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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ウェアウルフ

作者: 雑草魂

それは、街に入ってすぐの事だった。




「ねぇねぇお母さん!あの人、動物さんみたい!」




まだ物心つきたてと思われる子供が好機な眼差しで俺を指差す。



子供の声に吊られ一気に周囲の注目を集めてしまったのは、俺に常人とは明らかに異なる点がいくつかあったからだ。




確かに、黒いジャケットに黒いYシャツ。トドメに黒地のジーンズと全身を真っ黒に染め上げていれば少なからず視線は浴びるかもしれない。


けど俺にはわかっていた。

今自分が注目されている理由は服装では無いということを。




かつて、黒人が白人に人種的迫害を受けていたように、この世界にも迫害され認めてもらえない者達が存在する。


それが魔獣と人間、双方の血を引き継いだ混血種……「亜人」だ。




臀部から伸びる、フサフサな毛で覆われた真っ黒な尾。


口から覗かせる鋭い犬歯。


黒髪から突き出た、同じく真っ黒な二つの角耳。




端から見れば、人と狼を合わせた姿。

その容姿を見た途端に賑わっていた街の雰囲気が一瞬にして静寂に包まれていく。本当に一瞬だ。



ある者は怯えるように距離を置き、またある者は害虫を見下すような鋭い眼光を射出した。




「チッ、なんだってこんな街中に獣人がいるんだよ……」




後者側である一人の男性が舌打ちを鳴らす。

それはもう心の底から迷惑そうに顔をしかめながら。




「嫌ねぇ、いつ見ても気持ち悪いわ……うちの子に感染らないかしら?」


「あ〜あ、興ざめだわ……折角の快晴が台無しだぜ」


「なんだってこの世にはコイツらを縛る法律が無いんだよ、汚らわしい蛮族が」




続くように群衆から愚痴や罵倒が相次いで飛び出す。

やがて人々は避けるように姿を消していき、最後には俺とその隣に立つ少女、シロだけがその場に残された。




「だから言ったのに……」




まるで馬鹿を見るような目、いや馬鹿すぎて哀れむような目つきでシロが睨んでくる。




「あ〜……やっぱ昼間に来るのはマズかったか?」


「あったり前でしょ!?」




キーンと耳に鋭い稲妻が耳の中に迸った。


彼女の背丈は俺と比べ頭二つ分近くも低い。別に俺が高いと言う訳ではない。むしろシロが低すぎるのだ。


にも関わらず、その怒声はまるで耳元で叫ばれたような衝撃。なんという声量だ。いろんな意味でのど自慢大会で優勝できるぞ?いや冗談抜きで。




「だってよ、いつも夜中だと飽きるだろ?たまには太陽とか拝んでみたいとか思わないか?」


「拝みに来る度にこんな扱いじゃ返って疲れるだけよ」




言うと、シロはため息混じりに静まり返る街へ目をやる。



二人が目を話した一瞬の間に、先ほどまで開放されていた家々の扉や窓は全て「出ていけ」と言わんばかりに固く閉ざされていた。

中には御札や塩を撒いている家もある。おいコラ、人を悪霊扱いするんじゃねえ!




「全く……ジンを不治の病か何かと勘違いしてんじゃないかしら?」




不当な態度や険悪な眼差しには回数を増すに連れて慣れてきたが、どうにもこう人外的な扱いには腑が落ちない。




「まぁ、何時までも気にしてても仕方ないだろ。とっとと用件済ませて帰ろうぜ?なんかおごってやるからさ」


「じゃあ……ヘドロケーキ」


「ん?随分さわやかな注文だな、いつもはもっと食」


「……を100個」




それ直接工場か何処か行かないと達成できないだろ。何て無慈悲な要求だ。………あぁ財布が泣いているのが見えるぞ。許せマイマネー達よ。恨むなら俺ではなく、この無慈悲な女を恨んでくれ。




「何一人で悶絶してるの?」


「な、なぁシロさん?もう少し数を減らしてくれませんかね?俺の財布が嘆いてまして……」


「ふ〜ん?じゃあマッドタルト200個でいいよ」


「増えてんじゃねえか!話聞いてた!?財布が泣いてるの!」


「あら……真夜中に夜襲すれば簡単だと思うけど?」




シロは白い毛皮帽子に同色のポンチョコートを身に纏い、おまけに髪は銀髪に近い白髪で外見は白一色。

なのに中身は闇の如く腹黒い。まるで天使の皮を着た悪魔だ。


黙っていれば愛らしいのに、内部の腹黒さが全てを台無しするので実に惜しい。勿体無い事この上無かった。




(いっそのこと名前もクロにしてしまえば違和感は消えるんじゃないか……?)


