君らしく
「あ、お帰りなさい、ケージさん」
「ただいま、テオラ」
今日も日が暮れるまでダンジョンを探索していた。徐々に簡単な罠程度なら察知できるようになった恵二だが、まだまだ仲間の命を預けてくれと言えるようなレベルには至っていなかった。
師匠であるジェイサムからは“養殖探索職どもよりかはマシ”との評価を貰ったが、発見すら出来ない罠が存在する以上、一人前にはまだまだ程遠い状態であった。
「おお、ケージ君。戻ったかい」
「ホルクさん?珍しいですね、この時間にまだいるだなんて」
恵二に声を掛けてきたのは、テオラの父であるホルク・マージであった。彼は普段この時間は冒険者ギルドに勤務しており、滅多にここ<若葉の宿>にはいない。ほとんど恵二とは逆のサイクルで生活をしていた。
「ああ、今日は休日なんだよ。それよりさっき、ケージさんにお客さんが来ていてね。伝言を頼まれていたんだ」
「お客?」
この都市に来て殆どの時間をダンジョン探索に費やしている恵二に、市内での知り合いは少ない。一体誰であろうかと首を傾げる。
「ラングェン家の執事でダニールさんという方だよ。ケージ君、もしかして市長と知り合いなのかい?」
市長という単語でピンと来た。それは恐らくあの少年に付いていた執事の事であろう。おのずと伝言の内容も予想できたが、念の為聞いてみた。
「“3日後の夜にアルバード市長の時間が取れたので一緒に食事でもどうか”だってさ。返答は僕にしてくれれば、後で執事さんがギルドに来て返事をする手筈だけど、どうする?」
「はい、大丈夫です。そう伝えて頂けますか?」
恵二の返答に頷くと、ホルクは奥の部屋へと引き返した。折角の休みに小間使いの様な真似をさせてしまい申し訳ない気持ちが浮かんだ。
「ケージさんって妙な人脈あるんですね」
テオラが意外だといった表情を浮かべていた。
「市長とは会った事ないけど、息子の方とは偶々、ね」
本当に偶然な出会いだったが、お蔭で魔術学校入学への条件のひとつはクリアされたようなものだ。その為の3日後の市長との会合だ。ここはしっかりと身だしなみを整えなければと恵二は自分の姿を確認した。
仕立て屋<天馬の蹄>のオーナーであるワミが自ら仕上げたオーダーメイドの冒険服は、とても素晴らしい出来映えであった。色は恵二の希望で黒っぽく以前と変わらないが、とにかく丈夫であった。素材は黒鋼狼の体毛と双頭鰐というワニっぽい魔物の皮で作られており、そこらの低レベルな魔物の攻撃は通さない程の頑丈さだ。
そして驚くべきことに、とても軽いのだ。通常双頭鰐の皮は丈夫だが重く、服には不向きとされていたが、ワミは独自の手法で魔物の素材を軽くし、衣服の素材として活用しているのだ。
何でも彼女は元錬金術師ギルドの出であり、それを応用して素材の合成を行っているのだという。彼女の腕は徐々に冒険者の間では有名になっているらしく、高額なオーダーメイド品を注文する為に日々ダンジョンで稼いでいる者も多いそうだ。
恵二も最初ダンジョン探索に着て行った時には、ジェイサムや周りの冒険者から羨望の眼差しを向けられた程だ。
(・・・市長に会いに行く時の服もワミさんの所で買おうかな)
流石にオーダーメイドをもう1着という贅沢は出来ないが、完成品の見栄えだけの服ならそこまで高くはない。
「・・・そういえば、テオラはあれからあの服着てないのか?」
「え?あの服ですか?」
急に話題が変わり疑問の声を上げるテオラ。彼女のオーダーメイドの服は、恵二とはまた違った意味で素晴らしかった。派手過ぎず、それでいて可愛らしい、目の前の少女にはピッタリのその服は、殆どテオラ自身が望んだ柄や装飾が施されていた。そのデザインのセンスにはワミも舌を巻いていた。出来上がった時には、ぜひこのデザインをお店の方で使わせて欲しいとワミから頼まれていた程だ。
だが、その服を着ていたのは一度しか見たことが無い。今日も何時もと同じ、言い方が悪いが地味目の服であった。
「まさか、売ったんじゃ・・・」
「ち、違いますよ!大切に取ってあるんです!変な言いがかりは止めて下さい!」
どうやら恵二が買ってあげた服は彼女の学費の資金にされてはいなかったようだ。
「折角私があれこれ考えて作って貰った初作品なんですから、売る訳ないじゃないですか!」
「ん?初作品?」
「あれ?言いませんでしたっけ?私、あれからワミさんの所にお手伝いに行ってるんです。というよりかは弟子入りって感じですかね。もう次の作品も手掛けてますよ」
