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微睡む意識、靄の掛かった視界、心地良い温もり。
ゆっくりと身体を起こして起き上がる。時間は12時をすぎた辺り。
階段を降りて店とは反対、ダイニングにいくと机の上にはパンと目玉焼き、サラダが置かれている。
「ほんまに昼までおきへんねんなー?」
マッセが洗い物をしながら声をかけてくる。
「朝は弱い、あと種族特性がリアルに反映されてるせいか、ものすごくだるい」
ぼーっっとしたまま、椅子に座って食事を始める。
「ほんまか?低血圧やのをごまかしてひん?」
洗い物が終わったのか、後ろへ回りこむマッセ。そっと髪の毛に触れられる。
「うわ、なんやねんこれ。さらっさらやん?!手触りすごいで!?」
撫で撫でと髪の毛を撫でられる、食事中に邪魔しないで欲しいのだけど………
撫でられる感触も別にイヤなものではなくて、丁寧に手で梳くように撫でてくれる。
「って、ティセ。あんた寝ぐせぐらい直しぃな」
どこから取り出したのか、緋色の櫛で髪の毛を梳いてくれる。
少し寝ぐせのついた髪の毛を一束一束丁寧に。
「………ごちそうさま」
そういってフォークを置いて、ミルクを飲む。
「マッセ?髪の毛……いい加減離さない?」
「いやや、梳いたら手触り更にすごいねんで?!」
「いややじゃなくって……一応方針の話し合いするんでしょ?」
そう言うとしぶしぶといった感じで名残惜しそうに手をはなす。
そのまま横の椅子に腰掛けて肘をつきながらこっちを見てくる。
いや、だから、胸が……。
「ん~素材とかはどうするん?買えるっても限りあるし、蓄えにもまわさんとあかへんで?」
NPCの販売する素材には入荷量が限られているし、そこまで多くは買えないだろう。
こんな状況だからプレイヤーの物資は、極端に値上げされているか、売っていても買い占められていくだろう。
「あ、住宅倉庫の食材ちょっとつこたけど、かまへんよね?」
「問題ない、というか、材料とかはたっぷりとあるから大丈夫……ただ、それでも補充先は確保したいね」
そう、在庫はたっぷりとある。
収集癖の有る人ならばわかってくれるだろうか?
ドロップアイテム、素材、武器、防具等溜めておくスロットがいくらでもあれば売るだろうか?
自分は売らない、お金が必要ならその分ダブった武器や防具を売って、素材やドロップアイテムは溜め込んでいる。
それこそ、1人で戦争どころの話ではなく、全部NPCに売っても始めたばかりの新人キャラがぶっちぎりでサーバートップに慣れるほどの物資を。
だけど、減っていくだけというのは、なんというか許せないというか、悲しいというか。
収集癖の有る人なら分かってくれると思う。
「ん~、売る量を押さえれば購入できる素材は確保できるけど、万一頭のまわるのがおると厄介やで?」
マッセの言う事も一理ある、買える数が分かっている。売れた数を調べる事ができれば溜め込んでいるのがバレる。
そして、こういう時に物資を溜め込んでいるとどうなるか?考えなくてもわかるだろう。
「問題ない、ギルドホールで栽培したのを使うから……だから一度行っておかないとね」
「っ!それや、なんで同じ店を、精霊姫やら黒盾姫と同じ店管理しとるんや?」
精霊姫というのはいうまでもなく、俺の1stのエルフの精霊術士。
黒盾姫はやっぱり、俺の2ndのダークエルフの騎士だ。
「精霊姫は、あれやで?ナツ姫のゲームアカウントちゃうかって言われとるし……、黒盾姫と一緒にいるんをみたことあらへんって言うし」
「姉妹やとか、ルームメイトでPODが家に1つしか無いとかいう話も聞いたあるけど、実際どうなん?ティセとの関係も」
「ん~まぁ、詳しい事は私の口からはちょっと。ただ2人とも有名だからね、人が欝陶しくて必要な時以外とかはあまり来なくなったね」
「そうか……まぁ、そうやろなぁ。精霊姫は初期CMにでとったし、黒盾姫も動画サイトやらで有名やし、CMにも採用されてたしねぇ」
そうなのだ、RCOのCMには有名キャラのゲーム場面やらプロモーションを使用している。
だからCMに使用されたキャラは人気があるのだ、芸能人のようなものといってもいいかもしれない。
開発の意向ということで俺の意思を無視してCMが作られた。
その結果1st、2ndキャラ共にうざいぐらい個人通話がきたり、ミーハーが店にきて声をかけてくる。
それこそ、ただのファンから、ストーカー紛いのナンパ野郎までだ……。
だから、嫌になってこのキャラを作って会社にCM等無断でださないと念書まで書かせた。
「そういうこと、まぁ、そんなわけで暫くは細々と仕入れ分の商品と在庫って言えるぐらいのを売りながら、暇みてギルドホールにいってくるよ」
「そいや、ティセんとこのギルドさ、他のメンバーはどうなん?おらへんの?領地有るほどの強いギルドやん?」
「ギルドメンバーは全員いないよ」
小さくため息を吐いて、一瞬だけ表情を曇らせるマッセ。心配する知り合いでも残ってるのだろうか?
