表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

最悪な状況に陥ってしまいました

短編と同じ内容です。

 髪を三つ編みで括って、スカートの丈も短すぎないように膝上に合わせる。もう少しで花の女子高生なのに毎日お洒落ができないなんて、と嘆きながら渡された眼鏡を掛ければ、典型的な真面目女子学生のできあがりだ。


天宮あまみや 美鶴みつる15歳。


日本でもそこそこのお嬢様のカテゴリーに属する私は、7歳の頃から小中高一環の桜ノ宮学園に通っている。お父様の会社もそこそこ業績を上げて、これから更なる発展が見込まれ、天宮家の嫡男で大変見目麗しい兄であるあきらお兄様も学園では生徒会長をしており、お金持ちの集まりであるパーティーなどでは二人とも周囲に人がいない事はない。そんな自慢できるお父様とお兄様を持つ私なのだが、私自身の評判はというと‥‥‥。


「あら?‥‥‥今誰かそこにいたかしら?」


「気のせいではなくて?」


「ん?このクラスってこれで全員だよな?」


「‥‥‥でも、一人足りない気がしない?」


と、まぁこんな感じだ。


別にこれはいじめなのではない。止むに止まれぬ事情で私が極力存在感を消しているからなのだ。


 時は今から9年前、私が桜ノ宮学園に入学する一年前に頃に遡る。

私はいわゆる’転生者’というもので、過去世の記憶を持っていた。そんな私は社交デビューをした西園寺家主催のパーティーに参加した時に起こった誘拐未遂事件の被害者、西園寺翔也さいおんじしょうや当時7歳をたまたま助けた時に、最悪な事を思い出してしまったのだ。


西園寺翔也は私が前世でバイブルとしていた少女漫画のヒーローであり、この秋に転入してくるはずのヒロインと幸せに結ばれる。そして私は、そんな主人公たちの中を引き裂く西園寺翔也の婚約者だったお嬢様。


‥‥‥つまり私は、物語の悪役であったのだ。


そんな私は主人公たちが結ばれた後どんな人生を歩む事になるかというと、様々ヒロインに嫌がらせをしたことが周囲にさらされ、学園を追放される。この学園はそれなりのエリートな学園で、そこを退学するという事は非常に世間体が悪く、将来の企業に就職は難しい上に家族にまで迷惑をかけてしまう。


せっかく人生をやり直せると思ったのに、そんな人生をこれから歩まなきゃいけないなんて嫌!

だから私は全力でその将来を回避させていただきます!


 そう決心した私の行動はまさに迅速としか言いようがない。そもそも漫画の中で’私’がヒロインに嫌がらせをしたのは、自分の婚約者である西園寺翔也を奪われたくない、という心境からだった。そのように思うという事は、’私’が西園寺翔也に執着をしていたからである。物語の中の私は、自分がお嬢様であるという事をいい意味でも悪い意味でもしっかりと理解しており、その力の使い方も熟知していた。幼い頃からお嬢様として気づき上げた自分という誇りも持っていた。なのに、自分が執着している婚約者を横から奪われるのを良しとしなかったのだ。だから、嫌がらせがえげつないものも多かったのだ。


それならば。

私は、原作の’私’とはちがう。幸い、将来西園翔也が婚約者になり執着してしまう未来の可能性を知っている(‥‥‥)。私が彼に執着しなければその可能性を消す事ができる筈なのだ。だから、これ以上西園寺翔也に関わらなければいい。そうすればきっと婚約者になる可能性だって、私が彼に執着する理由だってなくなるはずだ。


それからというものの、極力西園寺が参加する社交の場には出ないように、また万が一急に参加することもあるだろうからと内密に西園寺の情報を集め、安心できる社交の場にはでるようにした。もし、同じ空間にいたとしても目立たないような格好をし、行動し、気配もなるべく消していた。


そして、もう一つ私があえてこのような格好をしている理由がある。それは。


「美鶴、最近は変なことはない?学園の帰りは絶対に一人になっちゃだめだよ?ちゃんと迎えにいくからね」


学園に着く前にお兄様はそう私に言った。

何故このような心配がされているのかというと、2年前、中学に入ってすぐに私はストーカー紛いなものにあったのだ。それもでも何だかいやな気配とかを感じていたのだけれど、そのときは歩いているところを後ろから急に抱きつかれ、どこかに連れて行かれそうになった。その手つきはいやらしいもので、同じような経験が前世にもあった私は、その男の弱いところを蹴り上げ、全速力で逃げた。


それからも電車での痴漢紛いなことがよく起こったりして、ようやく私が他人にどう思われる容姿なのか理解した私は、事前に事件が起こる前に防ぐことにしたのだ。それが、あえての地味な格好だった。


