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最悪な場面を見られてしまいました

今回はちょっと長いです。

 髪を高く結い上げて軽くメイクをする。オフィスカジュアルな服装をしてその上に白衣を羽織れば、ちょっとした研究者の出来上がりだ。


天宮あまみや美鶴みつる17歳。


 いつの間にかドイツに来て3ヶ月が経った。環境に対応するのに精一杯だったのにも関わらず、知識量も周りの研究者に追いつく為に多くを詰め込んだので、怒濤のような日々だった。研究室では基本が英語での会話だったので困りはしなかったが、日常生活では当然使うので普段の会話程度には覚える必要があったのでその勉強との併用でも本当に苦労した。ストレスもあったが充実した日々だったので気にならなかったし、何よりもここ数年私の頭を悩ませていた婚約者もんだいの件がほぼなくなったので、開放感を感じているほどだ。


 少し肌寒くなってきた街をお昼休み中に散歩していると、女性用のファッションのウィンドウが目に入ったので足を止める。じっとそれを見ていると、後ろから声が掛けられた。


「やぁ。美鶴ちゃん」


「霧崎さん」


 霧崎聡きりさきさとるさん。

23歳でドイツの経済学研究所で私と同じように大学院に入っていながら研究している日本人だ。彼とは大学の同期で、よくお世話になった。お兄様と並ぶほど綺麗な容姿で、大学時代から周囲に女性が絶えなかった人だが誠実な人であり、おおらかで話が合い信頼をおいている人である。


「気分転換に散歩してたのかな?」


そう言って霧崎さんは私の隣に移動してきて、一緒に歩く形になる。


「そうです。散歩は頭のなかを整理するのにちょうどいいですから」


「たしかにね。頭にいろいろ詰め込んだときは僕もよく宛もなくうろうろするよ。」


そうなんですか、と言って私はうふふと笑った。

こんなときに本当に私と霧崎さんは似ているのだと思う。経済学に興味を持ったのももちろんだが、思考のプロセスだったり、好みだって似ることがよくあるのだ。そういうところを見つける度になんだか面白くなる。


 そんな私の様子を見て、霧崎さんは一瞬息を飲んだような様子だったが私の視線に気がつくと笑顔を見せてくれた。



「そういえば、そろそろ美鶴ちゃんの誕生日がくるよね」


 しばらく二人で歩いていると、霧崎さんが思い出したようにそう切り出した。


「あ、そういえばそんな時期ですね」


 肉体的には18歳になるが、精神的にはもう40歳越えをしているので誕生日はそこまで特別なものには感じない。だが、この世界に生まれてから毎年の誕生日には両親やあきらお兄様がいろいろとプレゼントを送ってくれたり、小規模ではあるがパーティーを開いてくれたりしてくれているので、嬉しい日ではある。


「当日はご家族が祝ってくれるのかな」


「今年は恐らくお兄様がこちらドイツにいらっしゃるので、お兄様とどこかに外食しに行くと思いますよ」


 お兄様は離国する時に私が提案した案件を実行に移したようで、お父様の会社の海外支店をドイツに出す準備を整えているのだ。どうやらその目処もついたようで、そのプロジェクトを始動している。

 私がこちらに来た当初は研究の傍らで市場調査もしていたので中々のハードワークだったが、霧崎さんも手伝ってくれて予定よりも早く報告ができた。

妙に手際がいいな、と思ったら霧崎さんは食品分野で有名な霧崎グループの次男で、それを聞いた時は驚いて素っ頓狂な声をあげてしまったのは記憶に新しい。

 ある程度日本のそういったトップの企業に関係している人々の事は知っているつもりだったのだが、霧島さんは次男であまり社交の場は肌に合わないといって極力さけていたそうなので私が認知するのは難しかったのだろう。そういった所も私に似ているから、同じような経緯をたどっているのかもしれない。

 

 私の言葉を聞いて霧崎さんは少し考えた後に尋ねてきた。


「それなら、その前に僕と食事に行かない?前祝いさせてよ」


「え、いいんですか?」


「うん。だって好意を抱いている相手の誕生日だよ?それくらいの甲斐性は僕にもあるよ」


…………え?


