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閑話 最高に可愛い妹

髪を高い位置で結い上げて、動きやすいようにジーンズを履いていてボーイッシュな雰囲気でも、僕、天宮彰の妹、天宮美鶴(あまみやみつる)は美人で可愛らしい。


聡明な彼女は両親の強い希望でアメリカで大学を卒業した後に日本の金持ち学校、桜ノ宮学園の高等部に通うことになったが、美鶴の希望により、今度はドイツへと旅立つことになったのだ。

というのも、半ば僕がそうさせたのだが。


何故かって?そんなの聞かなくても解るだろう?


僕ら天宮の家族は、美鶴を目に入れても痛くない位には彼女を溺愛していると自負している。幼い頃から歳の割には大人びていて、自分でできることは自分でやりきってからできないことは周囲に甘える、要領の良い子だった。斬新なアイディアで父の企業の業績を促進し、トップ企業と呼ばれるまでに成長できたのも彼女のおかげであるし、彼女自身はそれに驕ることなく日々努力している。

 

 そんな美鶴が中等部の時に強引に迫って婚約者に落ち着いた男、西園寺翔也も小さな頃から見目麗しい男だったが、如何せん強引で性格は最悪だった。こう思っているのは僕だけかもしれないけどね。

その上、婚約者がいるというのに他の異性と抱きあうという最低な行為までするなんて、これはもう、美鶴を任せてなんておけない。これには父も母も怒りを顕にしていた。


「美鶴、本当に彼のことはなんとも想っていないのだね?」


 全てを話した後にそう父に聞かれた美鶴は困ったような笑顔を見せた。


「幸せになって欲しいと思いますよ」


 その言葉を聞いた両親は、なんて良い娘なのだと感動して美鶴を抱きしめた。美鶴もそのままの笑顔で父と母にされるがままになっていたが、僕はその笑顔にどこか引っかかりを感じていた。……もしかして、美鶴は西園寺翔也にどこか未練を感じているのかもしれない。

とはいえ、美鶴の希望もあり婚約を解消する動きがとれたのは僕としては願ったりかなったりだった。

美鶴には悪いけれど、現場を見てくれて良かったと思う。動くきっかけになったのだから。


……そういえば、西園寺翔也と抱き合っていたという女の子だけれど、僕が高等部にいた時にちょくちょく遭遇していた娘だったと記憶している。委員会で一緒になったり、食堂で遭遇したりだったが、美鶴には劣るが可愛らしい娘だった。よく気が利くし、話も合った。大学に進学してからは一度だけ、それもこの間美鶴が編入するという手続きをするために学園に入ったときに会った。変わらず気が利いて、生徒会の書記という地位でも驕らずに頑張っているようだ。

その時に、会いたくもない西園寺翔也にも遭遇したのだが。彼は僕が生徒会長だった時に会計として生徒会に所属していたし、現在は生徒会長だ。親しいと言えば親しいのだが、お互いに相容れないのだ。美鶴に関してはとくに。

正直なところ、あの男が美鶴を蔑ろにしているとは思ってはいない。彼は冷静だし、仕事もできる。周りに気を配る事だって容易だ。そんな男が政略的なものでも自分から婚約者にしたがったのだから、悔しいが蔑ろになどする筈はないのだ。

 それなのに何故相容れないのかと言うと、彼と僕は同じ匂いがするという一言でしか説明できない。考え方も、性格も、恐らく彼と僕は同じようにできている。僕が美鶴を大切にしたいと思っているのだから、恐らく西園寺翔也も……。つまりは、それを面白いと思える理由がお互いにないのだ。


 おまけに、西園寺翔也は美鶴に対して過ちを犯している。それをこの僕が許すわけはない。美鶴が彼を受け入れて幸せになるというのならそんな訳にもいかないが、どっちにしろ僕は美鶴がこの未来さき幸せになれるように動くだけだ。



「彰お兄様」


 国際空港に向かう合間の車内で、美鶴は不思議そうに首を傾げる。やっぱりどんな仕草をしていても美鶴は可愛い。


「ドイツの研究所の件ですけれど、私は表向きには名前はリストに乗らないのですよね?」


「そうだよ。」


だって、研究所の他の研究員と名前を連ねたら、周囲から天才と言われている美鶴だ、瞬く間に有名になってしまい、西園寺翔也に居場所がバレる可能性が高くなる。


「その代わり、その研究所はアメリカの大学院と連携しているから、表向きはアメリカで修士の勉強をしていることになるよ」


 そうなのだ。公にはされていないが美鶴のいたアメリカの大学の院と連携しているそのドイツの研究所では、二年間在籍して何か論文を書いて評価をされれば修士を取れることになっているのだ。つまり、美鶴は表向きには再びアメリカに留学していることになる。もちろん、学園にはそう伝えてある。

