13
<<疾風剣>>
ふらりっと御舟の身体が揺らいで、一歩踏み込んだ瞬間に御舟が消える。
キィンっという鋭い音と共にアイアンボールの脇に剣閃が走って火花が散る。
その直後にアイアンボールの後方に姿を現す御舟。
剣閃にアイアンボールの意識が移った瞬間に、ツェツィが槍を突き出し、アイアンボールに蹈鞴を踏ませる。
「おいおい、スキル攻撃で脇すり抜けただけでHP減ったぞ、あちぃぃっっ」
チリチリと煙を上げる作業着を叩き、小さな火を消す御舟。
「「麗しの 自由気侭なる 氷の女王に 風の精霊よ お願い申し上げる わが声を聞き給え 醜きかの者に 風を阻む者に その美しき刃をもって 疾風の刃をもって 命を散らせたまえ 切り刻め」」
<<アイシクルエッジ>><<ウィンドカッター>>
「すげぇな、同時詠唱かよ……」
ギドの両手に薄緑と水色の魔力が集まっていく。
氷の斬撃と風の刃が重なるようにアイアンボールを足を斬りつけ、バランスを崩させて膝を付かせる。
――
二重詠唱or同時詠唱
AとBの呪文詠唱をABABABという風に1区切りごと交互に行うことによって同時に2つの呪文を詠唱
もしくはAを音読、Bを思考発音することによって同時に呪文を発動させる
交互詠唱は、丸暗記などでも行える為凡用性は低いが多用される。
そもそも咄嗟に呪文の組み合わせを変えての二重詠唱は難しく使える者はそれほど居ない
AとBを交互詠唱しながらCを思考発音する三重詠唱も存在する。
有名な戦争ギルドには1人は三重詠唱使いが居ると言われている。
1人の詠唱に数人で同じ呪文を重ねる多重詠唱
1つの呪文を大勢で行う合唱詠唱もあります
――
膝を付いたままアイアンボールが口を広げて火炎弾を撃ち出す。
「愛しき闇 麗しの闇 甘く囁く 甘美なる毒の声 汝が命 虜にせん」
<<生命吸収>>
しゅるりっと黒い瘴気がティセリアの手に握られる。
「3人で時間稼ぐって勝手に除外しないでくれるかな?」
ティセリアの手から瘴気が伸びて鞭のようにしなる。
手を振るうと黒い瘴気が火炎弾をたたき落として、アイアンボールの足に巻きつく。
しゅうううっと溶かすような音が聞こえ、瘴気の鞭がうっすらと光り
ティセリアのHPが回復していく。
アイアンボールの生命力を吸収し、身体に流れこむ感覚。
ぞくりっと背筋を震わせる、甘い、心地良い感覚に満たされる。
<<ブラストボム>>
誠一がスキルを発動し、小さな手榴弾を手に持って投擲する。
ギドのものとは違い、スキル熟練度が低いのか、投擲モーションが見える。
ティセリアが落としそこねた火炎弾の前で爆発させ、威力を殺す。
<<ブラストマイン>>
「いやぁ、一発で落とせないって切ないねぇ。女の子も攻撃も一発で落とせれば言うこと無いのにね」
勢いの落ちた火炎弾を地雷の爆風でかき消し、完全に無効化してしまう。
「ほぅ、ボムを使えるのか。それではお手を拝借。ご一緒に……」
「んん??ほいよっと」
ギドがうなづき、誠一に声をかける。直ぐに意味を理解したのかうなづく誠一。
ギドが手を構え、誠一が手榴弾を取り出して放り投げる
。
<<ダブル・ブラスト>>
どむっと鈍い爆発音と共にアイアンボールの足元が爆発し、転倒させる。
御舟の背中を蹴ってツェツィが飛び上がる。
<<飛龍落とし>>
白い魔力に包まれた槍が火花を散らしながら撃ち出され、アイアンボールに刺さり吹き飛ばす。
槍の柄と手を白い魔力鎖がつないでおり、ツェツィがソレを引っ張ると手元に槍が戻る。
そのままくるりっと一回転して着地する。
「これだけやって、1割減ってねぇのかよ………誰だよこんな設定したやつは!スタミナが追いつかんぞ」
御舟が悪態を突きながら刀を煌めかせ、アイアンボールに斬りつける。
近づくだけでアイアンボールの放つ熱でジリジリと皮膚が髪の毛が焦げてダメージを受ける。
「ふむ、活性化による強化とHALとやらの魔物強化で単純計算だが50倍ほどの性能であるのではないかな」
(試練の塔と原始の森の魔物の計算ではおおよそ10倍、ボスは1匹だが15倍近い……)
ギドが簡易治癒魔法を詠唱し御舟の傷を癒していく。
「しかも緩やかだが再生しているな、特に外皮の傷は速い」
ツェツィが小さな投擲用の槍を投げる。
ギィンンっと外皮に傷が走る……が、しゅぅぅぅっと白い煙をあげてその傷が塞がっていく。
あともう少し日が沈むまで5秒
時間がゆっくりと感じられる。
3
2
あと1秒
18:00
世界が夜へと切り替わる。
ふわりっと柔らかい風がティセリアを中心に溢れ広がっていく。
風になびく金色の髪が、夜空の星の輝きを散りばめたように光りをこぼし
焼け焦げた髪の毛が淡い光に包まれながら再生し、伸びていく。
悲鳴をあげていた体には活力が満ち溢れていく。
「夜になった!皆下がって」
<<エンチャントマジック>>
バチリっとティセリアの持つ剣が淡い青の光りに包まれる。
ティセリアが地を蹴る、ふわりっとまるで空中を歩くように浮かび空を舞う。
空中でティセリアの剣とアイアンボールの左腕が交差する。
バガンっと破砕音と共にアイアンボールの腕にヒビが入り、弾ける。
「なんっちゅうデタラメ、アレを一発で壊すかよ」
御舟が下がる事も忘れて呟く。
いや、まだだ。
これぐらいで終わるわけはない………。
アイアンボールの目の前に着地する、振り下ろされてくる右腕を先ほどと同じように剣を合わせるが……
ガギィンっと鈍い音と共に剣と拳が合わさり止まる。
くっっそ、今の状態で押し負けるとか!!!
