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最悪な間違いをしていました

 

 日があたっているのに肌寒い昼下がり。広場では子供達が走り回って無邪気に笑っていて、その声が聞こえて来る筈なのだが、私にはその声は全く届いて来なかった。


天宮美鶴あまみやみつる、18歳。絶賛頭の中が混乱中です。


 目の前の女性、宮野絵里みやのえりは私が生まれ変わる前にバイブルとしていた少女漫画の主人公なのだが。その彼女がその漫画の名前を知っていたのだ。

どうして知っているのか。初めて彼女と話した今日、言葉とその態度の節々で感じていた違和感。その全ての疑問を納得いく形で導きだされる答えは一つしかない。


宮野絵里ヒロインも、転生者だったのだ。


「天宮さん、知っているよね」


 宮野さんは、確信をもっているようだ。それもそうだろう。あの’君と僕のプロローグ’の物語を知っているのならば、当然自分がヒロインであると解っていて、ヒーローである西園寺翔也さいおんじしょうやの婚約者としてその仲を邪魔して来る天宮美鶴わたしが物語と異なった態度をとって、異なった道筋を辿っていたのだから、自分と同じかも知れないと考えるのは至って普通の思考だ。そして、私が婚約を破棄したと聞けば、いよいよその考えは正しいと思うのも当たり前のことだろう。だから、尋ねてきたのだ。


 何も答えない私に、彼女はさらに撒くし立てる。


「物語のあなたは、婚約者の翔也君のことが本当に好きで、そして嫉妬深い人だった。そして、ヒロインに酷い嫌がらせをして、その仲を引き裂こうとしたり、彼女を貶めようとする言動をとにかくしてた。それなのに婚約者ではあったけど、アメリカに留学していて、帰ってきたと思っても仲のいいヒロインと翔也君の前に現れようともせず、学園から姿を消すように居なくなった。だから、あなたは物語の天宮美鶴ではない、と確信して言ってるの」


 宮野絵里の顔は真剣で、声は捲し立てられているのもあって、何だか責めているように聞こえて来る。私はなにも答えられずに頷いて後退った。

 ここで、私が転生者だと告げて良いのだろうか、と浮かんできたのはそれだ。確かに転生者の仲間がいた事には驚いたが、仲間がいて安堵した所はある。けれど、このヒロインは何を考えているのか解らない。同じようにあの少女漫画を知っていて、そのストーリーが好きだったとしたら、その通りにいかないこの世界に憤りを感じているかも知れない。そうなっていた場合、元凶は悪役である天宮美鶴わたしなのは明白だ。物語とは異なり、桜ノ宮学園にはおらず、西園寺翔也の婚約者でもない。だから、私を責めて、物語の通りに軌道修正しようとしている可能性がある。……もちろんそうでない場合だってあるのかもしれないが、今の私にはその可能性が何よりも恐怖だ。ーーー回避しようとしていた未来が、不可避になるかも知れない。


 そう考えが至ってしまえば、目の前のヒロインに対して返す言葉は決まっていた。


「……何を言っているのか、私には理解できかねます」


「……!」


 私の言葉に宮野絵里ヒロインは顔を顰めた。


「その貴女の言う、少女漫画で私がどんな立場であったとしても、私は私です。関係ありません」


 だから、私に関わって来ないでほしい。そう言外に告げると、私は逃げるように彼女に背を向けて元来た道を戻ろうとする。


「ま、まって!」


 引き止める声に、私は振り返って彼女に視線を戻した。


「天宮さん、翔也君のこと、本当にどうとも思っていないの?」

 

 また、その話か、とうんざりして思わず溜め息を吐きそうになるのをぐっと抑えた。そんなにその事が気になるのだろうか。

 西園寺翔也と宮野絵里の仲は良好な筈だ。私も実際に抱き合っている所をみたし、その後も学園では仲の良い姿が見られている、と学園で出来た友人から聞いし、きっと両思いだろう。それでも物語とは違うから私に西園寺翔也の事をどう思っているのかを聞いたのだろうというのもわかるし、私と霧崎さんとの関係も聞いてきたのも理解できる。だって、好きな人の婚約者の立場にいた人はいわゆるライバルなのだから。

