銅貨を落としちまってな
異世界に来て1年と2ヶ月が経過し、月日は10月中盤へと差し掛かっていた。ここ白の世界<ケレスセレス>にも四季がある。今は秋真っ盛りで、市内に生えている木々は紅葉を魅せていた。
恵二は≪古鍵の迷宮≫の入り口となる建物の前にある広場にいた。相棒であり師でもあるジェイサムを待ちながら街の秋の風景を楽しみながら待っていた。
(まぁ、ダンジョン内で季節は関係ないけどね)
ダンジョンの中は時間というか空間というのか、外界とは一線を画していた。≪古鍵の迷宮≫は余り季節感というものが無い造りとなっているが、ダンジョンによっては一年中雪が降っている階層や、砂漠の階層も存在するそうだ。
(魔術といいダンジョンといい、ファンタジー世界は全く意味が分からん)
尤も、こちらの世界の住人が言うには青の世界<アース>から持ち込んだ知識の大半が、意味不明なものだとされていた。魔術と科学とはお互い相容れない物なのだろうか。
「おやおや?ケージ君、これから探索かな?」
「あ、ガエーシャさん。それに皆さんもおはようございます」
「おはようございます、ケージ君」
恵二に声を掛けてきたのは、以前ギルド内で出会った女冒険者のパーティであった。
彼女達のパーティ名は<白雪の彩華>と言うらしく、あの後何度か見かける機会がありちょくちょく会話を繰り返している内に知り合いになっていたのだ。
彼女達は北方の国で結成されたパーティのようで、最初は同じ村出身の3人組でパーティを作り、途中から魔術師を加え4人でエイルーンにやって来たそうだ。
リーダーは戦士職のキュトル。茶色い毛を長く後ろに伸ばした美人さんであるが、性格はちょっときつく、よくジェイサムと口喧嘩をしていた。装備は小型盾と片手剣を扱う、パーティの守りの要だ。
そのキュトルと幼馴染のガエーシャは、金髪セミロングで背が高く、モデルみたいな体型であった。神官服に身を包んだ彼女は支援職でアムルニス教徒らしいのだが、かなり緩い性格で恵二に良く気軽に声を掛けてくる。ちなみにパーティの中では最年長らしいのだが、彼女の前で年齢の事は禁句であった。
キュトルとガエーシャの幼馴染でもあるシェリーは、青髪ショートヘアとボーイッシュな容姿で、恵二達と同じ探索職だ。探索技術は元探索職である母親から教わったようだ。武器は恵二達と同じ短剣に加え魔術も多少使えるらしく、ここエイルーンにある罠だらけのダンジョンでも十分通用する腕前のようだ。
最後にパーティに加わったのは、魔術職であるエアリムという名の少女だ。彼女は唯一違う村の出身であり途中から<白雪の彩華>に加わったそうだ。恵二より3つ年上だが、パーティの中では最年少であり、両親が魔術師の家系という事もありその知識や実力は折り紙つきだ。
<白雪の彩華>のメンバー全員が女性でCランクの冒険者という、実に個性的なパーティであったのだ。
彼女達も今日は早朝からダンジョンに潜るらしく、丁度ジェイサムを待っていた所に出くわしたのだ。
「おはよう、ケージ!今日はジェイの奴は一緒じゃないの?」
普段ジェイサムと口論の絶えないリーダーのキュトルがそう尋ねてきた。
「そろそろ来ると思いますよ。皆さんもこれから探索ですよね?」
「ええ!今日は地下20階層から行くつもりよ。踏破済みのダンジョンとはいえ、一度最下層まで行ってみたいからね」
「ケージ君達はどこ行くの?どの階層が一番稼げるのかな?」
そう尋ねてきたのは同じ探索職であるシェリーだ。彼女の存在なくしてダンジョン探索は成しえないと言っても過言ではないだろう。それほどエイルーンに存在するダンジョンは罠が多く、冒険者達に立ちはだかっているのだ。
「すみません。俺は半人前だし訓練ばかりだから、まだ本格的に探索してないんですよ」
「そっか。ケージ君、結構やりそうな気がするんだけどなぁ」
同業者であるシェリーにそう評価されているのは素直に嬉しく、つい頬が緩んでしまうのを感じる。だが、まだ師から合格を告げられていない以上、気を引き締め直さねばならない。
「訓練ばっかじゃなくて、偶にはパーッと稼がないと気が滅入るわよ?ホントあんたの師匠は気が利かないわね」
「悪かったな、気が利かなくて」
突如声がした方向を振り向くと、その場に居ないことをいい事に散々な評価を受けていたジェイサムがそこに立っていた。
「悪い、遅くなったなケージ」
ジェイサムは少し待ち合わせの時間に遅れてやって来た。彼にしては珍しいことであった。
「気が利かない上に時間にはルーズ。本当にだらしがないわね」
