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 北の門の周囲は、異様な人の群れに覆われていた。

 彼らの中心に、二人の男が死力を尽くしていた。

 もう、四十合をも、戟をぶつけていた。しかし、その勝敗はいずれにも寄らず、グリアもザルも玉の汗をかいて睨みあう。 

「貴様、武勇はある。しかし、所詮それまでの男だ。」

 ザルが槍を天に掲げる。この状態は突撃の準備を表している。 

(マズイ、もう一度、あの牛の突撃をくらったら、俺はもたない。) 

グリアの鎧はボロボロに破れ、まともに防御できない。 

横目で男たちをみる。 

皆、固唾を呑んで、両者の行方を見守っている。中には、敗走をしていたはずの遠征軍の兵士も足を止めて、伺っている。

 「よーしッ、いいか! おらぁ、こいつと決着をつける。皆の衆、手出しするな。よいか!」 

ザルが朗々と吠える。 

「ハハハ、お前はいい勇者ぶりだ。気に入った! 貴様の一撃を受けよう。」 グリアが腰の鞘を叩く。 

すると、敵味方分け隔てなく、鞘を叩き始めた。 これは、この時代の戦場の習わしで、所謂パフォーマンスである。我々の認識ではスタンディングオーベーションの感覚に近い。 

「アッハハハッハ! 良いかな、良いかな。このような男ぶりをみせるやつは、久々だ。」 

ザルもこの場の高揚を楽しんでいる。

 うおおお、という雄叫びとともにザルが槍を水平に保ち、突撃をはじめた。 グリアは自若泰然とし、右手に軍旗の槍と、左手に剣を持ち、大の字で迎え撃つ。 バチッ、と金属の共鳴が響く。 

(ッ、なんという……)

 脳漿に届き、頭蓋骨が砕けそうな錯覚をした。グリアは、剣と槍を交わらせ、ザルの一撃をかろうじて防ぐことに成功した。 

だが、もうグリアの余力はない。 一方のザルは、悠々と笑みを向けている。 「ほーう、貴様。なかなか、どうしてよい腕をしておる。殺すのには惜しいぞ。どうだ、部下にならんか?」 

ハッ、と鼻でグリアは笑う。 

「生憎だが、俺はこの黒馬の砦の首領だぜ。」 

驚愕したザルだったが、「そうか」と残念そうに呟き、槍の力を強める。

 ――その時だった。 

闘技を囲む人の輪の外から、盗賊の本隊が到着した。 

盗賊の指揮官、鬼瓦がこの光景を一瞥し、そして、あろう事か、高速の騎馬部隊を闘技の輪を横切り、黒馬の砦へ集中させる。 

そう、彼らは、北の門を突破する計算であった。 

北の門は、仲間を迎え入れるため、幅が人二人分の隙間をつくっていた。 「ば、馬鹿な!」

 と、絶叫したのは、ザルだった。

 この当時の感覚では、闘技を、決闘をしている最中は、身分状況關係なく、静観しなければならない暗黙の了解があった。 

そして、それを無視することは、この時代、命より名誉を重んじた男たちの生き様を踏みにじる行為だったのだ。 

「貴様、こちらが雇い兵だからって、軽く見やがって!」 

すぐさま、牛の手綱をさばき、事の成り行きに怒りを募らせる。 闘技を観戦していたものどもは、あっけに取られている。 

「グリア、もどるぞ、早く砦に!」

 モグラが促し、グリアも応じる。 と、まさにその瞬間であった。 グリアの右腕に、毒矢が突き刺さった。 

「――ッ!」 

思わず、場上から転げ落ちた。 

盗賊側の精鋭の兵隊たちが、いつの間にか、グリア隊を囲んでいた。 

「マズイ、まずいぞ。こいつは、お陀仏だぜ。」

 モグラがキョロキョロと、不安げに様子を伺う。 

(くそったれ。俺は、所詮この程度か!) 

天を呪った。いや、天という存在をいまだに信じている己を恥じた。乱世になると予見した時から、自分は、天を信じないようにしていたはずだ。

 毒は痺れ薬らしい。 

すぐに、体に痙攣がはじまった。 

グリアは両眼で、北の門を睨みつける。 

彼の瞳に映ったのは、北の門に殺到する騎馬部隊であった。ガトリング砲も今や、多勢に無勢である。 

少数の黒馬の兵たちは、すぐに殺し尽くされた。

 「アアアアアァァァァァァァァァl!」 

血涙かくや、と思われるほど、グリアが地面に這いつくばりながら、咆哮する。 砂にまみれ、泥にまみれ、死体にまみれ、まるで哀れな芋虫のように、身を捩らせながら、それでもほふく前進して、門までゆこうとしている。 

「バカ、無茶だ! 動くな」

 モグラの制止もきかず、ただ愚直に砂に、泥に、土に塗れる。

 (舌が痺れて、話せない。) 

焦燥にある中、それでも砦を守らなねば! あの中には戦えない女子供が大勢いる。そいつらの命を預かっておきながら、こんな無様な格好か! 心中何度も自らを叱咤した。 

本当は知っている。もう、時が遅いことも。そして、挽回も逆転もできないことも。 ただ、ほんの少しだけでいい。少しの力があれば、皆を守れたハズなのに……。 

痺れる腕を振り上げ、矢尻を抜こうと足掻く。すると、首筋が、大きく波打つ。 意識が遠のきそうだ。 

……もう終わりか。 


「おい、話が違うぞ! 黒馬の連中を中に封じ込めるだけで、遠征軍の物資を略奪するだけじゃないのか」 

ザルが、顔を真っ赤に腫らして、激昂した。 鬼瓦が、ザルとグリアの元まできた。 

「……さあ。我々は利益があらば、どんな隙間からでも勝利をする。」

 冷淡に言い放つ。 

そう、彼の言い分は、軍人として、全く正しい。 だが、その意見をザルは許さない。 

「ああそうかい。聞いた話じゃあ、あの中には女子供しかいないらしいが、どうする気だ?」

 「奴隷として売り飛ばす。」

 だろうな、と鬼瓦の説明を聞き流すと、すぐさま、グリアのもとに駆け寄り、そのまま自分の乗る牛の鞍に載せた。

 「おい」

 モグラが警戒した。 

だが、心配には及ばず、ザルはまるでグリアを守るように、支え、一気に取り囲んだ盗賊を蹴散らした。

 「おい、黒馬のみなさん。今から、ちょいとお助けするから、このザルに続け!」 

と言うが早いか、すぐさまかけ去った。 

続々とグリア隊も逃げてゆく。 

呆気にとられた鬼瓦も、すぐさま「貴様、裏切りだぞ!」と怒鳴る。 しかし、それを嘲笑い、ザルが太い槍を振り回す。

ナターシャは、東の門と砦の中央まで結ぶ隠し通路の桟道で、彼女と同じく魔術師の攻撃から難を逃れた数十人の人々とともに、潜みながら逃げいていた。

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