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連合商業都市バザール〉を覆う天蓋の果に見えるのは、サナトル山脈の背中である。まるで巨大な獣が伏せたようなその威容が存在している。四辺の彩雲は東側の海からの貿易風に載ってではなく、せり上がった中央の起伏とそれを支える峰々の間から立ち上る雲が湧く。 

-------長い、長い時間を費やして堆積した万年雪も、落日の近くの濃い輝きに照らされていた。国境をなす、二つ向こうの山の樹々の枝が騒がしい。 その山の中腹に眼を凝らすと、一つの小さな胡麻粒ほどの影が長くあった。

 「……最近はまったく狐か狸がとれねぇ」

 彼はバザールの近くの集落の猟師の男だった。熊の毛皮を頭まで被り、登山用の靴を雪混じりの斜面に差込ながら、歩く。ちょうど、右側が崖であるため、自然と左側に傾きながら慎重になる。 ようやく、この危険な足場を越し、あともう2マリ(1マリ=6キロ弱)ゆけば村である。ところが、その峠道のあちら側から足音がした。 まさか、熊ではあるまいか、と担いでいた弓を構え、矢を指にかけた。 しかし、どうやら夕暮れどきでわかりにくいが、人の形をしている。

 「おおーい、これから山にいくのか、危ないぞ」 

あえて、敵でないことを示すように、鼻水を腕で拭い、叫ぶ。

 その人影は、北からの激しくなってきた風をかきわけ、頷く。ふと、猟師の男は人影をみてやった。 その影は-----分厚いマントを羽織り、頭まで布で覆っている。

 「分かりました」 

烈しい風の中、なぜか女の涼やかな声が聞き取れたことに驚きながら、猟師は黙って、その人影の行方を注視する事しかできなかった。


 落人たちは、目前の僥倖にたどり着いたことを示唆していた。







 自由商業都市連盟バザールは、大陸の西北側に位置している。もとは、うら寂しい寒村であったらしいのだが大陸歴900年の大規模な戦争、ならびに治水工事の影響で大きく運河の流れは大きく変わった。その結果、それまでの貿易海洋都市は次々と経済基盤を失う。

 というのも、実際、運河の流れの変化は下流に位置する都市の経済的衰退をもたらした。

 ――となれば、自然、その影響を受けにくく、かつ、それらの都市の交通の便がきく場所が良いだろう。

 そのような経緯により、現在地バザールが選ばれた。

 これより一〇年の後、各々海洋都市国家が代表を選出し、合議制をもった商業都市を決定した。



 ……それから数百年。

  

 人口約200万人以上、経済規模は大陸の流通経済の五分の一をこのバザールで行われている。面積は、かつての海洋国家30以上が集合してできた、所謂都市国家群であるため、中規模程度の国家に相当する。

 しかし、なにより、恐ろしいのは、年間このバザールを訪れる人間が当時の記録を検証しただけでも約2000万人以上を超えているということ。

 さらに、宗教面は東方新教や大陸でも盛んなグノース教、ほか様々な宗教施設を完備していたことである。今日、我々日本人の感覚と、この異世界の人々の宗教感覚は理解できないが、しかしこれは当時の侵略戦争が前提の世界において、非常に魅力的かつ、斬新な考えであった。


 それは、ひとえに、商人のカンからくる政策であったらしい。



 摩天楼のような高閣が琥珀色の太陽を反射し、石膏のような手触りの半球型の家々が軒を連ねる。その建物と建物の間に縄がいくつもかけられており、洗濯物をそこに乾かしていた。また、いたるところで露店が催され、ご座などを敷、種々様々な商品を並べる人も多く見受けられた。


  よほど、太陽の近い場所らしい。


 グリアはそう思った。金髪の縮れた髪の毛を右の掌でかきあげながら、端正な目鼻たちに小皺が刻まれた。彼の育った場所は常にシナイ連峰の麓であり、北国の気候であった。


 つまり、この陰気な今の彼の気持ちを払拭するよい薬となることを、誰であろう彼、グリア自身が知っていた。



 彼は、つい数ヶ月前まで盗賊崩れ《黒馬の民》の首領であった。しかし、故あって都市国家連合の軍勢と盗賊と戦い……そして破れた。その代償はあまりに大きかった。また多くの同胞を失った。命からがら逃げ切った。


 その為、逃げおおせた同胞もまた、彼のもとを去った。



 だが、それ以上の黒馬の民の同胞も残った。その数、約七百。もとの民の四分の一にまで減ってしまったが。


 とにかく、グリアはこのバザールで再決起の時を待った。


 待った――というのは正確ではないだろう。この男、グリザイアの一挙手一投足に時代の風雲を巻き起こすようなところがあるらしい。


 グリアはバザールの巨大な正面門をくぐり、バザールの中心にある合議館に足を進ませていた。


 馬をおり、石畳を歩きながら、ふと後ろを振り返った。


 彼の後ろには、樽のような小太りで筋肉のでっぷりとついた腕を回す豪傑然としたザル、頬骨の秀で、赤はなをヒクヒクさせた〝モグラ”、グリアの脱出を支えた精鋭兵たち……そして、生き残った女子供たちに紛れるように異世界(日本)からやってきた皆川壮一、真希の親子か続いていた。


 グリアは、もう一度、目線を正面に戻す。

 

 この場所に弟もいてくれたらどれほど心強いか……そう思いながらも、しかし、キッ、と意思の強い眉を釣り上げた。


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