「―――っ!しょうがねえだろ!アドガルの奴に掴まってたんだよ!」
どうやらここへ来る途中、アドガルと出会ってしまったようだ。恐らくまた勧誘をされていたのだろう。
アドガル率いる大型クラン<到達する者>の冒険者達は現在、エイルーン市内を中心に各々活動をしていた。彼らは基本、エイルーン領より外で活動をする事が多いのだが、その拠点となる場所はここエイルーンであった。
なぜ外国での活動が多いのかと言うと、彼ら<到達する者>の目標は“未到達ダンジョンの最下層攻略”にあったからだ。エイルーン領に存在するダンジョンは2つ、≪古鍵の迷宮≫と≪銅炎の迷宮≫であったが、このダンジョンは既に攻略済みであった為、彼らの活動範囲からは除外される。
ジェイサムの話だとクラン<到達する者>は、現在サマンサ国にある未踏破ダンジョンに挑戦中との事だが、どうも想定外のトラブルがあったらしくクランの人員に大きな被害が出たようだ。現在その欠員メンバーの補充を行うためにエイルーンへと帰還していたようだ。
「大体、あんたは大雑把過ぎるのよ!この前も寄越した情報があいまい過ぎて、危うく道を間違える所だったわよ!」
「お前が細かすぎるんだ!シェリーっていう一人前の探索職がいるんだから、ちっとはテメエらで考えて進め!」
奥ではキュトルとジェイサムが激しく口論を続けていた。
「えへへ。一人前だって、わたし」
話の流れで褒められたシェリーは照れ笑いを浮かべるも、そろそろ周りに迷惑が掛かるだろうと判断した恵二と<白雪の彩華>の面々は、慣れた手つきで二人を引きはがしにかかった。
「はいはーい、夫婦喧嘩はそこまで!もう行くよリーダー」
「誰が夫婦よ!」
「ジェイ、これ以上は時間が勿体ない。早く行こうぜ!」
「お?おう、そうだな。誰かさんに構っている時間は無いからな」
「~~~~っ!!」
なおいがみ合おうとする二人を強引に引きはがす事に成功すると、それぞれのパーティは≪古鍵の迷宮≫へ潜る準備を始めた。
たが目的地は同じで入口は一つ。少し後にまた口論が始まるのは最早目に見えていた。
キュトル達との何時もの交流?を終えた恵二達は現在、地下23階層に来ていた。何時ものように恵二が先行し、独力で罠を解除しようと試みる。その間ジェイサムは危険だと判断するまで一切口を挟まない。最近徐々にジェイサムに止められる回数が減ってきていた。それが自分の技術が向上しているからとあって、彼の口数が減る事は大変喜ばしい事でもあった。
だが、それと同時にジェイサムが難しい表情をする回数も増えていた。彼は最近何か悩みを抱えているようだ。
「なぁ、ジェイ。今日もアドガルに誘われたのか?」
「ん?おう、そうなんだよ。お蔭で待ち合わせの時間に遅れちまったんだよ」
それはさっき聞いていた。それより問題なのはアドガルが何度もジェイサムを自分のクランに引き入れようと説得をしているという点であった。
ジェイサム曰く、彼は≪強欲≫等と呼ばれてはいるが、決して強引な勧誘はしない。現に恵二もあれから何度か会ってはいるものの、あちらから誘ってくることはなかった。無理やり引き抜かれたという話も特に聞かない。
だが、何故かジェイサムには執拗に声を掛けてくるのだ。決して無理やりでは無くあくまで口だけで説得を試みているようだが、アドガルの再三の勧誘にジェイサムは一度も首を縦に振らなかった。恵二はそこにジェイサムが悩んでいる何かがある筈だと当たりをつけた。
「迷ってるのか?もしかして俺に気を使ってるとかなら無理しなくてもいいんだぞ。俺は大丈夫だからアドガルの勧誘を受けたらどうだ?」
「何言ってるんだ?俺はあいつの所には行かねえよ。そこは迷っていない」
どうやら全く見当違いであったようだ。
恵二は自身の性格上、悩んでいる人がいれば助けようとするし、陰ながら支えようともするが、決して自ら深入りしようとはしない。あまり他人が、本人の抱えている問題に口出しするのは良くないという考えを持っていたからだ。
だが、ジェイサムの悩みは日々大きくなっているようで、今日も考え込んでいる時間が長い。そろそろダンジョン探索や訓練にも支障をきたす恐れがあるので、ここは口を出させて貰う事にした。
「それなら一体何を悩んでいるんだ?最近特に考え込んでいる様子だけど・・・」
「うーん、想像以上にケージの仕上がりが早くなりそうでな。まぁ、元々難易度の高い魔術要素のある罠は完璧に発見しやがるから、意外と手間は掛からなかったんだけどなぁ・・・」
「え?もしかして、俺の事で悩んでいたのか?」
ジェイサムの口から出てきたのが自分の事だったので、恵二はそう誤解をしてしまった。