「ジン、何か失礼なことを考えてるでしょ?」


「なんの事でしょうか?」


「棒読みね。ジュエルクッキー300個に変更」


「おやおや?もうこんな時間だ。早く帰らないとお化けが出るぞー」




痛くて下手くそな猿芝居で、シロの高難易度クエストを強行突破した俺は街の中へと突き進んでいく。



芳しい臭いの対価に甘い食感をお届けするヘドロケーキや、外はドロっと中もドロっとしたマッドタルトならまだしも、最上級の高価さを誇るジュエルケーキは洒落にならない。



それ一つで安い民家なら軽く買えてしまえるほどの超高級菓子。

なんでも宝石を原料に作ったとかどうとか……見た目は綺麗だがそんなに美味しいとは思えない。


宝石から作るってどんな成金主義者だよ。頭のネジが軽く飛んでるんじゃないか?まぁそれを食べたいって言うシロもシロだけど……



頭の中で愚痴を叩きながら、俺たちは人目の付かない裏路地へと入っていく。

そして道中にある黒い扉の前で足を止め「CLOSE」の立て札をスルーして扉を開けーー




「テメエの目は節穴かダホっ!!」


「ぐあっ!?」




後頭部からの拳骨。不意打ちボーナスとかあったら確実に死んでるぞコレ!


この「アホ」を「ダホ」と言う癖、今の破壊力抜群のメガトンパンチ。以上の条件が当てはまるのはアイツしかいない。




「ってぇ〜〜!何すんだよバジル!!」




既に誰がいるのかを確定した上で俺は涙目で振り返る。

背後には二メートル軽く超えているであろう大男。


身につけたノースリーブ越しでも分かる岩のように角ばった筋肉にギザギザに荒れた黒ひげ。プラスαで頭に巻いた不潔そうな鉢巻。

全く、何処の海賊の手下だよってツッコみたくなる格好だ。いつ見ても暑苦しい。




「何って不法侵入しようとしたダホを阻止しただけだが?」


「いいだろ別に!24時間営業でもしてろよ」


「そんな面倒くせえこと出来るかダホがっ!」




ゴスッとまた強烈な鈍痛が炸裂。鐘を思い切りぶつけられたような感覚。もうその筋肉は犯罪の領域だろ!衛兵さん、こっちに犯罪者がいますよー!




「この筋肉ゴリラがぁ……!」


「まだ足りないようだな〜?だったら………」




バジルは右腕に持っていた買い物袋を置いて、今度は両拳を頭上で力強く組んだ。




「げぇ!?ちょ、ちょっと待て待て!それくらったら確実に記憶飛ぶから!記憶喪失の悲劇の少年になっちゃうから!」


「安心しな、その時は俺様が保険金として100G払ってやるわ」


「100Gで記憶が戻せるかぁ!!」


「はいストップ」




まさに生と死の一瞬を覚悟した瞬間。悪魔の鉄槌と俺の間合いにバッとシロが立ち塞がる。




「おぅ!?な、何だシロちゃんもいたのかい?」




シロの姿を目に捉えた途端、バジルは慌てふためいて隠すように両拳を解く。もう遅いけどな。




「ごめんね?こんな真っ昼間から来ちゃって」


「き、気にすんな!丁度今から24時間営業にするところだったからよ!」


「おい、今さっき面倒くせぇって放棄したばっかだろ」


「るせぇ!テメエはとっとと帰りやがれダホッ!」




またしても鬼の鉄槌ーーいや、もう言い飽きた。と言うかいちいち「ダホ」の後に鉄槌をオマケすんのやめろよ!最期に聞いた言葉が「ダホ」とかだったら哀れすぎて泣けるんですけど。




「あっ良いの良いの、ジンも連れだから」


「まぁ……シロちゃんがそう言うなら仕方ねえか、とりあえず入んな?ここじゃ何だしよ」




置いた荷物を再び抱え上げ、バジルは黒い扉の奥へと案内してくれた。俺本当に殴られ損。今ので記憶が飛んだらどうしてくれるんだ。




「ジン?来ないの?」


「い、今いくよ……」




まだ鼓動のように揺れる頭を押さえながら俺は扉の先に広がる深い階段へと踏み入った。



壁に均等に打ち付けられた蝋燭を数本か通り過ぎると、静かなバラードと共に少し開けた酒臭い空間が広がってくる。




『豪腕バジル!』それがこの店の名前。

人間はもちろんのこと、俺たち亜人や、極悪非道の犯罪者、時には魔物だって歓迎してしまうオールウェルカムな酒場だ。



真夜中に人知れず営業するこの店は、行き場を失った者達の癒やし場であり、俺とシロが平然と訪れられる数少ないの場所でもあったりする。




「その辺に適当に座んな、何か出してやるからよ」




バーカウンターに買い物袋を放り投げ、バジルは二人分の丸椅子を用意してくれた。




「いつもありがとうバジル」


「気にすんな。シロちゃんはジュースとマッドタルトだよな?」


「うん!」


「ジンは雨水で良いな」




なんつー雲泥の差だ。このロリコン。

今年で48歳を迎えるバジルが心で掲げる言葉はいつもアレだ。

「イエス!ロリショタ!ノータッチ!」だっけ?相変わらず酷いタイトルだ。



反撃したところでまた「ダホ!」が飛んでくるので俺は黙って出された雨水をガブ飲みする。めっちゃヌルかった。いつの雨水ですかコレ?




「ったく、それにしても何だってこんな時間帯から来てんだお前ら?他の奴らが黙っちゃいないだろ」


「まぁね……それなりの対応をしてもらったわよ。理由はそこの馬鹿に聞いて」




タルトを幸せそうに口に運びながらシロは俺をピッと指差し、それに続いて鬼の形相がコチラに振り向く。うわ〜超怖え。




「やっぱテメェかジン〜……純粋なシロちゃんになんて思いをさせやがんだよスーパーダホがッ!!」


「うるせぇ!太陽が見たかったんだよロリコーーわっ!?よせ!拳を振りかぶるな馬鹿!」




ガッシャーン!バキバキ!ドガーン!