 それを聞いて、美鶴は明らかにホッとした表情をした。そんなにそのことが心配だったようだ。


「何も心配することはないよ。美鶴は好きなように勉強しておいで。僕も両親もそれを望んでいるよ」


 そうしてあわよくば西園寺翔也の他に美鶴の想い人ができればいい、なんて思っているのは僕と両親の秘密だ。


 そんな言葉を聞いた美鶴は少し何かを考えたあとに、躊躇いがちに口を開いた。


「お兄様、そういえば最近はお父様の仕事を手伝っていると言っていましたよね?今は何をしてらっしゃるのですか?」


「うん、最近は家電部門がいい調子だから、そこをより伸ばせるように思索しているところだよ。」


「家電部門……」


 そうつぶやいて美鶴は自分の手元を見つめた。これは、彼女が頭を働かせている時の仕草だ。きっと今彼女の頭の中では驚く程すごい速さで情報の処理が行われているのだろう。それくらい僕の妹は聡明なのだ。

 それから美鶴はばっと顔を上げると、再び躊躇いがちに口を開いた。


「お兄様、提案なのですけれど。その家電部門、海外に進出なさってはいかがですか?」


「……海外、ね。確かに一理あるけど、足がかりはどうするの?」


「そうですね。例えばですよ、最近日本の家電はエコ思考で少ない電力で使用できるのが良いとされてますよね?」


「そうだね」


「ドイツは、ずいぶん前から民間にそういった考えがあります。もしかしたら足がかりはそこにあるかもしれません。私が実際にドイツむこうの市場を見てきますよ。そのほうが経費もかからないでしょうし」


 そう言って美鶴は次々とアイデアを出してくる。本当に頭がよく回る娘だ。

 そんな会話をしている間に車は空港へと着いた。搭乗まで色々話し合って、仕事の合間に僕が美鶴に会いにいくという約束も取り付けた。でも、おそらく美鶴のアイデアを経営に取り入れたら、ドイツに行く機会が増えるだろうと予想がついたので、その仕事は父に頼んでやらせてもらうことにしよう。



 美鶴の飛行機が飛び立つのを見送って空港から出ようとしたところで、携帯の着信音が鳴った。父からだ。電話に出ると、ある程度予想がつく内容を聞かされた。


「西園寺翔也君が、今夜家に訪れるよ」



 



*******



「ご無沙汰しております、天宮さん。」


「西園寺君も、よく来てくれたね」


 家に上がった西園寺翔也は、父と挨拶を交わすとこちらをチラリと見遣った。僕は笑顔を崩さずにその視線を受け止める。


「それで、先ほどお電話したことなのですが」


そう切り出した彼は、どこか睨みつけるような視線で父へと視線を戻す。


「ご息女はどうしたのです?ここ最近は学園にも来ていない。電話やメールは三日前から答えなくなった。学園の者に尋ねても濁されてしまうのです。」


 そのはずだ。学園には僕が手回しをしたし、携帯やPCは旅立つ三日前には海外仕様のものを買ったのだ。彼からのメールや電話はいきなり断つと不審がられるので万が一のことも考えて元のものは僕が預かっているし、履歴は僕が確認して放置している。僕も美鶴も、完全にこの男と美鶴の関係を完全に切るつもりで慎重に動いているのだ。


 西園寺翔也の言葉に、父は静かに応えた。


「……心配することはありませんよ。美鶴は元気です」


「そういった答えを望んでいるわけではないとわかっておいででしょう?」


その彼の言葉は静かな苛立ちも伴っていた。けれど、それ以上にこちらは憤りを感じているのだ。それは僕も父も同じことで。


「私はね、西園寺君。娘が好きな相手と、そして大事にしてくれる相手と結婚させてやりたいんだよ。その相手が君だと思ったから、君の申し出を受けて婚約を認めたんだ。」


 父は、笑顔のまま怒りを伴う声でそう告げる。醸し出されている空気がピリピリとしたものだというのを感じ取れないほど西園寺翔也は鈍感では無いようだ。眉を顰めて首を傾げた。


「私は彼女を大切にしようと努力をしているつもりですが……何か問題でもありましたか?」


 その言葉を聞いて、カチンときたのは僕だけでは無いはずだ。父を見ると、一瞬眉間に皺を寄せたのだ。これは父が苛立ちを感じた時にする仕草で、普段は人畜無害で飄々として社交でとおっている父がそれを隠しきれなくなった時にするものだった。


 自分から婚約を迫っておいて、他の女性に手を出しているなんて。それで美鶴を大事にしていたと言えるはずがないだろう……!何が、問題でもありましたか、だ!そもそも自分が美鶴から好かれている前提で話ているのが気に食わない!


