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「あっ、お父さん。帰ってきたんだ……。」
真希がグリアの座る椅子の後ろに佇んでいた。目元は、テーブルの蝋燭を覗いており、メガネが白く光る。
「おいおい、どうしたんだい。こんな辛気臭い。お二人さんが帰ってきたんだ。おっ、猪か、鍋か丸焼きだな。」
「……兄さん、どうしたんだ? 一体」
「なに、昼間に懲らしめた盗賊の倅が領主のアホの持ちもんだっただけさ。気にするな。」
おかみが、目尻をキィと釣り上げ、
「バカッ、大馬鹿もん。あんた、そのせいで討伐令出されたんじゃいみないじゃない!」
「すいません、皆さんに……ご迷惑おかけして」
真希が、小声で呟く。
だが、おかみのまくしたてる怒鳴り音で聞こえない。
彼女の口の動きを察したグリアが、
「やや、まあそう焦るな。この砦が知らないと思う。それに、そうそうに大軍をださないだろう。」
「また、もうわかった。だけどね、グリア。あんたはここの長なんだ。それを忘れないでよ。」
「遅かれ早かれ奴らも俺らをつぶしにかかってきた。だろ? エイフラムもそう思うよな?」
問われた彼はしばらく四隅の闇を眺めている。
もう一度、グリアに視線を戻したとき、丁度、真希が目に入った。何かを謝るような、怯えるような顔だった。
唾を飲み込んだ彼は、
「……ああ。兄貴の言うとおりだ。いつ起きてもいい問題が起きただけだ。それ以外には理由なんてない。」
息を抜くようにして、また四隅の闇に眼を移す。
傍らに立つ壮一がエイフラムに耳打ちで、
(娘のためにわざわざ、ありがとう。)
と言うと、エイフラムは困ったように鼻を啜る。
その様子に満足したグリアは、
「みんなを集めてくれ。いいか、これは黒馬の民の子孫である俺らの戦争だ。ここを守ぞッ!」
金髪の縮れた毛をかきあげた彼は、歯をむきだした。まるで獰猛な獣みたいだった。
昼間に思えるくらい焔が煌々と輝き、煙が高く立ちのぼる。
「みんな、すまない。聞いてくれ、我々は西の領主に近いうち、いやすぐにでも攻撃を受けるだろう。この砦は、頑丈でも数千の兵隊相手には戦えない。それにこの戦いをしたくない連中もあるだろう。そういう者は荷物をまとめてどこかへ去ってくれて構わない。」
グリアが大きな瞳と秀でた眉で、辺りを固める男たちに語りかけた。
皆、下を向き、陰の濃く、一様に沈んでいる気であることが知れた。無理もないだろう。 相手は、領主であり、かつ、小国規模の五千から八千の兵隊を送り出すことのできるのだ。
対して、この砦の黒馬の民の子孫とは名ばかりの盗賊かぶれは、どうあがいても七百から八百が限界である。
「他の、ほかの連中から応援は来ないのか?」
酒やけのした、顔の広い男が問いかけた。
「まず、無理だろう。わざわざ我々にくみして被害を受けたい奴らなんぞ、いない。」
「じゃ、どうするんだ! たかだか千にも満たない兵隊じゃ、太刀打ちできないぜ、グリアの大将さんよ。」
誰もが顔を見合わせる。
森の方からコウ、コウ、と梟の鳴き声がした。
月光が青い。冷気が小さな丘から垂れこめる。
真希と壮一は、人の渦から少し離れて、ことの成り行きを見ていた。
「父さん、どうなるの? ……なんか、私たちに責任があるような気がするんですが。」
「まさか! だったら、俺たちをさっさと連中に引き渡しておしまいさ。でも、さっきから話を聞いてたが、どうやらこんな遺恨は上っ面だけじゃない様子だ。」 「で、でも。」
ニィ、と壮一は口角を釣り上げた。
「待ってろ、もう少しだけ成り行きを見守ろう。それからだ、俺らの出番ってやつはよ。」