「いや、そうじゃない。問題はお前が仕上がった後の話なんだが、まだプランを決めかねていてな・・・」
「次のステップって奴か?」
恵二の問いにジェイサムは頷いた。
「お前ももうすぐで探索職として一人前となる。そうしたら、いよいよ本格的に探索をスタートしたくてな・・・。だが、俺達二人だけでは戦力が足らねえ。やはりパーティを作って挑んだ方が賢明だと思うんだ」
「じゃあ、誰かに誘いを掛けるか募集をすればいいんじゃないのか?」
パーティを組むという話は以前からしていた。てっきりそこら辺の話は進んでいるのかと思っていたが、どうやらジェイサムには当てが無かったのか、最近見せる難しい表情をしながらこう語った。
「うーん、なんと説明したらいいのか・・・。そこらの奴には声を掛けたくない。あまり大事にしたくないんだ。誘うなら気心の知れた上に信用できる奴で、出来れば腕の立つ冒険者がいい。極力俺よりランクが下の奴なら尚いい」
「・・・それって<白雪の彩華>の4人を誘ったら駄目なのか?」
その条件で恵二が真っ先に浮かんだのは、最近知り合ったばかりであったが4人組の女冒険者達の姿であった。
「やっぱそれが一番に浮かんだか・・・」
ジェイサムも一応は彼女達が最有力候補と考えていたようで、何とも言えない表情でそう返事をした。
「彼女達だと不満なのか?」
「一度戦うところを見たが、腕は申し分無い。性格も、まぁ一名を除いて全く問題ないな」
(これは、所謂ツンデレという奴なのだろうか?)
<白雪の彩華>のリーダーであるキュトルとジェイサムは事あるごとに口論をしているが、決して心の底から憎しみ合っているわけでは無い。むしろ積極的に関わっている節がある。ハッキリ言って周囲の目からはいちゃついているようにしか見えなかったのだ。
「なら、一体何が不満なんだ?」
「あの4人に不満は無い。不満なのは<到達する者>の連中がエイルーンに滞在している事だな。・・・それと不安があるな」
「?よく分かんないな・・・」
そこでどうして<到達する者>の名が出てくるのだろう。それと不満は無いが不安はあるのだという。ジェイサムの謎めいたその言葉に恵二は頭がこんがらがる。
「・・・そうだな。これ以上隠し事は無しだな」
恵二が頭を捻っているのを余所に、ジェイサムは何かを決意したのか表情を変え口を開いた。
「お前に見せたいものがある。黙って付いて来てくれないか?」
「・・・分かった」
ジェイサムの何時に無い真剣な表情に何かを感じ取ったのか、恵二は何も聞き返さず素直に了承した。
ジェイサムの後を恵二は黙って付いて行く。ここ暫く≪古鍵の迷宮≫で活動していた恵二はすっかり道を覚えてしまっていた。故に彼が向かう方向が何時もとは真逆、ジェイサムは来た道を戻ろうとしていたことにすぐ気が付いた。
(地下22階層が目的地?いや、<回廊石碑>に向かっているのか?)
普段は迷宮内を降りて行くのだが、今回は逆に昇って行く。その途中、地下22階層で恵二たちは<白雪の彩華>の4人とばったり遭遇するのであった。
「げっ、ジェイ!?」
「あれ?奇遇ですね。こんにちは」
キュトルは普段いがみ合っているジェイサムの姿を見つけて、表向きは嫌そうな声を上げるも頬が緩んでいるのを他のパーティメンバーは見逃さなかったがここはスルーした。
それと比べて魔術師のエアリムは二人に丁寧な挨拶をしてくれた。
「あれ?ジェイさんが反対から来るって事は、もしかして道間違えたかな?」
一方パーティを先導していたシェリーは、ダンジョン内の道を網羅している筈のジェイサムが逆からやって来たので、自分の案内が間違っていたのではと不安がる。
「いや、あってるぞシェリー。お前の腕は良いんだからもっと自分に自信を持て」
「え、えへへ。そうですかね」
彼女は同じ探索職としてジェイサムをリスペクトしていた。その本人に褒められたのだから嬉しいのだろう。頬を赤らめ照れていた。
「なら何で逆走してるのよ?紛らわしいじゃない!」
「悪い。ちょっと用事があってな・・・。そうだ、キュトル。今度時間取れないか?ちょっと大事な話があるんだ」
「へ?え・・・ええーー!!」
最初は何時もと様子が違うジェイサムに拍子抜けしたキュトルだが、何か意味をはき違えたのか顔面真っ赤で大声を出した。
「ちょっとちょっと!それってどういう事?どういう事?」
それに悪乗りしたのは神官であるガエーシャだ。まるで娘の初恋が発覚した母親のような食いつき方でジェイサムを問い詰めキュトルをからかう。
(というか、この人は本当に信徒なのだろうか?)
