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声が大きい!

「ちょっと寄りたい所があるんだけど、いいかな?」


「かまいませんよ。どちらですか?」


「えーと、それはだな・・・」


 仕立て屋の次に寄ろうとしていた場所を告げようとし、急に恵二は言葉を濁す。


(迂闊だった。テオラと一緒にってのは少し酷だったかなぁ・・・)


 心の中でそう思いながらも、恵二はテオラに行先を告げた。


「学校、ですか?」


「・・・ああ。確か南西地区にあるんだろう?」


 現在二人は北西地区の大通り沿いにいる。そこから南に続く道を真っ直ぐ進むとエイルーン魔術学校がある筈なのだ。やはり一度は事前に見ておきたいと思った恵二であったが、学費の面で歯がゆい思いをしているテオラを前にして誘う台詞では無かったかと軽い後悔をしていた。


「いいですよ。やっぱり一度見ておきたいでしょうしね。さぁ、行きましょう!」


 だが彼女は特に気にする風でもなく明るく返した。おまけに鼻歌まで歌いながら上機嫌そうにスキップをして先行する。どうやらプレゼントを気に入ってくれたようだ。


 オーダーメイドの力作とあって二人の服の制作には1週間かかると言われた。それまで繋ぎとして、恵二はボロボロの服から完成品の冒険服を譲り受けていた。素材はハッキリ言って下の位だそうだが、作りはしっかりしているので、多少探索したくらいでは破れないとワミは話していた。


「あ~、楽しみだなぁ!オーダーメイドのお洋服!売ったらいくらするんだろう」


「・・・売るなよ?」


「分かってますって!冗談ですよ、冗談」


 先程見せた彼女の一面から察するに、人からの好意を金に換えてまで学費の足しにするような真似はしないだろう。ちょっと裏表があるが根はいい子なのだ、多分。


(・・・お金か。稼ぐのならやっぱりダンジョンで一攫千金なのか?)


 しかし、テオラに冒険者になるよう勧める事が出来る筈も無い。だが仮に恵二が一山当てて学費を融通しても、それを彼女は良しとしないであろう。


(・・・よそう。これは彼女の問題だ。俺はほんの少し力になってあげるしかない)


 それに今は自分の方で手一杯であった。将来を見据えると探索職(シーカー)の技術は必須だが、まだ足掛かりを得た段階で、何一つ技術は身に着いていない。


「着きましたよ、ケージさん」


 テオラの陽気な声に顔を上げると、そこには大きな建物と、その行く手を阻む門が視界に見えた。



<エイルーン魔術学校>

 大陸にいくつか存在する魔術学校の中でも、トップクラスに優秀な学校である。生徒の数は凡そ500人程、入学希望者はその10倍はいるとされている。市内の子供だけでなく、他国からも多くの子供や、稀に大人も学びに来る程だ。種族や年齢制限は特に設けてはいない。


 学年は最高4学年まであり、それぞれ進級試験がある。飛び級は原則無いが、長期休学を認めてもいる。貴族や権力者関連の生徒が多い為、緊急の際など国へ気軽に戻れるようにとの特別措置だ。


 入試は学問と実技が有り、どちらかが不十分でも不合格となる。基本一般人は立ち入り不可となっている校内だが、春の魔術実演会、秋の選抜対抗戦などの催し物の際には入れるらしい。


(秋の選抜対抗戦・・・!その時にもう一度来よう!)


 魔術による競い合いはさぞかし見物であろうと心が高ぶる。


「いいなぁ、あのかわいい制服。私も着てみたいなぁ」


 横でテオラがそう呟く。彼女の視線は、閉ざされた鉄格子の門の先にいる女子生徒たちに向けられていた。


(・・・俺達とそう変わらない年齢だ。というか、まるで日本の学校の制服じゃないか!)