それは完全に初耳であった。テオラはここ最近、ワミの下へ修行兼アドバイザーとして通い詰めているらしい。錬金術も教えて貰いつつデザイナーの仕事も手伝い、アイデアを出した商品の売り上げの何割かを貰える約束になっているのだそうだ。早速テオラ作の第二弾が現在作られているようだ。
基本恵二はダンジョンに籠りきりなので、日中彼女がそんな事をしているとは全く気が付かなかったのだ。
「私、錬金術師になるのが目標だったんです。そして、オリジナルのアクセサリーなんかを作って、お店を構えるのが夢なんです!」
それも初耳であった。聞くところによると、彼女は錬金術を学ぶために魔術学校に入りたかったようだ。
普通のアクセサリーを作るだけなら職人のところにでも弟子入り志願すれば良いだけの話だ。受け入れてくれるかどうかは別だが。
だが、彼女が目指すのは実用的な魔術装飾の作成らしい。実用的というのは装飾物に魔術を付与し、見栄え以外の機能を持たせる事を指す。そういう分野は錬金術の専売特許だそうだ。
「俺はてっきり宿屋を継ぐものだとばかり思っていたよ」
「やですよ。全然儲からないじゃないですか」
彼女は一刀両断で拒絶した。
「もし錬金術で儲かったら、ついでにこのぼろ宿も立て替えてあげようかなとは思ってますけどね」
「・・・まぁ、夢は大きく、だな」
テオラの背後では、奥の部屋に行った筈のホルクがなんだか切ない表情で娘を見つめていた。
三日後、恵二は再び北西地区にあるラングェン邸へと訪れていた。
相変わらず大きく豪華な邸宅だ。ワミのところで外向けの服を買っておいて正解であったと心の中で呟いた。
「さ、こちらです。旦那様に奥様、それとアトリ様がお待ちでございます」
執事であるダニールに案内され、大きな部屋の扉を開けて貰いそこを通ると、目の前には豪華な食事が乗せられたテーブルと周りの席には計3人が着席していた。
「初めまして、ケージ君。君の話は息子のアトリから聞いているよ。私はこの子の父親でアルバード・ラングェンという。宜しく頼むよ」
わざわざ席を立ち挨拶をしてくれたのは、10才近くの子供がいるとはとても思えない青年とも呼べなくもない容姿の若い男で、現市長でもあるアルバード・ラングェンその人であった。
「初めましてアルバードさん。俺・・・いや、私はケイジ・ミツジと言います」
「楽に話してくれていいよ。今日はプライベートだからね。それとこちらは妻のトリッシュだ」
「トリッシュ・ラングェンといいます。宜しくね、ケージさん」
アルバードに促され、席を立ち挨拶をしてくれたのは、これまたお若く美人な、一児の母でもあるトリッシュであった。
「そして既にご存知だろうが、アトリ―――」
「―――はい、お父様」
名前を呼ばれた少年は席を立ち恵二に挨拶をした。
「ラングェン家の長男アトリです。宜しくお願い致します、ケージさん」
この前より大分言葉遣いが丁寧であった。それは両親の前で猫を被っているという訳では無く、こんな何処の馬の骨とも分からぬ冒険者を、キチンと客としておもてなししてくれているからであろう。
「改めて宜しく、アトリ」
恵二もそれに習って、既に顔見知りの少年に挨拶をする。
「さあ、挨拶も済んだし、折角の食事が冷めてしまう。まずはディナーを楽しもう」
アルバードがそう告げると皆はナイフにフォークを手に、それぞれ料理に手をつけ始めた。
普段恵二が食事をとっている〈若葉の宿〉も絶品だが、ラングェン家の料理は違うベクトルで美味であった。見たことの無い高級食材も目にするが、決して贅沢品ばかり揃えている訳ではない。上品でいてどこか暖かい、料理を作るものと提供する側のその人柄が滲み出ていた。
「ご馳走さまでした。とても美味しかったです」
もっと気の利いた感想を言いたかったが、シンプルに今の気持ちを言い表した。
「お口に合って何よりだわ。ケージさんは東のお国出身だったかしら?西と比べて料理の味付けも向こうとはやっぱり違うのかしら?」
トリッシュはアトリから、恵二はハーデアルト出身だと聞いていた。厳密には恵二は“ハーデアルトから来た”と言っただけなのだが、いつの間にかそういう話になっていたようだ。
アトリのスキルである魔眼<識別>は嘘を見破れても真実は見破れない。このような勘違いも起こり得るのだ。面倒なので特に彼女の言を正さず、そういう事にしておく。