「1つだけさ、ぶっちゃけてええかな?」
改まったように聞いてくる。
首を傾げてマッセを見つめ返す。
「なに?」
「ティセさ、真祖クラスの1人やろ?」
一瞬思考が止まる、どう答えようか?
いや、迷った時点でバレてるし、ある程度確証があって聞いてきてるんだろう。
それに付き合いも長いしマッセなら良いか。
「そうだよ」
「やっぱりか。うちと組んでくれる時いっつもメンターやし……装備はかなり良いし、お金にこだわらへん。他にもあるんやけどな?」
「真祖3人のうち2人は男や、名前もわかっとる。最後の1人は女っていうだけで、名前もレベルも隠してるっていう事や」
「知ってる者は誰も口にしぃひん。謎の真祖クラスやけどな……やっぱそっか」
真祖クラスというのは、ネット上で言われる通称の事だ。
レベル90を超えた後衛職以外の3人のヴァンパイア種族のプレイヤーの事を指す。
1人目は、ブラド・アルカード ドラキュラ伯爵をイメージしたとそのプレイヤー本人が言っている。
2人目は、アーカード 某吸血鬼漫画のキャラを元にし、中の人は日本人だと公言している。
3人目は、運営が存在を認めているが、ほとんど誰も知らない。
知っているのは一部の超越者と言われるレベルキャップ解除クエストをクリアしている
54人の中の17人だけで、誰も情報を漏らさないとして、RCOのwikiに七不思議として上がるほどである。
「内緒でね」
人差し指をたてて口に当てる。恥ずかしくて思わず頬が緩み笑ってしまう。
恥ずかしさから頬が染まるのが分かる、顔がちょっと熱い。
「ああああ!!!もうなんなん、反則やでソレ!!!!」
ぎゅうっと抱きつかれる。
薄い生地ごしに触れる肌の感触、甘い女性特有の匂いと……………
抱きしめられた事でその、なんだ、お互いの胸同士がぎゅっと押し付けられあっている。
むしろ、この胸のほうが反則だと思うんだけど。
視線を下に向けると桃源郷だ、男の浪漫であるとも言えるかもしれない。
録画して動画サイトにでも上げれば凄い事になるだろう、いや、その前にBANされるだろうか?
運営のお気に入りになるか……。
「けど、なんか意外やね」
マッセが俺を抱きしめたまま呟く。耳元に息がかかる、すごく擽ったい。
「うん?」
「ティセってこういう時、真っ先に困ってる人とか助けに行きそうやのに」
「それはどっちかっていうと、ディアナのほうかな」
「ん~ティセもそういう感じするねんけどなぁ」
「無いよ、自分を犠牲にしてまで他人を助けたいって思わない」
「ほっか、まぁ大体はまとまったし、仕入れしてくるわ。ティセ、知らへん人についてったらあかんで?」
「いくかっ!」
けらけらと笑いながらマッセが立ち上がり、こちらの手をひらりと躱す。
そのまま、いつものようにジャケットを羽織る。
「ほな、夕方までには帰るで~行ってきます、はにぃ」
面白そうに笑いながら出かけていくマッセを見送る。
他人を助けに……か。
ゲームなら別に助けてもいい、死んでも多少ペナルティがあるだけだから。
けど、現状どうなるかわからない、痛みもある。デスゲームになれば死ぬ。
いや死ねれば幸せだろう、よくあるデスゲームの小説やアニメなんかでは触れられていない。
いや、自分が知らないだけかもしれないが……もしも、死ねなかったら?殺されなかったら?
ログアウトできないゲームの中で捕まったら?拷問されるのか?男ならサンドバッグ?女なら慰み者か?
だから、どうなるかわからない状態で、自分を賭けてまで他人を助けたいとは思わない。
今酷いとか薄情だと思ったヤツがいたら、ナイフを振りかざしている強盗と被害者になるであろう人がいたら
その場面で自分の身体を間に出して、刺される覚悟があるか?口だけじゃなくてだ。
「だから、主人公補正持ちが勝手にやるでしょ……」
小さく呟き、皿を片付ける為に立ち上がり、キッチンへと向かう。
蛇口をひねって水を出して、スポンジ替わりの木の実を掴む。
妙な所でリアルなものだなぁと、こういう細かい所を開発した連中のこだわりに驚く。
「それに、力がないと人をあてにするだけの奴らはキライだし」
自分に言い聞かせるようにまた呟き、皿を洗っていく。
「ふぅ、開店は明日からで、ちょっと品物でも作りたしするかな?」
だめだ、なんか独り言をいうかわいそうな子みたいになってる。
工房へ行ってスキル関係の確認とかも兼ねて、ちょっと商品作っておくかな?
まぁ、売り物もすごい在庫あるんだけどね………。