じりっじりっと剣が拳に押されて下がる、ズリズリと靴が大地にめり込みながら後ろに押されていく。
アイアンボールが獣のような咆哮を上げる、アイアンボールの身体から噴き上げる炎が大きくなり、熱風がティセリアに叩きつける。
ジリジリと髪の毛が、肌が焦げては光りに包まれて再生していく。
砕かれたはずのアイアンボール左腕に黒曜石が集まっていき再生する。
ブゥンっと振動音、アイアンボールの右腕が赤く光る。
これは喰らうとヤバイっっっ!
<<シャドウウォール>>
左手を上げて構える。
ティセリアを守るように足元から伸びた影が黒い壁のようになってアイアンボールの右腕を防ぐ。
凄まじいまでの振動と衝撃がティセリアの影を揺らし、ヒビが入り割れる。
その拳の進行を止める為に影が幾重にも伸びて重なり、影を砕き進むアイアンボールの右腕を防ぎ止める。
「あれって……一回闘技場でみたけど……」
「あ……あぁ、真祖クラスでないと使えない防御スキルじゃね?」
青ざめたままの護衛役のプレイヤー達がアイアンボールと斬り合うティセリアをみて漏らす。
一度だけ闘技場に現れた真祖クラスが見せた防御スキル。
闘技場ランカーの槍の一撃を完全に防御しきったソレ。
あぁ、バレた。
いや、しょうがない。うん、しょうがない。
なるようにしかならないだろう。
ここで見捨てるほうが後悔した、後悔して過ごすぐらいなら終わってから落ち込もう。
今はコレを倒すのが先だ。
「「深淵よりも暗き闇 我が招く 全てを飲み込み虚無の闇 闇の使徒に慈悲はなく 闇に響く叫びは咆哮 絶望の声をあげて 恐怖せよ 恐怖せよ 汝の命は今尽きはてる 全ては闇に飲み込まれる」」
(愛しき闇 麗しの闇 甘く囁く 甘美なる毒の声 汝が命 虜にせん)
<<侵食する闇>><<闇の慟哭>><<生命吸収>>
黒い霧がアイアンボールを包みこむ、その黒い霧は全てを蝕み、弱体させていく。
ティセリアの剣が闇に包まれる、闇からは魂が凍るような女の叫びが、断末魔が響く。
そして、ティセリアの左手から伸びた闇の瘴気しなり
アイアンボールの両腕を打ち付けて巻きつき、拘束する。
「そのまま朽ちろ!!!!」
ぐんっっと鞭となってアイアンボールの腕を拘束した瘴気を引き、大地を蹴って距離を詰める。
がら空きになった胴体に悲鳴を上げる闇を纏った剣で斬りつける。
禍々しい死霊が浮かび上がり、アイアンボールを包みこみ、
その身体が風化するようにぼろぼろと崩れ落ちていく。
苦しいのだろうか?NPCにも苦痛があるのだろうか?
