うじうじの彼女
藤原さんの顔は、逆光で良く見えない。
私は、頭を下げて(二人を直視できなくて)
「お兄ちゃんごめんなさい!勝手にお邪魔しちゃって!
おねえさんもごめんなさい。」
と、おそるおそる女性の顔を見た。
美人だった。
すらっと背が高く、均整のとれた身体付き。
瓜実顔のとても綺麗な輪郭に、ぱっちりの眼。通った鼻筋。魅惑的な唇。
エキゾチックな色気のある雰囲気を醸し出している大人の女性だった。
私を見て、大きな瞳を更に大きく見開き驚いていたが、私のセリフで「ライバル」ではないと分かったのだろう。微笑んでいる。
負けた。
というか、勝負にならない。
自分が惨めでしょうがない。
のろのろ時計を見てみると、23時近かった。
私は近くのコインパーキングに車を止めており、終電を気にする必要もないが、彼女はそうじゃないでしょう?
二人の手に握られているコンビニ袋の中は明らかに酒類とツマミで、「2次会は俺の部屋で」という状況ありありだった。
「じゃあ、私は帰るねっ」
バックを持ち急いで立ち去ろうと二人の間を突っ切ろうとした。
その時
藤原さんと目が合う。
今までに見たこと無いような冷やかな能面だった。
私は、ショックだったし、怒っていたし、傷つけられたとも思っていたし、
何より「嗚呼。やっぱりな」とも思っていた。
高校生の頃と少しも変わらない。
中学生の時、クラスメートの男の子に告白され、初めての彼氏が出来たのが3年の時だった。
お付き合いといっても、一緒に帰ったり、修学旅行の時同じ班に、というものだった。
高校、私は進学校に彼は商業高校に進学した。
私は、恋愛しにくい体質で、彼が初恋だったし、初恋が両想いになったことで浮かれてもいた。恐らくずっと彼と付き合っていくだろうと思っていた。
そして、高校1年の夏休みに彼が同じ高校の女の子とお付き合いしているという事を共通の友人を通じて知り、初めて自分は振られたことに気付いたのだった。
あのころから、少しも変わっていない。
嗚呼。このままでは駄目だ。
このまま藤原さんに会うことも出来なくなって、
うじうじ悩んで、
傷つけられるのが怖くって、二度と恋愛なんかしないんだからって殻に閉じこもって、
私は恋愛なんて出来ないんだって諦めて、
自分を卑下して生きていて それで私は満足なの?
藤原さんと結婚するって決めたのは、幸せってだけじゃ無い。
この人となら、どんな苦労も耐えられるって。
そう思ったんじゃなかったの?
まさに
『病める時も、健やかな時も』じゃないの?
手足が震える。
身体が、目頭が熱い。
既に私は、涙を堪えることが出来なくなっていた。
鼻水が垂れそうになるのだけを堪えて啜りながら、強引に両腕を彼にまわしてしがみついた。
「やっぱり嫌だよぅ!
藤原さんが大好きなんだよぅ!
別れなくないよぅぅううう!」
力で敵うわけないのだが、引っぺがされるのは嫌だったので力の限り彼にしがみついていた。
ギュッ
次の瞬間。
―――痛いくらいの力で抱きしめられた。
ドッドッドッドッドッ
私の心臓の音だろうか、それとも彼の?
早鐘のような心音にお互い冷静では無いのだと思った。
密着しているので、お互いの熱を感じた。
やがて腕の力は弱まり藤原さんは私の首元に顔を沈め、片方の手は、背中を撫でてくれる。
抱きしめられるのが気持ち良い。
背中を上下する温かい手のひらが優しい。
暫くそのまま抱き合っていた。
しだいに私の涙がおさまってきた。
藤原さんの腕が緩んだので、顔を上げて目を合わせる。
私は照れながら笑い、彼はふわっと笑った。