つまり、西園寺翔也から隠れるため、気持ち悪い男の視線を回避するために、私は努めて気配を消そうとしているのだった。


 幸い、西園寺翔也が桜ノ宮学園に現れたのは今年に入ってからで、中学までは他の学校に通っていたらしく、学園で遭遇するようなことはなかった。……のだが。


 最近、高等部にいるはずの彼が、中等部によく現れるらしいのだ。それも、過去に自分を誘拐犯から救ってくれた女の子を探しているとか。

 その情報を聞いた私は、震え上がった。もしかして、物語の強制力というやつだろうか。私がどうあがいても悪役としての役割をやらせたいというのか。

 だが、まだ私は彼の婚約者ではない。それに、執着心もない。だからまだ、大丈夫……なはずだ。


 私とお兄様は学園に着くと、それぞれの校舎へと歩いて行った。そして、授業を受け、昼休みになると、誰も近寄らないような校舎裏の草むらに座ってランチをとった。その位置は夏の今、丁度二階にある私のクラスの声が聞こえてくるような場所であった。もしも西園寺翔也が訪れた際にはあの見目麗しい容姿だし、西園寺家だし女の子たちの黄色い声が聞こえてくるはずだ。

 そのままもぐもぐと和風のお弁当を食べていると、案の定、私のクラスから女の子たちの声が聞こえてきた。


「西園寺さま!どうして中等部へいらしたの?」


「お昼をご一緒してもよろしいでしょうか?」


「……そんな暇はないんだ。このクラスに天宮美鶴という奴がいると思うんだが、どいつだ?」


「天宮さん?……ああ、いつも気配がないのですが、今はこの教室にはいませんね」


「いつ帰ってくるかわかるか?」


「そうですね……知っている方いらして?」


 一人の女の子の問いかけに、誰も答えなかった。当たり前だ、私はクラスの中に友達は作っておらず、おとなしく地味女を通している。そんな私に近づきたいお嬢様なんていないだろう。


 そのまましばらく様子を伺っていると、どうやら西園寺翔也は高等部に帰っていったようだ。……はぁ、とりあえず一つの山は乗り越えたか。けど、クラスがバレてしまった。これからどうしたものか。

 

 


 お昼休みが終わって午後の授業が終わり、帰りのHRが終わると私は担任の教師に呼び出された。そのまま帰り支度をして職員室にいる教師の元に向かうと、担任は少し困った顔をして尋ねてきた。


「天宮さん、本当に夏で学園をやめて海外の学校に行ってしまうのかい?」


「はい。両親にも了承は得ました。とりあえずは独学で日本の大学、特に経済学は独学でなんとかやりましたし、日本ではない場所で自分がどこまででいるのか試してみたいんです。」


 そうなのだ。学園に西園寺翔也が現れたことも関連しているのだが、私は海外の学校へ行く予定なのだ。小さい頃からの積み重ねで、もっと学びたいと思った矢先に家庭教師が提案してきて、西園寺翔也から逃げられ、自分の欲求も満たせるまさに一石二鳥な案にすぐに飛びついた。それに漫画の’私’は学園に中学卒業までは居たし、物語とは違う道を辿って悪役になることも回避できるかと思ったのだ。両親は最初渋っていたが、私が説得すると最終的には折れてくれた。海外の入学は9月からなので、夏で学園をやめる手続きをこの前にしたばかりだったのだ。


「そうか……残念だよ、君は学園でもトップクラスで勉強ができる子なのに」


「いえ、私以外にも素晴らしい方が在学していらっしゃいますよ。私なんて、まだまだです。」


そう答えると、何故か後ろから急に声がかかった。


「そんな謙遜する必要がないだろう。この間の定期考査で主席だったじゃないか」


びくり、と私は身体を震わせた。……この、声は。


「あ、西園寺君。何か用かい?」


「すみません先生。お取り込み中悪いのですが、彼女に用がありまして」


私にはあなたに用はないわ!っと叫び出しそうになるのをグッとこらえた。


「申し訳ございません先生、兄が待っておりますので、もうそろそろ帰りたいのですが」


こうなったら全力で回避する他ない!


「あ、ああ。でも西園寺君は……」


「ああ、お前の兄なら生徒会で用事ができて少し遅れると言っていたぞ」


何でお前がそれを知っているんだ!