店内に轟くのはいつも轟音。

椅子が飛び、テーブルが壊れ、静かな一時なんて無いに等しい。




「あっ、お取り込み中のところ悪いんだけど……少し静かにしてくれない?」




コブラツイストが決まった辺りでシロが声を出した。




「おう?悪いなシロちゃん」


「ふぐ!?」




鬼の面が一瞬で切り替わってバジルが口を塞ぐ。自分のではなく被害者である俺のをだ。

コブラツイスト&酒臭い手で口塞ぎ。

これ何地獄?地獄の閻魔様もお手上げものだ。




「ンンン!!ンーー!ンンーー!」


「……で?どうしたシロちゃん、ジュースのおかわりならまだあるぜ?」


「ううん。そうじゃなくて、ラジオが聞こえないから……」




先ほどの幸せに満ちた顔が珍しく真剣な表情を浮かべていているので、俺もバジルも黙って声を殺す。



そしてシンと静まった空気に遅れ、錆びついたラジオから男性の声が流れ始めた。




『………れでは次のニュースです。今日、またしても撲殺された遺体が三人発見されました。遺体はどれも心臓がもぎ取られており、衛兵は心臓狩りの仕業と見て調査を進めています……………』


「…………………」




今、人々を恐怖に陥れている謎の殺人鬼。

通称ーー【心臓狩り】。



鈍器と思われる凶器で人を撲殺し、遺体からは必ず心臓を奪い去る。

何ヶ月も前から起き続けているこの怪事件は、未だ犯人逮捕への手がかりが掴めていない。

死神の仕業……そんな噂も流れていた。




「……おいジン、お前なんか用があって来たんじゃねえのか?」


「え?あ、あぁ……食糧が底をつきかけててさ、少し買い貯めようと……」




突然手と技を解いたかと思えば、不意にバジルが真顔で話を振ってきたので不自然な返しになる。




「だったら今日買ってきた食糧譲ってやるよ。ざっと3日分はあんだろうぜ」


「えっ!マジで!?」


「その代わり!今から店の準備しなきゃならねえんだ、大人しく帰んな」




デカい買い物袋を強引に押しつけられ、勢い良く店外へと放り出された。粗大ゴミか俺は。


それから十秒ほど遅れて片手にマッドタルトの山を抱えたシロが出てきた。

ほほう?土産か。やはりこの金無し貧乏人と億万長者並みの扱いの差は納得出来ん!




「けど……アイツが気前いいなんて珍しいな」


「バジルはいつも優しいよ?」


「主にお(ロリショタ)にはな。俺に優しいってのが変だなって話だよ」




バジルが無料で何かをしてくれるのは天変地異でも起きない限り不可能に近い。

しかも3日分の食糧もくれるとは……悪い物でも食べたのだろうか。




「まぁ……いいか。とりあえずまた人が来る前に帰ろうぜ?」


「うん」




獣人の住処は基本野外。

宿や民家に泊まりたくても確率はゼロ。

その為、最低限の生活を送るには自分たちで家を探さなくてはならないのだ。


主に樹海や洞窟が寝床の対象だったりするが、俺とシロは外のマンホールから街の地下に広がる排水路を拠点としている。

多少気温は低くても人気もないし街からも近い。それだけ揃っていれば自分たちにとっては十分な豪邸だ。




「………………………」


「どうかしたかシロ?寒いのか?」




店を出てからやたらとシロが静かだ。

別におしゃべりなキャラって訳でもないけど……本当に一言を話さなかった。




「ううん。そうじゃないの……」


「じゃあ何だよ………あっまさかアレだけ食ってまだ腹減ってるとか?勘弁しろよな〜俺にそんな金はーー」


「そうじゃない…!」


「へ?」




突然の声にビクつき、俺は言葉を失う。




「そうじゃなくて……どうしてジンは………皆に受け入れてもらえないのかな……って」


「何でって、そりゃあ俺が獣人だからだろ?」




当然のように俺は言葉を返す。

それがこの世界のルールと言えば聞こえは悪いかもしれない。

けれど誰かが決めてしまった以上、それに歯向かうだけ無駄骨である。




「……………グスっ………」


「え?ちょ……シロ!?」




何故か急に泣き始めるシロ。

ちょっと待ってくれ。いくらここが誰もいない排水路だからって凄く気不味いムードになるから!




「だ、大丈夫だって!こんな扱い慣れてるしさ、俺は気にしてねえよ」




いや、正しくは「慣れた」の方が良いのか?