アイアンボールが叫ぶ、それは慟哭の声、苦しみ足掻き悲鳴をあげながら塵へと還っていく。
[ティセリアが炎のルーンの欠片を獲得しました]
はぁぁぁぁ…………。
吐息を吐き出しながら体の力が抜ける、ぺたんっとそのまま尻餅をついて座り込む。
もう無理、体が元気でも気力が無い。
誰かがやったと呟く。
口々に助かったという言葉がでてくる、やがて歓声へと代わり抱き合って喜ぶ。
がんばったかいがありました。
しかし、腰がまた抜けました、えぇ、もう立てません。
炭酸が飲みたいなぁ……。
「ティセリアさん、どうぞ?」
にこりと微笑みながら近づいてきた誠一が手を差し出そうとして、吹き飛ばされた。
「ティセ~~!!」
ぎゅうっっと抱きしめられ、先ほどと同じように抱き上げられる。
「マッセ……あの、お願いだからこれはちょっと……」
「いやや、もう離さへんで!?助けにいこおもたら、アイツラ邪魔しよるし!!!」
じろりっとマッセが後ろを睨むと護衛役のプレイヤーの何人かがお腹を押さえていた。
マッセが戦闘に参加するのを止めて殴られたのだろう、よくやってくれた。
あとでお礼を言っておかないと……。
「いやいや、ツェツィ。せっかく頑張ったのに少し切ないね?」
肩をすくめながらギドがツェツィと一緒に歩きながらそう漏らす。
「妹が無事ならばそれでよいよ」
ギドが私を抱き上げて頬を擦り付けるマッセを見ながらツェツィに声をかける
ギドがツェツィと自分、御舟にヒールをかけながら歩いて来る。
「初めまして。ツェツィーリアだ。現実ではマッセの姉をしている」
「ツェツィの相棒でギドだよ。いやはや、無事でよかった、ところで……雑貨屋の店主も来ていると聞いたんだがどこに?」
マッセにお姫様抱っこされたまま、ツェツィの差し出す手を握り返し、握手する。
ギドにも握手を返し、後ろの生産組を見ながら訪ねてくるギドにそう返答する。
「私がそうだけど?」
「おぉ?それはそれは、街についたらコレの修理を頼みたいのだ」
じっと目が合うと、照れくさくなって視線を逸らす。
目を見て話せとならうが、これって結構緊張するし照れくさいのは私だけだろうか?
どうも話を聞くと、一旦ツェツィと別れギドが修理を頼みに雑貨屋へ来たが留守
ツェツィがマッセを探して、ギルドメンバーや知人に聞いて回り
雑貨屋にいるのを知って尋ねるも留守、そこでマッセのギルドメンバーに聞いて
鉄鬼のギルドメンバーと火山に来ているのを知って、修理がまだ!というギドを引きずって火山に来たらしい。
向かう途中で私、すなわち雑貨屋の店主も一緒に来ているというのを知ったそうだ。
「しっかし、正体不明の真祖の1人が見れるとはな!!」
豪快に笑いながら歩いていくる御舟
そしてボロボロに刃の欠けた自分の刀を見てため息を吐き出す。
自信作だったのにと呟いている。
「助かりました、何かあれば鉄ノ鬼へ来てくださればこの恩は返させていただきますよ」
プレイヤーの1人に肩を支えられながらすくりぃむが歩いて来る。
その顔は青ざめており、ダメージに寄るものではなく、恐怖や痛みによるせいだろう。
「とりあえずは情報隠蔽ですね?」
そう言うとじっとこちらを見つめる。
「他の超越者が情報を出さない所をみると、出されたく無い理由があるのでしょう。それぐらいは察せますよ」
返事をするまでもなく、勝手に結論をだしてうなづくすくりぃむ。
間違ってはいないんだけどさ、違ったらとか思わないのかと突っ込みたい。
ありがとう、そしてありがとう!
「それはそうと、先ほどのルーンでしたか?あれはなんでしょうか?よろしければ見せていただいても?」
あぁ、そういえば何かインベントリに入ったね。
インベントリから炎のルーンの欠片を選択して手の平に出現させる。
――
炎のルーンの欠片
砕かれた炎のルーンの欠片、全てを集めると炎のルーンとなる。
取引不能 売却不能 破棄不能
――
「よくわかりませんね、初めて見ます」
「レアアイテムっぽいが、使い道不明じゃ意味ねぇな」
じぃっとすくりぃむと御舟が恐らく鑑定系スキルを使っているのだろう
炎のルーンを覗き込んでいる。
「鑑定じゃ特に変わったこたぁねぇな」
「私の識別でもそうですね、とりあえず私はキャンプの整理とご飯の用意をしてきましょうか」
すくりぃむがそう言って後ろで歓声をあげ、はしゃいでいるプレイヤーの輪へと戻って行く。
どうやら、あの騒動で調理中の食材が駄目になったようでつくり直すみたいだ。
「そういや、お前さん採掘はしねぇでいいのか?なんなら分けるぜ?」
刀をしまった御舟がツルハシを取り出して軽く振り回す。
別に採掘スキルが低いとかいう訳ではないからね、ちょっと気を使って皆が寝るまで待とうとしてただけで。
「するよ。今ならみんなも採集してないしいいかな。マッセ、大丈夫だからちょと降ろして?」
不満そうな顔をするマッセの頬をぺちぺちと軽く叩いて急かし、降ろしてもらう。
これを使うと目立ちすぎるからイヤなんだよね。
まぁ情報隠蔽してくれるって言ってたし、今更コレつかっても問題ないよね
夜以外じゃスタミナが一瞬で無くなって使えないし。
<<広域化>>
<<採掘>>
ティセリアが両手を上に上げると
火口中の採掘ポイントが光り、採集物が光の粒子となって降り注いでくる。
ティセリアの手の平に流れ星が集まるように光りが集まってくるそれはなんとも幻想的な光景で
その光景をみたプレイヤー達は瞬きすることも忘れて、魅入っていた。
あやうく戦闘でもう1話分伸びるところでした。
ややこしくならないよう、その他PTメンバーの名前は
無しとさせていただきました。
作者の名前のストックがあっという間に尽きるというのも理由ですけど……。