「そうですか。ならば、教室に忘れ物をしたので一度戻ってから兄のところまでいきますわ。それでは先生、ごきげんよう」


そう言って西園寺翔也をスルーしてスタスタと職員室を出て行く。後ろから追ってきているのはわかったが、職員室のドアを強引に閉めると、私は全力で廊下を走り出した。


「おい!ちょっとまて!」


 こんなところで捕まったら今までの私の努力が水の泡じゃないか。そう思って全力で走って私は校舎を出た。お兄様には申し訳ないけれど、このまま電車に乗って自力で帰ろう。

 学園の近くの駅にたどり着くとそのままトイレに駆け込んだ。ここまで西園寺翔也は追ってこれないだろう。私は体温で曇ってしまったメガネを外し、乱れた三つ編みの髪もといてポニーテールにした。スカートの丈も上げて、姿を確認する。うん、さっきとは別人だ。これで西園寺翔也に気づかれることはないだろう。

 


 それからトイレを出て、自宅近くの駅に止まる電車に乗る。丁度帰ラッシュだったのか、少し混んでいたので、私は邪魔にならないように端に立った。とりあえず今日の脅威は去ったと安心して息を着くと、ふと足を誰かに触られた気がして回りを見渡す。……まずい、西園寺翔也から逃げることしか頭になかった。

 それからも後ろにいるであろう痴漢は何度か触ってきて、鳥肌が立ちながらも私はどうするべきか思考を巡らせた。降りる駅まであと2駅くらいだ。ここで叫んでも私の時間が取られるだけだし逃げつつ我慢するのもひとつの手だ。……よし、その方向性で行こう。そうして少しその手から逃れようと身体を移動させた時だった。


「何をやってるんだよ、おっさん。まさか、痴漢なんてことやってないよな?」


「ぎゃ、」


痴漢の手を捻りあげて周囲に伝えるように、その男、西園寺翔也は鋭い声で痴漢を避難した。


「こんな公衆の面前でこんなことやったんだ。ただで済むと思うなよ」


「ひ、ひぃぃ!!」


……同じように悲鳴をあげたいのはこっちも同じだよ、痴漢のおじさん。だって、魔王が降臨したようなすごい形相なんだもの、目の前の西園寺翔也は。そうして私も同じようにおびえていると、次の駅に到着し、痴漢のおじさんは拘束されて行ってしまった。事情を聞くと言われて、私と西園寺翔也もその駅で降りた。


……ていうか、私何で助けられてるんだ!


それに気がついたのは事情聴取が終わってから。それから私が何を言おうと家まで送ると言い出した彼は、自分の家の車を呼び出して、強引に私を押し込んだ。


「……」


「……」


お互い無言のまましばらく経ったが、先に耐えられなくなって私は口を開いた。


「あの、助けていただき感謝しますわ。でも、もう私の自宅の近くなので、この辺で下ろしてもらって構いませんよ?」


「いや、家まで送るといっただろう。それに、天宮の家に用事があるんだ。丁度いい」


なんですと!……まさか、と嫌の予感がよぎる。


その考えを振り払おうとしていると、あっという間に自宅についてしまった。私はとりあえずメイドの人に西園寺翔也が訪れていることを告げると、なんと、お父様が彼を呼んだのだという事実を知ってしまった。しかも、西園寺のお父様も今この家にいらっしゃるのだとか。


……嫌な予感が的中した。


 それから私はお父様に呼ばれ、直接事実を突きつけられた。


「美鶴、一月前に西園寺さんの長男の翔也君が婚約を美鶴としたいと言ってきてくれたんだ。それで一月の間、美月おかあさんと話し合って、西園寺さんとも話して、これ以上ない縁談になったのだけど、美鶴の意思が気になってしばらく様子を見てたんだ。そしたら、美鶴は翔也君のことを調べていたようだし、9年前のこともあったし、満更でもないのかと思って、了承しちゃた」



な・ん・で・す・と!?


いえいえ違いますお父様!西園寺翔也を調べていたのは彼に遭遇したくないが為だったんです!9年前のことはただの偶然です!だからお父様、勘違いしないで!!


……と言いたかったのだが。


 目の前のお父様はニコニコと笑顔で、娘の私の幸せを願ってくれているようだし。お母様も喜んでくださっているし。西園寺のお父様も普段見かけないような笑顔だし。西園寺翔也に限っては、「どうだ、これで逃げられないだろう」というしてやったりな顔をしているし。


 どう考えても断る空気じゃなかったので、結果的に私は西園寺翔也の婚約者としての立場を手にしてしまったのだ。 


 だが、西園寺翔也の婚約者になったとしても私はもうすぐ海外に行くのだし、要は西園寺翔也に執着を持たなければいい話なのだ。そんな希望を持ちつつ、私は海外に旅立った。


 西園寺翔也が休みの度に私の元を訪れうんざりするのも、調子に乗って勉強しすぎて二年も経たずに飛び級で大学を卒業して両親に強引に日本に連れ返されるのもまだ先の話。



この世界の神様は、どうしても私を悪役にしたいのか。


ウンザリしつつも私は毎日最低でも10通は送られてくる西園寺翔也からのメールに返信をするのだった。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