「それなら、その好意に甘えますね。ありがとうございます」


そういって私は研究室に戻る道を歩き始めた。その後も普通に霧崎さんと世間話をしながら休憩時間を終えた。……のだが。


 さっきはなんとか笑顔で返したが、霧崎さん変な事言ったような……。


と悶々としてしまったので研究が進まなかった。その後も霧崎さんは休憩時間に私を食事に誘ってくださったり、遅くまで作業をしていると差し入れをくださったり、帰宅する時は家が反対方向なのに送ってくださったりしてくれるようになった。

 その行動の意図が解らないほど私は鈍くない。前世と合わせると約40年の人生を経験しているのだ。

………これは、霧崎さんにアプローチをされている。


 大学時代にはそんな事はなかった筈なのだが、霧崎さんの中で何があったのだろうか。容姿は別として私に他人が好意を抱くようなものは無いと思うのだが。研究ばかりで女らしい振る舞いなんてまるでしてないし、同年代がするような会話にはついていけないし、興味を持つものだって他の人々とは少し離れているし……なんて考えていると、少し悲しくなった。

 でも待てよ。これは私の勘違いかもしれないし、なんて考えているうちに夕食を誘われた当日が来てしまった。


「それじゃ、ちょっと早いけどお誕生日おめでとう美鶴ちゃん」


「あ、ありがとうございます」


グラスをちょっとあわせると、シャンパンに口を付けた。久しぶりに飲むとやっぱり美味しく感じる。


「霧崎さん、本当に奢っていただいていいんですか?何だか格式の高いお店に感じるのですけど……」


そうなのだ。てっきりちょっとお洒落なお店で食事をするのかと思っていたら、思いっきりフレンチで一つ一つの値段がちょっと庶民の感覚からしたら引くくらいの値段がついている。学生なのにこんなにお金を出していただくのは気が引けるのだが。


「大丈夫だよ。僕も家の会社の手伝いをしているからね、一応それなりの収入はあるんだ。気にしないで」


 そう笑顔で返されると何とも言えない。そのまま流されるように注文し、いつものように研究の話や世間話をしているうちに時間がすぎていってしまった。


 うん、やっぱり霧崎さんが私にアプローチをしているというのは気のせいだ。いつも世間話や研究の話になってあのとき以来変な事は言わないし、優しい人だからきっと私の事を気にかけてくれているだけだろう。そう言い聞かせながら帰路についている時だった。 


「美鶴ちゃん、今日は誕生日のお祝いともう一つ、大事な話があったんだ」


「え……と、何ですか?」


 まさか、と身構えようとすると、それを見越していたかのように霧崎さんは私の腕をつかんで逃げられないようにその腕の中に閉じ込めた。


「き、霧崎さ、」


「ごめん美鶴ちゃん。迷惑かもしれないけれど……君のことが好きなんだ。」


「……!!」


そう耳元でささやかれるように告げられ、私はその声にビクリと体を震わせた。一瞬頭が真っ白になってしまったけれど……こんな告白の仕方はありなのか!逃げられないようにするなんて!


「君にいろいろあった後でこんな事言うのは卑怯かも知れないけど、結婚を前提に付き合って欲しいんだ」


ゆっくり考えてくれていいから、と霧崎さんは言うと腕を離してくれた。


 それから霧崎さんは家まで送ってくれたのだが、恥ずかしくて顔をあわせる事ができなくなってしまって、結局終始俯いたままになってしまった。


 正直に言うと、私の中でまだ西園寺こんやくしゃのことを抜きにして他の恋愛をする事は考えられない。今まで最悪の未来を回避するために行動してきたので、そんな余裕は無かったのだ。

 けれども、私の感情を抜きにして、霧崎さんは容姿も整っているし霧崎グループの一員でもあるので社会的地位も高い、財力だって心配は無いようだし、婚約や結婚相手として申し分が無い人だ。それに話もあうし、霧崎さんが好意を持ってくれているのなら、良いのかもしれない。昔、霧崎さんが生涯のパートナーでも良いのではないか、と考えた事もあったのだし。……西園寺翔也さいおんじしょうやのことを忘れるきっかけにもなるかもしれない。

 