 ここにも<青の異人(ブルー)>の影響があるのだろうか。男子は見当たらないが、女子はミニスカートにブレザーで可愛らしい服装であった。


「でもあれって、風の魔術放ったら見えちゃいません?」


「・・・あれを考案した奴に文句を言ってくれ」


 この世界の女性は活発な為かミニスカートは滅多に見かけない。あれを持ち込んだ者が同郷人(ブルー)だとしたら、立案した際、周りからはさぞ奇異の目で見られていたであろう。


「・・・そろそろ行こうか」


「・・・ですね」


 もっと学校内を見て回りたいが、敷地内に入れないのであれば仕方が無い。恵二は元来た道を戻ろうとすると“こっちの方が早い”とテオラが先導し、東へと向かう小道を二人で歩き進む。



「・・・ここら辺はなんだか静かだな」


「あまりこの辺は人が住んでいないんですよ。でも研究所とか魔術師ギルドなんかがありますよ。ほら、あれ!」


 テオラが指を指した方角には、趣のある大きな建物があった。そこにはこう書かれていた。


 “魔術師ギルド本部”


「え!?ここが本部なのか?」


「そうですよ。将来ここに努めたくて学校に来る人もいっぱいいますよ」


 そういえば、魔術師ギルドとは具体的に何をする組織なのか恵二は全く知らなかった。


(そもそも冒険者ギルドの本部もどこにあるんだ?)


 まだまだ世の中、知らない事だらけであった。


「このギルドの横道を抜ければ、あっという間に南東地区ですよ」


 テオラの後を付いて行きながら物珍しそうに辺りを見回す恵二だったが、ふとその視線はある店に止まった。


「?ケージさん、どうしたんですか?」


恵二の視線の先には、こじんまりとした1軒のお店が立っていた。


「ああ、このお店ですか。どうやら本を扱っているようなんですけど、看板の字が読めないんですよ。なんてお店なんですかね?」


「・・・ミリーズ書店」


 彼女の疑問に恵二はぼそっと呟いて返事した。


「ケージさん、あの字読めるんですか?」


 まさか答えが返ってくるとは思わずテオラは聞き返した。


「ああ、以前に支店を見たことがあってね」


 そのお店の看板にはミリーズ書店と書かれていた。忘れもしない、以前イーストゲートで偶然出会った書店と同じ名だ。


<ミリーズ書店>

 創業者の名はミリー。彼女はとある山村に突如現れた。その少女は言葉や文字が分からない上に住むところも無かった。それを不憫に思った村の人間が彼女に寝床を提供し、言葉を教えた。彼女の知能は高く、言葉を直ぐに覚え、次第に周りの村人でさえ知らない文字の読み書きまでも修得していった。


 そして成長した彼女は、昔助けられた恩を少しでも返そうと、この世界に文字の読み書きや本を普及しようと試みた。紙の製法を知っていた彼女はその技術を軍資金に本を作り、そして彼女やその子孫は大陸のあちこちに書店を設立し、文字の読み書きを普及させた。


 その店名は異国の文字(ローマ字)で<Milly’s book store>と書かれていた。


 そう、彼女の正体は異世界人。ミリーは恵二と同じ地球出身の<青の異人(ブルー)>であった。


「まさか、ここにこの書店があるとはな・・・」


「入ってみます?」


 テオラが気を使ってそう声を掛けてきた。彼女の御厚意に甘え、ちょっと寄り道をする事にした。


「いらっしゃいませ!ようこそ、ミリーズ書店へ!」


 二人が店内に入ると、物静かな書店には不釣り合いな元気な声が響いた。挨拶をしてきたのはカウンターで店番をしている小さな少女であった。


「―――!?」

「わっ!」


 余りにも大きな声に恵二は目を見開き、テオラは驚きの声を上げる。


 だが、二人が驚いたのは少女の声が大きいだけでは無い。恵二は少女の頭部に目が釘付けであった。


(あれは・・・耳?獣耳!?)