「特に変わらないと思いますよ。ただ、果物や川魚の種類はこちらが多いですね」
中央大陸の東側では、果物はバナナやパインのようなものが主流だが、こちらの方はそれらに加え、他にも多様な果物が流通されていた。川魚も大量に市場で出回っているのを見た。この近くに大きな川でもあるのだろうか。
「果物や農作物の殆どはラノッサを主に、友好国から仕入れているんだよ。川魚の殆どはサマンサからだね」
アルバードがそう解説をしてくれた。ラノッサというのはエイルーン自治領の北にあるラノッサ王国のことであり、農業が盛んな国だ。元々エイルーン自治領はラノッサ王国から独立した領土であり、その繋がりは深い。
普通であれば国から独立された自治領など火種の元で、不仲なのではないかと思えるのだが、どうもエイルーンの成り立ちには複雑な事情があるようだ。とにかく魔術都市エイルーンにとって親とも呼べるラノッサ王国との関係は良好で、切っても切れない縁があるようだ。
一方ラノッサの西側に位置するサマンサ国ともエイルーンは友好関係を築いている。サマンサには東西に流れる大河があり、漁が盛んでエイルーンに流れてくる魚の大半がサマンサ産だ。エイルーンにも小さな川くらいはあるのだが、そこまで大規模な漁業は見込めない。荒地も多く、農業にも適してないので食料の殆どが周辺国からの輸入頼みだ。
「私達の都市でも自給自足できるよう研究を進めているのだけど、如何せん土の質が悪くてね・・・。こればかりは仕方が無い」
アルバードは深いため息をついて諦めの言葉を呟いた。
「さて、ケージ君。そろそろ本題に入ろう。君の魔術学校への推薦の話だが、結論から言わせてもらうと、それは問題ない。こちらで推薦書を用意しておこう。アトリが提案したように学費もこちらが全て請け負う」
「それはありがたい話なんですけど、本当に良いんですか?」
学校へ入学を希望する際には、特定条件の人物からの推薦が必須。その推薦を頂けるとあれば断る理由はない。だが学費の件に関しては、いくらアトリが話してくれた学校内の現状を変える為だとはいえ、やはり施しすぎでは無いだろうかと恵二は考えた。
だが恵二の考えはあちらも分かっていたようで、アルバードはこう補足した。
「私も最初アトリから話を聞いた時は、言い方は悪いかもしれんが名も知らぬ冒険者相手に投資し過ぎではないかと思ったよ」
アルバードの正直な感想に恵二は何と返せばよいか分からず、ただ申し訳なさそうに縮こまっていた。
「しかし君の事を調べて更に驚かされるとは思いもよらなかった」
「・・・え?」
「冒険者を始めて半年足らずでCランクに到達。そして何より目を引いたのはヴィシュトルテ王国での君の戦果だ」
「そんなことまで・・・」
ヴィシュトルテでの恵二の活躍は非公式のものとなり、大衆には伏せられていた。恵二がお願いし、フレイア王女がそう配慮した為だ。
そんな情報まで知っていることを疑問に思いながらも恵二はアルバードを視線で問いただした。
「これでも市長だからね。情報網はそれなりにあるんだよ。忙しかったのは本当だが、君に会う前にケージ君の人柄を確認しておきたかったんだよ。それでこうして対面するのが遅れてしまった。結果思わぬ情報が入ってきて私も驚いているけどね」
アトリが父親であるアルバードと会わせると約束してから、2週間以上も経ってしまったのは、例の放火犯の捜索に掛かりきりだからという訳では無かったようだ。
「そういえば、放火犯の方はもう良いんですか?」
恵二がそう尋ねると、アルバードは難しい顔をした。
「む!確か君を放火犯と間違えて、衛兵達が迷惑をかけたようだね。市長として謝罪させて貰うよ」
「いえ、お陰さまでアトリと出会えましたから、お気になさらず」
犯人扱いされたのは心外だったが、その騒ぎのお陰でアトリと出会い、入学に欠かせない推薦者との知己を得たのだ。寧ろ感謝したい。
「そうか、それなら良かったよ。それで例の事件がどうなったかの答えだが、今回の件は事故として処理された」
「事故、ですか?」
「うむ、火を放ったのは目撃証言のあった若い男で間違いないのだろうが、それは故意ではなかったという結論に至った」
「お父様、何か進展があったのですか?」
アトリも初耳な情報だったのか父親に尋ねた。
「出火元と思しき場所から魔物の死骸の燃えかすが発見された。調べた結果朱色虎の牙だという事が判明したんだ」