「でも……私は嫌だ………。ジンは……私の大切な人……だから……」




大切な人……ね。

そういえば、シロの涙を見たのはいつ以来だっけ。



行動を共にしている為に誤解されがちだが、シロはれっきとした「人間」だ。



では何故、本来交わらざる者達が行動を共にしているのか……話せば長くなる話だ。手短に言うとしよう。







あれは数年ほど前の事だ。

まだ独り身だった俺の元に、一人の幼女が訪れたことから全ては始まった。




『お前……俺が怖くないのか?』


『…………………』




その幼女はボロボロの衣服を纏い、しかも全身傷だらけ。

露出した肌から覗かせる真新しいアザや傷が、その時は妙に痛々しく見えた。




『……オ〜イ、俺の話聞こえてる?』


『…………………………』




無言で、ただジッと俺を見つめる幼女。

怯えているどころかそれらしき反応が殆ど無い。肝のすわった子だな。



しみじみと感心してる一方で、少女はやはり俺を見つめている。

よく見れば「なんで?」とでも言いたげな視線だ。さっぱり理由が分からない。




『あ………い………』


『へ?』




ようやく口を開いてくれたが、蚊が泣くような小さな声なので全く聞こえない。え?何?何だって?




『あなたは……私…を………殴らない……の?』


『は?』


『私を……蹴ったり……しないの……?』


『いや、しないもなにも……何で初対面の子供に力を振るわなきゃならないんだ?』


『みんな……そうする……から……』




ポツリポツリとぎこちない口調で言葉を零す幼女。

みんなが殴ってくる?何その世紀末的な時代。


何か複雑な事情でも抱えてるだろうか。

というか俺にそんなこと言われても知らんけど。




『まぁ…アレだ。人には色々あるんだろ?良く分からんが早いとこ家に帰んな』




別に意地悪で言ってる訳じゃない。

亜人と人間が一緒にいた。それだけでも十分に人々から反感や批判を買いかねない。そうなる前に帰れって意味だ。

いわゆる俺なりのツンデレだな。男がデレて誰得?って話だが。




『帰る場所……無い。お前なんか私の娘じゃないって………』




とんでもない返答が返ってきた。

思わず俺の顔からは表情が消える。




『………それ親に言われたのか?』




幼女は小さく首を縦に振る。

てことはそのアザも親にやられーーいや、言うまでも無いか。




『……………………………』


『……………………………』




えー。なんだこの沈黙。

目の前の幼女は何も喋らないし、俺だって別に話せるようなネタは持ち合わせていないし。

かといって家に帰れと言っても少女には帰る場所が無い訳で……。



慣れない人間との会話。ましてや相手は家無し&傷だらけの幼女。いきなりソレと会話しろとか……初っ端からハードル高過ぎだろ。ほら〜もう泣く寸前じゃないか。




『じゃあお前、ここ住むか?』


『え……?』




あっ。何言ってんだ俺?

