変空
―あかつき町という神奈川県の田舎町で、この短い話は始まる―
高校の校舎の屋上に、その少年はいた。
学ランに身を包んだその少年は茶色に近い短髪を掻きなからながらフェンスにもたれかかり、空を見上げていた。
「空は青いーな…‥大きいなぁ…‥」
寝ぼけ眼で見上げた流れ行く雲は形を変えていく、少年は口を半開きにして思いつくままの歌を歌っていた。
冬の寒い空に、少年の白い息が浮かんでは消えていく―
「せっ先輩っ!パン買ってきました!」
屋上のドアが開く音と共に、快活でハスキーな声が響く。
一見すると少年と見紛うショートカットを風に靡かせ、セーラー服を着た少女が少年の前へと駆けてきた。
陸上部で鍛えた引き締まった体をもつ少女は胸にカレーパンとメロンパン、ロールパンを抱えており、これ以上ないほどにこやかに笑った。
「えっ?普通に今日弁当食っちゃたんだが…‥」
足元の弁当箱をつまみ上げて、キョトンとする少年。
感情がそのまま表現に出るタイプであるらしく、少女は瞳を潤ませる。
「ふええっ……‥」
先輩がお腹を減らしているだろうと思い込みダッシュで買ってきたパンを見つめ、ため息を漏らす少女。
「いいですもん…‥私一人で食べます」
少女は四つのパン達を見つめて、頬を膨らました。食べられない量ではなかった、栄養を取り過ぎだとは自覚していたが。
「うーん…‥なら一個もら――」
弁当では満腹にならなかった少年は、悩みながらパンに手を伸ばす―
と同時に、けたたましいアラーム音が鳴り響く。
「んっ――これは!!」
少年は学ランの袖をまくり、右腕にはめられた銀色のブレスレットを見つめた。
『怪人出現!場所はあかつき町200番地、駄菓子屋[ひいらぎ]の近く――防衛隊に応援を要せ―』
ブレスレットから聞こえたのは警察の声であった、無線機からの通信らしく、音にノイズが頻繁に入っている。
しかし、警察の声は明らかに少年に対して向けられたものではなかった。
「くっ――事件みたいだ!」
そのブレスレットは青年が自作した警察や防衛軍の無線を傍受するための機械であった、もちろん、少年は警察や防衛軍の関係者などではない。
「行ってくるわ―」
少年はバックの中からヘルメットを取り出し、頭に装着する、もちろん変身ではない。
ただのバイクのヘルメットにツノを付けそれっぽくして赤と白で塗ったものである、因みに塗装はMAX塗りであり、所々に傷や凹みがある。
「えっ?先輩、また行くんですか?!次は死んじゃいますよ!!」
生身で怪人に立ち向かおうとする青年に向かって、少女は必死で問い掛ける。
この世界には時折怪人による殺傷事件が起こっており、それを倒すヒーローや防衛軍も存在する。
しかし彼はヒーローではない、無理――と言うより無謀である、だが――人々を守るために現場に駆けつける。
「おいおい…‥俺の名前――忘れたのか?」
少年は引き止めようとする少女の瞳真っ直ぐに見つめて
「最優真…‥緋色」
最優真 緋色――少女は自分でも自覚しない内に少し赤面しながら、少年の名を小さく口にする。
最も優しき真の緋色、ふざけたダジャレのような名前は、少年がヒーローを目指すきっかけになっていた。
「そうだ、止めてくれるなっ!」
少年はドアを開けて一気に階段を駆け下りていった。
屋上に一人残された少女。いつもなら少年を追いかけているのだが、この日は何も食べていなかったので、とっさに動く事が出来なかった。
「はああ…‥」
少女はため息を漏らしながらカレーパンの袋を開け、黙々と食べ始めた。
―先輩が怪人を倒しに行って、危ないところで本当のヒーローか、に助けられる―
―もう今回のような事は何回も起こっていた。
最初の頃は驚き追いかけることが出来なかった、次からは泣いて制止しようとした、それでも戦いを続ける彼に――いつの間にか惹かれていた。
だから、もう今日のようなことは慣れっこに近くなっていた。
多分先輩はまた捻挫なり骨折なりをして戻ってくる、多分死にはしない――
「今回は骨折か擦り傷で済むといいんだけどなぁ…‥」
出来ればヘルメットの破損も最低限で済めばいいな、と少女は思った。
骨折したらまたお見舞いに行こう、とびきりの――とびきりの笑顔で――
そう思いながら、少女はもそもそとメロンパンを頬張る。見上げた空には既に散り散りになった雲が流れていた――
「また行っちゃたの先輩?」
屋上に少女の親友が現れ、少女の横に座る。
彼女は黒いカチューシャでまとめられた長い黒髪と少し切れ長気味の目が特徴的な、少し身長の高い少女である―
「うん、そーみたい」
小学校の頃は快活な自分が相談に乗っていたのに、最近では立場が逆転してしまっている。
先輩についての話を一番親身になって聞いてくれる親友に、少女は苦笑いをしながら答えた。
「まったく、最優真先輩の鈍感もここまで来たら罪だよねえ…‥『俺を見てくれる彼女が欲しい!干し芋っ!』って公言してるけど――ここに丁度いい娘がいるのにさ」
ダンボール箱の中で捨てられた猫を見るような目で、親友は少女を見つめる。
「そ!そんなんじゃないって!!違うから!!私は、ただ先輩を支えたいだけなんだよぅ!」
手をばたつかせて赤面した顔をふるふると左右に振って否定する少女を前に、親友は眉間を指で押さえて半ば呆れ顔でため息をつく。
この話題になると、少女はいつもこの反応であった。
「言い訳とか嫌いなあんたが…‥なんで、この件だけは別なのかなぁ――端から見てると、そういう関係にしか見えてないのにねぇ…‥」
親友は不憫な少女を横でフェンスにもたれかかってのけぞり、眼下に広がる青い空を見た。そして、先月付き合い始めた他校の男子へのメールを打ち始めた―
「まっ!後悔しないように、頑張りなさいね――何かあったらまた聞くから」
親友は素っ気なく語り、メールに集中し始める。
少女は赤面したまま、フェンスに肘を絡ませて、校庭を走り去る男の背中を真っ直ぐに見つめた。
少し冷たくなってきた秋風は少女の短い髪を揺らし、木の葉を青い空へと巻き上げていく―
「先輩…‥私はただ、純粋に―――」
この作品の御意見、ご感想をお待ちしております。
―以下のオマケは華麗にスルーしてやって下さい―
作者「うーん、反響が良かったらまた作りたいな」
アイン「俺もこういうピュアーな恋愛作品に出たいな、もちろん相手はサッキーで」
作者「うーん、どうでしょう」
アイン「どうなのよ?」
作者「反響次第ってことで」
アイン「あべしッ!!」