「朱色虎!?Bランクでも特に危険な魔物じゃないですか!」
その名の魔物には恵二も覚えがあった。イーストゲートにあるミリーズ書店の店主マリーから貰った【魔物大全集】にもその魔物の事が記載されていた。赤毛の虎という外見も十分インパクトがあったのだが、特に恵二が印象に残っていたのは、その虎の扱う魔術であった。
「朱色虎はその大きさや獰猛さだけでなく、強化魔術を扱う恐ろしい奴だ。どうやら目撃されたその若者は、朱色虎と交戦していた可能性がある。恐らくその時に火属性の魔術を使い、勢い余って竹林を焼いてしまったのだろうね」
そう、その魔物は恵二と同じ“強化”魔術を使うというのだ。只でさえ凶悪な虎の身体能力が強化されれば、その脅威度は更に跳ね上がるだろう。Bランク上位の魔物は冒険者といえども単独で撃破するのは至難といえた。
「<沼の竹林>も全焼を免れ、沼竹草にも被害は出ていない。そういう事情もあり今回の件は不幸な事故ということにしたんだ。犯人には自首を呼びかけ、刑も非常に軽いものとする予定だけど、まぁ恐らく名乗り出てはこないだろうね」
わざとでは無いにしても、火を着けた犯人は現場から逃げてしまったのだ。今更ノコノコ自首してくるようには到底思えない。だが目撃証言が“若い男”だけでは探しようも無く、悪質な放火犯で無ければこれ以上は探さないという方針を市議会は出したようだ。
「さて、話が大分逸れてしまったね。とりあえず学校の推薦書と学費は安心してこちらに任せてくれ。それで、聞いているかもしれないが、その見返りの条件としてケージ君には学校生活を“君らしく”送って欲しい」
「えーと、確か身分差別に屈しないで、普通に学生生活を送れ、ということだったでしょうか?」
「そうだね。君の人となりはある程度調べさせてもらって把握しているよ。何でも王女様相手にも友達感覚だったそうじゃないか。そういう態度をこちらは求めている。だが、何せ君は傾国の英雄とも呼べる存在だ。他にも何点か条件を追加したいところだね」
(英雄とは、また大層な呼ばれ方だなぁ。この人ちゃんと俺の事調べたのか?)
恵二にはあまりヴィシュトルテ王国を救ったという自覚が無かった。偶々知り合ったフレイアに助力して、最後は自分の目的の為に戦った。その程度の認識であった。多少役立てはしただろうと自負してはいるが、英雄に祭り上げられる覚えはなかった。
そんな恵二の胸中を余所にアルバードはその追加条件とやらを提示した。
「君には入試の際、成績を20位以内で合格して貰いたい。それと、学年の成績も常に上位を、実技に関してはトップ5位内には入って貰いたいね」
「それは・・・」
どうなんだろうかと恵二は考える。勿論入学する以上は上を目指すつもりだが、目的はあくまで冒険家になる事であり、その目的に不要な知識を取り入れる気は余り無かった。今は魔術を覚える事よりも、むしろ探索職の技術を磨くことの方に注力したいくらいだ。
「安心してくれ。追加条件といったが、これは最低条件ではない。あくまでプラス査定の基準と見て欲しい」
「?どういう事ですか?」
「君は冒険者だろう?だから今いった追加の条件はあくまで依頼としてお願いするよ。達成したら報酬を支払うし、クリアできなくても学費はちゃんと払うよ。こちらとしては、折角ケージ君という素晴らしい人材と知り合えたのだから、それを最大限に生かしたい。貴族や金持ちなどの身分に凝り固まった生徒達をぶち抜いて君が上位の成績を収めてくれれば、より学校内の風向きも変わる筈だ」
確かに気位の高い貴族の生徒が、庶民の恵二に成績で抜かれればぐうの音も出ない筈だ。庶民生徒の発言力も多少は高まるだろう。
「分かりました。やりたい事もありますが、その上で出来る限りの成績は目指してみせます」
学校の授業がどういったものなのか未知数である以上、頑張りますくらいしか恵二には言えなかった。
「ありがとう、ケージ君。こちらも君たちの学校生活がより良いものになるようアプローチしてみるつもりだが、基本市議会は学校内の指針には不介入なんだ。君達生徒一人一人の行動に掛かっている。頼んだよ」
「はい、まずはその生徒になれる様、しっかり勉強しておきますよ」
ここまでして貰って入試に落ちましたでは済まされない。
(探索職の技術磨きに入試勉強。・・・やること多いなぁ)
忙しい毎日になりそうだが、恵二は今とても充実していた。




