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3 北方口承伝

過去話。面倒でしたら、6まで読み飛ばしてくだちい。

 シナイ連峰(北連邦山)のうちの一つの山岳から細々と流れた水が、いつの間にか平地に至る頃には大河になる。 

 その恩恵と苦しみに預かるのは、麓の村である。

 そのうちの一つ、黒馬部落もまた、近隣の人々に嫌われつつ、生活を営んだ。

 ――もう厳冬を過ぎ、新緑が芽吹き、山色が豊かに色づく頃である。

 

 黒馬の村もまた、越冬のあとのなだらかなときを過ごしていた。


 ――ある夜。黒馬村の出入り口に大勢の男が人垣をつくっていた。彼らは一同深刻な顔で呟きあう。このように、村の男が一堂に会すのは、山賊が来るときか、狼の群れが来たとき、或は、紛争を逃れた落人などが村に近寄った時である。


 この《黒馬村》が位置するのは、シナイ連邦の2番目に長い岳の中腹にある。 この村はほぼ孤立しているといってよく、近隣の村は、必要なときを除いて、交流を好んで行わない。 


 その為、黒馬村の村民もまた、生計を立てるために市場に下る以外、交流を持たない。


 村の家は、殆どが急な面に建てる。しかし、彼らは、山に強い馬を飼育しているため、交通については、他の村より優位であった。そんな敬遠されつつもどこか畏れにも近い感情を持たれた孤高の民が神経を尖らせていた。


 この日、黒馬の村民は、賊と見まごうばかりの貧相な武装と、それに従う数等の気性の荒い馬が備える金属が、小高い衝突で満ちた。


 ある男は、馬の轡を引き、必死に繋ぎ留め、ある男は、寒さ対策に酒を口に含む。 村唯一の出入り口には篝火が、バチリ、バチリと燃え盛る。


 そんな折、彼らの頭上に拡がる夜に淡い一筋の長く白い尾が流れた――。


 ある初老の不格好な鎧を着込んだ男が、濁った双眸で天井を仰ぎ見る。

 

 すると、星は炯々と照り、海の白波のように輝く。薄い雲が三日月の輪郭を霞ませた。 馬脚が湿った土を蹴る音がした。 


 「大変だ。おい、大変だ」


 初老の男は、すぐに首を声の方に戻す。


 「如何した?」 ああ、と短く応じた馬上の男は、息を整えつつ一言「近くまで来ている。」 

と、伝えると、すぐさま乾いた喉を腰の竹でできた水筒に口をつける。

 

 「本当か? ではプラクト将が、この山の足元まで来たのだな?」 


「ああ、勿論だとも。それも、数人の供回りを従えるだけだ。腕に何か白い包みを抱えていた。」 


 ゆくぞッ、と叱咤した初老の男は、馬に乗り、単騎で山の稜線を転がり駆けてゆく。呆気に取られた男たちも、すぐさま追いすがるように数騎が後に続いた。 


 針葉樹の濃い森を、一定に区切るように梢が佇む。 

「急げ、急げッ、迎えにゆくぞ」


 吐く息が凍えるように烟り、泡の如く頬を撫で去ってゆく。

 

 「カムラン様、どうかお待ちを、カムラン様。」

 

 必死で木の巨大に発達したまるで指のような根っこを避けつつ男たちは追従した。


 ようやく森を超え、麓のあたりまでくると、扇状に拡がる平地の暗闇に溶け込んだ裡より浮かび上がる落人の一団を認める。 


 カムランは、轡を左手に留め、右手に掴んだ槍の穂先を落人達に向ける。

 もしかしたら敵であるかも知れない。その危惧が先立ち、

 「汝ら、名をなんと云う、応えよ。」

 嗄れの語気が強い聲は場にいる殆どの男を釘付けにした。

 ……暫しの沈黙がきた。

 樹間を渡る冷風が霜を運び、落人とカムラン達を乳色が抱き込む「カムランか、君はカムランなのか? 私だ、クラプト・ハヴァーボフだ。」

 乾いた血を点々と塗りつけたような大型の黒い甲冑を着込んだ大柄な男が、落人の一団の先頭に立つ。 

 馬の振る首を左右に轡を従え、初老のカムランは、自らの灰髭を大声で唾で濡らし、

「クラプト将、ああ、よかった。」 

 急ぎ下馬すると、薄い霜に凍えた草地へ膝を落とし拝礼する。

「非礼を改めて詫びる。我、黒馬村の警備長カムラン。貴君らの来訪を喜んで迎える。」 

 二つの集団は、山の中腹辺、森の境で導かれるように出会う。

村に戻ってきた頃、篝火は煙を多く抱いて辺りに棚引く。 

「いや、すまない。」 

 村民に軽くクラプトは会釈した。

 男達の列が村に入る。



 村の中央に会議用に拵えられた高床式の小屋がある。

 常にこの小屋で村長を中心に開かれる会議も、しかし、今夜は違っていた。

 (……どういうことだ。)