 それでも婚約は解消したのだから、そこまで気にしなくても良いのではないかと思う。物語と筋書きは違うけれど、結ばれる事が出来るのだから。ああ、何だかイライラとしてきた。


「始めから、政略的な要素しかない婚約でした。そこに恋愛感情のようなものが生まれるのは稀であると思いますが、違いますか?」


 多少の苛立ちを含んだ私の言葉に、ヒロインは何か言いたげに眉を潜めた。それでも、早くこの場所から立ち去りたかったわたしは立て続けに口を開く。


「話はそれだけでしょうか?それならばお兄様のところに私は戻ります」


 追いかけられるような気配があったのだが、私は振り返らず、早歩きでその広場から立ち去った。




「美鶴、顔色が悪いよ?彼女に何かされた?」


 お兄様の所に戻った私は、開口一番にそう言われて。そこでやっと溜めていた息を盛大に吐いた。


「いえ、何でもなかったですが、ちょっと疲れただけです」


「そう?それならいいのだけど……」


 それでも心配そうな顔をされたから、私は笑顔を貼付けて大丈夫ですから、と言う。


「美鶴がいない間に、父さんから連絡があったよ」


「え?どのような用事ですか?」


 お父様からの連絡はそんなに多いものではないので、連絡をして来るのなら、きっと何か重要な事だったのだろう。そう考えていると、お兄様はどこか言いにくそうに口を開いた。


「縁談の話だった」


「お兄様もそろそろその話が来てもおかしくはないですよね」


 この歳になるまで私には婚約者がいたが、お兄様にはその話は一切なかった。というのも、両親は跡継ぎが選ぶ相手は、自分で判断して欲しいという理由だった様なのだが、大学生にもなってその話がお兄様に出ない事に心配になったのだろうか、なんて考えていると。


「僕ではなくて、君にだよ、美鶴」


「……ええ?」


 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「相手は、霧崎悟、らしいよ。見事に外堀を埋めていかれてるね、美鶴」


 苦笑いをしているお兄様を見て、私は唖然とした。彼は返事を待つ、と言っていた気がするのだが。どうして、と思っているのが顔に出たのだろう、お兄様はくすくすと笑う。


「予想外に狼が迫っていることに焦ったんじゃないかな」


 なんて容量の得ない事を言い出した。混乱の上に混乱を重ねてしまった私の頭の中はすでに容量オーバーだ。だからだろう、ぐるぐると回っていた思考は停滞してしまって、気がついたらふらり、と体が傾いていた。


「美鶴!?」


 お兄様の驚く声が聞こえる。ああ、ここ何日かろくに寝ていなかったなぁ、と遠くなっていく意識の中でぼんやりと思った。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 私が倒れた、というのは瞬く間にお父様やお母様にまで伝わっていたようで、私が丸一日の睡眠から覚醒した時には二人とも心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「栄養失調と睡眠不足だって。やっぱり大丈夫じゃなかったじゃないか、美鶴」


 そう困ったように言うお兄様は、それでもホッとした様子だ。


「すみません、お兄様。お父様もお母様も、突然倒れてしまって、すみません」


「いや、いいんだ。美鶴が無事でよかった」


 お兄様と似たような表情を浮かべてお父様もそう言って私の頭を撫でてくる。……ちょっと親ばかすぎないだろうか、と心配になるが、倒れてしまったのはこちらの方だし、何とも言えない。

 私が倒れてすぐに、お兄様は私を病院まで運んだそうだ。それで、一日入院して様子を見るつもりだったようだ。今はもう病室から出て、車で私の自宅まで移動し、お母様が用意したお茶と途中で買ってきたケーキを囲んで団らんしている。

