心の余裕は持とうと思っても持てないもの
このお家に居ても良いって言われても、それはお兄さん達の気持ちであって僕の意思は無いんだよね。
「えと、はじめまして。今まで公園に住んでいた高槻知亜です。」
少年は、お兄さん達に自己紹介をした。お世話になる人達だから、あいさつはきちんとしなければいけないと思ったのだろう。少年の自己紹介を聞いて、桃香は、公園に住んでたの?と言いながら笑っていた。
「うん、はじめまして。ってそんなにかしこまらなくてもいいよ。もっと子どもらしくしなよ。」
お兄さんはそう言った。だが、来たこともない場所で急に子どもらしくなれと言われても無理な話だ。
「それじゃあ、今度は僕たちの番だね。まずは、この家の大黒柱である僕から自己紹介をしよう。僕のの名前は、新井優。≪あらい すぐる≫年齢は、27歳。仕事は警察官をしています。」
お兄さんは、簡単な自己紹介をして最後に右手をピンと伸ばしておでこに当てて敬礼をした。優の特徴はやはりその頭で、その他は中肉中背の顔も普通の男性だった。
「じゃあ次は私ね。私は優さんのお嫁さんで、新井春子≪あらい はるこ≫っていいます。歳は秘密で、仕事は優さんの奥さんです。」
このお兄さんの奥さんは春子といい、真っ黒な髪を腰の辺りまで伸ばしていてまさに大和撫子というにふさわしい女性である。年齢はやはり言いたくないようだ。
「次私、私っ。新井桃香、≪あらい とうか≫8歳です。仕事?は小学生です。」
両親の真似をして、ご丁寧に仕事まで教えてくれた。桃香の特徴はやはり、母親にの綺麗な顔立ちと真っ黒なツインテールだ。3人の仲良く楽しそうに自己紹介する姿を見て知亜は、気持ち悪くなった。
「っ、よろしくお願いします。」
吐き気をなんとか押さえながら、返事をした。
「知亜君、どうしたの?もしかして、具合悪いの?なら、そこのソファで横になっていいのよ。」
そんな知亜の様子を見て、春子は自分の子さながらに心配そうに知亜の背中をさすっていた。やはり、母親というのは、子どもの変化には敏感らしい。
「いえ、大丈夫です。気にしないでください。それに、ソファが汚れちゃいますから。」
吐き気も一瞬だけで、すでに治まっていた。春子の心配をよそに、またしても自分よりも他の心配をする知亜だった。
「別に、汚れちゃっても拭けば綺麗になるんだから気にしないで。それに、いざとなった夫に同じ物を買わせるから大丈夫。」
親指をぐっと立てて、良い顔をしながら知亜に言った。そんな奥さんの様子を見て優は、また俺のお小遣いがと言っていた。
「いえ、本当に大丈夫ですから。……その、できれば洗面所を借してくれればソファも汚さずに済むので洗面所をお借りしてもいいですか?あ、あとタオルも借りていいですか?」
他人行儀の知亜に、春子と優は顔を見合わせていた。一体この子に何があったのだろうかと。
「それじゃあ一緒にお風呂入ろうよ!」
少し淀んだ家の空気を無視するように、桃香のかわいらしい声が響いた。そんな桃香に、春子と優はそうだねと言って知亜にも同意を求めた。
「でもそれだと……」
まだ否定しようとする知亜を、優は抱き上げてお風呂場へと連れいこうとした。そんな父親の行動を見て、桃香は私もっ私も抱っこしてと言って優の足に掴まり、抱っこをせがんでいた。そんな3人の様子を春子は穏やかな顔をしながら見ていた。
「さてと、私は夕ご飯の支度をしなくちゃ。」
3人が、お風呂場へと向かったのを見て春子は途中だった夕ご飯の準備にとりかかった。
お風呂に入るのか、いつも広いお風呂に1人で入ってたなぁ。
……あれ、なんかお風呂が狭いや。こんなところに3人で入れるのかなぁ。