最悪な状態で衝撃の事実を知りました
遅くなりました!読んでくださっている方々、申し訳ありませんでした!
電灯に照らされている街並みには人気は無く幻想的な景色ではあるが、それを楽しむ余裕は私には無い。
天宮美鶴、18歳。絶賛ピンチに陥ってます。
眠れそうになかったので研究をしに研究所まで行こうとした時に陥った事態、霧崎悟さんからの積極的なアプローチ(恋愛的な意味で)からはどつく事でどうにか抜け出す事ができたのだが、まさに一難去ってまた一難、先ほどの霧崎さんとの場面を見てしまったヒロインである宮野絵里がじっとこちらを凝視しているのだ。
折角婚約者の件から解放されると思っていたのに、その婚約者の恋人に見つかって、おまけにこんな場面を見られるなんて、なんてタイミングが悪いのだろう。
霧崎さんが私の視線の先に気がついて、訝しげな視線を彼女に向けた。
「美鶴ちゃん、あの日本人の娘と知り合いなの?」
強引にどついて振り切るという大変失礼な事をしてしまったのにも関わらず、霧崎さんの態度は普段と変わらなかった。
「……知り合い、というよりも恐らく顔見知り程度なのですが」
私が前世でバイブルとしていた少女漫画のヒロイン、宮野絵里は一途で、素直でおまけに他人のために一生懸命になれるとてもいい子だった。困窮していた家族をどうにかしたいと、学歴が確かで就職も通りやすく、おまけに顔が広くなれる桜ノ宮学院の高等部に入学し、そこでトップ起業の跡継ぎであるヒーロー、西園寺翔也と出会う。
ヒロインは可愛い容姿をしてることもあって、男子生徒からは人気があった。だがそれ以上に何事にも一生懸命な彼女を知った男達……天宮彰と西園寺翔也は惹かれた。
始めこそヒロインは生徒会長で何でもできる天宮彰に憧れていたが、困った状況に陥ると俺様だが何かと助けてくれる優しさを見せる西園寺翔也に宮野絵里は惹かれていき、やがて二人はお互いを想い合うようになる。
だが、その二人の関係をよく思わない者たちは周囲に大勢居た。……その1人が同じ学園に在籍していた一つ年下で天宮彰の妹であり西園寺翔也の婚約者の天宮美鶴、つまり’私’だ。
物語の中での私は、ヒロインに様々な嫌がらせをする。そして最終的には彼女を命の危機まで晒して、それを助けにきたヒーローによって社会的に抹殺されるのだ。
しかし、私は物語の’私’のように彼らが出会う頃には桜ノ宮学園に存在していなかった。おまけにヒロインに嫌がらせをする事も無く、関わろうともしなかったのだ。彼女から見えないところで様子を伺う、その程度だったのに。
押し黙ってしまった私に、霧崎さんはもしかして、と言った。
「彼女、美鶴ちゃんの婚約者の恋人?」
ひゅ、と息を飲んでしまった私の反応で、霧崎さんは理解したようだ。それから私の手を掴み強引に歩き出したので、転びそうになる。
「遅いから家まで送っていくね。」
「え、いや、でも私、あの人に居場所を話されてしまったら、」
「僕と抱き合っている場面を彼女は見たんだよ?恋敵が他の人と恋愛関係にあると思うだろうし、それに少し遠い距離でこちらの会話は聞こえてないだろうし、似ている誰か他の人だって思うよ」
「それは一理ありますけれど、もしもの為に口止めしないと……」
「そんな事したら本人だって確定されて、婚約者に話される可能性が高くなるだろうね」
そう言われてはっとする。確かにその通りだ。見られた時点で西園寺翔也に私の居場所がばれてしまう可能性が高まったのは事実。それならその可能性を高めてしまうような行動を選択しない方がいい。あまりに動揺していてそんなところまで頭が回らなかった。
ありがとうございます、と言ったら霧崎さんは笑みを見せた。
「美鶴ちゃんの婚約者の件では、僕は美鶴ちゃん側だからね。よりを戻されたら僕も困るし」
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とは言うものの、考えないようにしようとしても研究にもお兄様の仕事のお手伝いにも身が入らなかった。あの状況を見たヒロインがどういった行動に出るのかはこちらは全く把握できないので、つねにハラハラした状態が続いているのだ。
