


「―――な!?」


 ジェイサムの身体が<回廊石碑>と同じ様に光に包まれると、恵二が呼び止める間もなく彼の姿が一瞬で消えてしまった。


 転移先はジェイサムも知らないと言う。噂では魔物の巣窟とのことだが、最悪飛んだ先に即死トラップが用意されている可能性も否めない。だが―――


「―――ええい、こうなりゃ一か八かだ!」


 見捨てるという選択肢は恵二の中には無かった。だが、殆どノータイムで入って行ったジェイサムは余程キュトルの事が心配なのだろう。そんな相棒であり師匠でもあるジェイサムの事が恵二は誇らしかった。


(必ず全員助けてみせる!)


 そう覚悟を決めた恵二は転移の光へと飲み込まれていった。

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