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絶対に踏むなよ!

「ヤキュー、ですか?」


「うむ、とある異世界人から教えて貰った新競技だ。それの普及にぜひ貴公の商会も加わって貰いたい」


 シキアノス公国の中でも1、2の繁栄を見せる商人の街ヘタルスを統治するバアル・エッケラー伯爵は、商人ダーナ・ブロードにそう告げた。


「異世界の!?それは一体どういう競技でございますか?」


「簡潔に説明すると、9対9で競い合う点取りゲームだな。相手が投げたボールを棒で打ち返し、それを更に拾って投げるといった球技だ。ルールは複雑故、とりあえずこのルールブックを渡しておく。後で目を通して欲しい」


 バアルはそう簡潔に説明すると、執事であるトニーがルールブックをダーナに手渡した。


「これは・・・!確かに難しそうですなぁ・・・」


「ルールは細かいが、意外にやってみると分かりやすく見ている側としても面白そうであった」


「既に実践されたのですか?」


 ダーナの問いにバアルは頷いた。バアルは部下や冒険者を雇って実際に試合をしてみたのだ。最初はぐだぐだであったが、暫くやってみるとのめり出す者も現れた。最初は意味不明であったルールも、徐々に必要な決め事であるのだと認識させられる。なかなか巧く出来た競技だと観戦していたバアルは感心した。


 ルールブックを渡されたダーナはページをめくり軽く目を通す。


「・・・“バット”なる棒に捕球用の“グローブ”ですか。これは道具でひと儲けできそうですな」


「それだけではないぞ。情報提供者が言うには、プロ競技として成功させれば観戦料も得られるうえ、チーム名や競技服にスポンサーの名前を付けることにより宣伝料も取れるのだという」


「―――その発想は無かった!?この常識外れの企画、もしや発案者は青の異人(ブルー)ですかな?」


「済まんな。それは情報提供者との約束ゆえ明かせぬ」


 正体は明かせないとバアルは言うが、ダーナは見事に真実を言い当てていた。


 この“野球”をバアルに情報提供したのは何を隠そう、ダーナも良く知る人物である恵二であった。だが、ダーナは恵二が青の異人(ブルー)であることを知らない。妻であるレイチェル・セン・ブロードは、偶々恵二がバアルに正体を明かす場に同席していた為知ってはいたがその口を固く閉ざした。


(ケージ君は無事、目的地に着いたのかしら?セオッツ君にサミちゃんもヴィシュトルテでは一緒だったと聞いたけれど・・・)


 レイチェルは新たな商売の打ち合わせに熱論を交わす夫と領主にお茶を持っていきながら、数か月前に我が家を訪れた少年冒険者の姿を思い出していた。


(ケージ君とセオッツ君が離れ離れだなんて、これは新たなカップリングを構想する必要があるわね!)


 彼女はここ最近新たな趣味に目覚めていた。自身が敬愛し親し名まで付けている小説作家センリ・ヒルサイドに感化され、遂には自分で小説を書き始めたのだ。そしてそのメインキャラクターのモデルは恵二とセオッツ、二人の少年冒険者であった。


(ふふふ、また新たなインスピレーションが沸いたわ!早く二人の話し合い終わらないかしら・・・)


 早く自室で執筆活動に明け暮れたいレイチェルの胸中を余所に、ダーナとバアルは今度は“ジテンシャ”なる新たな乗り物の話で盛り上がっていた。




 大声で“異世界”というNGワードを叫ばれ、危うく正体をばらされそうであった恵二は安堵した。二人が英語で書かれた本を巡って騒いでいる間、あちらはあちらで別世界で熱中していたからだ。


「ね?ね?凄いでしょう、この本!」


「―――こ、こんな世界があっただなんて!?」


 狸族の獣人であるルーニーは何やら一冊の小説をテオラに勧めているようで、それにテオラは食いついていた。熱中するほど面白い話なのだろうか。


「あー、その本ね。最近若い女の子の間で人気なのよ。その作家さん・・・なんて言ったっけ?とにかく、彼女の書く作品は今、大人気なのよ!」


「センリ・ヒルサイドさんだよ、お母さん!」


 そうそう、それそれと彼女は思い出したかのように相槌を打った。


(センリ・・・?はて、どっかで聞いたような・・・)


 よく思い出せないが、その名前のイントネーションには、なんとなく思うところがあった。


(センリって千里?ヒルサイドは・・・丘?英語か?)