 小柄な少女の頭部には茶色い毛に包まれた可愛らしい耳が付いていた。そう、まるでタヌキの耳のような―――


「―――!?」


 視線を動かすと恵二は更に驚愕した。カウンターの上に置かれた手は毛むくじゃらで、まさしく獣のそれであった。身長はテオラよりも低いその小柄な少女は、まさしくタヌキが擬人化したような愛らしい容姿であった。


「あれ?見たこと無い種族の獣人さんだね」


「はい。私は狸族です。ここら辺だと、私とお父さんの二人しか居ない筈です!」


(やはり彼女は獣人族か・・・。そういえば初めて見たな)


 昔、王城で習ったこの世界の基礎知識で、獣人なるものの存在は知ってはいた。しかし、実際に見てみるとその衝撃は凄まじかった。


(エルフや小人族にドワーフ族はまだ人間とそこまで容姿が変わらないからな)


 彼女も頭や肌の露出を隠せば人族に見えないでもないが、そのふさふさな体毛や耳はインパクトがあった。そして何より、さっきまでカウンターに隠れていたのだが、こちらに寄って来た彼女のお尻には、なんと尻尾も生えていた。


「・・・ケージさん。あんましジロジロ見るのは失礼ですよ?」


 小声でテオラが恵二を窘めた。確かに珍しいとはいえ、少女のお尻を見つめるのは良くない行為だと自分を戒めた。


「こんにちわ。君はここのお店の娘さんかな?」


「はい、そうですよ。ルーニーって言います。店主は私の母でリリーって言います」


 ルーニーと名乗った狸少女の話では、彼女の母は人族で元々このお店を1人で経営していたようだ。ある時お店で店番をしていたリリーは強盗に襲われるという事件に遭遇した。丁度その時は、店番を任せていた冒険者が不在だったらしい。


 しかし、捨てる神あれば拾う神あり。


 この街にやって来ていた狸族のラントンという名の魔術師が、偶々このお店に入り強盗を撃退してみせたのだ。その姿にリリーは一目惚れをし後に二人は結婚、一人娘を授かったのだという。


「それが私、ルーニーです!」


 初対面にも関わらず、彼女の両親の出会いエピソードを聞かされた恵二は戸惑い、テオラは目を輝かせて話に食いついていた。女の子はそういう話が好きなのだろうか。


「えっと・・・ルーニー。俺はケイジでこっちはテオラ。このお店に入ったのは、実はグリズワードの方で同じ名前のお店を知っているからなんだが―――」


「―――おや?もしかしてあんた達、マリーのお店を知っているのかい?」


 奥から女性の声が聞こえてくる。そちらを振り返ると、人族の30代くらいの女性がこちらへと歩み寄ってきた。


「私の娘が、なんか恥ずかしい昔話をしてるもんだから、つい盗み聞きしてしまったよ。いや、申し訳ない」


「いえ、こちらこそあれこれ聞いてしまって」


 どうやら彼女がルーニーの母親で店主でもあるリリーのようだ。


(名前から察するに、マリーさんの親族か?どこか面影を感じる・・・)


 イーストゲートの女店主マリーと同じ薄水色の髪をしているが雰囲気はまるで違う。マリーさんは大人しいイメージだが、目の前の女性は大らかな性格のようだ。


「気にしないでいいわよ。ここらで狸族は珍しいでしょうからね。私も初めてあの人を見た時はビックリしたものさ」


 彼女はどこか昔を懐かしむような遠い目をする。


「容姿でも驚かされたけど、更に店に押し入った強盗どもを魔術でバッタバッタと倒していってねえ。あれはかっこよかったなぁ・・・」


「は、はぁ・・・」


 リリーは頬を赤らめ恥ずかしながらも昔話を始めた。


 本を傷めないよう、緻密に制御された魔術で強盗をあしらう狸。強盗を追い払った後、リリーの元に駆け寄り彼女をいたわる紳士な狸。その後何度か市内をデートするリリーと狸。


(・・・相手が狸じゃなかったら素敵な話なんだろうけどなぁ)


 どうもうまくイメージが沸かない。一体その狸は何者なのだろうか。


「それから晴れてゴールイン!私は遂にあの人と幸せな一夜を―――」


「―――ちょっと、お母さん!ストップ!ストップ!」


 初対面である恵二達の前で、夜の営みまで語り出そうとした母親を流石に娘は放っては置けず制止する。


「おっと、まだお子ちゃま達には早い話だったね」


「そういう問題じゃないよっ!」


 ルーニーは両腕を上げ抗議をし、リリーは笑いながらそれを適当にあしらう。どうやら種族の垣根を越えて彼女達の家庭関係は良好なようだ。


「えっと、テオラちゃんだっけ?ちょっとケージ君を借りるから、良かったら店内の本でも見ながら待っててよ。ルー、案内してあげな」


「了解!さ、テオラちゃん。こっちにお勧めの本があるんだよ!」


 ルーニーはテオラの手を引っ張ると、奥の一角へと連れて行く。テオラもギルド職員である父親のホルクから文字の読み書きは教わっているらしく、沢山の本を前に興味を示していた。