 久々に家族全員集まったので、なんだかほっこりとして安堵のようなものがこみ上げて来るのは当然だったのかもしれない。しばらくの間気を張っていたし、次から次へと私を動揺させるような事が起こっていたから。何も解決していないのだが、それでもこういった安心するような時間は必要だったのだと思う。


「そう言えば美鶴、霧崎さんの息子さんとの婚約の話なのだけど、美鶴が嫌なら断ってもいいんだよ?」


 お父様がそう話を切り出すと、お母様が彼を非難するように声を上げる。その話を切り出す時ではないでしょう、とお兄様も視線を向けたが、私は苦笑してお母様とお兄様をたしなめる。


「いいんですよ。私の中ではもう答えは出ていますから」

 

 その言葉に、全員が目を見開いた。

 気の置ける家族がいる中で、私の頭の中で整理された思考がはじき出した答えは、あんなに悩んでいたのがばからしく思えるほどに単純なものだ。


「私、霧崎さんの申し出を受けようかと思います」


 頼りになる先輩で、研究のことも含め関心事が共通している。思考だって似ていて、精神的にも釣り合う。結ばれることでお互いの会社が得られる利益だってあるのだ。


「本当に良いのかい?」


「はい。ただ、私が本人に直接告げるので。まだあちらの家の方には連絡はしないでいただけますか?」


「それは、全く構わないよ」


 お父様が心配そうな顔で本当に良いのかい、とまた聞いてくるので、私は苦笑しながら頷いた。私の意見が崩れないと考えが至ったのだろう、それ以上誰もその話については深く掘り下げるような事はしなかった。



 次の日、予定をほっぽりだして私の元に来たお父様とお母様は日本に帰国した。まだ安静にしていた方が良い、とお兄様に言われたけれど、研究についていろいろとやらなければならない日だったので、私は研究所までいく事にする。お兄様は当然、ドイツ支社にいって仕事をしなければならないので、私を車で研究所まで送ってから、支社へむかって行った。


 朝早くから研究所にいる人間はそう多くはない。だいたい皆自由に研究をしているような場所なので、朝からいるのはよほど論文に切羽詰まっている者か、勤勉な日本人くらいのものだ。だから、すぐにその姿は見つけられた。


「霧崎さん」


「美鶴ちゃん、おはよう」


 声をかけたら、霧崎さんは笑顔で迎えてくれた。


「あの、今日の夜、お時間はあいていますか?お話したい事があります」


「開いてるよ。ちょっとやらなければいけないことがあるから、遅い時間になっちゃうかもしれないけれど」


「構いません。私は早く終わりそうなので、近くのカフェに入って待ってます」


「わかったよ。出来るだけ早く行くね」


 ありがとうございます、といって、私は自分のデスクへと向かった。今日は何だか調子が良くて、やろうと思っていた事は夕方にはすでに終わっていた。ちらりと霧崎さんの方を向くと、まだ終わりそうではなかったので、私は先に研究所を出て、向かいにあるカフェへと足を運んだ。

 席は程々に開いていて、私は窓際で霧崎さんからも解りやすいような席を選んだ。寄って来るウェイターにはコーヒーと入り口の近くにあったショーケースに入っていたモンブランを頼む。

 注文を受け取ったウェイターが離れていくと、私はそのまま窓の外へと視線を向けた。空が赤く染まってきて、雲が流れていく様子を見ていると、心が凪いでいく。

 

 これで、良かったんだ。きっと、正しい選択をしている筈だ、と考えていると、人がよって来る気配があった。ウェイターがケーキとコーヒーを持ってきたのだろうと思ってそちらを向いてありがとう、と伝えようとしたのだが、その前に私は驚愕で固まってしまった。