 カムランは、必死にクラプトと村長のやりとりに固唾を呑んで見守る。

「つまり、王子はもう薨ぜられたのだな?」

 老婆の齢に達している村長が、重く口をひらく。

 頷いたクラプトは、それまで抱いてた丸い白い布に包まれたモノを、村長に差し出す。 

曲がった膝を擦るようにしてクラプトに近寄り、優しく受け渡されると、その布の中身を確認した。 

「やはり、もう息をしておられない。」 

 優しい声音でまるで孫でもあやすように云う。 

 実際、それは孫と戯れる老婆というような状況とも感じられた。

 冷たくなった赤子の頬を撫でる。 既に弾力の失った肌は、徐々に肉塊に変わっている。 

 「どうしたものか。なあ、クラプト。汝なにゆえこの村にきた。いくら放逐された王族の末裔と雖も、いま祖国に何もしてやれないぞ。」 

「……私は、いえ、我らの祖国カンブラはつい二三ヶ月前の戦に敗れました。そして、その後、機会を伺っていた近隣諸国がハイエナのように群がり、ついに滅びました。」

 小屋に詰めかけた多くの村人は驚愕か、沈黙に浸される。 

「……そうか。で、我らを頼った、と。」 

 伏し目がちなクラプトは、臍を噛んで、 

 「私も国を失ってから、流浪のカンブラの民と力を合わせて各地で抵抗しました。王族も戦で多くが薨ぜられ、唯一お守りした王子も失い――」

 「よい。裏切り者に売り渡されそうになるだの、長旅の疲れだの、いくらでも類推はつく。しかし、我らを頼るということは、何がある?」

 実は――と、言葉を続けた。 ここより36マリ(1マリ=6キロ弱)先に、中規模の都市国家がある。中原の穀物庫と称され、実質はこの中型国家が管理を行う為に、かく言われるようになった。 

 この地より更に西へゆくと、黒馬の民とクラプト達の故郷に《カンブラ》がある。 

 クラプトは、非常に明瞭な眼で黒馬の民を見る。 

「今一度、カンブラを奪った国家に一撃与えたく思い、馳せかけました。」 

 この言葉は、村長と、カムラン、そしてなにより黒馬の民は確信を持って聞いていた。

(まさか本気で言うとは……。) 

 村民の顔は、やはり証明された事柄に対峙する半ば冷淡でもあり、落ち着いた態度でもある。 

 それを察したクラプトも只、俯かずに毅然とした態度で表情を引き締めた。 「私たちは、放逐された一族であることを踏まえて、血族の大義名分がほしいのですね?」 

 村長は動揺せずに言葉を紡ぐ。

 「……。」

 「しかし、残念でしたね。もうこの村にも王族の血を引くものはいません。嘘だと思うなら、他の者にも聞きなさい。仮に嘘をつくにしても、あなた方程度の人数なら我々山に住む民であれば、ぞうさもないでしょう。」

 「それは……それは本当ですか?」

 村長は白い包みの赤子を、クラプトに優しく返すと、立ち上がり、集まった村民の面を見回す。 

それに合わせてクラプトも周りに首をまわす。

 この場の誰しも、沈黙を以て応じた。

 これがわかると、クラプトは眉間に刻まれた皺を一層強くした。 「

 なんということだ……なんという……幼い王子の命すら守れず、あまつさえ山に放逐された民にまで見捨てられたのか……。」 

 村民達はすかさず、 

「俺たちはお前らなんかに恩義もなにもねぇ、恨みだけさ、あるのは。」

 「全くだ、散々コケにしといてそれかい?」 口々に罵った。 それを制したのはやはり、村長である。

 「血族が、今のあなたに必要なのですね?」

 俯いて顔を曇らせたクラプトは、目の前の村長を見上げた。 

「はい。ですが、それと」 

「それと?」 

問われ、掠れた聲で咳をした。

 「この村も、じきに他の国の軍隊が来るでしょう。もう放逐された民というのは公にされています。」

 「……でしょうね。」 

その時、不気味な騒がしさを感じた。

 弓から放たれたように村民の誰かが外に出た。 

 遠く目下の森が燃えていた――いや、正確には燃える松明が群れとなり移動していた。 

「やはり我々の後をつけてきたのかッ。」


 「どうでしょう、近隣の村の差金かもしれません。遅かれ早かれこの事態は起こりました。」 


 村民は狂った。 

慌てるもの、どこかに逃げ出すもの、呆然としているもの、ちゃっちゃ滅茶苦茶である。 

 「静まれ。よいか、馬小屋の馬を開け放つ。すぐに出立の準備の出来たもんから逃げよ。皆の落ち合う場所は《かの丘》である。よいか」

 村長の一言が響く。

  それをなんとか聞いた村民は準備をしに家路に急ぎ、こんらんする村民は尚も時間を浪費した。

 「さて、貴殿には悪いがうちの警備隊と共に殿軍と遊撃をしてもらう、よいか?」 

 「ええ、運命はこうなっていたはずです。」


 クラプトは丸太に似た槍を持つと、落人であった部下を指揮する。

 山脈から吹き降ろす冷風が激しくなった。


 ――大陸歴一三〇〇年の事である。







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