 気になった恵二は二人に声を掛けた。


「・・・なあ。その本、俺にも見せて貰えないか?」


「―――ふぇ?え、ええー!!ケージさんも見るの!?」


 素っ頓狂な声を上げて本を背後に隠すテオラ。その顔は真っ赤に茹で上がっていた。


「あ、ああ。ちょっと気になってね。・・・なんか不味いのか?」


「えっとぉ・・・はい」


 観念したのかテオラは恵二にその本を差し出した。恵二はそれを受け取るとタイトルを確認する。


「えーと、なになに“僕らの季節”?。へぇ、学園物かぁ。・・・へ?」


 ページをパラパラとめくっていくと、二人の関係が段々とおかしな方向に向かって行く。


(これは・・・危険だ!)


 ダンジョン探索では全く機能しなかった恵二の危険察知能力が何故かここでは発動した。すぐにページを一番最後に移すと、そこには作者の名前が記されていた。


(センリ・ヒルサイド。・・・!これは!?)


 恵二は最後のページの隅にある字体に目が釘付けとなった。


「あー、これが気になるんですか?彼女の作品には必ずこのサインが書かれているんですけど、全く読めないんです」


 横で恵二の反応を伺っていたルーニーは、そう解説してくれた。



 そこには、恵二の良く知る文字でこう記されていた。



 漢字で“山中千里”と




「先生、また来月も宜しくお願い致します!」


「はい、お疲れ様です」


 原稿を受け取った男は彼女に礼を言うと、意気揚々と帰っていった。最近小説の売れ行きが右肩上がりで、彼女の担当である男の昇進が決まったのだとか。勿論自分の取り分も増えており、お金が増えること自体は大変喜ばしいのだが、それに比例して最近忙しさが増してきた。


(あー、折角異世界に来たのに・・・。私、何やってるんだろう・・・)


 彼女はペンを置き大きく伸びをすると、ぼーっと考え事をしていた。


 こういう時、何時も思い浮かぶのは初めてこの世界にやって来た時の事だ。


(最初は困ったなぁ。何故か言葉や読み書きは分かるんだけど、いきなり飛ばされてきたのが荒野ってどうなのよ・・・)



 彼女はごく平凡な中学生であった。その日は学校が休みで、最近はまっているネット小説に明け暮れていた。ジャンルは男性冒険者同士の友情物であった。


 彼女の家庭環境は荒れていた。父と母は毎日のように喧嘩を繰り返していた。学校でも親しい友人はおらず、放課後は真っ直ぐ家に帰宅し趣味の読書やアニメ鑑賞に興じていた。


 そんないつも通りな日常が、突如がらりと変わった。気が付いたら見たことも無い荒地に一人立っていたのであった。


 そこからは苦難の毎日であった。なんとか近くを通りかかった馬車に乗せて貰い、最寄りの街まで送って貰った。明らかに異国の風貌の人であったが、不思議な事に言葉が通じる。しかし、馬車に便乗してやって来たその街は彼女の近所でも、ましてや同じ世界ですらなかった。“魔術”や“魔物”が当たり前のように蔓延る異端な世界―――


(―――私、異世界転移しちゃったんだ・・・!)


 しかし、それが分かったところで状況に変化は無かった。お金も住む場所も無い。アニメやゲームのように特別な力や能力を持っている訳でもない。今日を凌ぐ糧すら無かったのだ。


(・・・いや、ある!私には武器がある!)


 だが、そんな彼女にも取り柄があった。


 それは“知識”だ。


 見てみれば、周りは中世よろしく、近代科学という概念の無い時代遅れな世界だ。魔術の知識こそないが、彼女がこれまで培ってきた学校での知識がある。更に大好きな本やアニメの物語には異世界物と呼ばれるジャンルもある。その知識をフル動員してなんとか日々を送ってきた。



 そして、今現在は遂に大人気作家という地位にまで上り詰めた。


 生活にはもう困っていない。むしろお金の使い道に困るくらいだ。ここには欲しかったゲームやアニメのBOXは売っていないのだ。


(私が、本当にしたかった事・・・)


 山中千里は以前、学園物の作品を書く際に、資料として取り寄せて貰っていた魔術学校のパンフレットを手に取った。




「・・・本当に良かったんですか?本まで貰ってしまって」


「いいんだよ。俺もその作者にはちょっと気になる事があってね」


 あの後恵二は英語で書かれたレシピ本だと思われる本の翻訳を改めて依頼された。その報酬として店内にある好きな本を持って行って良いと言われた。そこで恵二は丁度手にしていたセンリ・ヒルサイド作の“僕らの季節”を選択した。勿論読む為では無い。これを読破できる自信が恵二には無い。目的はその作者の方にあった。


(間違いなく同郷人(ブルー)、それも日本人だ!)