「天宮」


 この、声は。

ここにいない筈の人物の筈だ。どうしてこんなところにいるのか、どうして私の居場所がわかったのか。ぐるぐるとそんな言葉が頭をよぎるが、全て言葉になることはなかった。


「やっと、見つけた……!」


 その言葉が聞こえてきたかと思うと、私の視界は遮られてしまう。やっと思考が整理されて気がついたら背中には腕が回っていて、逃れたくても逃れられないような力で抱きしめられいた。……婚約者だった、西園寺翔也、本人に。


「は、離してください!」


「離さない。離したらまたお前はどこかへ逃げるだろう」


 いきなり異性に抱きしめられたのだから当たり前です!と言いたかったのだが、それを口にする前に西園寺翔也は告げる。


「離せるわけがない。やっと……やっと見つけたんだ」


 そう言う声はどこか震えていて。そんな彼の様子など初めて見た私は、戸惑いを隠せなかった。どうしてこの目の前の男はこんなに遠くは慣れていた恋人のような様子をみせるのだろう。ヒロインと上手くいっていた筈だし、彼女と結ばれるための邪魔な悪役わたしだって婚約を解消してすっきりした筈だ。なのに、どうしてずっと私を探していたようなことを言うのか。……宮野絵里ヒロインがいる癖に。

 そこまで考えると、私の中の戸惑いはさっと引いていき、出てきたのは苛立ちだった。


「離してくださいと言っているでしょう。元婚約者様・・・・・


 苛立ちも隠そうともせず、私は西園寺翔也の胸を力一杯に押す。離れた体の距離に私は少し安堵してそれから先ほどまで見えなかった彼の顔を見据える。どこかショックを受けているようだが、構わず私は口を開いた。


「婚約はすでに解消されているはずです。私ではなく他に会いにいく人があなたにはいるでしょう。いい加減私を巻き込むのはやめていただけませんか?前にも同じ事を言いましたが、迷惑なのです。」


「違う」


 さらに畳み掛けようとしたのだが、それは彼の一言で中断されてしまった。


「違うんだ、天宮」


「何が違うというのです!」


 苛立ちが収まらない私は、思わず声を荒げてしまう。それでも目の前の西園寺翔也はこちらに真剣な視線を送ってきた。それに思わずどきりとしてしまう。


「俺には会いたいと思う人は一人しかいない」


「では、その方のところへ行けばいいでしょう?昨日あちらの通りでお会いしました。旅行できているようですのでまだこちらにいらっしゃるかは解りかねますが……」


「だから、違うと言っている!話を聞いてくれ!」


 声を荒げた西園寺翔也に、私は驚いて肩を震わせた。そんな私の両肩を掴み、彼は私に視線を合わせる。


「俺が会いたいと思うのは、旅行でこちらに来ている宮野ではない。お前が思っているような事実は俺と宮野の間には一切ないんだ」


「……え?」


「俺は昔から、……誘拐されそうになったあの日から会いたいと思っているのは、お前だ」


 目の前の男がいよいよ何を言っているのか解らなくなってきた私は、困ったように眉間に皺を寄せた。


「何の為に俺が大学まで一環だったほかの学園から高校で桜ノ宮学園に転校してきたと思う?アメリカに行ってしまった後も何の為に毎日のようにメールをしていたと思う?やっと帰ってきたと思ったのに姿を消したやつを何の為に今まで探していたのだと思う?ーーー全部お前に会う為だ、美鶴」


 ドクン、と心臓が跳ね上がる。これ以上この男の言葉を聞いてはいけない気がする。そう思った私は逃げられないのならせめてその言葉が聞こえて来ないように耳を塞ごうとした。けれど、それを許してくれるわけもなく。


「……っ!」


 両肩にあった手は、次の瞬間わたしの頬を包み込んでいた。端正な顔が、すぐ近くにある。視線をそらそうとしても、叶わない。……逃げられない。 

 

「それほどまでに、俺はお前が恋しいんだ」


 


 

 












 

次のお話で終わる予定です。

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