 ぐるぐる考えているうちに私の誕生日の当日が来て、彰お兄様がドイツにいらしたので空港まで迎えに行った。


「美鶴、元気だったかい?」


「変わりありませんよ!ちょっと調査と研究で忙しかったけれど、最近は落ち着いてます」


「そうか」


そう言ってお兄様は私の頭を撫でてくる。相変わらず妹思いの兄だな、と思いつつお兄様が滞在する予定のホテルまで移動する為に用意していたタクシーに乗り込んだ。

 それからお兄様は約束していた通りに私の誕生日のために予約していた店に連れて行ってくれ、祝ってくれた。その後にお父様は美鶴がまた海外に行ってしまって寂しがっているだとか、お母様はそんなお父様に少し呆れを見せているなどの家族の近況を教えてくれた。

 そして、なんとなく話が尽きてきた時に、お兄様はふと思いついたように口を開いた。


「そういえば美鶴、市場調査の件ありがとう。ずいぶん早くて驚いたけど、無理はしてないんだよね?」


「はい。実は結構ハードワークでどうしようかなと思っていたのですけれど、手伝ってくださる方がいてなんとかなりました」


そう言うとお兄様は少し考えるそぶりを見せて、すぐに納得のいった顔をした。


「ああ、もしかして悟かな。確か彼も美鶴と同じ研究室だよね」


「……驚いた。もしかしてお兄様、霧崎さんのことご存知だったんですか」


もしかして社交の場で知り合ったのかもしれないと思ったが、お兄様はそれには首を振った。


「悟は僕の幼馴染のようなものだよ。」


「ええ!?私、知りませんでした……」


驚いた声を上げると、お兄様は笑った。学園の初等部の頃に知り合って、幼い頃は社交の場でよく悟と一緒にいて女の子の対応を共にしていた同志だよ、とお兄様は語る。確かにお兄様も霧崎さんは人目を引く容姿の持ち主だし、幼い頃でも社交の場では女の子が自然と寄ってきていたのは想像に難くない。それに、その関係で企業の業種として異なるのだがは父親同士も仲が良いらしい。……そんなこと全く気がつきませんでした、と言うとおかしいな、とお兄様は言う。


「彼は美鶴と同じように社交をあまり好まなくて外には出ていなかったけれど、美鶴、君も知っていると思ってた。学園の初等部にいたときに彼は生徒会の会長をやっていて、僕も役員だったからよく一緒にいたからね」


まあ、初等部を卒業してから悟は海外に行ってしまったのだけど、とお兄様は続けた。

 ああ、その頃はまだ初等部に入学して間もない頃で自分がこの世界でどのような立ち位置なのかを知って、どう立ち回るのかを模索していた時期だし、西園寺翔也こんやくしゃを避けるために彼の動向ばかり追っていたのでその他に気を回すことはできなかったから、存在の認識はしていても関わりのないことだと判断して無意識に頭から追い出していた情報だったのかもしれない。

 


「そうだったんですか。それなら早く霧崎さんと知り合いだったことを早くお兄様に伝えればよかったですね。そうすればお兄様と霧崎さんをこちらで引き合わせることができたかもしれないのに」


「そんなこと気にしなくていいよ。……それにしても、美鶴はずいぶん悟のこと気にするんだね。名前を出しただけで身体が反応してたけど、何かあったの?」


 まったく、よく私の様子を見ている兄だと思う。お兄様が霧崎さんの名前を出した時に私がぴくりと反応して、それを隠すように一瞬黙したのに気がついたのだ。


「そうですね。……実は結婚を前提にお付き合いを申し込まれています」


別に隠すことでもないし、お兄様の意見も聞きたかったので彼との間に何があったのか正直に全てを話した。

 

「大体状況が分かったよ。それで、美鶴はどうしようと思っているの?」


「そうですね。霧崎さんは大学にいた頃から私に良くしてくれていますし、お話も合って研究の話もできます。市場調査のお手伝いをしてくださった時に、ビジネスもできる方なのだと分かりましたし、霧崎グループの会社のお手伝いもなさっているし、結婚相手として考えるのなら申し分のない、私には勿体無い方だと思います」


「じゃあ、美鶴は悟の申し出を受けるのかな」


「それは……」


すぐにその質問に答えられないでいると、お兄様は私の頭に手をのせてなでた。


「美鶴。君は悟のことは良く思っているのはわかるよ。あまり君が他人をベタ褒めすることはないからね。それに、美鶴はいつも無意識に打算的にものを考えているから、悟の申し出を受けたら天宮うちと霧崎の関係が強固になってより大きな企業にできることだって直感的に思いついていただろうし、そのほかもメリットを思いついて、自分で考えきって了承するだろう?」


