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遅くなりました。
魔防壁内側、二重になった壁の中央に、1つの村とまで呼べるようないくつもの施設や広場が設けられている。
忙しなく走り回る伝令兵、巨大な荷馬車が連なる輸送部隊が広場から倉庫へと進んでいく、広場の一角で訓練をする兵士たち。
それを窓辺から見下ろす、40代ぐらいだろうか、黒髪をオールバックにし、眼帯を付けて黒い軍服を着込んでいる。
「揃ったか」
ガチャリっとドアが開いて、失礼しますと小さく言いながら入ってくるティセリア。
覆面を付けた男が、指差す椅子へと腰を下ろす。
それを待ってゆっくりと室内へと振り返し、そう声に出す。
「まずは自己紹介かな、私は長いのでゴーストと言われている。この前線の指揮官を任されている」
そういって、空いている椅子の1つに腰を掛ける。
視線で促された左に座る覆面の男が代わりに立ち上がる。
「撲殺同盟諜報担当の第8部隊副隊長マヨネーズだ」
それだけ言って腰を下ろす、その隣に座る真紅のリザードマンがたちがある。
「魔王軍第1軍 炎熱沼氏族 フェルスール ダ」
座りにくいのか、ガタンを音を立てて椅子を軋ませながら座る。
そして視線に促されるように立ち上がる。
「ぇっと………ティセリア。………何言えばいい?」
「特には構わないよ、座ってもらっていい」
そう言われて椅子に腰を下ろす。
右を見るとリザードマン、それもかなり上位のインフェルノリザード。
ぇーっと、魔軍の??
なんでNPCがここに………?
じっと見ていると視線を感じたのだろう、フェルスールがこちらへと向き
恐らくは笑ったのだろう、ガパリっと口が開かれて鋭い牙が並ぶ真っ赤な口腔が見える。
蛇のような瞳がギョロリっと動いてこちらを睨みつける。
ぞくりっとティセリアが身体を震わせ、小さく吐息を吐き出す。
周囲には恐怖したように見えたのか、ゴーストが立ち上がり小さく手を上げる。
「敵ではないよ、まずはそこから説明させてもらおう」
RCOに慣れたプレイヤーなら常識だが、この世界のNPCは一部を除いて弱い、戦力外だといっても過言じゃない。
公式イベントでの助っ人やクエストで共闘することもあるが移動系スキルはほぼ持っていない、レベルに比べてステータスが低い。
各国や都市上層部に働きかけて援軍という形で騎士団等を指揮下として派遣されたが例に漏れず、輸送などにしか使えない。
ゲーム時とは違い、命令や動きなども人と変わらず効率等は比べるべくもないが、戦力にはならない。
対して、敵は強化され、数も公式設定資料からのでいえば間違いなく、666万というなんとも言いがたい数字となっている。
うちのニールの個人的なツテで撲殺同盟が援軍として来てくれたが、それでも戦力は少なすぎる。
戦力比で言えば、1:100どころではない。撲殺同盟のツテでもう少しこちらに援軍がくるとは言ってもだ。
そこで一呼吸おいて、ゴーストがテーブルに置かれた紅茶を飲む。
ふぅ、それでどう説明したものか、簡単にまとめるとだ。
何をどうしたのかわからないが、撲殺同盟の魔王が、この世界の”魔王”だと認められて西の魔軍すべてが援軍となっている。
失礼な言い方だが、敵対的でないだけで彼らは魔物だ。ゲームの頃も上位のだ。そして魔軍はNPC達と違ってHALによる強化を受けている。
魔物であるから身体能力は高い、粗末な装備で上位プレイヤーと戦えるのだから当然だけどね。
で………だ、何が言いたいかというと彼らの装備は粗末だが、上位プレイヤーと同等以上。
なら、上位プレイヤーと同等の装備を与えればいいんじゃね? とは魔王の言だよ。
「そういうわけで、ティセリアさんには魔王軍に装備とアイテムを作って貰いたい。中々魔物相手にできる生産者はいなくてね………怖いなら、対策や相談には……」
じっと隣を見る。
フェルスールと目が会う。
しゅるっと口の間から長い舌覗く。リザードマンが機嫌が良い時に見せる動作。
思わず立ち上がって、近づく。
ゲームの頃にいつもやっていた動作。
その記憶があるのか、腕を広げ抱きとめられる。
「ヒサシイ トコヤミノヒメ」
熱を持った鱗が温かい。
壊れ物にでも触るように、鱗に包まれた不恰好な指が伸びて、つめ先でさらりっと髪の毛をなぞられる。