 そんな父の心の声が聞こえてくるようだ。僕はその父を宥めるのも兼ねつつ、西園寺翔也へと向き直り、いつもの声のトーンで答える。


「問題もなにも……西園寺君、君は学園に他に親しい相手がいるようじゃないか。ええと……今は書記の宮野さん」


その言葉を聞いた瞬間に目を見開いた彼は、すぐにそれを引っ込めた。


「……確かに親しいですが、彼女とは何もありませんよ」


冷静に応えた西園寺翔也の言葉に、父がすかさず追い打ちを掛けるように告げる。


「そうなのかい?では、美鶴が君とその女性が抱き合っていたところを見たというのは見間違いだったのかな」


 どうやら父は怒りを上手く抑えることに成功したらしい。

 西園寺翔也は父の言葉を聞くと惚けたような顔をし、すぐに何を言われたのか思い至ったのか慌てた様子を見せた。


「違います!あれは……」


「……とにかく。美鶴は婚約を解消できないかと尋ねてきた。口は出したくはなかったが、君が他に大切な女性がいるのなら、その方と幸せになった方お互いの為だという彼女の言い分も最もだ。だから、今日の昼間に君の父とも婚約解消を申し込んだよ。」


「まさか……父は」


 焦燥しきった顔で西園寺翔也は尋ねてくる。それに父は笑顔で応えた。


「外聞もあるのですぐに解消とはいかないとは言われたようだけれど……時間の問題でしょうね」


 言うだけ言ってスッキリしたのか父はそのまま退出していった。その背中を見る西園寺翔也は後から思い出しても笑えるほど滑稽な顔をしていて、吹き出しそうになったのは秘密だ。

 しばらくそのまま彼の様子を観察していると、その視線に気がついたのか睨みつけるようにこちらを見た。


「……あなたの策略ですか、彰さん」


「なんのことかな。僕は美鶴の望む通りにことを運んだだけだよ」


 笑顔を貼り付けて答えると、西園寺翔也は隠しもせず舌打ちをした。


「俺と宮野がそんな関係ではないことは知っていたでしょう?あなたは気づいているはずだ、宮野は……」


「残念ながら、それは僕には預かり知らないことだよ。」


きっぱりと言うと、西園寺翔也は悔しそうに顔を歪めた。


「……やはり、敵は外ではなく内にいた、ということですね」


「それは言い得て妙だね。僕は美鶴を溺愛していると自負しているから、害なすものは排除するよ」


「俺は害虫か何かですか」


 溜息をつくように俯いて彼はそう吐き出した。


「……本当に害虫だったら、もっと徹底的にやるけどね、僕は。」

 

 その言葉に彼は弾かれたように顔を上げた。似た者同士だ、僕の性格は彼も痛いほどわかっているだろうに。僕がこんな風に介入したのは、それ・・が目的ではない事も、ちょっと考えれば分かることだ。

 ……まぁ、どっちにしても美鶴の為にしたことには変わりないのだけれど。


 それから少し彼は考えるように黙り込んでから急に立ち上がって、失礼しました、と言って出て行った。その後ろ姿を見ながらボソリと呟く。


「君は、行動や態度だけではこういったことは示し難いことを覚えるべきだよ」


 直接教えてやらなければならない程馬鹿な男ではないだろう。ふう、と息を吐くと、僕は時計を見る。もうそろそろ美鶴がドイツに到着する頃だろう。

 

 あの様子だと西園寺翔也はこのまま引き下がることは無いはずだ。美鶴を探し出して、そのあかつきには今度こそ手放すような真似はしないだろう。僕としてはそれは避けたいことだけど。


「こればっかりは美鶴が選ぶことだからね」


 僕はふっと笑うと、美鶴から預かった携帯を取り出した。西園寺翔也から届くメールを見る限り、彼が美鶴に執着を持っているのは誰でも分かることだ。だけど、この執着は美鶴が思っているようなものではないのだろう。……それがわかるほどに、僕は西園寺翔也の気持ちも理解できる。


「けどね、簡単に可愛い妹を他所へやる気は毛頭ないから」


 そう呟いて、僕は携帯の履歴を全て消去した。










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