恵二の神官に対するイメージが崩壊しかけていた。きっとアムルニス神は寛大なお心の持ち主なのであろうと自分に言い聞かせ、それ以上の思考を止めた。
「済まねえな。そろそろ俺達は行くぜ」
何時もと違い低姿勢なジェイサムは、顔を真っ赤にしているキュトル達に背を向け、歩を進めた。それに恵二も後を付いて行く。
二人はその後、地下20階層の<回廊石碑>から転移して、1階層まるごと安全地帯となっている15階層まで飛んできた。
「・・・よし、人目が無くなったな。ケージ、こっからは声量を落として会話してくれ。こっちだ」
「了解」
ぼそっとジェイサムにだけ聞こえる声で返事をする。
二人は地下15階層に着いた後、他の冒険者達がいなくなるまでずっとその場で待っていた。
地下15階層は、このダンジョンで唯一階層丸ごと安全なエリアであった。
ダンジョンにはいくつかの安全エリアが存在する。そこには罠は一切無く、また魔物も入って来ようとしない。ダンジョン産の魔物は決められた箇所以外には決して踏み入れない。階層を跨ぐこともしないし、迷宮の外には絶対に出て来ないのだ。
ここ≪古鍵の迷宮≫にも安全エリアは大小様々に存在するが、フロア丸ごとというのは15階層だけであった。
普段ここには多くの冒険者達がたむろしていた。何せダンジョンの中にある広々とした安全エリアだ。休憩場所として使わない手は無い。だが、今の時刻は夕方を過ぎていた。殆どの者達がダンジョンを後にしており、先程やっと最後まで残っていた冒険者達が去って行ったのだ。
そんな地下15階層はただ広い部屋というだけでなく、道がいくつか存在する。地下14階からの出入り口と地下16階からの出入り口からの両方から、道が3つに枝分かれしているのだが、結局は中央の広場に合流する為、遠回りになる脇道を利用する者は皆無であった。
二人は今、その誰も通らない脇道を進んでいる。
「・・・どうだ?何か分かるか、ケージ」
「?何かあるのか?全く分からない・・・」
ジェイサムがここに恵二を連れて来た事には何かしらの意味がある筈。そう考えていた恵二はさっきから五感を研ぎ澄ませ、探索職の技術を駆使し、魔力探索をフル稼働させているのだが何も得る事が出来ないでいた。
多少腕を上げたと自負していたが、何かあると教えて貰っているのにも関わらず、全くその影を捉える事が出来ずに恵二は気落ちをしてしまっていた。
「・・・無理もない。俺も分からなかったんだ。正直、これを見つけたのは本当に偶然だった」
ジェイサムがそう告白し恵二を慰めると、ある地面と壁の境目に指を差し向けた。
「そこに、偶々銅貨を落としちまってな・・・。隙間に入ってしまったからナイフでほじくり返そうと、こう刺したんだ」
ジェイサムは指した場所にナイフを潜らせると、そのまま強く押し込んだ。
―――カチリッ
なにかスイッチを押したかのような音がした後、それ以降は音を立てる事も無く仕掛けが動き始めた。
「―――!?か、壁が・・・!?」
「・・・すげえだろ?一切音を立てずに壁が動いて開けていく。よく目を凝らして観察してみないと、仕掛けの境目が全く見えない。正直、この仕掛けの精密さはこのダンジョンの中でも群を抜いている。こんな仕掛けが安全エリアにあるだなんて一体誰が気づける?俺は本当に運が良かった!」
ジェイサムが小声ながらも熱く語り掛けてくる。その間に壁はとうとう完全に開け、二人の眼前には新たな道が出来上がっていた。
「隠し・・・通路・・・!?」
「そうだ、ケージ!この道はまだ誰も発見していない。俺の考えが正しければ、この≪古鍵の迷宮≫は“仮死状態”なんかじゃない!まだ一度も攻略されていない、未踏破ダンジョンだ!」
恵二は己の中にくすぶっている探究心に火が灯るのを感じるもそれを抑えきれず、この道の先には想像も着かない冒険が待ち構えているのだと歓喜に身を打ち震えさせていた。