なにか喋れば良いという曖昧な考えがとんでもない台詞を吐いてしまったらしい。



いくら居場所が無いからってこんな獣臭い奴と住みたがる物好きがどこに居るというのだ。これでは余計に悲しませるだけだ。

ついに頭がイカれたかな?最近まともな食事とってないしな〜




『あ〜……やっぱ何でもない。悪いな、今の話は忘れーー』


『住みたい…』


『そうかそうか、住みたいか。まぁそれが正しい選択ーーって……はい?』




我が耳を疑った。

「住みたい」。確かにそう聴こえたかりだ。




『し、正気かお前?獣人と暮らしたい人間なんて初めて見たぞ!?』


『え……ダメ……なの?』




身長差が凸凹なだけにどうしても上目遣いに見えた。別にロリショタに興味はないので萌えたりはしないけど。




『ま、まぁ……お前がそれで良いなら、好きにすれば良いんじゃねえのか?』




あまりの急展開に思考が追いつかない。

5桁のかけ算を暗算してる最中に「ゴメン。やっぱり6桁割り算にして」とか言われた気分だ。うん、意味わからん。




『……あ……あり……が………と…』


『ありがとうな?まだ言葉すらまともに話せないのかよ』


『ありが……とぉ…!』




まるで初めてプレゼントを貰ったかのように喜びの意を全開にする少女。別にそんな喜ばれるようなことはしてないのだが………。

まぁ……なにはともあれ、結果的に幼女が泣き止んだから良しとするか。




『俺はジンって言うんだ。お前の名前は?』


『え、えっと……ない……』


『……無いって……名前くらいあるだろ?』


『本当に……無い……。お前には必要ないから…って』




あまりの事実に俺は戸惑いを隠せなかった。




『な、名前ないと……住んじゃ……ダメ?』


『いや、ダメって訳じゃないんだ!ただ少し驚いたって言うか……』




何とか幼女を泣かせまと色々思考するが、ロクな案が浮かばない。




「じゃあーーシロだ」


「ふぇ…?」


「お前の名前だよ。毛が真っ白だからシロ!大事にしろよ?」


「シ…ロ………?うん……!」




色を抜き取られた髪の如く、シロの毛髪は白一色だった。

それに見覚えがあった気がしたのだがーー目の前の満面の笑顔を見たら忘れた。もともと記憶力無いしな俺。




『ジ……ン…?どう……かした?』


『いや、何でもないさ。それより腹減ってるだろ?飯にしようぜシロ!』


『う、うん……!』






それが……始まりの幕開け。

今思えば、あの時のシロを自分と照らし合わせていたのかもしれない。

嫌われた者同士として……わずかな繋がりを感じていたのだろうか。






「……ン…………」




でも、もうすこし素直な娘に育てたかった。もはやあいつの腹黒さは悪魔以上ーー




「ジン!」


「うお!?」


「何時までボーっとしてるの?私の話聞いてた?」




どうやら過去の思い出に浸っていたらしい。

いつの間にかシロの泣き顔もすっかり消えていつもの平常運転に戻っていた。




「あ〜、悪い悪い。なんの話だっけ?」


「だから……いっそのこと人間を駆逐しちゃおうよって」




ロクな話では無かった。

恐らく過去にダイブしてる間に獣人を嫌煙する人間への復讐計画でも建てていたのだろう。相も変わらず、えげつない子供である。




「そんな面倒なことできるかよ。何度も言うけど、俺は今の生活に不服はねえよ」


「ジンが良くても私が…………」




シロは不満そうに何かを呟やくが、飯に夢中になっている俺には殆ど聞こえない。




「あーもう!やっと話聞くかと思えば食べ物のことばっかり!ていうか私の分まで食べないでよ」


「どうだかな〜?」


「え、ちょっともう半分近く減ってるじゃん!?3日分の食糧なのに!」




そして始まる食糧争い。

こんな低レベルな戯れもオールウェイズである。腹の飢えには誰もが屈服するのだ。




そんな調子で俺とシロは2日分近くの食糧をたいらげてしまった。




「プハー!美味かったなぁ!」


「私…なんか眠くなってきた……」


「だな。まだ昼頃だろうし昼寝でもーー」



その直後、不意に視界がグニャリと歪み始める。




「あれ……?なんだ、……コレ?」




全身が怠く重い。

睡魔がいつも以上に強力に感じる。

まるで睡魔が全身にへばりついたような………。



俺達は崩れる勢いで意識を失い、そのまま泥のような眠りに落ちていった。







「うっ……ん…………?」




どれほどの時間が経っただろう。

覚醒する意識と共に眼を開けると、ぼんやりと輝く巨大な月明かりが視界に写り込む。




「え?こ、ここは…?私、さっきまで下水路に………」




そこは街から遠く離れた草原だった。

意味不明な状況にシロは動揺を隠せない。おまけに身体の自由が全く聞かないのだ。




「何これ……縄?」




両手首がぶ厚い縄で繋ぎ止められている。

生半可な結びじゃない。何十にもグルグル巻に絡まりビクともしない。




「目が覚めたか?」


「!」




重低音を聞かせた声。

それには聞き覚えがーーいや、覚えがあるなんてものじゃない。




「バジル……?」




おそるおそる尋ねる。




「やぁシロちゃん、よく眠れたか?」




ゴツゴツの筋肉、刺々しい黒髭、トレードマークの鉢巻……間違いない。そこに立っていたのは紛れもなくバジル張本人だった。




「ちょ、ちょっと何のつもりよバジル!これ解いてよ!」


「悪いなシロちゃん、そりゃ無理だ。だって今日は、シロちゃんの最期の日だからなぁ!」


「な、何それ……って言うかジンは何処!?」


「まぁ落ち着けってシロちゃん、アイツだったら店の地下にある牢獄で大人しく眠ってるよ」




(牢……獄?)


