彼らの日常。
数ヵ月後。
三人の住む家のリビング。
中央には六人掛けのテーブル。
その内の一つに座って、ボーッと佇む背の高い男。
台所では背の低い男が朝食の準備をしている。
若い男が二階にある自室からリビングへと降りてきて、
「おはよー。」
と二人に声を掛ける。
「おはよー。」
と背の低い男が若い男の方を向いて応え、背の高い男は前を向いたまま
「・・・おはよー。」
と応えた。
「朝ご飯、ちょうど出来たから。」
と言いながら、食器をテーブルに並べる背の低い男。
水の入ったコップを持って席に着く若い男。
全て並べ終えて席に着き、
「では!」
と背の低い男が手を合わせると、
「「いただきまーす。」」
と三人声を揃えた。
食べ始めて暫くすると、若い男が話し始めた。
「・・・あ。そういえばさ、来るの今日だから、ゆうじ。」
「ゆうじ?」
背の高い男は、誰だ?と首を傾げる。
「ほら、けんとのバイト仲間の子。」
背の低い男がそう言うと、若い男・けんとは指を指しながら
「そうそう、この間話したじゃん、二人と話してみたいって。」
と言った。
「あぁ、言ってたな、そんなこと。」
と背の高い男は納得し、再びご飯を食べた。
「じゃ、ゆうじくんのご飯も作っておくよ。」
と背の低い男が言うと、
「うん、お願いします。ご馳走様でした。」
とけんとは応え、席を立ち二階の自室へと向かった。
暫くしてから背の低い男は、台所からお茶の入った湯呑みと急須を持ってきて、背の高い男の前に置いた。
「ありがと。」
「ん。」
二人の会話は言葉少な目だ。
仲が悪いとかではなく、それだけで通じるということなのだ。
背の高い男はお茶をすすると
「はぁー・・・。」
と一息ついた。
けんとが二階から降りてきて、今度は洗面所へと向かう。
「ご馳走様ー。」
背の高い男は席を立ち、背もたれに掛けていたスーツのジャケットを羽織り、
「じゃ、いってきまーす。」
と足元に置いてあったビジネスバッグを手に取り玄関へと向かった。
「うん、いってらっしゃい。」
と見送る背の低い男。
けんともリビングに顔だけ出して
「いってきます!」
と言う。
「いってらっしゃい。」
玄関を出た二人。
玄関の向こうで背の高い男の
「おはようございます!!」
と大声が聞こえてきた。
二人とゆいが何やら話している声が聞こえる。
少ししてから背の高い男の
「いってきます!!」
とまたもや大声が。
そのあと竹箒でシャッシャッと外掃きをする音が聞こえてきた。
「今日も一日が始まったねぇ・・・。」
としみじみ言う背の低い男。
彼は食器を洗いに台所へと行った。
リビングには外掃きのシャッシャッという音と、食器を洗うカチャカチャという音・水を流す音が聞こえる。
食器を洗い終えた男、今度は洗面所へと行き、洗濯物が入ったカゴを抱えてリビングを通り庭へ出た。
物干し竿に洗濯物を干す男。
リビングには男とゆいの会話が聞こえてきた。
「ゆいちゃん、おはよう。」
「おはようございます、ひろやさん。今日、凄く良いお天気ですね。」
「そうだねぇ。雲、一つもないよ。こんなに天気が良い日に洗濯物干してると、仕事頑張るぞ!って、気合いが入るねっ。」
「ふふっ、ホントにそうですよね。よし、私も頑張るので、ひろやさんもお仕事頑張ってくださいっ。」
「うん、ありがと。頑張るね。じゃあ僕はこれで。」
「はい、失礼します。」
リビングに戻り、窓を閉める男・ひろや。
「いや~、今日のゆいちゃんも、可愛いなぁ~。笑顔が素敵だし。あの笑顔で「お仕事頑張ってください。」なぁ~んて言われたら、そりゃあ頑張っちゃうよね~。」
独り言だが、目尻も下がりデレデレ状態のひろや。
「よし、天気も良いから、今日はリビングで仕事しよっと。」
二階の自室へ行き、ノートパソコンを持って再びリビングに現れるひろや。
彼はテーブルの真ん中を陣取ってパソコンを開く。
「よし!今日も一日、働きますか!」