「おぉ~相変わらずのぽかぽか、すべすべっっ」
ぎゅっと抱きついたまま頬を擦り付ける。
胸元の他とは違う色の鱗に包まれた部分がふにっと柔らかくなり、そのまま抱きしめられる。
なんとも言えない心地良い感触に頬を擦り付けると微妙な鱗の感触が心地良い。
「………えっと、すまない。どういう状況なのだろうか?」
声をかけられてはっと顔を上げると既に覆面の男は居なくなっており、状況を飲み込めずに
困惑した表情をしたゴーストさんがこっちをみて固まっている。
「ぇ……ぁ、いあ、えっと………その………」
やってしまった。
魔軍の設定をしたのは私。ソレも理由だけどそして何を隠そうリザードマンが好きだ。
カッコイイし、可愛いと思うんだけど、そういえば誰も同意してくれなかった気がする。
それでも、西の魔軍領内に通ってちまちまとクエストをこなして評判は最高位にまであげた。
そして、AI処理による人間と変わらない(といっても限界はあったが)反応を返すこの世界のNPC、そしてフェルスール。
灼熱沼のインフェルノリザードの副族長のお腹の感触がたまらなくて、毎日抱きついていたとは説明できない。
するわけにはいかない。
「ワレラ ノ オンジン ダ」
大きな手で頭を撫でながらフェルスールがそれだけをゴーストに伝える。
普通であれば、それでは納得するはずは無いが、キャラの見た目同様に年を重ねているのか
小さく頷いて、見なかった事にしてくれるみたい。
「その様子だと心配は無さそうだね、コボルトやゴブリンが既に到着している。オーガやトロルもココへと向かっているので、上位装備の生産をお願いするよ、下位装備はなんとか回せそうだからね」
その言葉に頷いて返事をする。
やばい、スベスベ鱗がとても心地よい。
「あと、プレイヤーにも話は通しておくので、できれば上位プレイヤーの装備も手が開いてれば見てあげてほしい。職人不足だからね」
ではと言って、ティセリアの入ってきた扉とは違う、横の扉を開けるゴースト。
司令所になっているのか、何人もの軍服姿の黒騎士中隊のプレイヤーが忙しなく部屋の中で動き、通信し、報告をまとめている。
「………記憶がある?」
誰も居なくなった部屋の中でフェルスールを見上げる。
小さく頷きながら、壊れ物でも扱うように鱗に包まれた大きな手が頭を撫でる。
「覚えているよ、我らの里に飽きることなく通い、大した報酬がもらえる訳でもない手伝いをしつづけただろう」
他の2人が居なくなったからか、リザードマンの使う言語に切り替わる。
翻訳能力を持たないプレイヤーが聞けば翻訳されずに、リザードマンの鳴き声にしか聞こえない。
「うん………ぇっと、その………」
じっと見上げながら、困ったように視線をはずすティセリアに笑うフェルスール。
ポゥっと小さな火の玉が吐出されて、消えていく。
「初めて抱きつかれた時の事も覚えている」
笑うフェルスール。ティセリアの頭の上でガチガチと鋭い歯が合わさって音を立てる。
「他の戦士達もきている、期待しているからな? 会合が無ければもう少し話していたいのだが……」
べろりっと大きな舌が頬をなぞる。
びくりっと身体をすくめていると、脇に手を入れられて、抱え上げてテーブルの上に座らされる。
「男でもできたか? 雄の臭いがするぞ?」
びくりっと身体が震える。
雄の臭い………雄の臭いっ?!
ぇ、やっぱりアレって事後? 事後だったの?
今朝の光景が脳内にフラッシュバックする。
両手で頬を抑え、みるみるうちに耳まで真っ赤になっていく。
「むう? ふむ……これが嫉妬か? 名残惜しいがまたな」
わしわしっと大きな手がティセリアの頭を撫で、マーキングするように巨大な舌が再びティセリアの手と頬を舐め上げる。
「ひゃぅっ、ふぇ、フェルスール?」
驚いたように見上げるティセリアに、してやったりとばかりに口元を歪め、彼らの挨拶である
小さな火を吐き出して弧を描かせると部屋からでていく。
ティセリアさんはリザードマンフェチ。
他の男の臭いっていうのは、そのまんま、ルー君の臭いがするから
言っただけなのですが、ティセリアさんは
健全な男?ですから、そいわれるとシモネタな想像をしてしまい
真っ赤になったというわけです。
ちなみにゴーストさんの正式名称は
ゴースティエルス
イメージは何処の総統閣下です。