不穏な言葉に緊張が走る。




「シロちゃん。初めて店に来た時からさ……薄々気づいてたんだろ?」


「俺様が、亜人ってことにーー」




バジルはそう吐き捨て、頭の鉢巻を無造作に剥ぎ取った。


今まで一度も外さなかったトレードマーク。それは何故か。答えは……剥がれた布切れの下に隠されていた。




「…赤い……眼……?」




鉢巻の下から現れたのは真紅の眼。

充血したかのような血に満ちた魔眼はギョロギョロと四方八方に蠢く。作り物などでは無く、本物の3つ目だ。




「亜人が魔獣と人の間に生まれるのは知ってるよな?俺様には『サイクロプス』って言う化物の血が流れてるんだ。名前くらいは知ってるだろ」




サイクロプス。知っている……。大木に匹敵する巨体と、大岩をも砕く怪力を誇る3つ目の魔獣だ。




「亜人は人間とは少し異なる体臭がするんだ。自覚ないだろうが、恐らくジンと一緒にいて臭いを覚えちまったんだろうな」


「どうして……それを私に?」


「言っただろ?シロちゃんは無自覚でも俺様を亜人だと気づき始めてる……邪魔な芽は育つ前に消しておかねえとな」


「そんな……別に気づいたって良いじゃん!私は亜人を差別したりなんか……」


「そうじゃねえんだよ!」




二メートルを超える大男の怒声に威圧され、シロは思わず言葉を失う。




「そうじゃねぇんだよ………。シロちゃん、この辺りで殺害されてる被害者死因……覚えてるかい?」


「えっ、被害者はみんな鈍器と思われる打撃根が残ってい………ッ!?」




瞬間。思考が不気味な気配を察知し、シロは反射的にバジルの拳に目をやった。

被害者に残っていたのは打撃痕ーー。


衛兵の間では鈍器だと推測されているが……シロの頭にはもう一つの凶器が浮かんでいた。



サイクロプスの血が成す怪力無双の遺伝子。

その血を受け継ぎ、可能に扱えるのはーー




「ま、まさか……バジルが……心臓狩り……?」


「その通り!俺様が心臓狩りさぁ!!」


「なんで…そんなことを……」


「フンッ。冥土の土産に教えてやる。亜人ってのは夜になると魔獣の血が活性化するのさ……ちょっとした興奮剤みたいなもんだな」


「まぁ、そこまで気にするほどでも無いんだが……俺様は少々荒っぽい性格なもんでよーー」




突然スイッチが入ったように大きく動いたバジルは、自分より遥かに小雀な少女目掛けて剛拳を振り下ろした。



完全に油断していたシロは何の抵抗もなく真正面からソレを喰らう。




拳は腹部へとえぐりこみ、骨がきしみ、臓器が押し潰れる感覚が全身に迸った。




「ーーーーッ!?」




無音の悲鳴を叫び、少女は激しくのたうち回る。




「こうやって誰かをブチのめさねえとぉ!興奮が収まんねえんだよ」


「がはっ!ゲッホ……ゴホッ!!」




それはあまりに自分勝手な言動。

少なくとも、シロが一緒にいたジンにはそんな風潮は見られなかった。



確かに夜になるとやたらとテンションが高くなることは何度かあった。

しかしバジルのように殺戮衝動に駆られるなどありえない。




「今夜の獲物はお前だシロォ!子供はよく叫ぶからゾクゾクするぜ……まんまとあの食糧も食べてくれたしな」


「やっぱり、あの食糧には……何か入れて……!」


「あぁ。強力な麻酔薬と、痺れ薬さ……おかげで手足の自由が効かなくなってきただろ?」




バジルの言う通り手足どころか全身の筋肉までぎこちなくなってきている。




「弱って動けない獲物を思う存分殴り殺す!それが俺のやり方だ!」


「くっ…!」


(このままじゃ……マズい!)




そう反射的に判断した身体が死にものぐるいで走り出す。




「ガッハッハッハッ!!逃さねえぞシロォ!!」




柔らかい草原を踏み蹴り一瞬でシロと距離を詰めたバジルは、無防備の背中に渾身の第二撃を炸裂させた。




「うぐぁ!?」




走っていた勢いと殴られた力が加算し、元いた地点から何メートルと離れた場所にふっ飛ばされる。




(なんて……腕力……!)




まるで丸太をぶつけられたような鈍痛。

吐血しかねないほどの咽がシロに襲いかかる。




「ほらほらほらぁ!まだ殺さねえぜ?もっと鳴いてみろよシロォ!!」


「……そ……ったの……?」


「あん?」


「嘘……だったの……?あんなに優しかったのに……信じてたのに……」




ジン以外に自分を受け入れてくれた人間を、自分に接してくれる人間であるバジルを……心から信頼していた。


それを裏切られた心情がどんなものか……それはシロのみが知り得る領域だった。




「そうだ……全部嘘さ!信じて相手に裏切られた表情ほど……そそるものは無いからなぁ!!」


「……………」




何も言い返せない。

言葉が出なかった。もう何を言えば良いのかですら……考えられなかった。




「さて、そろそろ終わらせてやるよシロォ……。死因が病死じゃなくて良かったな?」


「………えっ?」




何を言っている?と言わんばかりにシロが顔をあげる。




「お前の髪とかが白いのってアレだろ?白死病……だっけか。自分でも分かってんだろ?少しずつ身体の一部が白く染まって行き、やがて全身白ざめて死ぬ。考えただけでも恐ろしいぜ」