ひろやが一時間ほどパソコンを弄っていると、玄関のチャイムがピンポーンと鳴る。
「お。来たな。」
ひろやは玄関に行き、チャイムを鳴らした相手を出迎える。
「おはよー。どうぞー。」
「おはようございます、お邪魔します。」
ひろやに続いてリビングに入ってきたのはあきらだった。
「お茶持ってくるねー。」
そう言ってひろやは台所へ行き、麦茶の入ったコップ二つとポットを乗せたお盆を持ってきた。
あきらはひろやが使っている席の隣に座り、持ってきたノートパソコンを開いた。
「はい、どうぞー。」
とひろやはあきらの前にコップを置き、自分の分のコップとポットも置いて席に着いた。
「じゃあ今日もお願いします。」
とひろやが言うと、あきらは会釈してパソコンに打ち込み始める。
「で?ゆいちゃんとは相変わらずなの?」
「・・・はい、喋ってないですね。だからこっちの家に来てることも知らないです。・・・ひろやさんとけんとさんが話してなければ。」
「話してないけどさぁ。僕もけんとにあきらくんがパソコン弄れるから仕事手伝ってもらいなよって話振られるまで、二人が話してること自体知らなかったくらいだから、けんともゆいちゃんに話してないと思うけどさ。隠すことでもないと思うんだよね。むしろこっち来て僕の仕事手伝ってくれてるって知ったら、ゆいちゃん安心すると思うけど。」
「何て言うか・・・俺はもうこの感じに慣れてしまったというか・・・今更話すこともないというか・・・。」
ひろや、溜め息をついてから
「あのねぇ、あきらくんは慣れたかもしれない、話すこともないかもしれないけどさぁ。ゆいちゃんは違うんだよ。自分の話聞いてほしいこともあるだろうし、単純にあきらくんと話したいこともあるだろうし。別にあきらくんから話さなくても良いんだよ。ゆいちゃんの話聞くだけでも良いし、質問されたら答えれば良いし。元々仲悪かったら今くらいがちょうど良いかもしれないけど、小さい頃はよく一緒に遊んでたから寂しいなって、ゆいちゃん前にそう言ってたよ。あきらくんはさ、ゆいちゃんのこと、嫌いなの?」
「嫌いじゃないですよ。・・・最近はむしろ迷惑かけてるって、申し訳ないなって、思ってるんですよ・・・。」
言いながら、段々と俯くあきら。
「お、そうなんだ。変わりつつあるってことだね。」
「その、正直言うと、姉ちゃんを見るのが辛いんですよ。母さんに似てるから、どうしても思い出しちゃって・・・。」
「思い出して良いじゃない。思い出したくても思い出せなくなったら、そっちの方が辛いんじゃないかな。故人が本当に死んだときって、誰からも思い出されなくなったときだと思うんだよね。」
「じゃあ、少なくとも俺が死ぬまでは母さんは死なないですね。俺は、ずっと後悔してるから、嫌でも覚えてるし、覚えてなきゃいけないんだ・・・。」
あきらは涙を堪えているのか、グッと眉間にシワを寄せた。
「お母さんと、何かあったの?」
「・・・普段はないんですけど、進路のことで母さんと言い合いになって、俺、家出したんですよ。友達の家に行こうとも思ったけど、結構遅い時間だったからやめて。結局は公園で過ごしたんですけど。その間家族からの着信何回もあったんですけど、無視して。明け方、いい加減帰ろうかなぁと思ったら、姉ちゃんから留守電入ってるのに気付いたんで、聞いてみたら、母さんが事故ったって。早く病院に来いって。病院に着いて、何で事故ったんだよって姉ちゃんに訊いたら、俺のことを探しに行った道中に、車と出会い頭にぶつかったんだって。だから、母さんが死んだのは、俺のせいなんですよ。俺が家にいれば、俺を探して事故に遭うこともないんですよ。だから、俺が外にいることは知らない方が良いんですよ。」
「そういうことだったのか・・・。僕があきらくんのせいじゃないよって言ったところで、君は納得しないだろうから言わないけどさ。何で部屋から出ないのかって話は、ゆいちゃんにしてみなよ。」
あきらはその言葉を受け、考えているのか、暫く黙り込んでいた。
(つづく)