「……胃が痛い」
「美鶴、あまり無理して食べない方がいいよ」
今日は授業がなく、研究もとりあえずはひと段落していたので、午前中はお兄様のお手伝いをするために家の会社のドイツ支社で過ごして、今はお昼休みで支社の近くにあるカジュアルレストランでお兄様と昼食をとっていたのだが。案の定不安でいっぱいで食欲が出ない上に、胃がキリキリと痛む。これは、ストレスが最大限に溜まってしまった時に起こる症状で、前世の私との共通点でもあった。
それでも、何か摂取しないと頭が回らなくなるので、無理矢理にでも詰め込むのがいつものパターンだ。
でも、今日はそれも無理そうだったのでスープだけは飲むことにした。
「それにしても、こんなに円滑に支社の設置が進むとは思わなかったよ。美鶴の下準備のおかげだね」
「私は市場調査と支社の置く場所を手配しただけですよ?市場調査は霧崎さんの尽力もありますし」
日本を発つ前に提案した海外進出も、もう形になって実際には支社の運営も始まっている。お兄様は落ち着くまではドイツにいると言っていたが、もうその必要はないかも知れない。
「悟か。彼も家の跡取りは兄にまかせると言って随分と自由に飛び回ってるけど、やっぱりこっちの才能もあるんだよなぁ」
「はい。それはもう驚く程に素早いリサーチでした。それに、何となく私がやりたいことがわかっていらっしゃるのか、いいタイミングで提案や助言もいただきましたし」
「二人はいいパートナーなのかもね。」
「それは、」
そう思うのだが。私は言葉を詰まらせた。
お兄様が言っているのは仕事の意味でのパートナーというだけではないのだ。きっとお兄様は私が霧崎さんと結ばれるのが最善だと思っているのだ。だからもうそろそろ答えを出した方がいいのだと、そう示唆している。
ここまで自分が優柔不断だとは考えてもいなかったなぁ、と私は溜息を吐いた。もうそろそろ胃が痛い思いをするのも嫌だし、決着をつけたほうがいいのかもしれない。
「お兄様」
「なんだい、美鶴」
私の声色が変わったのを察知したのか、お兄様は先ほどまでとは違う視線をこちらに向けた。
「私が霧崎さんの申し出を受けて婚約すれば、天宮の会社の利は多くあります」
「そうだね」
「それに、霧崎さんと私は個人的にもいい仲ですし、結婚してもおそらく上手くいくと思います」
「……」
「むしろ、上手くいく想像しかできないんです。一緒に研究して、仕事をして、子供を育てて。」
すべて何事も問題なく自分が笑顔でいる想像しかできないのだ。
これは自惚れでも何でもなく。
「お兄様の知っての通り、私はこんな性格ですし、霧崎さんも大人です。問題が起こっても衝突しないようにお互いに回避すると思うんです。」
霧崎さんは私よりも年齢も上で、考えも成熟している。私は言わずもがな精神年齢は40近い。だから、きっと問題が起これば先を見越してお互いにしこりが残らないところに落とし込んで回避する。
「一緒に生きていく上で、円滑に何事も進むのは理想でしょう。」
まさに理想的な政略結婚だ。
そう、何を悩んでいるのか。これほどまでに利しかないのに、躊躇っていた理由がわからない。
躊躇う理由なんて、ないのだ。
「だから、私は霧崎さんの申し出をうけ……」
最後まで告げる前に私の言葉は遮られた。
というのも、急に私の手が背後から誰かの手に握られたからだ。
「天宮さん」
この、声は。
「……!」
振り返ると、白の清楚なワンピースを着て髪を少しサイドで緩く括っている、いかにも人が良さそうな女の子、宮野絵里が立っていた。
わたしが何か言葉を発する前に彼女はお兄様に告げた。
「天宮先輩、妹さんをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「いいよ」
ちょ、ちょっとお兄様!そんなあっさり許可を出さないでください!