「さぞかし周りから虐められただろうなぁ?感染率は0%って言われてるのによ」


「……」




『なぁシロ。お前ってもしかして……白死病なんじゃねえの?』


『え!?ち、違うわよ!これは自分で染めてるだけ!』


『そうは見えねえけどなぁ……嘘ついてねえか?』


『だから違うって!』


『ふ〜ん……?』




居場所を失いたくなかった。

たった一つの居場所を………だから、真っ赤な嘘でシロはいつも逃げていた。




「あ……ぁ………!」


「その様子じゃ、ジンにも打ち明けてねえみたいだな。まぁ無理もねえか、今の世の中じゃそういう奴は亜人並みの迫害を受けるからな」


『お前なんか私の娘じゃないわ!汚らわしい!』


『出ていけ!薄汚い感染者が!』


「やめて……!やめて………!」


「可哀想になぁ〜!だが安心しろ、俺様が今楽にしてやるからよ!」




バジルは豪快に拳を振りかぶった。

痺れ薬はとうに全身へと行き渡り、体は言うことを聞かない。




「ジ……ン……嘘ついて……ごめんね………」




ボソリと言葉をこぼす。聞こえてるかどうかさえ危うい、か細い声で。


そして、まるでスローモーションのように迫ってくる拳を…………シロは、ただ黙って見つめることしか出来なかった。




「………別に気にしてねえよ」


「!?」




シロは思わず顔をあげた。拳が迫ってると分かったうえで。


けれど視界に入ったのは拳ではなく、後方へ大きくのけぞったバジルの姿だった。




「ぬぉ!?」




地響きを唸らながらバジルの巨体が倒れる。




「……ったく、やっぱり嘘かよ。そんなんで俺を騙せる思ったのか?」




月夜に照らされる穏やかな声。

真っ黒な衣服に身を纏い、さながら影のように立つ姿に……自然と目頭が熱くなった。




「ジン……!」


「あ〜泣くな泣くな、面倒だから」


「んでだ……お前には特に痺れ薬を投与したはずなのに…何故動ける!?」


「あれ?まだ動けんだ。思いっきり不意打ち決めたと思ったんだが……」


「質問に答えろっ!何故毒が回ってるのに立っていられる!?」




「ありえない」「おかしい」などと喚く大男。実に酷い絵面だった。




「お前、亜人なんだってな?だったら勉強足りなすぎるな。自分の特性にすら気づかねえのかよ」


「なんだと……?」


「亜人の血はあらゆるウイルスに耐性を持っていんだよ。だから例え体内に入っても自動で血が毒を中和してくれるってわけ」




まぁ……流石に量が量だったので中和するのに時間がかかった、と言うのはあえて黙っておこう。




「フンッ!だから何だ?毒が効かねえからってお前に何が出来る?この俺と張り合おうってのか!?」


「はぁ……。ロリコンかと思えば亜人だし、亜人かと思えば短気な単細胞だし……お前、結局何者ですか?」


「ッ!黙れぇ!!」




額に青筋を何本も浮かべたバジルは大砲の如く地を踏みけり、爆発的な速度で迫りくる。

ほら見ろ、やっぱ短気じゃん。




ドゴォッ!!




強烈なストレートが顔面へと直撃。

バジルはその勢いを残したまま、地面めがけて叩きつけた。



草や土が豪快に舞い上がり、辺り一面に土塊の雨が降り注ぐ。




「ジン…!」


「八……ハハッ、ハッハッハッハっ!!なんだよ、全然大した無いじゃねえか!」


「俺様を転ばせるくらいだから、どんな魔獣の血を持っているかと思ったが、どうやら思い過ごしだったよう………なっ!?」




自慢げに埋まった拳を引き抜くが、そこに標的の姿無い。




「……それはこっちの台詞だ。大したことないのはお前だよ、バジル」


「な、何だと……!?」




潰したと思い込んだ相手が真後ろにいた。バジルの額に冷や汗が流れ出す。




「喧嘩を売る相手を間違えたなバジル……身の程を知れ」


「ッ…ッ……!うるせえぞクソガキっ!!」




完全に逆上した男のエルボーを避けるなど造作もなかった。


俺は素早い身のこなしでバックステップし、バジルと大きく距離をとる。そして聞こえるように声を張り上げて怒鳴った。




「最後の忠告だ。大人しく自首して罪を償え、そうすれば土下座10000回で許してやる。もちろんシロにな!」


「は、はぁ…?何言ってんだガキが……たかが数発程度避けたところで調子づきやがって………!!」


「お前に俺様が倒せるとでも思ってんのかぁ!!?」




案の定、バジルは顔を真っ赤にして突っ込んできた。

その勢いは凄まじく、まるで闘牛の如し。




「謝れだぁ?自首しろだぁ?怪力を誇るサイクロプスに何命令してやがんだコラァ!!」


「それがお前の答えか…。だったら、覚悟決めとけよ?」










━━━━━━今宵は……満月だからな!


「!?」




突如、俺を中心に発生した爆風が巨体を揺るがし、バジルの勢いを強引に押し返す。




「うぉ!?……な、なんだ!」


「……こうなっちまったら、もう後には引けねえぞ?」




瞬間、どこからともなく立ち込める黒霧が俺を包み込む。


腕を足を体を……やがて霧は黒い剛毛となり俺の身体に、爪に、牙に、魔獣の変革を呼び起こす!




「なっ……なっ………ま…まさか……そんな………!?」




バジルが口をパクパクしている。

当然の反応だ。

正直この姿を見て驚かない奴など、俺は見たことがなかった。




(まぁ、シロだけは例外だけどな………)



『ね、ねぇ……ジンって……どうして他の亜人と違う……の?』


『ん?……俺はちょっと特別な亜人なんだよ』


『特…別……?なんで……?』




はぁ。全くどうして子供ってのは、こう好奇心旺盛なのかね。




『良いか、一回しか言わねえからよく聞けよ?』


『大抵の亜人ってのは魔と人の血の比率がクォーターなんだ』


『くぉーたー……?』


『4分の1って意味だよ。4つに分けた肉の内の1つと思え』


『………へぇ〜?』




うん。絶対分かってないなコイツ。




『でだな?その中でも魔獣の血が強力過ぎて2対1、つまりハーフの比率で混血してしまった亜人がいる……それが俺ってこと』


『ハーフの亜人は血の力で魔獣の姿に変態することが出来る。つっても、ハーフの亜人なんかレア過ぎて未だに三人しかいねえけどな』


『三人…………?』


『そう智将グリモワール。夜王ヴァンパイア。で、この俺がーーー』




「し……しし神速の………」









━━━━━━━━━神速のウェアウルフ。


オオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォンッ!!!!!!





その咆哮は、まるで夜空を駆け上がっていくが如く空へと響き渡る。



全身を覆う黒い体毛。


闇を照らす黄金色の眼光。


そして強靭な2本の後ろ脚で立つその姿は、まさに人狼!