 すかさず恵二はその本がどこから出版されているのか問い質した。だがこの本は月に何度か足を運ぶ業者が持ってくる物だそうで、詳しくは店主であるリリーにも分からなかった。この世界には本の裏表紙に住所や電話番号、アドレスなんかは当然載っていないのだ。


(今のところ詳しい手掛かりは無しか。まぁ、会ってどうこうって訳では無いんだけどね)


 同じ日本人と会えるなら会ってみたい。ただそれくらいの感情であった。それにあちらも人気作品の作者なんて地位にいるのだから、特に不便ではないのだろうと恵二はこの件について考えるのを止めると、物欲しそうにしていたテオラにその本を手渡したのだ。



 その晩、テオラも手伝ってくれた恵二の晩御飯が心なしか豪華であったのは彼女なりの感謝の印であろう。




「よっ!ぼろぼろの服、買い換えたんだな。昨日は良く休めたか?」


 翌朝、ダンジョンで待ち合わせをしていたジェイサムが挨拶をしてくる。


「おはよう。良い休日だったよ。今日からまた宜しく、ジェイ」


 二人は互いに軽い挨拶を交わすと、受付に入場料の10000キュールを支払う。目指すは再び地下10階層であった。


「ケージにはこれからダンジョンのあらゆるルートを周って貰う。徹底的にトラップを経験してもらうぞ!」


「分かった!」


 前回で分かった事がある。やはり技術を身に着けるには何度も何度も反復していく他ない。遠いようでいて、やはり努力こそが成功への近道なのだ。


「行くぞ!」


 二人は地下10階層に転移すると、11階層への階段を降りて行った。




 ≪古鍵の迷宮≫に入って6時間後、恵二達は未だに12階層に留まっていた。真っ直ぐに抜けるのであれば、多少迷ったとしてもそこまで時間は掛からないが、今回の目的はダンジョンの踏破ではなく、あくまで数多くの罠を経験する事にあった。


≪古鍵の迷宮≫のあらゆるルートを脳内で網羅しているジェイサムは、わざわざ全ての道を通るようなルートを選択していた。


 そして現在は地下12階層のとある道、ここは恵二が通った事のない未知の場所であった。


「・・・ケージ、止まれ!それ以上進むな!」


 何時もより強い口調でジェイサムが制止を呼びかける。一体何事だろうと恵二は後ろを振り返った。


「・・・ケージはそこの罠が分かるか?」


「ああ、魔術が使われている罠っぽいからな。気が付いていたぞ」


 そう、この罠は恵二も事前に察知していた。魔術的要素の含まれた罠であれば、恵二は魔力探索(マジックサーチ)でもって察知する事が出来るのだ。この技術はそこいらの魔術師では使えない、恵二の魔術制御力あってこその特技であったが、その事はジェイサムも周知していた。現に今まで魔術的要素のある罠は助言を一切してこなかったのだ。


 だからこそ解せない。どうして今回に限り、ジェイサムは警告を発したのだろうか。


「それはすまないな。だが、万が一にでもその罠を発動させたくは無かったんだ」


「・・・そんなにやばいのか、この罠?」


 恵二の問いにジェイサムは無言で頷く。≪古鍵の迷宮≫を自分の庭だと豪語していたジェイサムを以ってしても危険と言わしめる罠とは一体どういったものなのだろうか好奇心が擽られる。


「それは転移トラップだ。踏むと魔法陣が発動し飛ばされる。行先は魔物の巣窟だそうだ。このダンジョンでもトップ3に入る危険な罠だ。俺も人に聞いただけで一度も転移先に飛んだ事は無い未知の領域だ」


「何?未知・・・だと!?」


 未知の場所という言葉に恵二は反応した。


(誰も見たことが無い場所。未踏の地・・・見てみたい!)


 恵二の目は、年頃のおもちゃを前にした少年のようにきらきらと輝く。


「おい、何考えていやがる!?絶対に踏むなよ!いいか、絶対だぞ!?」


(・・・それはフリだろうか?)


 恵二の怪しげな態度を察したのか、ジェイサムは再三忠告をする。


「分かってるよ、ジェイ。さすがにこの場で罠に飛び込むほど馬鹿じゃないさ」


「なら、いいんだ」


 言質が取れたジェイサムはホッと胸をなでおろす。


(腕を上げたら今度一人で挑戦してみよう!)


 スキルを乱用すれば、魔物の巣くらいなら何とかなるかと恵二は物騒な事を画策していた。



 こうしてジェイサムとのマンツーマンの訓練は2週間にも及んだ。

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