という視線を向けたのだが、お兄様はどこ吹く風。
ありがとうございます。と彼女は言うと、私の手を引っ張ってレストランから連れ出した。
あまりに突然のことで頭が着いていかなかった私は、為す術もなく彼女の後をついていくことしかできない。
やがて、ちょっとした広場に着くと、ヒロインはガバッとこちらを振り向いた。驚きっぱなしの私はそれにも思わず肩をびくりと震わせてしまう。
「天宮美鶴さんですよね?」
「え、ええ、知っていたんですね、私のこと。」
「それは、まぁ……。遅れました、わたし、宮野絵里です」
とりあえずお互い直接顔を合わせることは初めてになるので、初めまして、と挨拶をしておいた。
そんな会話をしていたらようやく私も落ち着いてきて、冷静に宮野絵里のことを見ることができた。どうやら彼女は行動や声のトーンとは裏腹にどこか焦っているようだ。
「と、とりあえず天宮さん。私、あなたにどうしても聞きたいことがあって、探していたの」
「え、と……それは」
「私、今旅行でドイツに来ていたのだけど、その……偶然あなたを見かけてしまって」
やっぱりがっちり私だと認識されていたか、と私は内心思った。まぁ、当たり前だよなぁなんて考えていると、何だか今まで彼女にわたしがドイツに居ることを知られたことであんなに焦っていたわたしがバカらしく思えてくる。事が起こる前にあれこれと先のことを考えてしまうが、実際に事が起こってしまえばなんてことはないやつ。……うん、完全な開き直りだ。
「あの相手の方と天宮さんは、お付き合いをなさっているのかと」
「ええ、と。それは……」
なんとも答えにくい質問だ。まさに先ほどその答えを出そうとしていたのだが、運がいいのか悪いのか、彼女が現れたことで私の先ほどの決心はほどけてしまった。
彼女は言いよどむ私の様子を見て何を思ったのだろうか、すごい勢いで私に詰め寄ってきた。
「翔也君のことは?なんとも想っていないんですか!?」
ああ、なるほど。それを聞きたかったのか。そうだよね、自分の好きな人の元婚約者がどう思ってるのかって、元カノの事が気になるのと同じような心境なんだろうな。
私は妙に納得して、笑顔を作りながら答える。
「宮野先輩、西園寺翔也さまと私の婚約は白紙に戻ってます。なので、私をお気になさらず、」
西園寺翔也と仲良くなさってください、と言おうとしたのだが。
「婚約が白紙に!?なんでそんなことになってるの?!」
彼女の反応は私が想像していたものとはズレた、いや、真逆のものだった。………ええと、宮野絵里さん?
私の言葉に彼女は信じられないとばかりに更に詰め寄ってきたのだ。先程までの敬語もどこへやら。
「なんでって……、西園寺さん、他に想い人がいらしたようですので……」
彼女の変わりように動揺した私はそう答えたのだが、それを聞いた宮野絵里は唖然として、そして盛大に溜息をついた。
「あの男……何やってるのよ……」
その宮野絵里の呟きに、私は戸惑いを隠せない。なにやら他にも色々と呟いていたのだが、私の耳には届かないまま。……なんだろうこの違和感。
そんなことを考えていると、彼女はこちらに視線を向けて再び尋ねてきた。
「それで、先日の相手の男性と付き合っているのね?」
「え、と彼とはその、」
歯切れの悪い私に彼女は察してくれたようで、確認するように訪ねてくれた。
「アプローチされている段階、なのね」
「……その通りです。」
すると、またヒロインは深い溜息をついた。
先程から彼女と話して、何故こんなに違和感があるのか何となくわかってきた。想像していた彼女と、実際に目の前にいる彼女とギャップがあるのだ。
あの少女漫画の物語では、ヒロインは兎に角どんな時でも明るく、そして学園でも周囲がお金持ちでそれまでいた環境と異なっていても弱音も吐かずに一途に頑張っていた。そんな彼女の打算のない笑顔に西園寺翔也と天宮彰は惹かれたのだ。
悪役である’私’のいじめにもめげることは無く、自分で何とかしようとしていたし、何より彼女は純粋だった。
だが、目の前にいる宮野絵里はなんというか……。
「天宮さん、大事な話があるの」
急に宮野絵里の声色が変わった。
「何でしょうか」
私は彼女の視線に正面から向き合う。
漫画の様に明るくて可愛らしい容姿をしているがどこか違和感を覚えさせる、この正体を明確にするべく、私も彼女を見据えた。
「’君と僕のプロローグ’……っていう少女漫画を知っている?」
ヒロインから発せられた言葉に、私は目を見開いた。
その少女漫画は、おそらく私しか知らないもののはずなのだ。この世界に転生して、ネットや書店などで調べてもヒットしなかった物語。
そして、私が天宮美鶴になってから、良くも悪くもずっと意識し続けていた物語。
何故、目の前にいるそのヒロインが物語名前を知っているのか。
モヤモヤとしていた違和感の正体が形になった。答えはひとつしかない。
この宮野絵里は、天宮美鶴と同じ、転生者だったのだ。
あと1、2話でお話は終わると思われます。