「さて、ケージ君。実は君の事はマリーから手紙を貰って知っていたんだ。おばあちゃんと同郷の少年がその内尋ねて来るかもしれないってね」


「成程、そうだったんですか」


 グリズワードで出会った書店の店主マリーには、成り行き上で自分が<青の異人(ブルー)>であることを教えていたのだ。


(そういえば、勇者である事は内緒にって話したけど、特に異世界人であることを秘密にとは言って無かったっけっかなぁ)


 自分が元異世界人の勇者である事はなるべく伏せたかった。ハーデアルト国王との約束でもあるし、自分が面倒事に巻き込まれない為でもある。


「あー、そんな警戒しなくても平気よ。私達は貴方が<青の異人(ブルー)>である事を広めるつもりはないわ。異世界人の人って偶に自分の出自を隠す人もいるからね。そこのところはマリーにも釘を刺されているし弁えているわ」


「・・・助かります」


 まだリリーさんの人柄は良く分からないが、自ら言いふらすような事はしないだろうと、なんとなくだがそう思える。テオラやルーニーを遠ざけたのも恵二のプライベートを聞かせない為の行為だ。


(尤も、この人うっかり口滑らせそうなんだよなぁ・・・)


 先程も、危うく旦那との初夜の話を初対面の恵二たちの前で暴露してしまうところだった。リリーには改めて釘を刺しておこうと思っていたのだが、先に彼女の口が開いた。


「そこを踏まえてケージ君。実は君にお願いがあるのよ!」


「え?お願い?」


 意外な展開に恵二は思わず聞き返す。


「そう、実はこの本を翻訳して欲しいの」


 そう告げると彼女は奥の棚から一冊の本を取り出して恵二に見せた。


「こ、これは・・・!」


 その古めかしい本にタイトルはなかった。本が傷まないように中のページをゆっくりとめくると、そこには走り書きのようなものが書かれていた。それも全てローマ字でだ。


「ねぇ、これっておばあちゃんや君の出身の世界の文字と同じじゃないかしら?」


「・・・正確には、俺がいた国とは異なる国の文字ですよ」


 それを聞いた彼女はがっくりしてしまう。


 まだ中学生だった恵二に英語の翻訳を完璧にこなすというのは難易度が高すぎた。それに、この本自体が古く傷んでいる為、掠れている部分が多く、さらに字体が達筆過ぎて読めない箇所もあった。


「・・・それじゃあ、君にも翻訳は無理なのかしら?」


「いえ、完全には無理ですが、俺の知っている単語なら、読める部分だけ拾って翻訳するだけは可能です」


 余り英語に自信の無い恵二は、そう無難な回答をしておく。だが、それで十分なのかリリーの顔はパッと明るくなった。


「ほ、ほんと!?一部でも読めるの、これ!?」


「え、ええ。例えばここの“egg”って部分は卵を意味してまして、“sugar”はシュガー、つまり砂糖ですね。・・・なんだ、これ?料理のレシピか?」


 若干リリーの勢いに気圧されるも、自分でも読める単語を拾っていき彼女に伝えていく。どうやらこの走り書きは料理のレシピのようだ。本の内容に期待していた彼女だが、これでは微妙な結果だったであろうかと様子を伺う。


 彼女の様子を見ると、リリーは俯いており身体を震わせていた。すると突然、恵二の両肩をガシッと掴み、顔を上げて大声を発した。


「素晴らしい!素晴らしいわ、ケージ君!異世界の料理レシピだなんて、これは凄い発見だわ!」


 歓喜の声を上げながら恵二の両肩を掴みながら少年の体を前後にぐわんぐわんと揺す振る。


「だあー!声が大きい!聞こえる、周りに聞こえるからー!!」


 静かな店内に二人の大声が木霊した。

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