旧友
「なあ、五十嵐ってどいつだ?」
HRが終わった後、花奈の耳にそんな声が届いた。
後ろを振り返ると、松山が自分を質問攻めするクラスメイトをスルーして、神妙な面持ちで同じ質問を繰り返していた。
あれ、これってやばいんじゃないか。対策を考える前に、バレるんじゃないか。
花奈は顔を青くさせる。
「え、五十嵐? 二人いるけど」
「五十嵐花奈だ」
自分のフルネームを聞いた瞬間、花奈は友人に「トイレに行ってくる!」と言い捨てて教室から飛び出した。始業まで松山の干渉できない女子トイレにこもって、無い知恵絞って今後の対策を練る計画である。
そんな計画は、途中で古い友人に捕まって脆くも崩れ去った。
「番長、たけちゃんが転校してきたって、マジ?」
番長呼ばわりされて、花奈の背中に冷たい汗が流れる。
番長には当時、ダブルドラゴンと呼ばれる二人の手下がいた。その一人が、この島崎竜臣である。小学校から現在に至るまで同じ学校なのだが、中学に上がる頃には少しずつ交流がなくなった旧友である。久しぶりに、本当に久しぶりに話した旧友との話題が、まさに今花奈を悩ませている松山についてだった。
もちろん、島崎が番長時代の手下と言うことは、松山とも面識がある。むしろ松山を率先してからかっていたのはこの島崎だったような。
「…うん、なんか、私に復讐したいらしいんだけど」
「何それ、おもろい。意味わからん」
腹を抱えて笑う島崎に、花奈は白けた視線を向ける。これっぽっちも面白くないのだが。
そういえばこの人、サッカー部のエースだった。超リア充なんだった。自分とタイプ全然違う。
時の流れは残酷だ、と少し悲しくなった。
「て言うか、何で復讐?うけるんだけど」
「知らないよ。知らないけど、身の危険を感じる」
島崎が、ぶはっと吹き出した。なんとなく、島崎が興奮しているような気がする。人の不幸を楽しむなんて、なんて奴だ。
「大丈夫でしょ。番長ならたけちゃんくらい」
「私、女なんだけど。しかも、暴力的なことなんてもうずいぶん縁ないし」
「でも、合気道部なんだよね」
花奈は驚いて目を見開いた。たしかに花奈は合気道部ある。それを島崎が知っているとは思わなかった。
というか、合気道部だからといって大丈夫な理由にはならない。合気道はあくまでスポーツとして行っているわけであって、それを実践に使うだなんて、無理に決まっている。
必死にそう説明したが、あんまり真剣に聞いてもらっていない気がした。終始へらへら笑っていて、誠意の欠片も感じられない。
「大丈夫だよ。なんかあったら俺らに言ってくれれば、力になるし」
「…う…、ん? あ、ちょっと」
「じゃ!」
にこやかに、そして爽やかに走り去っていった島崎。
松山の標的はどうやら花奈一人のようである。なんとなく、島崎を巻き込むのも悪い気がした。それを伝える前にいなくなった旧友に、そういえば昔から話を聞かない子だったなあとしみじみ思った。
思い出に浸りながら始業ギリギリに席に着いた花奈は、1限目の間中刺すような視線に苛まれることとなった。
出処は、確認しなくてもなんとなくわかった。