 その通りだ。西園寺翔也の件の後にお父様からもお兄様からも、誰を結婚相手に選んでも尊重する、と言われていることもあるし、私は普段のことだったら自分の感情ではなくてどうしたら自分に関わることにとって一番有益なのかを考えてしまう質なのだ。


「だけど、君はそうしなかった。こうして僕に意見を求めたよね。それはどうしてなのかな」


「私は、」


 お兄様が何を言いたいのか、理解できる。解っているのだ、霧崎さんの申し出を受けられない理由も。

 まだ、私には西園寺翔也に未練がある。いくら打算的に考えようとしてもその私の感情が邪魔をして、結局堂々巡りになってしまっているのだ。

 けれども、それをお兄様に話すことはできない。逃げるための大学院の手配と婚約解消の手伝いまでしていただいて、今更それを口にするのは憚られる。 

 きっとこのお兄様はそれにも気がついている。それを気がつかせるために私にこのように尋ねたのかもしれない。


 黙ってしまった私にお兄様は続きを催促することもなく微笑んで、それから話を逸らした。店を出てからも、お兄様の泊まるホテルの近くにある私の部屋まで送ってくれ、また滞在中に食事に行こう、と言ってくれた。私はそれに頷いてお兄様を見送る。

 部屋に入ってそのままベッドに座ると自然と深い溜息がでて、私はそれに苦笑した。

 美鶴は西園寺君のことを忘れられてないんだよ、と言外に言われたのだ。本当に、お兄様には隠し事ができないな……。


 今日はきっとこのまま横になっても同じことを考えて眠れないだろうし、研究室に行って続きでもしよう。


 そう思い立って、私は仕度をして研究室へ向かった。だがすぐに後悔する。


「あれ、美鶴ちゃん?どうしたの」


「霧崎さん……」


 歩いていたその道の途中であろう事か悩みの種である本人に出くわしてしまったのだ。おそらく彼は研究室からの帰路についていたのだろうことは、私がもうすぐ研究室に着くという所まで来ていたのですぐに察することができた。


「こんな遅い時間に一人で出歩いているのは関心しないな。今日は君、彰と夕食に出かけたんだったよね」


「あ……、はい。そうなんですけど、何だか眠れそうになかったので、研究室に行こうかな、って。」


 お兄様と知り合いだったんですね、という言葉も頭に思い浮かんだが、今は霧崎さんと長い時間会話する気になれなかったので引っ込める。霧崎さんの視線を避けるように視線も逸らした。

 そんな私を見て霧崎さんが困ったように笑った気配がした。


「この間の僕の申し出、迷惑だったのかな。君に避けられるのは本意じゃなかったんだけど」


「そ、そんなことは……」


否定の言葉を口にしようとして思わず霧崎さんへ視線を向けると、彼は含んだ笑みをみせて、ああでも、と続けた。


「美鶴ちゃんに僕のことで頭をいっぱいにしてもらうことには成功したようだね」


「……っ!」


 その言葉に私は一気に顔が赤くなるのを感じた。この人は私がこの手のこのに慣れてないのが解っているのに本当に予想外のアプローチをしてくる。

 私は咄嗟にその顔を見られまいと逸らそうとしたが、その前に霧崎さんは私を抱きしめてしまった。


「な、き、霧崎さ、」


「そんな顔しないで。僕はずっと君に触れたいと思ってたんだよ?そんな顔されると、触れたくなる」


 耳元でそう言われて、更に顔が熱くなった。抱きしめられて逃げられないとわかっているのに、恥ずかしくてどうにかして逃れようとわたわたとしてしまう。

 視線も定まらずに彷徨わせている時だった。ある一点で私の視線は定まり、抵抗しようとして強ばらせていた身体にきゅっと力が入って固まってしまった。そのままひゅっ、と息を飲む。

 停止していた頭はやっと動き出したが、浮かんでくるのはひとつのことだけだった。



ーーーどうして、ドイツここにこの人が居るのか。



 私が視界に入れたのは、紛れもない、婚約者だった男が好意を持っているはずの、そして婚約者の事を同じく好いているであろう宮野絵里ヒロインが驚愕してこちらを見ている様子、だった。




 



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