30
《穀物庫》のとある支城に数人の軍服をまとった男達がいた。
彼らは全員長方形のテーブルで食事をしていた。
一番奥に座っていたイヴァンが、子羊の丸焼きの蜂蜜漬けを強く噛んでいた時、顎鬚の長く、威厳に満ちた男に尋ねられた。
彼は《穀物庫》の大将であった。
「恐れながら、一つ、疑問がございます。」
白い布で口を拭うと、
「ウム、なんだ。」
相手を見据える。
すると、他の将軍と目視で合図を交わし、
「何故黒馬の連中を攻撃するのでしょう? 聞くところによりますと、豪族の倅が盗賊行為を働いていたのが事の発端でしょう。それに乗じて戦争とは、些か大義がありますまいか。」
渋い顔をした大将の男が、水に一つ、口をつけた。 イヴァンも内心では同意を表明したい。しかし、彼は立場が違う。
「そうだ。しかし、我々はこの戦いで本国の《蘇》より小規模都市国家となる約束を取り付けた。独立が保証される。とはいえ、《蘇》の庇護下ではあるだろう。だが、これは大きな一歩だ、諸君。」
努めて明るく、陽気に語る。
だが、食い下がるように、大将が、
「では一体どのような大義で戦うのでしょうか?」
イヴァンは堪らずに傍らのコルゼに援護を静かに求めた。
それを察した彼は、「そこから、私がご説明いたします」と割って入る。
軍人の連中は不快な顔でコルゼを凝視する。
それを無視して言葉を放つ。
「まず、このような稚拙なこと、つまり豪族の倅の尻拭いを我々がすること、これは我が《穀物庫》に従う豪族や荘園など、相手にいつでも庇護する用意があることを示すため。」
一座を見渡す。
「さらに、国家、少なくとも我らに付き従う連中は舐められたらおしまいなのです。メンツが大切です。それは全て力による彼らの価値観。バカらしとお笑いになるがよろしい。しかし、メンツがなく、また特徴もない国家に果たして誰がついてゆきますか?」
軍人は押し黙った。
彼らも、軍隊という大きな組織の生きてきたのだ。その集団上の性格は痛いほどわかる。
でなければ数千の兵隊の命を預かれない。
そして、なにより国家として遇せられず、屈辱に耐えた日々を脱したいという願い自体がメンツのようなものである。
長年苦渋を舐めてきた、この場の男達には、少なくとも、コルゼの説明が反論の余地がないものであることを理解させた。 その雰囲気を見事に掴んだコルゼがたたみかける。
「この戦いの活躍は貴君らにかかっています。」
そこに、若い軍人が小さく挙手した。
内心舌打ちをした。
「ん? どうした。」
取り繕うように努めた。
「はい、自分は危惧しています。」
「何を?」 興味深そうにコルゼは首を傾げる。
「ええ、その盗賊の輩です。あいつらは、ただでさえ厄介なんです。数がその原動力であることは、疑いようもない事実です。」
コルゼは暫し長考する。
その男の意見は正しい。ではどうするか――。
「こちらでも手を打ちます。貴君らは、軍隊の心配をしなさい。政治やその他のことは、考えずとも良いでしょう。」
これに、気分を害した(この時代、まだ武官と文官の区別は曖昧で、実は軍人が政治を司ることも珍しくない。)軍人が不満気に咳払いや、貧乏ゆすりをする。 険悪な空気を察したイヴァンが、
「前途を祝して乾杯しょう。何事もそう突き詰めて考えてはいけない。ほどほどにしよう。では」
主に従うように軍人も渋々盃をあげて乾杯した。
(さて、どうしたものか。)
蝋燭の焔を眺めながらコルゼは物思いに耽る。
軍人の全員が退席したあと、イヴァンは改めてコルゼに訊ねた。 「今、周辺の情勢も考えても動員できるのは最大で五千だ。しかし《蘇》に援護を要請すれば数万は固い。だが、あくまで約束は独力での制圧……」
「ええ、もし援護を頼めば出してくれるでしょう。ですが、その場合都市国家の夢は消えますな。」
「豪族に頼むのはどうだ?」
そうだ、と名案を閃いたようだった。
「あくまで彼らは我々に従うだけで、我々のゆうことを聞く組織ではありますまい。下手をすると、豪族荘園のほうが兵力が多い。だからこそ、下手に刺激して怒らせれば離反しかねません。第一、彼らが従うのも、《蘇》の影響であることをお忘れか?」
長々と説明されたイヴァンが頭を抱えた。
「では、どういたそう。もう猶予もない。宣戦布告の紙は届いているだろう。ならば、後戻りはできぬ。」
彼の一言にコルゼがハッ、と閃く。
「そうです、それです。」
「何がだ?」
不審そうなイヴァンをほったらかしにして、コルゼが語りだす。
「まず、何故我々は、しがない、いち、盗賊まがいの連中に宣戦布告をせねばならぬのか? その理由に、彼らのうちに、厄介にも都市国家の爵位持ちの血脈が多くいるから。没落といえども、それは無視できない。」
「そうだ。」
「そして、また厄介なことに、中原の都市国家も格別連中を潰すつもりがない。」
「だからなんなのだ!」
いい加減焦らされて限界を超えたイヴァンが、立ち上がる。
「ですが、お考え下さい。今、中原諸国は盗賊の討伐のためなら血眼になってでも征討軍を派兵して各地で戦闘をしている。では、なにも援軍を《蘇》からでなく、多国籍の征討軍に求めましょう。」
コルゼが唇をなめる。
「その中に《蘇》がいたとしても、都市国家間の均衡を保つため、必ずや我らの味方をする者もありましょう。」
これは、つまり森の盗賊と同盟した黒馬側を攻める口実になる。いくら血族があろうと、昨今の盗賊情勢にはまるで無意味だろう。
難しい結び目を解いたような喜びがイヴァンに飛来した。
「お前は、なんと優秀な官房長官なのだ。ああ、そうだ。して、時間はかかるだろうが、どれくらいの軍勢だ。」
「おそらく、常備軍だけで一五万、そのうちすぐに援護にくる軍団の総兵力は四万ですな。なにせ、森の盗賊と土の盗賊、他にも国家クラスの盗賊団の跋扈が著しいでしょうからな。」
強い瞳で天井を仰ぐイヴァン。
(ゆるせ、黒馬の者共。キサマらに恨みはない。だが、生きるためだ。こちら側がいきるため。戦争とはそういうものだ。勝たなければ理屈も筋も通らない。) 静寂が部屋を侵した。
だが、近年の研究によれば、グリアなどの黒馬の民の行動を、誤認でなく真からとり潰そうとしていた節がある。
その証拠に、奴隷開放行為が挙げられる。なぜ、グリアなどがそのような行為にのぞんだのかは、わからない。だが、その行為は資産を奪う行為として、近隣の権力者に苦々しく思われていたことが判明している。
つまり、盗賊として認識されていたのである。