「ウェアウルフ……だと!?三大魔の一角じゃねえか!なんでそんなのがこんな地域に…!」


「どうしたサイクロプス?かかってこないのか………?」




かつてない空気に、相手は明らかに困惑していた。

クォーターである亜人とハーフである亜人……誰が見てもその差は歴然。


黙っていても近づいただけで肝を潰されそうになる強烈なプレッシャーが、完全にバジルを威圧していた。




「う……うおおおぉぉぉぉっ!!!」




それでも、男の掲げるプライドが、怪力のサイクロプスとしての意地が戦意を煽る。



ただ呆然と立ち尽くす俺を絶好のチャンスと見たのか、バジルは自慢の右腕を撃ちはなった。




「俺様は……俺様はサイクロプスだぁ!!ただ速えだけで勝てると思うなよクソガキがぁ!!!」




恐怖を振り払うようにただひたすら叫ぶ。己の怪力を信じて。




ズドォッ!!!




巨体と怪力を活かした剛拳。それは一撃にはとどまらず、バジルは何発もの拳を繰り出し続ける。




「ハハハハッ!!!オラオラどうしたぁ!それがウェアウルフの実力かよ!!」




草が飛び散り、泥が爆散する。

土煙が視界を妨害し、その場で何が起きているのかすら分からない。




「ハハハハ━━━━」




ピタッ。


突然、バジルの笑い声が止まった。




「なんだ……右腕が……」




右腕に、妙な違和感を感じたのだ。

言いようのない違和感を。


咄嗟に攻撃を止め、拳を土煙から引きす抜く。

瞬間、バジルは大きく目を見開いた。




腕が、消えていた。

肘から先の部位が無くなっていたのだ。




「ぎ……ぎゃあああああぁぁぁぁぁ!!」




大男の絶叫が轟いた。




「な……なぜだぁ!!一体、一体なにが……!」


「だから言っただろ?もう後には引けないって」


「うっ……!?」


「さっきの台詞、そのまま返してやるよ……」




煙幕に眼光が光ったーー刹那、胸に3本の斬撃が刻まれる。




「がはっ…!」


━━━━━力が強い程度で……神速を圧倒できると思うなよ。


「ぐ……クソが……クソがァァァァァっ!!!!!」









そこからの結末は、そう長い時間はかからなかった。

気づけば俺の足元には生々しい肉塊がいくつも転がっていた。それが誰のものなのかは、言う必要もないだろう。




「ジン………」




ボロボロになりながらシロが駆け寄ってくる。幸い命に別状は無いようだし、とりあえずは一安心だ。




「けど、悪いシロ。また……この姿になっちまった」


「…あ………」




『ねぇ……じ、ジンって人になれない……の?』


『人…?あぁ普通の亜人みたいにってことか。別になれるぜ?』




言われたとおり、俺は形態を解き、人型へと変態する。




『わぁ…!』


『もういいか?この姿は好きじゃねえんだ、耳とか牙も弱々しく見えるし』


『……っちの方が……いい』


『は?』


『そっちの方が…私は……好き…だよ………?』


『あのなー、お前が良くても俺が…………いや、分かったよ。しばらくはこの姿でいてやる』


『やった…!』





考えてみれば、シロも怖かったんだろう。俺の成す、魔狼の姿が。




「この姿、嫌だったんだろ?しかも病人だとか言うし……なんで素直に言わなかったんだ」


「あ……だ、だって……!本当のこと言ったら……もう、一緒に住んじゃダメって言われるかもしれないし……!」


「あほ」




俺はシロの脳天に渾身のチョップを決めてやった。

泣いてる?知ったことか。




「だから、最初に言っただろ?お前の好きにしろって」


「…!」


「お前が病人だろうが、魔獣が怖いだろうが、俺はお前を追い出したりなんかしねえよ」




そう言い捨てると、俺は自分の爪で軽く腕を斬りつけた。あぁ大丈夫大丈夫、別に自殺願望が芽生えたわけじゃないから。




「じ、ジン!?何やってんの!?」




当然シロは青ざめた顔で俺を問いかける。だから大丈夫だって、死のうとか思ってないから。




「……ほらよ」




静かに流血する腕をシロに突きつける。シロは訳がわからない様子で困惑していた。まぁ、そりゃそうか。




「亜人の混血。あらゆる菌に耐性を持ってるって言っただろ?だからこれ飲めば、お前の病気も治んだろ」


「あ……」


「別に飲みたくなくて、そのまま死ぬっていうのもお前の勝手だ。けど……俺は、お前にそうなってほしくねえんだ」




何故かこっ恥ずかしくなってくる感情を無理やり押さえ込みながら、俺は小さな声でつぶやいた。




「………ジン………」


「な、なんだよ……っておわぁ!?」




不意に腕を引っ張られ、シロが胸元に飛び込んできた。




「ちょ、何だよ急に!というか飲むのか飲まねえのかハッキリし……」


「ジン、ありがとう…!」


「ッ!」




久々に見たな。こんな100点満点の笑顔……。あぁ、これは惚れるな。




「…おう」




俺も、俺なりの満点笑顔で返す。

漆黒の闇夜に輝く満月は、いつもより何倍も美しく見えた気がした。






最後まで読んでくれた方、お疲れ様でした!

そしてありがとうございます!



大した文力ではございませんが、文章力の指摘、感想大歓迎です!

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[一言] 読みやすい(´ω`)シロがすき
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